「市民ひとりひとり」
教育を語る ひとりひとりが 政治を・社会を語る そんな世の中になろう
2000.10・1・日曜日
第30弾 なのか
――その前半部分――
プロ教師は、第4部『マスコミが学校崩壊に与えた影響』の一章『新たな学校たたき 教師たたき』で『学校の先生に視えないこと』(1998.8発行・藤井誠二著)を通してマスコミ批判を展開している。
「これは、養護職員、スクールカウンセラー、ボランティア学校相談員、栄養職員、学校現業員といった、学校に勤務する教師以外の人たちを取材してまとめたものである」(p170)
「藤井氏は『はじめに』で、これらの人たちが『「先生」にはない視点をもっている』ことに気づいたと述べているが、それはあたりまえの話である。教師は教師の立場で生徒を見るが、養護教員が一般の教師とは違う立場で生徒を見ているのは当然のことだ。図書館の先生は図書館の先生の立場で見るし、事務職は事務職の立場で生徒を見ているのである。
問題は自分の見ている生徒象が一面的なものであるという自覚があるかどうかという点にある。たとえば、教師の立場で生徒を見て、この生徒はこうだと決めつけて、他の人たちの見た子ども像をまったく受け入れようとしないとすれぱ、それは大きな問題である。他の教師、生徒、親、そして教師以外の学校で働いている人たちの見方を学び、それを念頭において生徒に対することはひじょうに重要なことである。
その意味でこの本は参考になるだろうと思って読んでみたのだが、残念ながら、この本に登場する人たちには、自分の立場で見る子ども像が一面的なものであるという自覚がほとんどないのである。学校や教師について語っていることもきわめて一面的なもので、正直言って読んでいて閉口してしまった」(p170)
プロ教師は自身が底の浅い一面性で生徒像に関してだけではなく、現実社会そのものを切り取ることができないのを棚に上げて、相変わらず綺麗事を展開している。
「教師は教師の立場で生徒を見」、「図書館の先生は図書館の先生の立場で見る」とは限らない。限るとしているところがプロ教師の底の浅さ・認識力の安直さを証明している。いわば常に「自分の見ている生徒象が一面的なものである」とは限らないし、当然、「一面的なものであるという自覚」を持たなければならないわけではない。
自分の職業や専門を離れて見るということもあるからである。また、それぞれの立場から見た対象がそれぞれの立場上の視点に限定された一面しか見えないとも限らない。人間は一つの職業活動を通して(学校の生徒は生徒としての活動を通して)、その分野に専門な知性や感性・想像力を高めていくが、職業者(活動者)であると同時に常に平行して一個の人間としての活動をも行い、人間性に関わる普遍性を持った知性や感性・想像力を身につけていくもので、自他の置かれた専門分野に限定されることなく、それを取り払って一個の人間として様々に幅広く眺めることによって、中には鋭い人間観察者足り得る者も出てくるのである。
また将来作家となって、自分という一個の人間の生い立ちを周囲の人間との関わりを通して才能豊かに書けるのは、子どもの頃から鋭い人間観察者であった証拠であり、自分を小学生や中学生の立場に固定した視点だけでは不可能な業であろう。
但し、結果として、自分のものの見方・考え方が「一面的」だったなと悟らされる場合があるが、最初から「一面的」だと「自覚」して物事を観察したり、洞察したりする人間はまずいないだろう。
よしんば『学校の先生に視えないこと』の登場人物が実際に「自分の見ている生徒象が一面的なものであ」ったとしても、それが「学校の先生に視えない」「一面」だとしたなら、学校・教師はそれらの「一面」を参考にして、自らの生徒像に付け加えて、生徒理解に役立てるべきだろう。
「教師の立場で生徒を見て、この生徒はこうだと決めつけて、他の人たちの見た子ども像をまったく受け入れようとしないとすれぱ、それは大きな問題である」とするのは、プロ教師の見る子ども像を正当化したい気持から出た主張だろう。いくら学校教師であっても、その人間の見る子ども像・生徒像が常に正しいとは決して言えない。意図的な情報操作を行う者もいるし、悪意や中傷を土台とした観察もあるからである。
あるいは感性・想像力の未成熟が原因で、プロ教師のように表面的な観察で子どもを語るということもある。
プロ教師は朝日新聞(98/7/24)に掲載された「『学校の先生に視えないこと』を紹介する記事」を「新たな学校たたき 教師たたきの典型」として批判している。
「@『(この本に)語られているのは、建前優先の学校システムや、先生≠フ権威で無意識のうちに生徒を抑えつけている姿である』という批難。
先ず、「建前優先の学校システム」という批難についてであるが、記者は学校というものをどのように理解しているのだろうか。私の理解によれば、学校というところは、建前を教えるところなのである。本音というのは、自分がこういうことをしたい、そういうことはいやだという気持をそのまま周囲に出すことだが、しかし、みんなでいっしょに生活する場(社会)では、それを抑えなくてはいけないことがたくさんある。それが建前である。
こういうことをしてはいけないとか、こうしたほうがいいということを教えないで、何の学校だろう。建前というのは、一つの文化であり、学校はそれを教えるところなのだ」(p171〜172)
誤解や取り違えがないように、「本音」と「建前」と言う言葉を辞書(『大辞林』)で調べてみる。「本音」とは、「本心から出た言葉」と出ている。「建前」は、「もととなる基本的な方針・原則」「表向きの方針」とある。
但し、「本音」も「建前」も、それぞれが独立して使われることは少なく、多くは「ホンネ(本音)とタテマエ(建前)」と言うふうに対義語で使われ、その使い分けが問題とされる。
使い分けが個人の中で完結し、他人に関係しない状態のものがある。例えば、学校へ行って勉強などしたくない、好きな友だちと一日中おしゃべりしたり好きな遊びをしていたいけど、成績が下がると親がうるさいし、自分もカッコ悪いから、したいことを「抑えて」適当に勉強しているといった場合である。使い分けを中止したとき、初めて他人に関係してくる。
当店はお客様第一主義で、毎朝新鮮な食材を市場から仕入れていますと言っていながら、実際は缶詰を多用している料理店の使い分けの場合は、例え気づかれていないことであっても、一個人の中で完結するものではなく、常に他人に関係してくる性格のものである。
プロ教師の言う「本音」と「建前」は「みんなでいっしょに生活する場(社会)」を持ち出しているのだから、常に他人との関係にある「本音」と「建前」のことを言っているのだろう。個人的に完結せず、常に他人が関わってくる使い分けは偽善行為そのものとなる。
いわば、「ホンネ(本音)とタテマエ(建前)」と言うふうに対義語で使う場合、「タテマエ(建前)」は、「表向きの方針」(あるべき姿のポーズ的な提示)の意味で使い、「ホンネ(本音)」はそのような「タテマエ(建前)」を裏切る実際の姿、あるいは実際の行為・行動を言う。
言い換えるなら、「ホンネ(本音)とタテマエ(建前)」は二重基準を言う言葉で、その多くは否定的な意味で使わていれる。
殆どの人間が働かないで遊んで暮らしたいと思っていながら(「ホンネ」)、働いて給料を稼がないと生きていけないから、仕方なく働いている(「タテマエ」)場合の「ホンネとタテマエ」の使い分けは、個人的なものであっても、実際に働きたくなくなって家族の前から蒸発してホームレスになるといった使い分けの中止(「タテマエ」の放棄)時点で、個人的な問題ではなくなってくるだけでなく、中止(放棄)によって、「ホンネ」だけとなり、あるべき姿のポーズ的な提示は、それを裏切ることになる実際の姿の提示へと変化することになる。
ところがプロ教師は「一面的なものであるという自覚」もなしに、「本音」と「建前」をしていいことと、悪いことという「一面」だけで把えている。しかも、「建前というのは、一つの文化であり、学校はそれを教えるところなのだ」と開き直ってさえいる。
確かに「ホンネとタテマエ」の使い分けは日本人の伝統的な文化であるが、それは学校で教えるべき生活価値観としてはならないもののはずである。
オレは自由が欲しいと言ってホームレスとなり、家族に経済的・精神的苦痛をかけた場合、やはり偽善行為の一種となるだろう。「ホンネとタテマエ」の使い分けというように対義語で使う場合、その殆どが偽善行為を指す。
プロ教師は生徒を「学力だけで評価することはやめる」(p111)と言っている。それはそれまで「学力だけで評価」してきたことの自己告白であると指摘したが、学歴社会(=学歴差別社会)が依然として存在していて、殆どの生徒が学歴を求めて上級学校に進学する現在も続く状況は、「やめる」と宣言していながら、「やめ」ていない状態、あるいは「やめ」られない状態を示すものだろう。学歴は豊かな生活を獲得するための、唯一絶対的なものではないが、有効で強力な武器である事実に変化はない。「学力だけで」は「評価」しなくても、「学力」に「評価」の大部分を置くことから免れることはできないだろう。
言い換えるなら、「学力」が生徒の評価を左右する重要な価値観となっている事実に変化はないと言うことである。その「学力」も、暗記知識を問うテストの成績が主体のものであることに変化はない。
