| 私は3歳の時に、40十度の熱が出て、脳性麻痺になりました。 幼稚園に行って、毎日が訓練でした。それがとっても痛くて、泣いていました。 学校に行きました。学校は、西部養護学校です。小学生の時は、 まだ、小さいから何も思わなかったけど、中学生になり、死にたいと思い始めて 親に「私を殺して」って言って、困せらせました。 そんなことが、中学生が卒業するまで続いていました。 高校生になって、夏に学校でワークキャンプがありました。 そのキャンプは、普通の学校の学生たちが養護学校に来て、私たちと学校に泊って 遊んだりしたキャンプでした。そこで私は、初恋をしました。 卒業した後も、しばらく初恋の人と、文通をしていました。 私がどうやって、手紙を書いていたと言いますと、中学の時に タイプライター を練習して、書いていました。何とか、手でキーをうっていました。 でも、たくさんの他のキーも打つから文にならなくて、母に他の字を消してもらいました。 そのあとは、タイプライターからワープロに代りました。しばらく そのまま 手でやっていたけど、だんだんと母に手紙の文章を見せるのが、イヤになってきて 「どうやったら、他の字をうったないように出きるかナァ」と考えていました。 なんとなしに バンダナーに ボーを付けて やってみたら、うまく書けたので うれしかったです。 学校を卒業して、XXXXXXXXXに行きました。 そこで、まず電動車椅子を練習しました。はじめは手で運転をやっていたけど 思いどおりに運転が出きなかった。 そしたら、「あごで 運転をしたら」って、XXXXの職員が言ってくれました。 私は、母と一緒に毎日練習をしました。そのおかけで、今は電動車椅子で、どこまでも 行きます。言葉がしゃべれないから、文字版を使います。カチューシャにストロー付けて そのカチューシャを、私のおでこにはめて、ストローで、文字版の字を指します。 それと、目で見て言います。 |