市民」 ・・・・・政治編  2000.4.12.

       教育を語る ひとりひとり 政治を社会を語る


第12弾!

人権意識なき日本の政治家・日本の官僚

 


 ミンナ、ミンナ、ツナガッテイル。

 阪神大震災発生時点の日本国総理大臣村山富市クンののほほん振りとその政府の
 鈍感な危機管理
も、同じく自衛隊の出動遅れも、新潟県警少女誘拐事件のとき
 の
接待マージャン虚偽報告も、首相在任当時の小渕恵三クンのブッチホンも、
 彼の入院隠し・政府の虚偽発表も、ストーカーの中傷ビラに対する埼玉県警・上
 尾署
名誉毀損告訴調書改ざん告訴取下げ要請も、ミンナ、ミンナ、ツナガッ
 テイル。

 何によってつながっているかと言うと、そりゃあ、決まっているじゃないか。
 間が人間らしく生きて在
(あ)る生存条件の整備・維持に向けた人権意識・人権
 思想=人間の命というものへの想いの欠如という名のロープ
ツナガッテイル。

 どういうふうにツナガッテイルか、これからじっくりと御披露に及ぼう。    

 阪神大震災のときは、みんな、みんなご存知のように政治家も官僚も、そりゃあ
 、ひどかった。
村山富市クンは首相官邸でテレビが流す地震のニュース画面から
 相当な地震だと受止めていたはずなのに、
そこら辺に転がっているオッサンみた
 いに
ただ驚くだけが精一杯だったらしく、具体的な災害の規模・被害状況・人命
 への影響などの情報収集の指示も出さず、救援活動状況の詳細な報告も求めず、
 緊急に閣議の招集も図らず、ただ、ただ画面に釘付け状態になっていたその状況
 は、日本の政治家らしいと言えばらしいが、政治を痴呆症状におとしれていた偉
 大なる歴史的瞬間だったとも言えるじゃないか。

 もっとも口の悪い人間に言わせれば、日本の政治家が政治を痴呆症状におとしい
 れていなかったことがあるかいということになるがね・・・・。

 一国の総理大臣がそこら辺に転がっているオッサンであることは許されるはずも
 ないのに、そこら辺に転がっているオッサンであることを自らに許した、その頭
 の中がどうなっていたのか、フツーの国民だったら、覗いてみたい衝動に駆られ
 るだろうね。

 テレビに見入るあまり、自分が一国の総理大臣であることも、首相官邸にいるこ
 とも、その瞬間には忘れていたとしたら、政治家としての本能とか、嗅覚といっ
 たものが麻痺していたと言うよりも、もともとそんな本能・嗅覚などなかったか
 ら、できたことだろうな。

 村山富市クンがテレビに見入って総理大臣としての役目を怠け者していた間に、
 どれくらいの被災者が息を引き取っていったか、緊急に指示・展開すべき救援活
 動の遅滞によって、その後の人命喪失にどれくらいつながっていったか、計り知
 れないものがあるだろうじゃないか。全死者数のうち、どのくらいの死者がその
 影響によると、統計学的に推計してみる統計学者はいないものだろうかね。

 言ってみりゃあ、村山富市クン阪神大震災テレビ観戦は、まあ、朝っぱらから
 ビールのグラスを片手にということはまずなかったろうが、
殺人幇助に当たると
 は思わないかね。
村山富市クンを殺人幇助罪で訴える者が誰もいなかったのは
 山富市クン
にとっては幸せなことだったろうと思うよ。一国の総理大臣には無自
 覚は許されないのだから、無自覚なものだったと言う弁解は成り立つはずもない
 が、愚かしくも無自覚なまま犯した
内閣機能不全、あるいは政治機能不全に対す
 る責任も何一つ取らず、結果として政治家としての経歴にキズをつけることなく
 、惜しまれて御引退に及ばれた。それを悪運強くと形容したら、失礼に当たるだ
 ろうか。

