十三、
吉永一尉からFGの除隊者名簿が届けられた。全部で十一名おり、幹部の再就職先も記載されている。篠山が思っていた通り、その中に富士オートマトンがあり、他には昭興生命、葵精工等もあった。
富士オートマトンに二名、昭興生命に一名、葵精工に二名、そして旭洋産業に二名となっている。合川尚児と他三名は再就職先は記載されていない。おそらくこの三人は幹部でないので追跡調査されなかったのだろう。
昭興生命に入った幹部の名前を見て、おやっと思う。篠山は名刺を取り出して較べた。
「片倉惣一」、同じ名前だった。
昭興生命で篠山が逢った保険調査部の片倉である。富士オートマトンでも一度逢っている。彼もFGグループの一人なのだ。その他には見覚えのある名前はなかった。
確か重田専務は昭興生命は富士オートマトンの筆頭株主だと言っていた。そして、富士オートマトンは葵精工のコンピューターを使っている。
旭洋産業という会社は初めて目にする名前だったが、この会社を除いた二つの会社は明らかに富士オートマトンと関連がある。更に殺された田上も富士オートマトンの社員なのだ。このつながりは何を意味しているのだろう。
確かに企業間には持ちつ持たれつという関係があり、お互いになんらかのつながりがあって当然なのだろうが、そこに異質な自衛隊の除隊者の就職というものが絡んだ場合、もし旭洋産業にも富士オートマトンとのつながりがあったら、偶然とは言いきれない何かがあるような気がしてきた。
それを確かめようと思い、篠山は富沢と共に旭洋産業に出向いた。
旭洋産業の本社は砂町にあった。期待した通り旭洋産業は富士オートマトンと大いに関係があり、会社自体は大きくはないが工作機械の部品メーカーとして、トップクラスの先端技術を持っているということが判った。そして聞き込んだところによると富士オートマトンには継続的に相当量の部品を納めているらしい。
篠山は明りが見えてきたような気がした。
今まで捜査して判明した結果から、おぼろげながら一つの仮説ができつつある。
先頃マスコミで騒がれた新工場、そして重田専務に聞いた話を思い返すと、FGの企画は富士オートマトンで実行されようとしているらしい。いや、もう既に実行されつつあるのかも知れない。
するとその企画とは‥‥‥。
田上洋介は新工場の工場長になる予定だった。そして、新工場に設置する葵精工のコンピューターに反対していた。
重田は既に決定されていたようなことを言っていたが、実際は田上が生きていたら葵精工のコンピューターは採用されなかったのではないだろうか。いや、コンピューターではなく何とかと言う言語だった。篠山にはその辺はよく判らないが、とにかく田上が反対していたことは事実なのだ。
FGは富士オートマトンの新工場で何かをしようと計画を立てていたが、田上が工場長として新工場に来るとそれに支障を来すことになったのではないだろうか。
だから、殺したのか‥‥‥。なんとなく納得がいかない。
田上の後任として社長の園島が工場長を兼任となったが、誰か他の者が工場長として行く可能性もあったはずである。それは邪魔にならなかったのだろうか。
いや、そうではあるまい。
するとやはり葵精工のコンピューターを、いや言語を反対したことが動機かも知れないと考えてみたが、やはり納得できなかった。
コンピューターの名前は何とかタローとか言っていた。日本にはまだ二台しかないものらしい。一台は富士オートマトンに、そしてもう一台は‥‥‥、そうだ重田専務は自衛隊にあると言っていた。
篠山は重田専務の話を聞いていた時はコンピューターのことなど関係ないと思っていたので忘れていた。同じ型のコンピューターが自衛隊にもあると言うことは、もしかすると‥‥‥。
FGグループは葵精工のコンピューターで何かをしようとしているのかも知れない。自衛隊内ではできない何かを‥‥‥。
すると富士オートマトンに入ったFGグループの隊員はコンピュータ技術者の可能性がある。確か吉永一尉は特殊な技術を持った者が除隊したと言っていたではないか。
しかし、こんな少人数で何をしようとしているのだろうか。FGグループが全体で何人いるのか判らないが、自衛隊内ではいざ知らず、隊外にいる十一人だけで実行してもたかが知れていよう。
「篠さん。もしそうなら誰かバックで援助しているかも知れないな。だってそうだろう。大企業の一社員がその中でどうあがいたって何もできないと思うし、ましてや彼らは自衛隊を除隊して目的の会社に入っている。普通なら入社するのも難しいだろう」
そうかもしれない。しかし、大木の何もできないと言うのには賛成できなかった。
彼らが入社するのを援助し社内で彼らの目的のために動き易いようにお膳立てできた何者かがいる可能性は認める。
昭興生命や富士オートマトンが会社ぐるみで協力してるか、そうでなければ会社に影響力のある人物か団体が存在しているかしなければ、彼らだけでは計画を実行できる配置に着くことはできないだろう。