いわば学校・教師は個人の中で完結しない、常に生徒に関わってくる「ホンネとタテマエ」の使い分け――「学力だけで評価」しないを「タテマエ」として、実際はそれを裏切って大部分を「学力だけで評価」する偽善(「ホンネ」)犯しているのである。「抑えなくてはいけない」のは、そういった使い分けであろう。
もしプロ教師が「学力」の評価」に関しては「ホンネとタテマエ」の使い分けを行いながら、授業で「自分がこういうことをしたい、そういうことはいやだという気持をそのまま周囲に出すこと」を「本音」とし、そのような「気持」は「みんなでいっしょに生活する場(社会)では」「抑えなくてはいけない」「それが建前で」「学校はそれを教えるところなのだ」と公言して憚らなかったとしたなら、生徒は何を綺麗事言っているのだと、内心ではせせら笑っていることだろう。
建設談合は江戸時代以来の日本の文化だと開き直ったゼネコン幹部がいたが、学力を人間評価の最前線に置きながら、生徒に対して、「君たちもクラスメートを学力だけで評価することはやめなさい」と諭し、それを学校が「教える」べき「文化」の一つだとしたなら、言行不一致を価値とする「文化」を教育することになるだろう。
もっとも、そのような教育を実際に行わなくても、学校・教師は自らの姿をモデルに気づかないままに言行不一致の「文化」を生徒に日々教えているのである。だからこそ、「ホンネとタテマエ」の使い分けは日本人の伝統的な精神「文化」となっていて、世界的にも有名になっているのである。
「『先生≠フ権威で無意識のうちに生徒を抑えつけている姿である』という批難について」、「学校というところは大人の社会の文化を生徒に組織的に教える場である。生徒は自ら進んで文化を身につけたいと思うわけではないから、教育は基本的には暴力的≠ネものであり、大人の側がそれにひるんでしまったら、子どもは大人になることができず、社会で生きていくことも難しくなるだろう。
そこで学校では生徒が教師の言うことを聞くという関係がどうしても必要になってくるのである。それが教師の権威≠ナあり、それは地域の大人たちの共同性によって支えられていたものであった。
学校はもともと生徒を抑圧するところであり、それなしには教育など成り立つわけがない。・・・・・『無意識のうちに生徒を抑えつける』、つまりいやでも教師の言うことを聞こうということが否定されては、学校など成り立たないのである」(p172)
「大人の文化」とは何を言うのだろうか。東南アジアに大挙して出掛けて、女を買い漁ることだろうか。商取引を成立させるために、女を抱かせ、飲ませ、食わせて、贈り物をすることだろうか。企業の業績を整えるために後で引取る約束で株を一時的に売り、帳簿上の帳尻を合わせたりすることだろうか。証券会社が取引先の大手企業には損失を与えた場合は補填し、個人顧客には言葉巧みに大儲けするようなことを言い、損失を与えても知っちらん顔をすることだろうか。
企業がスキャンダル隠しやただ単に威されただけで、暴力団や総会屋に億単位のカネを不正に供与することだろうか。談合して、利益を分け合う日本的企業取引きのことを言うのだろうか。高級官僚が自分の勤める省庁の管轄企業に酒色を強要することだろうか。
これらのことをやらかす大部分が中学校や高校では「教師の言うことを聞く」成績の良い子たちで、しかも「いわゆるステータスの」高い「高校」(p137)・大学を卒業している人間たちである。
この逆説・矛盾は何を意味しているのだろうか。このような「大人」をつくるために、「学校では生徒が教師の言うことを聞くという関係がどうしても必要になってくる」のだろうか。
逆説・矛盾に整合性を与えるとしたなら、「学校というところは大人の社会の文化を生徒に組織的に教える場」などというのは綺麗事でしかなく、それとはまったく別にテストの解答に当てはめるコマ切れの知識を教科書をなぞるやり方で機械的に教えて、その成績を上げることだけを目的とした教育内容を伝統としているということである。その結果としてある、社会的地位も教育もある「大人たちの」倫理性の欠如なのである。
厳しい言い方をするなら、教科書をなぞることだけを役割としている人間に「文化」でございますとまともに言えるどのような「文化」も伝えることは不可能である。「文化」を伝えるには、自分の言葉(=独自の思想・哲学)を必要不可欠とする。それを獲得していたなら、教科書をなぞるだけの授業はしたくてもできなくなる。
学校・教師が教科書をなぞるだけの教育をしているから、そのような知識の授受に関して生徒に無定見・無条件に「教師の言うことを聞くという」同調・従属の「関係」を強制する必然性が生じるのである。
いわば生徒それぞれの感性・想像力を無視した強要・強制を構造としているという意味において、「教育」が「基本的には暴力的≠ネ」側面をかかえることになるのである。
例えば、美術の時間で教師がヒマワリ畑を想像しながら一枚の絵に仕上げるようにとクラスの生徒にテーマを与えたとする。少々極端な例になるが、母親がヒマワリ畑で変死体で見つかった生徒が、「僕はヒマワリには厭な思い出がありますから、別の絵を描かせてください」と願い出たとき、教師が「君だけ特別扱いにすることはできない」と例外を許さない同調・従属を求めたとき、「教育は」「生徒を抑圧する」「暴力的≠ネもの」と化す。
だが、「いいだろう。君はどのような絵を描きたいんだ」と聞いて、その生徒が母親と愉しい思い出でつながっているオモチャの絵を望んだとしたら、クラスの生徒は、中学生になって、何をオモチャの絵なんだと笑ったとしても、「何もおかしいことはないじゃないか。人それぞれに様々なモノが思い出につながっているものなんだ。他にもヒマワリよりはこういう絵を描きたいと希望する者がいたら、申し出なさい」という態度を取ったなら、それは生徒それぞれの感性・想像力に柔軟に対応した教育姿勢の提示であって、「暴力的≠ネ」姿勢を必要としないものであるばかりか、「生徒を抑圧する」感情を反対に解放し、カタルシスに向かわせる役目をも果たすものとなるはずである。
当然そのように生徒それぞれの独自な感性・想像力に刺激を与え、なお一層の独自性に磨きを掛ける学校・教師の姿勢こそが、生徒を自分の考え・意見――いわば自分の言葉(それは個性・主体性・自律性・自我すべてに関わってくる)を持った人間へと導いていく原動力ともなるものである。
それが不正行為だと認識していながら、上司の命令・指示だからと逆らうこともできずに言われるままに実行に移す部下は上司によって「抑圧」された人間関係を日常普段から強要・強制された存在であり、そのような強要・強制は上司の「権威=vを土台として固定されたもので、それは会社という組織の「共同性によって支えられて」いるものであろう。会社は「もともと」部下を「抑圧するところであり、それなしには」会社「などは成り立つわけがない」。「『無意識のうちに』」部下を「『抑えつける』、つまりいやでも」上司の「言うことを聞こうということが否定されては」会社「など成り立たないのである」。
いわば、プロ教師の言う「地域の大人たちの共同性によって支えられていた」「もともと生徒を抑圧する」「生徒が教師の言うことを聞くという関係」ば官庁や企業の、さらには政党組織での先輩・幹部・上司に言いなりな人間をつくり出すには好都合な人間関係構造だと言える。
教育が学校・教師の支配・強制に対して(「学校はもともと生徒を抑圧するところであり」)生徒にその合理性・正当性を問題とさせず、無定見・無条件の同調・従属(「生徒が教師の言うことを聞くという関係」)を求める構造を原則としたとき、「基本的には暴力的≠ネもの」となるのは当然の成り行きである。同調・従属の暗黙的な、あるいは目に見える形の強制・支配は生徒の了承や納得、言い換えるなら、自発性や自律性・主体性を排除・否定したところ(=一個の人間であることを排除・否定したところ)に成り立つからである。
「いやでも教師の言うことを聞」かせる抑圧的・強制的教育が自由な発想・自由な思考を遮断・阻害する構造のものだと、プロ教師が鈍感にも気づかないのは、自由な発想・自由な思考を遮断・阻害する教育構造であってこそ、「いやでも教師の言うことを聞」かせる人間関係を築けるからである。
言い換えるなら、プロ教師の視界には「いやでも教師の言うことを聞」かせる学校・教師対生徒の関係しか、見えていないからである。あるいは、それしか見ないからである。それはミニ麻原彰晃的な根っからの威嚇的権威主義者だからだろう。
教育における自由な発想・自由な思考の伝統的な遮断・阻害が、外国人が発明したモノのなぞり(同調・従属)から入っていくモノ作りの発展・改良に関してはさして障害とはならないが、無から有を生じせしめなければならないモノの発明自体に関しては障害となるために不得手な分野となり、それが伝統となっているだけではなく、社会運営や総合的な社会生活に関わるアイディア(創造性)に関しても、同様に欧米のマネから入りながら、モノ作りみたいに技術の積み重ねができない分、それをなぞるだけで終始することになり、欧米の基準に劣る日本の基準を生じせしめているのである。
