ニコライ・レーリヒ著

『シャンバラの道』

中央アート出版社

2600円

 

  レーリヒは今世紀前半に活躍したロシア人の画家です。画家という肩書きの外にも、探検家、考古学者、平和運動家、教育者、神秘家と多くの顔を持っています。延べ3年余りに渡るチベット探検を行い、多くの美しい絵画を残し、晩年はインド北部のヒマラヤ山麓で余生を過ごしました。また戦争時に文化遺産を戦禍から守ることを目的とした「レーリヒ条約」の提唱者としても知られ、この条約はルーズベルト大統領らが中心となって南北両アメリカ諸国によって批准されました。彼が家族を引き連れて当時は鎖国状態にあったチベット探検を敢行したきっかけとなったのが「シャンバラ伝説」です。中央アジアのどこかに秘密の地下都市があって、この世が乱れたときにそこから平和の戦士が地上に出てきて、世界に秩序を取り戻す、という伝説がチベットやモンゴルを中心とする中央アジア一帯に伝わっています。この伝説は芸術家であり平和運動家である彼の内面に深い印象を与えたに違いありません。この本は1930年に初版が発行されていますが、当時、第一次世界大戦を経験したばかりの世界は次なる大戦へと向けて着々と準備を重ねていたのです。このような世界情勢が敏感な芸術家の心にどのような影響を与えたのかは想像に難くありません。この本はレーリヒのチベット探検記であるとともに、世界の平和を模索するひとりの平和運動家の心の軌跡でもあるのです。
  残念ながら、レーリヒとそのシャンバラというテーマは日本では一部の興味本位の雑誌などによってかなり歪められた形で伝えられてきました。この本を読んでもらえばわかるように、彼は近いうちにこの世で最後の聖戦が戦われるだろうなどといった、一部の好事家が支持したがるようなナンセンスを信じていたのではありません。彼はきわめて現実的に、この世界がもっとよくなるためにはどうしたらよいのだろうかということを芸術家として、平和運動家として、科学者として、行動の人として探究していたのです。第二次大戦後、インドの初代首相となったジャワハルラル・ネルーと戦後の世界体制について語り合ったのは、戦局の行方がだんだんと見えてきた1944年か45年のことでした。
  彼はアメリカでも多くの展覧会と平和運動、教育活動を行いましたが、多くの賛同者とともに「不可解なロシア人」という印象を抱く人も少なからずいました。アメリカに限らず多くの国々で、日本でも彼の思想が十分に理解されているとはいえません。むしろ彼の芸術家としてのロマンチシズムとロシア人としての宗教的なインスピレーションがそのような結果を招いたのかもしれませんが、この本を読む限りでは彼の意図はどこまでも誠実なものだったように思われるのです。
  「リンク」でも紹介したように、彼の絵はインターネット上の「レーリヒ美術館」で見ることができます。その絵があなたの感性と響き合うところがあったなら、この本を手に取ってみるのも一興かもしれません。


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