 倒壊した建物の下敷きとなって、喉の渇きと飢えと肉体的苦痛で、徐々に命を失
 っていく者、地獄の苦しみを味わいながら、生きたまま炎に焼かれていく者。ど
 ちらも最後まで救出の瞬間を頭に思い描き、祈りながら、それも虚しく、絶望を
 道連れに息絶えていく。――人間の数知れないそのような光景を一瞬たりとも想
 像しただろうか。想像し得たなら、居ても立ってもいられない気持に駆られて、
 矢継ぎ早に的確な指示を与えただろう。

 村山富市クンには国政に携わる政治家なら特に誰もが自覚していなければならな
 い
人間が人間らしく生きて在(あ)る生存条件の整備・維持に向けた人権意識・
 人権思想=人間の命というものへの想い
が、所詮、意識として根づいていなかっ
 たのだろう。政治家としての体裁を整える必要に迫られたときは、国民の生命・
 財産を口にはするだろうが。

 口先だけで政治家を成り立たせているゴマンといる政治家の一人に過ぎなかった
 ということだったのさ。
村山富市クンが総理大臣の椅子を棚からボタモチしたて
 の頃、「ありゃあ、どこか山奥の小さな村の村長さんにこそふさわしい政治家だ
 」と頭の禿げた町のオッサンが言っていたが、そのオッサンの方が人を見通す目
 があったというものじゃあないか。

 もっとも、山奥の小さな村の村長さんに言わせれば、「奴と同列に扱うようなこ
 とはしないでくれ」と、暗に俺の方が上だと言わんばかりにお咎めを食うことに
 なるかもしれない。

 阪神大震災では、兵庫県知事自衛隊も、村山富市クンに劣らず、ひどいもんだ
 ったね。地震発生が1月17日5時46分、その4時間後の10時前後に
県知事の派遣
 要請が
自衛隊に出されたと言うのだから、その4時間の間に、救出可能な人間ま
 で何人ぐらい殺してしまったことか、
県知事以下、県の役人たちは考えたことも
 、反省したこともなかったのではないか。連中にしたって、何一つ責任を取らな
 かったのだから、それがその証拠さ。

 自衛隊も自衛隊だぁね。大規模災害の場合の派遣の特例として防衛庁官の命令に
 より派遣可能としていながら、
兵庫県知事からの要請にこだわり、多分イライラ
 しながらだろうが待ち続けて4時間も無駄にした、その
杓子定規・規則尽くめ
 日本の官僚だからできる神業とも言うべきものだろうな。偵察で飛ばしたヘリコ
 プターから刻々と被害の甚大さの報告を受取っていながら、それを
建設的な生き
 た情報
とすることができなかった無能と併せて、それら素晴らしい才能に対する
 国民栄誉賞村山富市クン兵庫県知事、さらに自衛隊の上級幹部一同に与える
 べきだったろうよ。

 自衛隊の杓子定規・規則尽くめの要請待ちが兵庫県知事の4時間遅れの派遣要請
 による
人命加害人命被害ではなく、明らかに加害である)を側面援助したとい
 うわけなのだ。官官の癒着は飲み食い・カネだけではなく、
人命軽視・人権無視
 でも同一歩調を取っていたというわけなんだ。

 連中の頭にあったのは規則・法律・前例と自己保身のみで、被害住民の被害によ
 って崩壊寸前となった
人間が人間らしく生きて在(あ)る生存条件の回復に向け
 た人権意識=人間の命というものへの想い
など、さらさら頭にのぼらせることも
 なかったろう。

 連中の自己保身とは規則・法律・前例の陰に自分の身を置き、そこから一歩も出
 ないことによってそれらに自分を守らせる構造のもので、責任回避への衝動を常
 に表裏一体としている。