「ひょっとすると、この記者は、生徒を抑えつけなくても、教師のやり方さえよければ、自ら進んで学ぶははずだと思っているのかもしれない。しかし、そんなことはまったくの絵空事である。・・・・・しかしこの記者が、学校などつぶすべきだと考えたうえでこのような批難を展開しているのなら、それは首尾一貫しているが」(p172〜173)
決して「絵空事」ではない。自分から進んで選択し、入部した部活(文化活動・運動活動)は関心があり、好きな活動だから、部活顧問や先輩部員が余程の権威主義的な暴君で、精神的・肉体的許容度を超える非合理的なハードトレーニングや公私混同した生活上の無理難題なルールを課したり、記録が上がらないからと言って体罰まがいの、あるいは体罰そのものの制裁を指導の名のもとに日常的に加えたりしない限り、例え辛くても、難しくても、自発的に取り組むことができるのである。
但し、好きな部活動だからと言って、顧問・先輩部員の権威主義的な強制・支配と、それへの後輩部員の言いなりの同調・従属を要求する部秩序(ファシズム的な上下関係)――いわば顧問・先輩部員の、ああしろ・こうしろの命令・指示に忠実に言いなりになる同調・従属は自発性の喪失を促すことによって、主体性・自律性とは無縁の社会的同調の確立には役立つが、社会的自律(自立)や主体性の確立には障害となる関係でしかないのは言うまでもない。
プロ教師は一方では「学校の役割」を「社会的自立」に置いていながら、他方で、「生徒が教師の言うことを聞くという」「抑圧」の「関係」を主張し、社会的同調を求める矛盾を犯しているが、その矛盾に気づかないところがプロ教師のプロたる所以なのは今さら言うまでもないことである。
単なるスローガンでも口先だけの綺麗事でもなく、真に「社会的自立」を「学校の役割」とするなら、「いやでも教師の言うことを聞」かせるべく「生徒を抑圧」する自律性(自立性)や主体性獲得の阻害となる集団主義的・権威主義的関係構造要求の主張は取下げるか、何らかの整合性を持たせるべく、新しい関係構造を創造すべきであろう。
「社会的自立」教育が単なる「建前」となっているところは、プロ教師が少し前に主張していた、「学校というところは建前を教えるところなのである」という言葉と整合性を持つことになるが、同時に「抑圧」が「本音」という二重基準の偽善を犯していることにもなることを忘れてはならない。
相手に言いなりの同調・従属を排除した、生徒自らが主体的・自律的に納得・了解を獲得していく、合理性・正当性をプロセスとした教育を創造することこそ、これからの、遅すぎるくらいだが、学校・教師の役割とすべきだろう。そのような方向転換は「学校」を「つぶす」ことによってではなく、プロ教師やその類を学校社会から追放することによって可能となる学校改革・教育改革となるだろう。
次は、「A『ものさしが一つで、かたちが優先する、すきまのない学校システム』という批難」(p173)に対する見事なまでに乱暴な反論である。
「『ものさしが一つ』という批難は、おそらく、学力中心、勉強ができなくてはいけないという価値を指しているのだろう。確かに、この五、六年、学歴主義≠ェ学校のなかで強くなっており、生徒たちがそれに苦しんでいることは事実である。しかし、まちがえないでほしい。この価値観は学校(教師)がつくりだしたものではない。社会(親)のなかで強くなってきたものが学校のなかに入りこんできたのである。
もともと、学校は学歴主義≠セけで成り立たせることはできはしないのだ。勉強ができることを唯一の価値で学校を運営しようとすれば、以前の校内暴力のようなものがすぐに起こるだろう。大多数の教師たちは、たとえば、清掃をしっかりやる生徒、係りの仕事をコツコツやる生徒、行事に頑張る生徒、つらいことに挑戦する生徒たちを積極的に評価し、勉強ができる子がいい子という価値を相対的に抑えようとしている。学校は社会の関数≠ナある。親や社会の要求することを完全に拒否する力はありはしない。残念ながらそれにのみ込まれ流されていることは事実だから、学校(教師)に責任がないなどと言うつもりはない。
しかし、『ものさしが一つ』という批難は、学校に対してより、現在この記者が生きている社会に対してこそぶつけるのが筋である。世論を形成するのに大きな力をもっている朝日新聞の記者も、当然責任はまぬがれない」(p173)
すべてが誤魔化しと責任逃れと自己正当化と自己保身に満ち満ちた主張展開となっている。最初は罪薄めの誤魔化しである。「この五、六年、学歴主義≠ェ学校のなかで強くなって」としているが、「五、六年」どころか、「二十年ほど前から、学力だけで人を評価すると言う考え方が社会のなかで強くなり、これが学校のなかにも入り込んできた」(p17)と自身で言っているのである。「この五、六年」とは、学校・教師の責任・罪を極力薄めようとするペテン以外の何ものでもない。
実際には三十年も四十年も前、あるいはそれ以上も前から学歴主義(学歴差別主義)は一般大衆を巻き込んで日本社会に蔓延していたのである。具体的には戦前からあったもので、一般に広まっていったのは戦後に教育制度が変わったことと、国が工業化による経済発展のために学力ある国民を必要とする政策を打ち出したことによって、国民がそれに応えて教育の機会を求めるようになってからである。
それが元々の権威主義から、努力すれば誰でも、下層市民であっても手に入るという利便性から(家柄や血統は一般大衆には逆立ちしても獲得不能な権威であった)、時代の要請にも恵まれて学歴をいくつかある人間価値尺度の上位に位置づけられるようになった結果、社会で少しでもいい位置を確保するパスポートとなり、内容よりも、学歴という形式だけを追及するようになったのである。権威主義そのものが人間の内容を問題にせず、権威と言う形式を重要視する考え方なのだから、日本人の思考様式から言えば、当然の帰結と言い得る。
そして学校・教師は戦争中に国家の軍国主義に率先協力したように、「社会」の学歴主義(学歴差別主義)に付和雷同し、それを生徒に吹き込む実戦部隊としての役目を果たしてきたのである。いわば、学校教育者でありながら人間の内容を問題にせず、学歴という形式だけを追及する権威主義的な形式性に目を奪われたから、テストの成績だけを問題とし、テストの成績で生徒の人間価値を計ることができたのである。
また、『学校崩壊』が出版されたのは1999年2月23日のことだから、「新学年第一回の保護者会」の開催は1998年4月頃のことだろう、「学年主任の」のプロ教師が「全体会」で「学年方針と進路についての考え方を話」した中で、「学力だけで評価することはやめる」(p111)と宣言しているのである。
いわば2年前以前までは「学力だけで評価」していたということの意図しない自白を犯していることも、そのように宣言したからと言って、それまで学校社会に根強く根づいていた慣習を簡単に払拭し、改め得るものではないことも既に述べた。
ところが、「学校は学歴主義≠セけで成り立たせることはできはしないのだ」と、さも一度も「学歴主義≠セけで成り立たせ」たことがないようなことを言いながら、その舌の根も乾かないうちに、「勉強できることを唯一の価値で学校を運営しようとすれば、以前の校内暴力のようなものがすぐに起こるだろう」と、「成り立たせ」てきた事実を――いわば最初に言ったことと矛盾することを平気で口にしている。
図々しいばかりの虚偽証言である。「勉強ができることを唯一の価値で学校を運営し」てきたために、学校社会に「校内暴力」現象を誘発した大前科を日本の教育史に黒々と残しているのである。
かつての「校内暴力」が「学校」を「学歴主義≠セけで成り立たせ」てきたことが原因だとすると、現在もある「校内暴力」、そしていじめその他の教育の矛盾を併せ考えると、今なお「学校」を「学歴主義≠セけで成り立たせ」ていることが原因している疑いが濃厚となる。
濃厚どころか、それが正真正銘の事実であることのさらなる証明を示してみる。
かつて「学校」を「学歴主義≠セけで成り立たせ」てきた。その結果得た成果は、「校内暴力」だった。当然反動が伴う。いわば、学校・教師は学歴主義(=学歴差別主義)に「のみ込まれた」だけでは終わらずに、積極的に同調・追随した上、自らも学歴主義(=学歴差別主義)の旗を率先垂範して振り、生徒を学歴獲得の戦場に送り出した延長に、「校内暴力」とか不登校とか、いじめとかの教育の矛盾・教育の歪みが噴出したことを動機(反省行為)として、あくまでも「相対的に抑え」ることを目的とした、「清掃をしっかりやる生徒、係の仕事をコツコツやる生徒、行事に頑張る生徒、つらいことに挑戦する生徒たち」に対する「評価」――いわば埋め合わせ行為として始めたのであって、そうである以上、そのように仕向ける背景の「学歴主義=vは消滅していなくて、依然として学校社会にその位置を確保している証明となるものである。
最初から「学校は学歴主義≠セけで成り立たせることはでき」ないという前提で忠実に運営された事実は一度もなかっただけではなく、日本の学校はこれからもないだろう。
言い換えるなら、学校・教師側からの学歴主義(=学歴差別主義)に対する異議申立ての意思表示として自主的に意識して、最初から勉強以外の価値観をつくりだそうとしたわけでは決してない。
さらに言い換えるなら、学校を「学歴主義≠セけで成り立たせ」てきた矛盾噴出が仕向けた試行錯誤でしかない。それをさも「学校は学歴主義≠セけで成り立たせることはでき」ないなどと、そのような前提で運営されてきたかのような物言いは、歴史の歪曲につながるさらなる虚偽証言を犯すものである。
