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国道152号線に負けない、ど迫力の県道、まさに険道です!この道のレポートはそのまま富士登山記になるのです!
(実際、このページの新六合目〜終点富士山頂は、2006年富士登山記を兼ねています。)
2006年富士登山記 水ヶ塚〜新六合目はこちら
太郎坊〜新五合目間は元富士山スカイラインだったところなので、こちらへ。冬季閉鎖はありますが、整備されたいい道です。
| 元有料区間の終点。県道152号線はここで終わらず、歩行者用の登山道になります。 この地点は新五合目(旧三合五勺)で、ここのレストハウス(新五合目小屋)は旧二合目・旧三合目・旧三合五勺の山小屋の経営者による共同経営とのことです。 富士宮口の場合富士山スカイライン開通前に呼称変更が行われており、昭和39年の時点ではこの場所は「五合目」、さらに60mほど下ったバス道の終点が「新五合目」だったようです。 山小屋というにはちよっと立派すぎ。『絵葉書で見る富士登山』によれば、三合目までは木造の小屋、四合目(現新六合目)から上は石室だったようです。三合五勺がどちらだったかまだ調べていないのですが、鉄筋コンクリートとは時代の流れを感じさせます。 |
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| この辺りはまだ軽装でもうろつけるところです。Tシャツ・短パンにサンダルで記念写真、なんてのも悪くありません。ただ真夏でもかなり涼しいので、長時間の滞在には1枚余分に羽織ったほうがいいでしょう。 7月の「お山開き」の頃は、まだ頂上へは行けません。特に152号線の場合は、九合五勺から急登となりますので、残雪・凍結ということは滑落の危険性大。 英文で「〜合目」を「Stage」としています。多くの山小屋では「Station」と訳しています。そのへんの定義はまだ曖昧なのでしょうか。 左写真の辺りは砂地ですが、八合目からの砂走り下山道(現在廃道)の名残のようです。 |
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| 富士宮口砂走り下山道のルートを推定してみました。 「八合目から分岐、現在の衛生施設あたりから下っていた」 「途中から砂走りだった」 「かつて『砂走りといえば富士宮口に限る』といわれたものだが、現在は石があちらこちらで露出していて危ない」 といった証言と、10月8日の実地見分がもとになっています。 左写真は新五合目上の三角地で撮影(ローピングの支柱が右下に写っています。) 上写真は新五合目売店から撮影。 |
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| 昭和39年の時点では砂走り下山道はここではなく、さらに60m下ったバス道終点に達していたようです。さらに遡って昭和12年の時点では、起点が八合目ではなく頂上の屏風岩裏手で、「砂走り」ならぬ「砂すべり」だったようです。「砂すべり」とは茣蓙(ござ)や草鞋(わらじ)を尻に敷いて、金剛杖で速度を調整しながら滑り降りていくというもので、現在で言えば雪上競技のリュージュの要領に近い方法だったようです。所要一時間弱といいますから驚異的な速さです。 | ||
| 20分ほどで新六合目(標高2500m)に到着します。 「大宮新道」はここで終わり、登山道は旧村山口を辿るようになります(『富士山村山口を歩く』参照) 雲海荘と宝永山荘の2軒の山小屋があります。 (上写真 雲海荘 右写真 宝永山荘) お山じまいの後もしばらくは営業しているそうです。 (上写真は2006年10月8日) 富士山スカイライン開通前は四合目だったところです。 もともとは一軒の山小屋を共同経営していたのが、第2次大戦後に各々独立して現在に至っているそうです(『富士登山今昔』)。 自販機があるのは富士宮口では新五合目・九合目とここだけです。あとの山小屋では、営業時間内であれば冷蔵ショーケースから取り出して売ってくれます。 いずれの場合も、飲んだ後の缶・ペットボトルは、売店でひきとってくれます(一部では持ち帰りとなります)。持ち込んだり、他の山小屋で買った場合は引き取ってもらえません。 なお、右写真の取材時(2006年7月14日)には富士山スカイライン水ヶ塚駐車場から須山口を登ってきましたので、ここで富士宮口に合流となりました。4時間以上汗だくだくで登ってきたので、雲海荘で「ビール」とチャーシューメンを注文。早く酔いが回ります。少し休んでから正午、金剛杖を買って出発です。 |