だが、田上が殺されたと言う事実で会社ぐるみで協力していると言うことは否定できると思った。もし会社が協力しているのであれば田上を左遷すればこと足りるはずだ。
恐らく、田上は重田がにおわしていた以上に富士オートマトン内では力があったのかも知れない。だから外からの圧力では如何ともしがたかったのではないだろうか。
係長は何もできないと言っているが、吉永一尉の話では既に何かを実行している。大企業は小企業と違い、分業制が発達している。お互いに歯車で組み合って動いているが、他の部署から見えるのはその歯の部分だけかもしれない。だから歯が正常に動いていればその内部で何が行われていようと他からは判らないということもありうる。
FGの企画はその盲点を利用して実行されているのかも知れなかった。
「バックの人物と言うのは重田専務ではないんですか」
富沢が言った。
「違うだろう。彼にそんな力があると思えない」
篠山は重田の太った体を思い浮かべながら答えた。外見はいかにも重役タイプであるが、実際は小心で自己保身に汲々としているといった印象がある。片倉とつながりがあるのは確かだが、もし荷担しているのであれば只の兵隊だ。
重田は何も知らずに利用されているのではないかと考えている。田上の殺しを全く知らなかったし、篠山の強く出た一言で、会社の内容を簡単にぺらぺら喋ったことからそう判断していた。
「それじゃ、FGを作ったという矢沢憲一はどうです」
「ありえなくはないが、どうかな‥‥‥」
矢沢が財力があり、企業社会に入り込んでいるのならその可能性はある。しかし、定年で自衛隊を辞めた只の陸将補なら、そんな肩書をありがたがって彼にそれほどの力を与えるほど、今の日本の社会は甘くない。
おそらく、FGグループの支配力は持っているだろうが、ただそれだけだ。
「とにかく、我々は合川を捜し出すことだ」
大木係長は富沢にFGの背後に誰がいるのか探ってみろと指図した。
篠山はこのメンバーをあたってみると、名簿を指して言った。
「うん、頼む‥‥‥。だが直接あたらない方がいいな。吉永一尉の調査部のメンバーが監視しているはずだ。我々が割り込んで行って彼らの邪魔をしたなどと、後でねじ込まれ圧力をかけられたら面倒だからな」
係長は椅子をギシギシいわせて回転させた。
「こころえてます。周りから攻めますよ」
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篠山は田上が殺された動機について思い付いたことがあったので、名簿のコピーを持って富士オートマトンにでかけた。人事部長の橋詰に会い、新工場の配属名簿を見せて貰った。全部で二十六人しかいない。随分少ないなと思ったが、以前に重田から聞いた下知識があったから驚きはしなかった。
「この人事はどうして決めたのですか」
橋詰は怪訝な顔をして篠山を見たが、質問はしなかった。篠山が田上の交通事故を調べているのを知っているからだ。
「私と亡くなった田上部長とが原案を作りまして、常務会で決定したのです」
原案通りかと尋ねる。
「はい‥‥‥。いや、初めは二十四人でしたが、人員に余裕がないと言うことで、後から二人追加になりました」
皆川湯治、君元治夫、吉永一尉から提供された名簿にある二人が載っていた。
「この二人は何を担当しているのですか」
「コンピューターのプログラマーですよ」
篠山の予想は当たっていた。
「後から追加されたのはこの二人‥‥‥」
「いえ、違います。こちらの二人です」
橋詰は最後の方にある多賀三郎と甘粕彰一と書いてある名前を指した。
この予想は見事に外れてしまった。篠山はFGの社員が工場に配属されることを田上が拒んだのではないかと思い、それ確認しようと思ってきたのだ。
「やはり、この二人もコンピューターの‥‥‥」
「いえ、多賀はオートマトンの技術者で甘粕は只の事務屋です」
「この二人の追加は、田上さんが亡くなった後に決まったものですか」
「はい、そうです」
「この二人の配属を決めたのはどなたです。あなたですか」
「いえ、上の方で決めたようです。もっとも多賀はそれ以前に候補として挙がっていたのですが、田上部長が落としたので追加となれば当然の人事でしょう」
「田上部長が落とした?」
橋詰はそうだといった。
篠山はやはり何かあると思った。田上殺しの動機は、彼が新工場の工場長になること、コンピューター言語に反対していたことが考えられたが、何れも篠山にはしっくりとこない感じがする。ここで何かもう一つあれば田上の存在自体が邪魔だということがはっきりし、それが殺しの動機につながるような気がする。
「もし田上部長がいたら、多賀という技術者は新工場に配属されたと思いますか」
橋詰は変な顔をして篠山を見つめた。
「あなたの意見で結構です。どう思いますか」
篠山は重ねて言う。