だからこそ、「相対的に抑えようとしている」と努力姿勢を示すしかないのであって、今もって明確に実践されているわけではないのである。
学歴も金銭と同じで、この世の中はカネや学歴がすべてではないが、すべてと言えるくらいに大きな力を持っていることは否定しようがないように、成績を生徒評価の大きな柱にしていることは否定しようもない社会的事実となっているもので、何人であっても、特に学校社会の現場に立つ教師はそれを誤魔化すことは許されないはずである。
大体が、「清掃をしっかりやる生徒、係の仕事をコツコツやる生徒、行事に頑張る生徒、つらいことに挑戦する生徒」は成績優秀な、とまではいかなくても、勉強のできる「教師の言うことを聞く」生徒と大部分が重なるだろうから、そのような生徒を評価したとしても、その評価は「勉強ができる子がいい子という価値を相対的に抑え」る機能を果たすどころか、逆にますます高め、確固としたものとすることにこそ役立っているのではないだろうか。
逆の言い方をするなら、勉強のできない生徒がいくら「清掃」に励んだとしても、その評価は学校の成績にも学歴社会にも決定的には反映されることはないということである。
プロ教師は自著の『プロ教師の生き方』(洋泉社)で、「客観的な学力ではなく、主観的な評価、たとえば観点別評価(関心、意欲、態度などを〇印で評価する)や特別活動などの記録、行動の記録など」による生徒評価によって、一例として「特別活動の記録をよくするためにすすんで役員に立候補するようになったことについて教師のなかには、『自分の利益のために動いているだけだから本物ではない』とか『いやらしい』などと文句をつける人が多い。マスコミも、内申をよくするために生徒が教師の目気にしてビクビクするようになった、と批判し始めている。
しかし、これはどちらも間違いである。生徒が自分の将来を考えて、自分のわがままやそのときの気分を抑えて控えめに行動したり、一生懸命に努力しようとすることのどこがまずいのか。私たち大人だって、職場で仕事をするとき、いろんな計算を働かせて行動している。それをいやらしいとか、本心じゃないからいけない、などと批判はできない」(p35)と擁護しているが、「清掃をしっかりやる生徒、係の仕事をコツコツやる生徒、行事に頑張る生徒、つらいことに挑戦する生徒」が勉強のできる「教師の言うことを聞く」生徒と大部分が重なることの証明となるだろう。
それにしても、「自分の利益のために」「生徒が」「抑え」るのは、「自分の将来を考え」た「わがままやそのときの気分」だけとするのは巧妙・狡猾な薄汚いまでの自己都合でしかない。生徒が「教師の目を気にしてビクビク」して、「自分の将来を考えて、わがままやそのときの気分を抑え」ることを基点として、自己意志・自己感情を一方的に抑圧・抹殺し、教師の意志・感情に無批判・無考え・迎合的に同調・従属する行動様式・思考様式を習い性としたとき、それは力ある者・地位ある者・権力ある者へのすべてにわたっての自己性の売り渡し・放棄(=主体性・自律性の売り渡し・放棄)を原則とすることとなり、最悪の場合、倫理観や人生観までも売り渡し、麻痺させる地点にまでいくつくことになるだろう。
その結果としてある、大学教育まで受け、社会的責任にある地位についた者(政治家・官僚・企業人等々)の頻発する組織犯罪であり、個人犯罪なのである。彼ら「抑え」たのは「自分の将来を考え」た「わがままやそのときの気分」だけではなかったのであ。
学歴主義(=学歴差別主義)を、「学校(教師)がつくりだしたものではな」く、「社会(親)のなかで強くなってきたものが学校のなかに入りこんできたのである」とするのは底の浅い一面的な認識に過ぎないことは既に指摘した。一般社会・家庭・学校社会が相互にそれぞれの名声欲・世間体に駆られ、それら名声欲・世間体を満たさなかった場合の強迫観念に相互に駆られて、学歴主義(=学歴差別主義)を社会的に蔓延化しあい、相互的に悪影響化しあった共犯者の関係にあり、現在もあることから目を背けてははならない。
特に学歴戦争・受験競争の最前線に位置している学校・教師が学歴主義(=学歴差別主義)に対して防波堤の役目を果たさず、逆に普及・洗脳の実働部隊としての役目を率先して引受けた成果としてある教育荒廃状況の数々なのは間違いないはずである。
ところが、プロ教師は「学校(教師)に責任がないなどと言うつもりはない」としながら、「学校は社会の関数≠ナ」、「親や社会の要求することを完全に拒否する力はありはしない」だけなら、プロ教師が掲げる教育荒廃の解決策としての「怖い教師」・「強面の教師」の「共同性」も、「社会の関数」としてある「共同性」でなければならないことになる。
いわば、世間一般の大人自体が子どもにとって「怖い」大人・威嚇的な存在となる必要があり、それは国家のファシズム化による社会のファシズム化によってなし得る大人の理想像化であろう。それがプロ教師の言う「社会的規制力」でもある。
それは戦前の日本の社会に戻ることによって可能となる大人像の成立である。プロ教師河上亮一大先生が麻原彰晃と近親関係にあり、ミニヒトラーと言う理由がここにある。
「『かたち優先』という批難については、学校は『かたち』を教えるところだ、とだけ述べておこう。『かたち』は文化であり、それを身につけることは大人になるために絶対的に必要なことである」(p173〜174)
「文化」を錦の御旗にして、「文化」と言えばすべてが正当化されると思っている単細胞・短絡思考を臆面もなくさらけ出している。これが学校教師なのかと疑いたくなる人間は大勢いるだろう。
「『かたち』は文化であ」るが、変えることも装うことも可能な「文化」である。例えば、お辞儀形式の挨拶は日本人の生活文化としてある。目上の者に対する挨拶を両手は身体の両脇に添って手の指先までピンと伸ばし、頭を角度何度まで前傾させなければ、尊敬の念をこめることは不可能だと教えたとする。そしてそのような挨拶を行うかどうかによって生徒の生活態度の点数が影響するとなったなら、生徒の中には尊敬のできない教師に対しても、不本意な気持を抑圧・抹殺して、「かたち」どおりの挨拶を見せる者が出てくる。
そのような生徒は勉強のできない生徒だけとは限らないことに注意しなければならない。勿論、どのような生徒にもそのように仕向けるのは残酷な仕打ちであるが、成績優秀な生徒がすべての教師を尊敬しているとは限らないということを考えるなら、そのような生徒にまで、背に腹は替えられない妥協と偽りを強制することになる。
そしてそういった態度・姿勢を日常的なものとした場合の慣れからの感覚麻痺によって、そういった妥協と偽りを自己性の一部としたとき、社会に出て上司の命令・指示が例え不合理・不正なものであったとしても、既に慣れ親しみ性格の一部とした妥協と偽りの態度・姿勢は倫理的な心の葛藤をさして必要としない最短距離の早さで表現可能となるだろう。
勿論日本の社会に蔓延化している政治家・幹部官僚・企業上層部の記者会見で一斉に並べた雁首を深々と下げる謝罪儀式が(これも形式=「かたち」そのものでしかなく、今や日本の「文化」となっているものだが)終着点となっている、その出発点を言っているのである。
学校・教師が「『かたち』は文化であ」るとして、心からのものではない、「かたち」でしかない挨拶にときには高い点数を与えたとしたなら、「かたち」が必ずしも本人の正直な感情の反映ではないする真理の否定を犯すことになる。
以前高校野球では、打者がバッターボックスに立ったとき、ピッチャーに帽子を脱いで頭を下げることが約束事(習慣)としてあり、選手の誰もがそれに従った。また、そのような態度が高校生らしいとされた。いわば社会的要求としてもあった一つの「文化」(「かたち」)でもあった。だが、プロ野球に入ると、そのような習慣は消滅してしまう。
大人になったなら、消滅してしまう「文化」(「かたち」)とは何なのだろう。幼い頃のママゴトは遊びの一つの形であり、文化でもあるが、母親に、「あの子も仲間に入れてやりなさい」と言われて心から愉しめないママゴト遊びを演じることもあるが、一般的には社会的要求としてあるものでも、生活の場からも強制される性格の文化でもないから、一定の決まりがあるわけではない。ある程度の年齢になると消滅する文化だが、それは別の遊びに発展することによって消滅する文化である。
だが、高校の野球選手が打席に立つときに帽子を脱ぐ、高校生らしいとされている挨拶がプロに入ると消滅するのは別の挨拶の「かたち」に発展することによって消滅するわけではない。
現在ではいつ頃のことか分からないが、高校野球選手自体も帽子を脱ぐ文化をやめてしまっている。それはその文化が人間の本心から出て、自然と一つの「かたち」を取ったものものではないために、「かたち」のどのような積み重ねによっても精神に定着しない、まるっきりの形式的な性格のものだったからではないだろうか。
打席に入って初期の打撃フォームを固定させるためにピッチャーに投球を待たせるとき、ちょっと手を挙げることで、少し待ってくれ、あるいは悪いなと言う意味のサインを送ることがあるが、それはそのようにコミュニケーションを必要として形となった挨拶の一種であるから、外部からの強制による以外は消滅することはないだろう。
