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    第113弾   お粗末だった証人喚問
                                                 upload.5.12.25.(日          


 

                                                         

 

 

 

 


 

 
 05年12月14日の証人喚問に於ける耐震偽装(鉄筋量の 不法削減)は誰が指示したのか、誰の発案によるものなのかの追及に関してのみ言えば、新たに時間と資料を与えられたことを考慮に入れると、参考人質疑から進展を殆ど見ない、それをほぼムダにした焼き直し再演に見えた。

 
の程度の追及しかできない国家議員に毎年毎年バカにならない歳費を払っていると思うと、その膨大なムダもバカにならない。

 
疑惑は深まった」としているが、巧妙に言い逃れさせたに過ぎない。木村建設は姉歯元建築士一人に罪をかぶせる戦術に出た。それは今後とも変らないだろう。

 
村建設の物件で姉歯元建築士以外に構造設計を担当した建築設計事務所 2社の鉄筋量が基準より少ないことが判明したと12月17日の夕方、テレビが伝えていた。その事務所の一つが、「バランスの取れたデザインを施せば、1平米当り60キログラムの鉄筋量でも耐震強度は保てる。木村建設から減らせといった圧力は感じなかった」と偽装を否定している。

 
日の朝日新聞朝刊を見てみると、「姉歯元建築士については『勉強不足の建築士がきちんと検討されている合理的な設計の結果をまねしただけ』と批判した」と出ている。

 
まねしただけ」なら、構造計算書を操作する必要は生じないはずだが、操作があった矛盾はどう説明したならよいのだろう。

 
う1社は、「柱の代りに耐震壁を使う手法を採用しているとし、『鉄筋量が少なくても安全性は保てる』と強調した」と書いている。

 
れが事実とすると、参考人質疑も証人喚問も茶番と化す可能性が生じる。どう検証するのだろうか。

 
に建築されてしまった建物である。震度5強以上の地震が発生しても、地盤の関係からの揺れの程度で、鉄筋量が少なくても倒壊を免れる幸運に恵まれる場合もあるだろうし、逆に鉄筋量が基準を満たしていても、やはり地盤の関係で倒壊する不運に見舞われることもあるとすると、震度5強以上の地震が発生するまで待って、倒壊するかどうかその結果 に検証を委ねるとしても、正確な検証は期待不可能と言うことになる。

 
れ以前に問題としなければならないのは、建築確認機関に提出した建築確認申請書類のうち、構造計算に関わる書類に偽装を一切施さなかったかどうかである。従来の経緯から言って正確なチェックもなく支障なく通過しただろうが、「安全性は保てる」とするなら、偽装のない構造計算書を提出したはずである。その確認が必要となる。

 
し正確にチェックする機関が存在したなら、「バランスの取れたデザインを施」していたとしても、一般の建築士の知識外の設計技術であるなら、1平米60キログラム以下の鉄筋量は基準外としてはねられた可能性は高い。

 
らに言えば、鉄筋量が基準以下の1平米60キログラム辺りでも(51キログラムの設計もあったという)、安全に強度を保てる設計方法を考案したなら、その正当性を建築学会等に諮り、あくまでも学問上のことであっても、地震強度を保つとの承認を受けてから、そのことを法律に反映させた上で実際の建築に応用すべきだったろう。

 
準内という正統性の獲得を先に用意するのが筋ではないかと言うことである。

 
村建設側も証人喚問で、その正統性を訴えていなかったことと考え併せて、それが公に認知された設計方法でない限り、1平米80〜100キログラム以下の鉄筋量は耐震強度を満たさない基準外だと、従来どおりの法律の観点から、そう見なさざるを得ないのではないか。

 
人喚問をお粗末 と非難するからには、どうすべきだっかを呈示する責任が生じる。建築には素人ではあるが、基準とされる80〜100キログラム以下は違法とする線に添ってどのような追及の方法があったか、頭の体操程度にごく一般的な社会的常識の面から偽装問題を問い直してみる。