 外国からの救援チームに対して、「当初『日本の医師免許を持っていない』こと
 を理由に医師活動を制限」(「朝日」95.1/25)したことによって、あるいは

 イス隊の救助犬
を検疫を受けていないからと一週間程度上陸を許可しなかったこ
 とによって何人かは人命救助できた可能性の抹殺も、前例や規則に囚われただけ
 の問題ではなく、
人権に対する=人間の命に対する重大な犯罪に当たるだろうじ
 ゃないか。

 前例と言えば、阪神大震災後の通常国会で述べた天皇の地震に関する言及が、一
 部閣僚から、「踏込んだ発言」を求められながら、伊勢湾台風のときの言葉を前
 例に、その兼ね合いから、「今次の地震による被害はきわめて甚大であり、その
 速やかな救済と復興は現下の急務であります」と決定した経緯には、
人間が人間
 らしく生きて在
(あ)る生存条件の整備・維持に向けた人権意識・人権思想=人
 間の命というものへの想い
が影形もなく、表に現れなくても、政治家・官僚たち
 の職業病的な責任回避と自己保身の習性をベースとした、そこからの意思表示以
 外の何ものでもないと思わないかね。

 大体が、天皇の「言葉」なるものが、天皇自身の想いが作り出したものではなく
 、元々
人権意識・人権思想=人間の命というものへの想いを欠如させた政治家・
 官僚たる内閣と宮内庁が合成し、閣議に諮ったものを天皇が自らの「言葉」とし
 て国民に伝える、国民をバカにした、あるいは国民を欺くもので、そういった構
 造上、「言葉」自体に魂を宿しているはずもなく、月並みで、手応えも刺激もな
 いものとなる宿命を最初から抱えているんだな、これ。

 ギリシア神話に出てくる、自分の言葉を持たず、相手の言葉をなぞることしかで
 きない
ニンフのエコー(こだま)は美貌の青年ナルシスに恋焦がれるが、ナルシ
 ス
の問いかけに、その言葉をそっくりなぞって言い返すばかりで、軽蔑され、絶
 望のあまり姿形を失って声だけとなってしまうが、
人間の命というものへの想い
 =人権意識・人権思想の欠けた欠陥人間はどう逆立ちしたって、自分の言葉を、
 政治家なら、自分独自の政治思想・政策を持つことはないだろうよ。その逆もま
 た真なりで、自分の言葉を満足に形成することのできない人間・政治家・官僚は
 、
人間の命というものへの想い人権意識・人権思想を自分のものとすることは
 不可能だろう。

 自分の言葉を紡(つむ)ぎ出すことのできない、今まであった言葉・他人の言葉
 をなぞるだけの政治家・官僚が如何に多いことか、歴史的に日本の伝統とさえな
 っている。だからこそ、
顔のない日本人とか、カネは出すが、政策のない日本の
 政治家
と言うアリガターイ値札を首からぶら下げられることになるのだろうさ。
 結構なことじゃないか。

 海外の地震報道は、予想した米ロサンゼルス地震のときのような略奪や争いは見
 られず、食糧や水は先を争うこともなく、長い行列をつくっておとなしく順番を
 待って求める平静さを常に保った
被災市民の沈着な態度・秩序だった行動を驚き
 や称賛の言葉で伝えた。

 だが、そのような「沈着な態度・秩序だった行動」が政府の危機管理対応のもた
 つき・自衛隊の杓子定規な姿勢による出動の遅れによって、救える人命をどれ程
 失ったか、それら一連の
人間の命に対する重大な非人権的犯罪に対して抗議の声
 を何一つ上げず、抗議の行動を何一つ取らない
「沈着さ・秩序正しさ」にもつな
 がっていることを考えると、驚きや称賛をありがたがってばかりはいられないだ
 ろうとは思わないかね。