髪型も「かたち」としての「文化」であるが、校則で眉毛から何センチ上で額の髪を切り揃えるとか、染髪は一切禁止、天然パーマや天然茶髪の場合は証明書を提出するようにと言った規制を細かく設けている学校があるが、若者が金髪や銀髪は若いうちにしかできないことで、就職するときにはちゃんとした会社では採用してくれないから、元の髪に戻すとする割切った態度は、精神的な必要に迫られて選択した「かたち」ではなく、若者の特権を装ってはいるが、大人が表現できないからこそできる若者の存在証明としての誇示(=形式)だから可能となる態度なのだろう。
高校生が学校・教師に知れる可能性の少ない夏休みの間だけとかに髪を染めるというのも、みんながしているのに自分がしていない取り残された気分を満たしたり、自分も若者の一人であることを証明する方法として位置づけた、「かたち」(装い)だからだろう。
社会的要求としてある「かたち」に応じることはときとして「必要なことであ」かもしれないが、それは見せかけの「かたち」だけで対応することも可能なものである。いわば演じたり、装ったりすることで間に合わせのきく類のもの、言い換えればいくらでも誤魔化し可能なもので、そのような「かたち」で「身につけ」た場合、「大人になるために絶対的に必要なこと」とは限らなくなる。それを「絶対的に必要なこと」と短絡化せず、個々の状況に即して取りがちな態度・姿勢を論議すべきはずなのに、プロ教師にはそうまでする認識に決定的に欠けているようである。
言葉も「『かたち』であり、文化であ」るが、やはりいくらでも誤魔化しが効くもので、他人に責任をなすりつけたり、騙してカネをくすねたりするのに思いのままに利用できる。言葉よりも実際行動の方が評価の対象として把えやすいから、かえって「身につけ」ないようにした方が世の中の利益に適うはずだか、始末の悪いことに人間は人に教えられなくても、必要に応じで自分から学び獲得していき、詐欺やお世辞、自己宣伝に巧みに利用する。
この構図は、自己に必要な「かたち」や「文化」は必要に応じて自分から学んでいくケースもあり、「身につけ」なければ「大人にな」れないというものではないことを示している。
「かたち」は「文化」だからと言って、「かたち」だけを重んじたら、実質を伴わない「かたち」だけを学ぶ危険を抱えることにもなる。学歴を人間価値尺度とすること自体、「かたち」優先なのである。その内容(=実質性)を問わずに学歴がそれぞれの社会的地位や社会的評価を左右・決定する構造は、既に指摘したとおりに学歴を権威とすることによって可能なもので、それは支配・強制とそれに対する同調・従属の日本人の集団主義的・権威主義的人間関係構造が人間の内容(=実質性)を問わない権威を力関係として左右・決定される構造との複合性によって、その派生としてある価値観であることが理解できるはずである。
「『すきまのない学校システム』という批難についても『ものさしが一つ』という批難に対する反論で述べたことがあてはまるだろう。たしかにこの十数年、年々学校にすきま≠ェなくなっている。あれをやってはいけない、これもだめだという規制がどんどんふえていき、生徒も教師も生活しづらくなっている。
それは社会が大きく変わってきたからである。地域社会の共同性がほとんどなくなって、親は自分の子どもが第一と考えるようになった。そのうえ、子どもを保護しようという雰囲気がひじょうに強くなり、何かあると学校がまっさきにたたかれるようになった。教師がそれに過剰反応し、学校でも保護(=管理)を強化し、生徒を自由に放っておくことが少なくなってしまったのである。
教師たちが管理の強化に走るのは、教育を維持しようとするからである。しかしそれとても、現実にはほとんど崩れていると言っていい。現在学校では、生徒を保護する力はいぜんとして相当に強いが、教育のために秩序を維持するための管理は、どんどん弱くなっている。『すきまのない学校システム』と単純に決めつけるのは、現状認識を誤らせることになるだろう」(p174)
相変わらずの社会・親への責任転嫁と、「管理」を「保護」と言いくるめるペテンをここでも行っている。
「あれをやってはいけない、これもだめだという規制がどんどんふえていき、生徒も教師も生活しづらくなっている」と言っているが、では、「社会」の変化に対抗すべき学校・教師の主体性はどこにあると言うのだろうか。「生活しづらく」する「あれをやってはいけない、これもだめだという規制」を拒否し、排除したらいいではないか。
実際には学校・教師は「規制」を「どんどんふ」やしていく側、「生活しづらく」する側に立っているのである。それをさも被害者のように装う欺瞞行為を犯して平然としていられるのはプロ教師だからだろうか。
教師が教科書の内容を要約する形で言葉で解説するか、黒板にチョークで文字を書くかしてそれを生徒に暗記させ、その成果をテストで計る機械的な一方通行の授業形式が、マスメディアを含めた社会の大量で変化に富んだ情報の刺激性にもはや敵しなくなっている現実を理解できず、教師が生徒として存在していたときに刷込まれた授業形式を慣行として循環させている無考え・無思慮が招いている教育無秩序であり、それに対する「管理」強化なのである。
いわば、「社会が大きく変わってきたから」ではなく、「社会が大きく変わってきた」ことに順応できない硬直した学校・教師の無変化な姿勢が問題なのである。
「教師たちが管理の強化に走るのは、教育を維持しようとするからである」とする主張も、現実を表面的に切る取り、解釈することしかできない底の浅い観察でしかない。元々日本の教育は「管理」を核として成り立たせてきたのであって、その性格上、何らかの矛盾が噴き出せば、「管理の強化に走る」のは当然の成り行きとしてあるものである。
裏返して言えば、「管理の強化」以外に「教育を維持」する方法を見い出し得ない限られた想像力の歴史的に伝統的な制約下に学校・教師は常にあったちという話なのである。プロ教師はそのことに気づかない鈍感さの幸せに恵まれているからこそ、現実の表面しか見ることができないのである。
集団主義・権威主義の行動様式・思考様式そのものが「管理」(統制)の構造をなしていることを忘れてはならない。強制・支配に対する同調・従属は常に「管理」を欠かすことはできない人間関係秩序だからであり、「管理」そのもの基本としている。具体的に言うなら、言うことを聞かす関係であり、必ずしも納得・了解を介在させた言うことを聞く関係でないために、それを補うものとして「管理」を必要とするのである。
封建社会も個人を集団(組織)や権威に従わせる集団主義・権威主義社会であって、江戸時代においては、徳川将軍を頂点として構成されたピラミッド型の各段階に位置した権力者たちによる管理・統制社会であった。国民の8割を占めていた農民の生活を眺めてみれば、如何に管理・統制された社会であったかが一目瞭然とする。
道草となるが、『近世農民生活史』(児玉幸太著・吉川弘文館)から拾ってみる。幕府や各藩ごとの触れの内容の言いまわしは微妙に異なっていても、本質的な禁止事項はほとんど共通している。
「朝起きをいたして、朝草を刈り、昼は田畑耕作にかかり、晩には縄をない、俵を編み、何にしてもそれぞれの仕事に油断なくせよ」とか、「みめかたちのよい女房であっても、夫のことをおろそかに存じ、大茶をのみ物詣り遊山好きの女房をば離別せよ」、「みめかたち悪くても夫の所帯を大切にする女房にはいかにも懇ろにしてやること」などと、今の時代だったら、他人事に余計なお世話だと言いたくなる私事・私生活にまで干渉・介入し、事細かに規制(管理・統制)していたのである。
「百姓は布木綿を着し、雑穀を食い、米をみだりに食ってはならぬ」、「不似合いな家作はしてはならぬ」、「髪は藁で束ね」、布で束ねることを禁止し、「祝言・凶礼などで一家寄合いの時は一汁一菜でなるべく手軽くし肴は一種に限り、昼過ぎから寄合ったならば五つ時(八時ごろ)を限りにしまう。右のような特別の寄合いは前以って庄屋に断っておき、その他振舞がわしいことは厳禁する。祭礼・雨乞い・風祭りなどは簡略にしてできるだけ軽く執り行うこと」、「在々にて酒を造ってはならない、在々の百姓に酒を売ってはならない、豆腐を造ってはならない、百姓の食物は雑穀を用いてコメを多く食べぬように申しつけること」、「在々にてうどん、きり麦・素麺・そば切り・まん頭等五穀の費えになるものを作って商売してはならない」などと、農民の生活すべてにわたって厳しく制限を加えている。
その目的たるや、年貢を少しでも多く確実に、情け容赦なく絞る取るための管理・統制だったのだが、農民は代官や代官所付きの小役人、彼等の意を受けた村役人(同じ百姓身分ながら、有力者の地位にいた富農)等の厳しい監視のもと、管理・統制に従順に同調・従属することを習わしとしていたのである。そしてそのような集団主義・権威主義の支配・強制に対する同調・従属の言いなり・無批判・無定見・無条件の傾向成分は敗戦による民主化によって支配・強制における威嚇性は剥がされ、人間関係構造自体は管理主義と名は変えたものの、同調・従属における傾向性は習性として延々と受継がれ、今もって下位権威に置かれた日本人の本質的態度となっているのである。