 
を売る商売で手っ取り早くボロ儲けしようと思ったなら、健康によくて履き心地よい靴をたまたま発明できたということなら、素晴しい幸運だが、そんなうまい話はザラには転がっていない。ごく普通の人間が狙うボロ儲けの手口と言ったら、偽ブランドの靴を自ら製造するか、海外、あるいは国内から仕入れて売れば、ボロ儲けの皮算用ぐらいはできる。所期の目的を果たすには、警察に摘発されないことを絶対条件としなければならない。いずれにしても危ない橋を渡ることになる。

 
かしまっとうな靴をまっとうに売る靴屋が他の商売敵に伍して商売を維持し、自分の生活を成り立たせていくためには、客に感じの良さを与える接客態度に気をつけるだけではなく、商品を安く仕入れるか、店に並べている靴の値段を一般的な売値以下に下げるといったサービスを行わなければ、なかなかやってはいけない。

 
理難題を吹っかける客がいて、靴の原価以下に値下げしろと要求した場合、他にもたくさんその店から靴を買う客か、以後顧客となる可能性が確実な客だというなら、1品ぐらい原価割れの商売は可能だが、一見の客にそんな商売はできるはずはない。

 
歯1級建築士にとって(木村建設篠塚明東京支店長共々、肩書きに元≠ニいう名称がつくことになったが)、靴屋の商品である靴に相当するのが、自らが設計する設計図面であり、その単価は商品である設計図面に設計料として付加される

 
ザインの分野で特別に優れていて、間取りまで含めた建物全体の意匠・装飾を自らデザインする建築士ならともかく、他人がデザインした建築物を構造物として耐えられ強度と耐久性の確保のために骨組みを成す各部材の寸法や配置をデザインし、その強度を計算するだけの一般的な建築士は、一般的な靴屋と同じく、お客を抱えなければならない弱い立場にある。

 
のような建築士が商売敵である他の建築士に伍して仕事を確保していくためには、靴屋が靴を安く仕入れて安く売るか、値引きといったサービスが必要なように、自らの設計料を値引きして低く抑えるか、可能な範囲で構造内容に工夫を凝す、いわゆる経済設計を行い建築費が安く上がる設計を提供するか、どちらかだろう。

 
しそれが建築費が格段に安く仕上がるよう顧客に喜ばれることを狙った、構造物として耐えられないまでに部材の強度を落とした行き過ぎた経済設計であったなら、靴屋が偽ブランド品を売る誤魔化しに通じる悪事ということになる。

 
05年12月14日の衆議院で行われたマンション・ホテルの耐震偽装に関わる証人喚問は、それがコンサルタント会社、あるいは売主や建築会社からの要請で、建築士が顧客維持のために仕方なく応じた経済設計の疑いのもとに展開された。

 
かし可能性としては靴屋が自ら偽ブランド品を扱うように、建築士自身が顧客獲得のために依頼もされずに自ら行った違法な経済設計と言うことも考えられないことはない。

 但し、建築に関わる構造物の構造内容には
建築基準法という法律上の限界を抱えている。このことは経済設計にも及ぶ限界であるのは言うまでもない。売主も建築会社も、その他建築に関わる関係者すべてが、その法律の限界を守らなければならない。

 
うである以上、1平米当りの建築単価が一般よりも相当程度低く仕上がる設計となっていて、それが売主か建築会社の意向で仕向けた設計でなかったなら、売主・建築会社共に建築士自らが行った法律の基準以下の経済設計である疑いを持つぐらいの常識を働かさなければならないだろう。

 
のような疑いへの発展は、中古車を買うにしても、その売値が普通より安すぎたなら、誰もがこれは何かあると疑ってかかるのがごく一般的な自然な判断であるのと同じく、自然な判断として出てこなければならないプロセスであろう。

 
まり売主・建築会社共に常識的にその手の疑いを生じせしめて、その上でその設計図を検証・確認する次なるプロセスへと進むのが建築に関わる者としての発揮しなければならない責務であろう。