 政府・自衛隊の対応を、非人権的犯罪のレベルで把えてのことではなかったが、
 批判の一人相撲を取ったのはマスコミのみであった。まさしくご苦労さんである
 。

 戦争中、「世の中は星に碇(いかり)に闇に顔、馬鹿者のみが行列に立つ」(『
 昭和史』金原左門・竹前栄治編・有斐閣)と、自嘲なのか、批判なのか、戯れ言
 (ざれごと)が流行(はや)ったと言う。「星と碇は陸海軍の軍人を、顔は隣組
 長、町内会・部落会の役員、配給の末端機構を担う商人や地域の小商人・小地主
 ・中小企業主・貸地貸家主・医者・官吏などをさす。彼らにより、戦争遂行の奉
 仕者として役得行為を半ば公然とおこなう不正が横行した。『一部の軍人の家庭
 をはじめ特定の人々は多くの物資を確保し、一般人と異なった生活を送ることも
 行われた』(矢本昭雄『生活経済史』大正昭和編)という有り様」
『昭和史
 』)
に対して、一般住民は抗議の声を何一つ上げず、抗議の行動を何一つ取らな
 い
「沈着な態度・秩序だった行動」でおとなしく「馬鹿」を見続けたのである。
 阪神大震災で死んだ人間、家や財産を失った人間はまったくもって
「馬鹿」を見
 ただけで片づけられてしまったのである。

 政府・自衛隊は自分たちのお粗末な危機管理を弁解でかわし、誰一人として責任
 を取らなかったのだから、それは被災市民の終始一貫した
「沈着な態度・秩序だ
 った行動」
に助けられてのことだったのだろう。そうは思わないかね。

 次は警察官僚の限りなくゼロに近い人権意識・人権思想の欠如を情け容赦なく俎
 板(まないた)に載せてみようじゃないか。
9歳の少女が行方不明となって9年
 2ヶ月振りに保護されたことの報告を受けた
新潟県警本部長は、特別監査に訪れ
 た後の監査点数を甘くしてもらう目的の慰労会だか、接待だか知らないが、温泉
 ホテルでの監査担当の
関東管区警察局長との飲酒とマージャンの継続を優先させ
 て、報告を報告のままで終わらせた、その神経の繊細さは、さすが県警本部長、
 さすが
キャリア組と称賛に値する。このことは決して不祥事と片づけていいもの
 ではなく、
人間の人間に対する人権犯罪である。

 9歳の少女が奥深い山中でハンターかハイカーによって白骨状態で発見されたと
 言うならまだしも、第三者に支えてもらわなければ満足に歩けない生存状態で発
 見されたということは(実際の発見者たる保健所職員と医者から受けた報告をそ
 のまま伝達されて知っていたはずで、伝達を受けてもいない、自らも訊ねはしな
 かったということなら、怠慢では済まされない救いがたいまでの人権意識の欠如
 を示すもので、それだけでも警察官としての資格と言うよりも、人間としての資
 格を失うだろう)、9年2ヶ月も警察の役目と責任を果たさなかったばかりか、
 果たさなかったことによって、同じ期間、
少女人間が人間らしく生きて在(あ
 )るべき人間生命の尊厳と人権の一切を見殺しにし、その状態をさらに今後とも
 尾を引かせる人権と人間生命の尊厳に対する罪を結果的に犯したということでも
 あり、
新潟県警本部長にそのことへの想いが毛ほどもあったなら、何を置いても
 捜索本部に駆けつけただろし、さも警察自身が発見したかのような虚偽の記者会
 見を思いつくことも、認めることもなかったろう。そうはせずに虚偽の記者会見
 を認め、酒とマージャンを続けたのは、さすが日本の警察である。

 連中の頭にあったのは警察のメンツと責任回避と自己保身のみである。少女
 間が人間らしく生きて在
(あ)るべき人間生命の尊厳と人権の回復に向けた警察
 の無能力・責任の不履行は
少女の在(あ)るべき人間らしさを間接的に破壊した
 のと同じであり、間接的なものであっても、誘拐犯に優るとも劣らない悪質な精
 神的殺人罪として、誘拐犯と同等に裁くべきだろうじゃないか。