日本の教育が伝統的に教師からの一方的な管理・統制形式の構造となっているのも、日本の社会自体が管理・統制を構造とする集団主義・権威主義を歴史的伝統的に社会秩序・人間関係秩序としていて、そのような秩序性を下位社会に位置していることによって共通項としているからである。いわば集団・上位権威者の支配・強制と下位権威者の同調・従属がそのまま教師と生徒との関係秩序として機能しているからである。
同調・従属に支障や・混乱が生ずれば、管理・統制は当然強化される方向に進む。
ここで注意しなければならないのは、管理・統制と自由との関係である。管理・統制は本来的には自由とは相反する価値観として存在し、自由を排除・阻害する状態で機能する。管理・統制が強化の方向に向かえば、自由は抑圧・抹殺される方向に追いやられる。
この点からしても、プロ教師の言うように、「管理」=「保護」ではないことが分かる。
自由の抑圧・抹殺は自由な思考・自由な発想を排除・阻害する。教師と生徒の関係だけではなく、日本人全体の人間関係がお互いの意見・自己主張をこだわりなく相互に交換するコミュニケーションを構造としているのではなく、上意下達式な一方通行の構造となっているのも、管理・統制を柱とする集団主義・権威主義の思考様式・行動様式からきているのである。
ゆえに、「教師たちが管理の強化に走る」のは勝手だが、それは同時並行的に生徒の自由な思考・自由な発想の抑圧・抹殺に拍車をかけていることで、そのような抑圧・抹殺が生徒の様々な悪しき異議申立て(反発や反抗)を誘発して所期の目的とする「教育の維持」を妨げ、それを是正するために悪循環となった堂々巡りでしかない「管理の強化」が手詰まりとなって有効性を失った状況が、「教育のための秩序を維持する管理は、どんどん弱くなっている」ということではないのか。
だとしたら、「管理」に代る「教育の維持」方法を創造するしかないだろう。創造せずに、「どんどん弱くなっている」とは言え、「管理」に頼るばかりでは、「すきまのない学校システム」は「すきまのない」まま推移するばかりである。
次は、「B『子どもを疑いの目で見る教師の姿』という批難」(p174)に対する反論である。「疑いの目で見る」どころか、それを通り越してプロ教師は子どもに教育荒廃の冤罪を課しているくらいである。
「現実問題として、最近は、生徒を疑いの目で見て対応しなければやっていけない。
昔の生徒たちは、ここから先はやらないという歯止めがあったし、教師が生徒の行動の予測を立てることも可能だった。おそらく、社会的な規制力がしっかりとはたらいていたからだと思うが、放っておいてもそんなに心配することはなかったのである。
しかしこの十数年、生徒たちは大きく変わり、誰が、いつ、どこで、何をするかわからなくなってしまった。極端ないじめ、自殺、ナイフ事件など、教師が予測しえないことが起こることが多くなった。必然的に教師は生徒たちを疑いの目で見ることになるのである。まして、何かが起これば学校(教師)の責任がまっさきに追及されるから、なおさらである。正直言って、教師は毎日かなり怖い思いをしながら生徒に向かっていると言ってもいいのである」(p174〜175)
言うまでもなく、人間は多くの場合、相手の態度に応じて自己の態度を決定する。となれば、生徒にしても、「現実問題として、最近は、」教師「を疑いの目で見て対応しなければやっていけない」と思っているだろう。プロ教師にはそこまで洞察する認識力はない。プロ教師だからだろう。哀しい情景だが、お互いが不信の目で向き合っていると言うわけである。
「授業」を「大ざっぱに」「四十人のうちざっと六割ぐらいの生徒がわかればいいという前提でやっ」(p160〜161)たり、「生徒を疑いの目で見て対応」する姿勢で、そもそも「教育の維持」を図ろうとすること自体、矛盾していると言えないだろうか。
いくら「生徒の行動の予測を立てること」が困難になったからといって、最初から「疑いの目」で見られたなら、生徒としたらやりきれないだろう。「誰が、いつ、どこで、何をするかわからなくなってしまった」ことを理由に、まだ何もしていない不特定多数の生徒を「疑いの目」で見るのは、学校教育者が生徒の人格否定を犯すことになる。
四十人の生徒と信頼関係を築くのは難しい。三十人学級となったとしても、難しいだろう。だが、学校教育者であるなら、信頼を与えることで信頼を得る人間関係を常に追求する姿勢を基本とすべきだろう。
何度でも指摘しているように、プロ教師の言う「社会的規制力」とは、集団主義・権威主義の支配・強制と同調・従属の人間関係秩序が上位権威者の威嚇性を拠り所に成り立たせていたことから発した下位権威者の怖れからの自己規制を内容としたものであって、「昔の生徒たちは、ここから先はやらないという歯止めがあった」のも、露見した場合の十分に予測される大人(教師・親)たちの手厳しい反発や懲罰が「歯止め」の役目を果たしていたのであって、だからこそ、プロ教師は「あっ、この先生はお母さんと違う、怖いと思わせる」「強面の教師」に恋焦がれているのだろうが、生徒自身の自己判断・自己決定による主体的な自己規制ではなく、大人(教師・親)の判断を基準とした他者規制を内容とした「歯止め」に過ぎない。
元々集団主義・権威主義には自己判断・自己決定といった主体的思考様式・行動様式は存在しない。日本人が他人の目・世間体を気にし、それらを基準に行動するのも、集団主義・権威主義の思考様式・行動様式における主体性とは無縁の他者基準から発しているからである。
プロ教師は「放っておいてもそんなに心配することはなかった」と単細胞的に後生楽なことを言っているが、生活上の些細な一挙手一投足に至るまで、ああしなさい・こうしなさいの命令・指示の干渉で日々集団主義・権威主義を刷込み、刷込むことで主体性の芽を摘み取って社会的同調人間を育んでいたのである。
また、「歯止め」があったとする「昔」でも、障害者や在日朝鮮人・転校生に対するその時代なりの陰湿ないじめは存在したのであり、標的の原因が殆どがプロ教師の大好きな「昔」の「地域」から外れたよそ者・異質者だからであり、それは当時の地域の濃密な人間関係の逆説としてあった(現在でも尾を引いている)大人たちのよそ者扱い意識を受けた子どもの意を体する、あるいは意を迎える、いわば他者基準からの行為・行動だったのである。
障害者を子どもに持つことを恥とする、現在でも一部の人間に残っている世間体意識が子どもの醜い姿を世間に曝さないように家に閉じ込め、親自身も自らを親失格者・人間失格者と見なして隣近所の者と顔を合わせることを極力避ける態度を自らに呼び込み、そのことが地域における集団主義・権威主義の力関係における最下位に立たせて、近所の子どもたちにとって怖い存在でなくなることが「歯止め」を失わせて、障害を持った子どもへのいじめをその時代なりに陰湿にさせたのだろう。
戦争中の日本兵が「歯止め」もなく虐殺や虐待の残虐行為をなし得たのも、日本民族を優越的位置に置く集団意識と上位権威意識が他民族を劣る下位権威に立たしめ、そのことが「歯止め」となるべき懲罰意識や罪意識を失わせたからだろう。
これらのことは、「社会的規制力」なるものは、下位権威者の立場にいる人間には有効だが、ひとたび上位権威の位置に立つと、有名無実となることの証明となるだろう。
「世の中は星に碇に顔に闇、馬鹿者のみが行列に立つ」は既に述べた。現職知事、前知事、元県会議長・視学官、学校長、官吏、教授、県会議員、現場教師等々、逮捕者が152名も及んだ、明治25年の教科書採用ぐる全国的規模の贈収賄事件も例に挙げた。
このことは子ども同士の間であっても、その力関係に従って同じ原理として働いていたのである。果たして本当に「生徒たちは大きく変わ」ったのだろうか。過去の「生徒」を引きずって、いわばその発展形として存在しているだけではないだろうか。はっきりと言えることは、「生徒たちは大きく変わ」ったと言うだけでは、何の解決も、何の進展も見ないだろうということである。
次は、「C『授業ごとにスタンドアップ(起立)、シットダウン(着席)をさせる。一日何回させているのか。「一つのルールだ」と先生は言うけど表面だけのルールはよくありません』という批難」(p175)に対する反論を試みている。
「日本の学校には生徒を規制する様々なルールがある。それには伝統的に、ルールに沿った行動形態を取らせることによって教育を維持してきたという意味があるのである。それは学校における教師と生徒の関係をつくり、生徒が学習するために有効なものだった。・・・・・この十数年の学校たたきは、ヨーロッパ近代の自由・平等・個第一という理念でもって日本の学校文化を攻撃するというかたちでおこなわれてきたが、それは残念ながら学校を混乱させ、教育力の低下を生み出しているのである。『表面だけのルール』を一つ一つ壊してきた結果、荒れる学級≠ェ出現したのである。日本の文化を無視して、ヨーロッパ近代の理念をストレートに持ちこもうとしても、うまくいくはずはないのである」(p175〜176)
相変わらず内容の是非を問題とせず、表面的な解釈で済ませている。「伝統」だからと言って、すべての「伝統」が正しいとは限らないという視点が基本的にない。