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| ビールのおかげか、新六合目を出てすぐに太ももにピリピリという感覚。ここから少し歩いては立ち止まり、また少し歩いては立ち止まり、の我慢の登山が始まりました。元六合目の山小屋跡は、石が積まれただけの状況。 石の間からところどころ支柱がのぞいています。 富士山スカイライン開通前はここが五合目で、「天地之境」という焼印が押されていたそうです。また御中道と交差する地点でもあり、富士登山の要所を占める山小屋でした(『富士登山今昔』) |
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| 30歩、一休み、30歩、一休みを続けて行きます。後ろから追い抜かれますが、逆に前を行く登山者に近づき、ついには追い抜いたりで、この歩き方がちょうど中くらいのペースなのかな、と一安心。 新六合目からここ新七合目までは、富士宮口の中で最も山小屋の間隔が長い区間。 富士山スカイライン開通前はこの区間に五合目・五合五勺の二つの山小屋がありました(同じ経営者の姉妹館だったようです)五合目は上記の元六合目、五合五勺は登っていても場所がわかりませんでした。経ヶ岳山荘の別名があったようです(『富士登山今昔』)。 新七合目は元の六合目、御来光山荘の別名があります。金剛杖に焼印を押してもらい、ペットボトルのお茶を飲んで休憩です。 小さなお子さんを連れての体験登山などでは、ここで折り返す方も多いようです。 かつては県営ホテルなるものがあったようです(『絵葉書で見る富士登山』挿入地図による)。 |
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| 新七合目から元祖七合目の間で、ベテラン登山者の方に追いつかれました。が、親切にも歩き方のレクチャーをしてくださいました。砂礫交じりの道を行く場合は、後足を蹴り上げるのではなく、曲げた前足を伸ばすことや、ガニ股で歩幅を小さく、という具合。なるほど楽に歩けます。御殿庭でもこの要領なら楽だったかもしれません。 一番いい歩き方は疲れているときの歩き方だそうです。 次の元祖七合目で標高は3000mを超えます。標高1450mから歩いているので、高山順応はほぼ完璧、でも体が疲れているのでゆっくり歩き、休憩もしっかりとります。焼印もしっかり押してもらいました。平日だけあって金剛杖をもった登山者を見かけると、山小屋のスタッフの方から「焼印いかがですか」と声をかけてくれます。富士宮口では200円の統一料金です。あいにくの霧でしたが、九合目までどの山小屋でも上がり框や土間で押してくれました。 ここまで来る間に、高山病にかかってうずくまっている登山者を何人か目にしました。平日なので数は多くありませんが、やはり標高2400mまで車で来れるという利便性は、高山病と表裏一体なのだということを思い知らされます。 |
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| 元祖七合目を出てブル道を少し上がり、再び登山道に入るルートとなります。まだしばらく砂礫まじりの道ですが、やがて岩の上を行く道となります。ずるずる滑ることはなくなりますが、転ぶと痛そうです。また、足を大きく持ち上げなければならず、引きずるような歩き方はできません。歩幅を小さくとることも難しくなります。 例によって30歩で一休み、という歩き方です。後ろからきたグループが抜いていきます。しかしここまで来ると、抜いていった人たちもそのまま先に進むことはできませんで、数十メートル先で登山道脇にベタッと座り込んで休憩しています。その横をまた抜き返しながら30-1を繰り返して登っていき、また後ろから抜かれる、というくりかえしです。 七合五勺にも山小屋があったようなんですが、昭和53年のブルーガイドの写真では山小屋らしきものを確認できるものの、そこへつながるブル道を確認できないため、その時点で営業していたか否かあやしいところです。 |
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| 八合目までのつづら折の道。岩も多いので、登山道を外れると落石の危険性が高くなります。 2人ばかり道から外れてまっすぐ下っているワガママをやぢがいましたが、危険です。 そういえばこの登山では山頂に着くまでに、 @ヘルメット着用で、富士宮口を全力疾走で下り続ける土木作業員(豪快だこと……) AトロトロのGパンを引きずるような履き方をした格好で、さもしんどそうに登る学生 BTシャツ・半ズボン・サンダルで、トートバッグ提げて登頂して下ってきた若者2名(「山頂はやたら寒いです!」って当たり前だよ……) C身に付けているもののうち、トレーニングシューズとヤッケだけは富士登山らしい格好なのに、なんとスーツにネクタイでビシッと決めて、手提げバッグ片手に胸突八丁を登る若者(高山病の心配ないのかな……) などなどいろんな人にでくわしましたが、 富士山をなめてんじゃねえぞ…… |