 ところが、国家公安委員会警察庁新潟県警本部長を1ヶ月の懲戒処分とし、
 おあとは
新潟県警本部長関東管区警察局長の引責辞任で一件落着の幕を引いて
 しまった。

 国家公安委員東大出だとか言う六十格好の男が二人の辞任を、「自分から辞め
 ると言うのは腹を切るということだ。並みの人間にはできないことであり、サム
 ライである、武士道だ」
といった趣旨のことをテレビで放言していたが、二人が
 サムライで、武士道に則った人間の中の人間だと言うなら、
少女の無残にも破壊
 された
人間らしくあるべき姿への無神経な鈍感さも、酒とマージャンを優先させ
 た恥知らずな図々しさも、
警察のメンツと責任回避と自己保身への薄汚い執着も
 サムライ精神の表れ、武士道的感性の表れとしなければならなくなる。

 東大と言うところは人間をバカに教育するところなのだろうか。もともとバカが
 入学するところなのだろうか、誰かこの疑問を解いてくれる人間はいないだろう
 か。

 新潟県警本部長関東管区警察局長のマージャン発覚に関して、小渕恵三クン
 、「俗っぽく言えば運が悪かったと言うことで済まそうとするだろうが、運が悪
 かったでは過ごせない問題だ」とか、「天網恢恢疎にして洩らさず」といった発
 言は、二人のマージャン行為の結果性のみを問題とするもので、それは警察の無
 能が原因した
少女の9年2ヶ月という長い年月と、さらにこれからも長い期間置
 かれるであろう人間らしさを損なわされた結果性への視線は一切なしで、これも
 政治家の人権意識・人権思想の欠如を如実に物語るものであろうよ。

 小渕恵三クンと言えば、自分で命名したかの有名なブッチホンである。手帳には
 電話番号がびっしりと書き込まれていて、政治家・財界人だけではなく、芸能界
 の有名人にまで電話を掛けまくっていたという。気配りと情報収集が目的だそう
 だが、一国の総理大臣に必要とされる肝心要の政治に関して無能だから、その埋
 め合わせに電話を自己活躍の方法としていただけのことで、
ブッチホンなどと称
 して、それで自己満足していたのだから、政治家としての達成度・成熟度は限り
 なく低く、
村山富市クンと同様、総理大臣と言うよりも、「どこか山奥の小さな
 村の村長さんにこそふさわしい政治家」だったのだろう。

 現在の総理大臣に必要とされているのは、長引く不景気の影響で働き盛りの年齢
 でリストラに会い、生活の縮小を迫られたり、ローン途中の家を手放したり、父
 親の失業による家計の苦しさから大学進学を断念したり、あるいは将来に不安を
 抱えたりといった、政治家にもその責任と罪はあるはずの、
人間が人間らしく生
 きて在
(あ)る生存条件を国民から奪い、損なっている現在の社会情況の一刻も
 早い解決であり、そこにこそ政治家としての想像力・政治思想のすべてを向ける
 べきで、有名人相手の電話に時間とエネルギーを割いている暇などないはずであ
 る。

 それを首相官邸から、「もしもし小渕です、恵三です」と予告もなく電話して、
 最初はイタズラだと思わせて、本物だと分からせたところで相手を恐縮させ、

 渕恵三クン
御本人はしてやったりと御満悦する。何のことはない、気配りと情報
 収集どころか、それは態のいい口実で、ビックリ箱を御本人自らが演じる遊びに
 過ぎないだけのことじゃないか。その手のものは、国民に対する
人権意識・人権
 思想、人間生命への尊厳意識が欠如
しているからこそできる芸当だろうじゃない
 か。

 小渕恵三クンの今回の入院隠し・政府の虚偽発表も、政権維持のみを視野に入れ
 たケチ臭い自己保身からのもので、
国の政治が国民の代表たる国会議員によって行
 われるものである以上、政治は常に国民に対して説明可能範囲のものでなければなら
 ない。いわば、
政治は国民に正直でなければならない。政治家はこれを不変の真理と
 する責任を負う。
それを逸脱した説明不可能な馴れ合い・秘密主義・虚偽行為は
 国民の人権に対する重大な犯罪の一つに入れなければならないだろう。その手の
 犯罪を一つ犯しただけでも、政権の座についている資格はないね。