「スタンドアップ(起立)、シットダウン(着席)」は、積極的なものでも消極的なものでも、「かたち」として表す身体動作であることから免れることはできない。積極的な動作として考えられるのは、授業に対する期待や関心の深さへの間接的な表明であったり、自分がマジメな生徒であることを誇示するポーズであったりする場合である。消極的動作としては、決まりだから、惰性や習慣でいつも通りに機械的に身体を動かしているに過ぎないといった場合である。
問題は、日本の教育が「かたち」優先であり、教師・生徒双方の「かたち」が対応し合っているということである。厳しい言い方をすれば、いくら積極的な姿勢で「スタンドアップ(起立)、シットダウン(着席)」を繰返そうとも、教師の教科書をなぞるだけの一方通行の解説・教え(=強制・支配)を生徒がほぼそっくり暗記(=同調・従属)する機械性を内容とした、自己判断や自己決定の自発性も存在しない、学歴という「かたち」の獲得を唯一の目的とした教育・授業を受けるに過ぎないということである。
簡潔に言い換えるなら、まず「かたち」としての「スタンドアップ(起立)、シットダウン(着席)」から「かたち」優先の教育に入っていくことによって一貫性を維持しているに過ぎないのである。いわば授業そのものが「かたち」でしかないから、その開始と終了も「かたち」で飾って、全体をもっともらしく装わなければならないのである。
と同時に、集団主義・権威主義における強制・支配とそれに対する同調・従属の構造をそのままになぞった日本の教育を象徴する強制行為の典型として、「スタンドアップ(起立)、シットダウン(着席)」かあるのである。しかも授業を間に挟んでその前後に演じられるという二重の象徴性を抱えている。
だからこそ、自発性や主体性によってではなく、「ルールに沿った行動形態」、いわば、「かたち」(ここで言う「表面だけのルール」)「を取らせることによって教育を維持」しなければならなかったのである。
「荒れる学級≠ェ出現した」のは、「『表面だけのルール』を一つ一つ壊してきた結果」でもなく、「日本の文化を無視して、ヨーロッバ近代の理念」(「自由・平等・個第一」)「をストレートに持込もうと」したことでもない。日本の社会が民主主義社会を装いながら、実態的には学歴差別社会・職業階級社会・人間差別差別社会である以上、「ヨーロッバ近代の理念」そのままの「自由・平等・個第一」は存在するはずもない幻影でしかない。
子どもたちがマンガやテレビ、その他のマスメディアが提供する登場人物から刺激を受けて、自発性や主体性の意識を自然と身につけているのに、学校が旧態依然に集団主義・権威主義に囚われて、生徒との人間関係を強制・支配に対する同調・従属の秩序構造(「日本の文化」となっている「伝統的」な「ルール」)で縛りつけ、自発性や主体性(自ら考え、その考えに従って自ら行動を起こし、その結果に対して自ら責任を負う自己判断・自己決定・自己責任)発揮の機会を奪うことで、結果的に芽生えの刺激を受けつつある「ヨーロッパ近代の理念」である「自由・平等・個第一」を抑圧している状況が「荒れる学級=vとなって現れているのである。
様々な社会的な情報によって、好むと好まざるとに関わらず、活躍なるものを意識にインプットされ、活躍を生きるキーワードとして育つよう強迫観念化された子どもたちが、学校という一つ上の社会で教師に管理された中でしか勉強か運動以外の活躍の機会を与えられない幻滅感だけではなく、退屈な授業によって否応もなしに苛立ちさえ誘発される。無限な大海(=情報社会)で育ちつつあった魚が狭い水槽(=学校社会)に入れられて、最初から狭かったのに、自分の身体が大きくなるに従って窮屈を感じるまでに狭くなったなら、魚とて、身体に蓄積されたストレスで常に爆発の臨界状態にさらされることになるだろう。ましてや人間であったなら、である。
人間の場合は初期的には自分では意識しない何らかの発散行為によって、ストレスが身体や精神の奥深くに向かって、その内部を蝕むのを避けるバランス行為が自然と働く。それが学級崩壊を起こしている問題行動の数々ではないだろうか。
次は、「D養護教諭の『先生は保健室に来る子を「甘えている」の一言で片づけてしまう。なぜ来るのか議論しなくてはいけないのではないでしょうか』という批難」(p176)に対する反論である。
「最近の生徒たちのひ弱さ≠考えると、学校に耐えられなくなっていることが充分に考えられるから、教師が、保健室にいく生徒を一方的に『甘えている』と切り捨てるのは大きな問題であろう」(p176)と一応は擁護しているが、ここには人間蔑視が漂っている。
いわばプロ教師は「最近の生徒たち」をいとも簡単に「ひ弱」いと「切り捨てる」人間蔑視を無神経にも平然と行っている。生徒を「ひ弱」いとする視線に対して、生徒はそこに含まれている軽蔑と不信をそっくりとお返しする反発で対抗せざるを得ないだろう。
生徒に対する基本的姿勢が、「生徒を疑いの目で見」たり、「ひ弱」いと見くびったりでは、生徒は教師が何を言っても、何をしても「疑いの目で」捉えることになるだろう。それは教師からのコミュニケーション(=意思伝達)の一切が正常な形では機能しない状況を示す。
「最近、『学校を子どもの居場所に!」という声が強くなっている。その背景には、家庭がその役割を果たしていないということがあるのだろう。・・・・自殺する子どもたちが、多くの場合、父母に悩みを打ち明けていないというのもこれに関連しているのだと思う。子どものありのままの姿を受け入れず、親の理想像に子どもをはめこむことばかりを考えていては、家庭が子どもの居場所になるわけがない。
そのような状況を見て、『学校を子どもの居場所にせよ』という主張はわからないではない。しかし、学校は教育の場であり、居場所だけでは、その役割を放棄したことになる」(p176〜177)
「自殺する子どもたちが、多くの場合」教師に「悩みを打ち明けていないというの」は、学校が「居場所」としての「役割を果たしていないということがあるのだろう」
「家庭」における「居場所」と学校における「居場所」は、意味も性格も同じ空間として存在しているわけではない。プロ教師は浅はかにも「居場所」を単なる「居る場所」として把えているが、「居場所」は活躍場所であってこそ、その人間にとって意義ある場所となる。活躍場所とは才能発揮の場所のことでもある。
「家庭」が「居場所」となっていなくても、学校が「居場所」となっている生徒もあり、その逆の場合もあり、「家庭」も学校も「居場所」となっていない生徒もあり、その逆もある。いわば、「家庭がその役割を果たしてい」ようといまかろうと、学校はすべての生徒にとって「居場所」とならなければならないのである。プロ教師は相変わらずの認識力の浅さである。
言い換えるなら、学校がすべての生徒にとっての「居場所」(活躍場所・才能発揮の場所)となってこそ、「学校は教育の場」となり得るのであり、そのとき初めて、「学校は教育の場」だと真っ向から言えるのである。
では、どうしたら学校が「居場所」となれるかと言うなら、生徒それぞれの可能性を従来どおりの方式で学力と運動能力でのみ問う制約されたものではなく、可能性の一つ一つをそれぞれに才能と認めて育み伸ばす機会を与え、それ自体を優劣の成績としてではなく、大きさや発展性を問う方式に改めることだろう。
「家庭が子どもの居場所」になっていなとしたら、それは「家庭」が親がそう仕向けて、学校の延長となっているからだろう。いわば学校と同じようにテストの成績(学歴)か運動の記録を唯一の価値観として、それ以外の可能性を排除した子どもに対する強制・支配が逆に子どもの自由な生命力を奪って、その息苦しさ・無益さが「居場所」ではなくさせている可能性は大である。
学校がテストの成績か運動能力を優越的な価値観としている間は、問題は何も解決しないだろう。
「E『こどもの抱える問題は、教師と生徒という上下関係のなかではもう解決できない。「先生」以外の視線で、学校が一般社会と地続きになる必要がある』という批難」(p177)に対する反論である。
「学校はもともと『子どもの抱える問題』を解決するためにつくられたところではない。くり返し言っているが、基礎的学力、生活の仕方、社会性などを教え、子どもを一人前の社会人にするところである。そこでは教師―生徒という上下関係がどうしても必要となってくる。基本的に生徒が言うことを聞いてくれないと教育は成立しないからだ」(p177〜178)
「基礎的学力、生活の仕方、社会性などを教え、子どもを一人前の社会人にする」こと自体が、「『子どもの抱える問題』を解決する」ことではないか。いじめをなくすことも、いじめが「耐える力やすり抜ける力を学ぶことかできる」(p46)とするなら、それを教えることも、「生活の仕方、社会性などを教え」る内に入るはずである。
すべてが自分の主張を正当化するための強弁に過ぎないから、矛盾・ほころびを簡単にさらけ出してしまうのである。
問題は、「基礎的学力、生活の仕方、社会性などを教え、子どもを一人前の社会人にする」という「学校」の役割がスローガンで終わっているということである。もし子どもがそれらを学び、身につけたとしたなら、それは子ども自身の資質に負うもので、学校・教師の教えによってではない。それは今までもそうであった。
そのことはプロ教師が言う、「教師―生徒という上下関係がどうしても必要となってくる」という主張から証明できることである。