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| 八合目で標高は3250mに達します。斜面が急になっているので、ベンチの下は垂直に切り立っています。変にモノを置いたりして、落とさないよう気をつけましょう。 もう少しでカメラを落とすところでした。 休憩していると、先述のベテラン登山者の方が追いついてきました。慣れた人ほどじっくり焦らず登ってくる、それが富士山です。明日用事があるとかで登頂はせず、ここ八合目で折り返すとのことです。それも慣れた人ならではの余裕ですね。私はまだ3回目の富士山で2度目の登頂を目指していますので、富士登山者としてはヒヨッコもいいところ。 |
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| 八合目から上は浅間大社の所有地、というわけで鳥居があります(八合目の鳥居はくぐれません)。 眼下に御殿場市街が見えるようになってきました。ということは日差しがでてきたということで、暑い!この辺はまた砂礫混じりの道に戻り、時折ずるずる滑りながら30歩1休みを続けて行きます。 |
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| 八合目辺りからは頂上が間近に見えるようになります。が、そう簡単に着けるわけではありません。九合目から山頂までは65分といわれ、私の場合九合五勺での休憩含め75分かかりました。 その前に、この日は九合目万年雪山荘で一泊です。 水ヶ塚から登り続けてきたので体がヘトヘトです。少し歩いては休み、の繰り返しでどうにか到着。八合目から53分かかっていました。 |
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| 九合目の標高は3460m。ヨーロッパ最高所の駅ユングフラウヨッホ(3454m)とほぼ同じ高さです。 16時23分到着、休憩含め水ヶ塚から9時間強、新六合目から4時間20分の行程でした。 |
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| 山小屋の裏手すぐに万年雪雪渓があります。万年雪山荘の貴重な水源です。 山小屋の夕食の定番はカレーライス。追加で何か頼んでもいいんです(万年雪山荘の食堂は19時まで営業)が、食いすぎで不調を起こしてもつまらないのでやめておきます。その代わり、翌朝の御来光登山に備え、3本1000円のペットボトル(お茶とウーロン茶)を買っておきました。だいぶ汗をかいた後でしたので、1本はすぐに飲みました。新六合目を出てすぐのことが思い出されて、ビールはやめておきました。自販機もあるんですが。 宿泊室は平日ですので詰め込まれることもなく、ゆったりと泊まることができました。 翌朝3時過ぎに、朝食券とひきかえに弁当をもらって出発。LEDのヘッドランプを奮発して用意していったのですが、今やこれが主流らしく、あちらこちらに白い光が見えます。白熱灯のヘッドランプはたまに見かける程度。 暑さはなく、逆に長袖シャツとフリースを重ね着していないと寒いくらい。 例によって30歩1休みで歩きましたが、4人ほどのオジ様方と抜きつ抜かれつで胸突八丁を登り、最後は先に鳥居をくぐって山頂着(4時20分)となりました。 |
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| 県道152号線の終点、富士宮口山頂です。この鳥居をくぐるとき、「やった!」と思わず口に出してしまいます。 なお県道152号線の起点はというと、御殿場口登山道の新五合目(太郎坊)だそうです。そしてこの県道の変わっているのは、御殿場口経由と富士山スカイライン登山区間−富士宮口経由の二つのルートをもつということ。御殿場口経由はこちらへ。 |
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参考文献
『富士登山今昔』富士山叢書第六集 富士宮市教育委員会刊
『絵葉書で見る富士登山』企画展目録 富士吉田市教育委員会刊