 小渕恵三クンに関する巷で聞いたブラックユーモアを紹介しよう。
 「小渕首相をこのまま死なせてしまったんじゃ、残念でならない。一刻も早い病
 気からの回復を願っている。あんたはもうお呼びではないよと知らしめるために
 ね。最初からお呼びではない政治家だったけど」

 2000.4/10の衆院本会議での、かの偉大なる自民党野中広務幹事長の発言。「
 
小渕前首相が粉骨砕身の努力を重ね、身も心もボロボロになったことは、誠に残
 念至極だ。先ほど鳩山氏からお見舞いの言葉を頂いたが、
小渕前首相の心と身を
 ボロボロにした原因のいくつかが鳩山氏の発言にあったことを思うと、あまりに
 も白々しい発言だ」(4/11「朝日」朝刊)

 その発言に対する鳩山氏の抗議に対して、偉大なる野中幹事長は、「(NTTド
 コモ株疑惑
に関して)小渕前首相は唇をかみしめ、涙を浮かべて、党首討論のた
 びに鳩山氏は私を犯人扱いにしたと言っていた。私はその悔しさを知る人間とし
 て、言葉を返しておきたかった」(同「朝日」)と感情丸出しの弁明を御披露し
 ている。

 小渕クンNTTドコモ株疑惑で自分は間違ったことはしていない、自分はどこ
 までも正しいということなら、あくまでも毅然と構えていればいいことじゃない
 かね、
野中クン。濡れ衣を着せられただけで病気になってしまうようなヤワな精
 神の持主なら、最初から政治家になどならなければよかっただけの話で済ませよ
 うよ、
野中クン。例え政治家になったとしても、陣笠を自分の頂点と分を弁える
 べきだったと思うよ、
野中クン。どっちへ転んだとしても、所詮小渕クン「最
 初からお呼びではない政治家だった」
ということじゃないか。

 埼玉県警・上尾署名誉毀損告訴調書改ざん告訴取下げ要請も単なる怠慢・責
 任回避で済ますべきではないだろうな。ストーカー行為に会い、中傷ビラをまか
 れ、
人間が人間らしく生きて在る生存条件を精神的にも物理的にも損なわれてい
 たことを無視・疎外する
人権に対する警察の犯罪であり、人間生命の尊厳に対す
 る重大な罪
として扱うべきだろうとは思わないかね。

 どのような利益があって、調書改ざん取下げ要請を行ったのだろう。単に仕事
 をふやしたくない怠慢からの仕業なのか、それとも相手は風俗店経営者である。
 警察官が利用していた店なのか、それとも風俗店関係者との情報交換を口実の会
 合で飲ませてもらったり、食べさせてもらっていたりの関係上、お目こぼしを必
 要としたのか、警察のこれまでの突つけばいくらでも出てくる怠慢行為・責任回
 避行為・虚偽報告を考えると、いくら勘繰っても、勘繰り足りないと思うよ。

 いずれにしても、ミンナ、ミンナ、ツナガッテイル。これ程見事にミンナ、ミン
 ナ、ツナガッテイル
のも、素晴らしい話と言うものだね。人権意識なき日本の政
 治家・日本の官僚
だからこそ、スハルト時代のインドネシアにインドネシア国民
 の人権を無視した、スハルト一族のネポティズム(縁故主義)をのさばらせる経
 済援助が可能となったのだろうさ。

 他国民の人権を無視する政治家が、自国民の人権を無視しないはずがない。ただ
 巧妙に隠しているだけの話で、
無能な危機管理は人の命への想いの欠如が原因な
 のを忘れてはならない。

                             著作権者・手代木恕之

 

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