「上下関係」は必要ではない。必要なのは「教師―生徒の役割」のみである。「上下関係」が「基本的に生徒」に内容や是非を問わずに無条件・無定見に「言うことを聞」かすことで「教育を成立」させているからである。そこからは自律的・主体的な「学力」も、「生活の仕方、社会性」も学ぶことはできない。学んだ生徒は自分の資質に助けられて、偶然に学んだに過ぎない。
いわば、教師の支配・強制に対する生徒の同調・従属を求める必要性からの(だから、プロ教師は「基本的に生徒が言うことを聞いてくれないと教育は成立しない」としているのである)従来からの「上下関係」は教育にかえって害毒を与えるものでしかない。
プロ教師の「上下関係」からの「基礎的学力、生活の仕方、社会性」の教えは同調・従属の線に添った機械的・表面的な受容を果たすだけのことで、自発性や主体性への発展は一般的には期待できない。自発性・主体性は感性・想像力の育みを経て、創造性へとも発展していく基礎となるものである。
同調・従属は自由な思考・自由な発想・自由な行動の抑圧要因、あるいは阻害要因として作用する。最近改められはしたが、大蔵省入省6、7年目で地方の税務署長に転向するまだ若い幹部候補生と、それに対して地方の税務署員が年齢の上の者も下の者もペコペコと頭を下げておべっかを言い、それを当然のように受止める人間関係は(殿様と家来の関係に擬せられるそうだ)、広く一般的に中央省庁の役人に対する地方役人の人間関係とも重なるが、役人社会だけではなく、役人社会ほど極端ではなくても、ありとあらゆる社会でも見受けられる、歴史的に伝統的な日本の社会慣習としてあるもので、双方のそのような態度を「社会性」とし、「一人前の社会人」のすることとするなら、日本の学校は何とも哀しい「社会性を教え」、何とも貧しい「一人前の社会人」に育てることを役割としてきたことか。
それもこれも、日本の学校教育が「上下関係」を利用して、内容・是非を問わずに集団主義的・権威主義的な同調・従属の強制・支配によって「基本的に生徒」に「言うことを聞かす」性格のものであったことが原因となっているのである。いわば中央省庁の役人と地方役人の「上下関係」、親会社と子会社・下請け会社の「上下関係」は学校社会における「教師―生徒という上下関係」の発展形なのである。
そしてプロ教師は偉大なことに今なおそのような「上下関係」を求めているのである。素晴らしきかなである。
「『学校が一般社会と地続きになる』ということはどういうことか。それは、教師も生徒も同じ人間だから五分と五分の関係をつくれ、ということになるだろう。生徒は、自分が納得することだけを聞けばいいわけで、基本的に教師の言うことを聞くということはなくなるわけだ。しかし、これでは教育は成立しないし、これまで果たしていた学校の役割を果たすことも不可能である」(p178〜179)
教師は「生徒」が「納得」したことの是非を徹底的に問うことをしなければならない。問うためには、徹底的な言葉の闘わせが必要となる。もし、そのような徹底的な言葉の闘わせによって、「生徒」の「納得」が正しいという結論に達したなら、教師は「生徒」の「言うことを聞」き、もし教師の異議申立てが正しいとなったら、「生徒」が教師の「言うことを聞く」ことによって、「教育は成立」可能となるはずである。
そしてそのような内容・是非を問うことを教師・「生徒」双方の「役割」としたなら、「生徒は、自分が納得することだけを聞けばいいわけで、基本的に教師の言うことを聞くということはなくなる」ことは決してないはずである。
「この十数年の学校たたきは、学校を市民社会化し、街中に近い状態にしてきた。その結果、荒れる学級≠竝Z内暴力が増加しているのである。教育力も大きく低下している。・・・・・・
学校は歴史的に登場したのだから、役割が終われば解体したっていいわけだ。しかし、学校を解体して市民社会化したあとで、子どもを社会人にするためにどのようなプロセスを考えているのかぜひとも聞きたいものである。まさか、子どもを抑えずに自由にしておけば、自然に文化を身につけ一人前の社会人になっていくなど考えているのではないかと思うが、人間は文化を身につける本能など持っていないのだ」(p178〜179)
プロ教師は(p17)では、「校内暴力」は「二十年ほど前から学校のなかにも入り込んできた」「学力だけで人を評価するという考え方」「に対する一種の反乱ではなかったか」と言っている。ここでは、「この十数年の学校たたき」を原因としているが、今もって続けている「学力だけで人を評価するという考え方」と因果関係がないわけではあるまい。相変わらず「学校・教師無罪説」をデッチ上げるための都合のいいことをまきちらしているに過ぎない。
人間は生後様々な文化を学習していくが、親から生まれながらに受継いだ素質や性格・能力を土台とし、その上に築いていく。例え誰が教えなくても、見たり聞いたりしたことのうち、興味や関心を持った事柄に生得の素質や・性格・能力を充足させる方向に生命本能を働かせる。
最適な例として、性に関わる文化を挙げることができる。本人の意識、欲求に関係なく、やはり生まれながらに受継いだ素質や性格・能力の影響を受けつつ、性本能エネルギーは異性への関心を呼びこみ、初期の段階においては他人の手を経ない学習によってそれぞれに独自な性的価値観を作り上げていく。処女信仰などというのは、一定の年齢に達したあとの他人や社会の情報から学習した後天性の価値観でしかない。
優れた才能を発揮した人間を父親に持った子どもが、父親による学習の有無に関係なく父親と同程度の才能を、ときには親以上の優秀さで発揮する場合があるが、父親から素質として受継いだ才能が本人の気づかないところでの生命本能の暗黙の欲求に誘発されて開花への道をたどるからだろう。
プロ教師が「一人前の社会人」の基準をどこにおいているか知らないが、生まれた子どもは例え放っておいても、母親の放す言葉を自然と学んでいくように、「抑えずに自由にしてお」かれても、人間関係や生活上の支障の程度に応じて、あるいは必要に応じて「自然に文化を身につけ」、「一人前の社会人になっていく」ものである。
例え読解可能な文字は少なくても、マンガやテレビで、あるいは趣味が低いと言われても、パチンコやその他のギャンブルで精神活動を有意義に充足させ、それらを己の文化とすることができる。
クラシック音楽や古典文学を趣味とし、高尚な精神活動を送っている高い文化を持った人間にしても、悪事を働くこともあるのだから、文化と人格は必ずしも一致はしない。パチンコやマンガ・テレビを趣味としていても、心優しい人間はいる。
桜の花に象徴させた、戦前の天皇と国家のために潔く命を散らす文化は果たして真に雄々しい文化だったろうか。果たして自発的な文化だったろうか。強制・支配に盲従した無定見な同調・従属の文化に過ぎなかったはずである。納得・了解の上自発的に受入れていくのではない、同調・従属の文化は、例えそれが間違ったものではなくても、決して社会に支配的な位置を占めさせてはならない。常に間違ってはいないと言えないからだ。
勿論、主体的・自律的に受入れた文化であっても、間違っている場合があるが、自ら受入れたことによって、責任の所在ははっきりするはずである。
テストの成績と運動能力という限られた可能性を生徒の人間価値尺度としている、学校の生徒の生命エネルギーに対する抑圧装置化が殆どの生徒の自然な存在・自然な成長を歪めている。その歪みは、案外、テストの成績と運動能力の可能性要求に応えることのできる生徒にこそ、大きく作用している可能性もある。
なぜなら、日本の学校は同調・従属人間を社会に送り出すことに関しては、その「役割」を「歴史的に」十二分に果たしてきたが、自律性人間・自発性人間を送り出すことに関しては何ら「役割」と言えるものは果たしてはいないし、「役割」を「終」えたとも言えない。その意味では、日本の歴史的な「学校」は「解体」すべきだろう。
もっとも、「解体」と言っても、今の学校をなくしたり、建物を土木的に解体するということではなく、既に一度触れたことだが、プロ教師的教師を学校外に放り出せば、「解体」と同じ作用をなすことが可能となる。
何度でも言うことだが、学校教師は学校社会での現場指導者である。マスコミが戦前の国家権力に相当する強権でもって、「生徒の自由・人権・個第一」(p82)の社会の価値観を強要したわけでも、直接的に介入して生徒に「何してもいい」という好き勝手を吹き込んだわけではない。「学校」は、「親や社会の要求することを完全に拒否する力はありはしない。残念ながらそれにのみ込まれ流されていることは事実だから、責任がないなどと言うつもりはない」(p173)としているが、それがポーズでしかないのは、これまでの「親・子ども悪者説」から判断しただけでも十分だが、「のみ込まれ流されている」学校・教師の非主体性がどこから来ているのか、それが教育荒廃にどれほどの悪影響を与えたのだろうかという問題ににまで踏込まない安易で無責任な態度からも証明できることである。
学校・教師に主体性が期待できないとなったなら、生徒を「一人前の社会人にする」教育も、「心の教育」も期待できないことになる。だからこそ、そういった教育は口先だけのスローガンで済ませ、もっぱらテスト教育を柱に据えた機械的な教育しかできないのだろう。
今回はここまで
次回は『マスコミが学校崩壊に与えた影響』の後半部分
――10月中旬予定――