 
んなに安く仕上がる建築方法があったのだ、これは商売になると喜ぶばかりだったとしたら、建築物提供者としての責任を果たすことにならない。車一台を新しく製造するにしても、消費者に提供するまでの間に何10回となく走行実験を繰返したり、コンクリートとかの壁に衝突させたりして、車体そのものや運転席に座らせたダミー人形の損傷程度を調査して、乗り心地だけではなく、何よりも走行上の安全性や耐久性を試験して品質に関わるデータを揃えてから、これで大丈夫だと確認する作業を積み重ねる。

 
築物の場合は、車みたいに1台完成させてからその性能を試験するというわけにはいかないから、構造物自体の強度と耐久性を建築にかかる以前の設計の段階で建築基準法に照らして検証・確認を受け、この設計なら大丈夫だとの認証を得た上で建築にかかる。

 
主・建築会社に代ってその役目をするのが自治体や民間の建築確認機関だが、平米当りの建築単価が一般よりも相当程度低く仕上がる設計となっていたなら、法律の基準以下の経済設計である疑いを持つのが建築物提供者としての常識的な判断だとするなら、次の手順として、建築確認機関にしても見落としがある可能性をも考慮して、売主・建築会社のいずれかが、この設計で建築基準を満たすかどうかの注意を促すぐらいのことをするのが、やはり建築物の提供者としての当然果たさなければならない義務ではないだろうか。

 
研(総合設計研究所)ヒューザー木村建設も、そういった手順を踏んでいなかった。踏んでいなかったばかりか、木村建設の篠塚明東京支店長は建築物が法律上の限界を抱えていることを知らないで済すことのできない立場にいながら、姉歯1級建築士に「鉄筋を減らせ」と指示し続けたと言うから、鉄筋を減らすことを介して建築単価を下げる方向に向けた手順のみを踏んでいたことになり、そのような手順は建築基準法が定めている建築物の限界に考慮を払わない、あるいは無視した行為であり、法律の基準を下回る構造強度であることを知らなかったとすることができる指示とはならない。

 
まり法律の基準以下とはならないか常に注意を払って、建築士に確認しながら指示を出さなければならない責任を負っていると言うことである。

 
人喚問でこの方向からの質問に絞って重点的に攻めたなら、偽装の仕掛け人の解明につながらなかっただろうか。甘いだろうか。

 
くごく常識的に言えば、インチキな設計図面を売りつける建築士ではなく、構造計算をするだけの立場で、その技術に関してそれなりの才能が備わっていたなら、それが初めての客の初めての仕事であったとしても、その客を顧客として取り込むために、法律の範囲内で建築費を最大限に抑えることができる効果的な経済設計を最初から心掛けるはずである。

 
まり、最初から設計技術に関わる自らの手の内をすべてさらけ出す。誰が技術の出し惜しみするだろうか。靴屋なら、いきなり限界までの値下げに応じず、値引き交渉で少しずつ下げていく手を使うだろうが、建築士が自分の技術を裏切ってわざわざ建築費が高くなる設計を心掛け、この次再度仕事が来たら、少しコストダウンできる設計にしようと考えるだろうか。

 
初から設計上のサービスを最大限に行う。それを行わずに技術の出し惜しみをしていたなら、自分から顧客にするチャンスを狭めるようなものである。顧客の立場の売主・建築会社にしても、法律の限界を弁えていて、それを厳格に守る意識を持っていたなら、コストダウンの対象を構造自体に向けずに、建築士の設計料に持っていくのが常識的な選択であろう。例えそれが僅かな金額でしかなくも。 以後も仕事を依頼するから、設計料をこれくらいサービスしてくれないかと。他の業種に於いても、それが常識というものであろう。

 
律の限界を抱えているということは、経済設計が打ち出の小槌とはならないと言うことであろう。構造計算の仕事を依頼するたびに、鉄筋をもっと減らせと言って、減らした図面が建築基準に適う経済設計だと強弁できる打ち出の小槌とは決してならないと言うことである。そのことを認識していなければならない立場にいながら、指示した。「法律の範囲内だという認識だった」などというのは、経済設計を打ち出の小槌とするいかがわしい錬金術に過ぎなかったはずだ。