「そうですね‥‥‥」
橋詰は苦笑いしながら答えた。
「メカトロニクスの技術者は他にも沢山います。たぶん他の者が配属になったでしょう」
篠山はその答えに満足した。
「この多賀という人について何か気が付かれたことはありませんか。例えば仕事上特殊なことをしているとか、経歴が他と違うとか」
「そうですね‥‥‥。仕事上のことは私には判りません」
「どなたか判る方はおりませんか」
橋詰はちょっと考えてから、部屋の隅にある電話を取り上げ何処かへかけた。
「多賀は以前企画設計部にいたもので、あそこの者なら何か知っているかもしれません。多賀が企画設計部にいた頃親しくしていた者が今ここへきますから聞いてみて下さい。そうだ、多賀は中途入社でした」
「中途入社‥‥‥。彼らと同じに‥‥‥」
篠山は思わず口走った。
「えっ、彼らと言うのは‥‥‥」
篠山は名簿の皆川と君元を指さした。
「よく御存知ですね。やはり仕事柄ですか。でも他にも中途入社の者は大勢います。当社はここ数年で規模が大きくなったので、人材が不足しておりまして、新卒ばかりでなく中途採用もかなりやっておりますから」
篠山は黙ってうなづいた。
「しかし、多賀は変わっていますよ。彼は当社に入る前はラグビーの選手だったんですよ。それも全日本クラスの選手です。御存知ないですか。足を痛めて前の会社を辞めて、うちへ来たのです」
篠山はラグビーのことなど全く知らないので多賀三郎の名前など聞いたこともない。
ワイシャツ姿でノーネクタイの若い男が入ってきた。仕事の途中呼び出されてやってきたという格好だった。橋詰はそれを見て眉をしかめな
がら、企画設計部の有沢だと篠山に紹介する。
篠山は先ほど橋詰にした質問を有沢にした。
「多賀さんの仕事ですか。本社にいた頃は私達と同じ仕事をしていましたから、特別変わった仕事はしてないはずです。東富士工場では現場の図引きをやっていたと思います。南富士工場では修理班だそうです」
「修理班?」篠山は聞き返した。
「いや、これは南富士工場にいる土井さんという人のジョークです」と言って有沢は笑った。
多賀は土井という同僚を含め三人で工場の工程管理をしている。そして、三人ともオートマトンの技術者だと言う。
「その三人だけで工場を動かしているのですか」
「いえ、他にコンピューターの技術者が三人おります」橋詰が答えた。
「六人と一台で工場を動かしているのですよ」と有沢。
「コンピューターの技術者と言うのはこの二人と、もう一人は?」
「阿南といいます」
篠山は名簿を見たが見あたらなかった。
橋詰はそれに気付いて言い添える。
「阿南は葵精工からの出向社員です。ですからその名簿には載っていません。Z5−TAROは特殊な言語を使っているのですが、当社にはそれを扱える者が居りませんでした。阿南はその言語を教えるのとZ5−TAROのインストラクトを兼ねて葵精工から派遣されています。役目が済んだらいずれ戻ります」
篠山はポケットから吉永一尉の名簿を取り出した。阿南弘幸は葵精工に入ったうちの一人だった。彼もFGグループの一員である。すると南富士工場のコンピューター技術者はFGグループで占められていることになる。六人中三人がFGグループなのだ。
そして多賀という男もいる。ことによると四人かもしれない。
「FGというのを聞いたことはないですか」
有沢に尋ねた。
「エフジー?」怪訝な顔をした。
アルファベットのFGだと篠山は言う。
「さあ、聞いたことはないですね。何の略ですか」
篠山は首を振った。
「多賀さんがそれを口にしたことはなかったですか」
篠山は有沢の記憶を喚起させようと再度質問した。
「多賀さんがFGをですか。ありませんね」有沢は首を傾げて否定する。
「MFGやMTAの話なら随分しましたけどね」
「何ですか。それは‥‥‥」
有沢は企画案の略号だと言った。
「多賀さんとはよく飲みに行きましたが、結局はいつも仕事の話になってしまうんですよ」
篠山は有沢にひきとって貰った後、残りの二人、土井と戸川について橋詰から話を聞いて富士オートマトンを出た。
多賀は自衛隊出身者ではないが、FGの一員らしい。そして彼が田上殺しの動機の鍵を握っているように思えてきた。
彼らは工場で何を企んでいるのだろうか。工場を動かしている六人のうち四人がFGグループなら確かに何かできるだろう。彼らは何かを作ろうとしているのかもしれない。
富士オートマトンの工場で作るとなるとロボットしか考えられない。しかし、技術者がいれば、自分たちだけの工場で秘かに作ることも可能ではないのか、何も苦労して富士オートマトンに潜り込んで迄してやる必要がないようにも思えるのだが‥‥‥。
どんなロボットを作ろうとしているのか知らないが、作るだけなら違法でも何でもない。殺人を犯してまで富士オートマトンの工場でやらなければならない理由があるのだろうか‥‥‥。やはり、その鍵も多賀三郎にあるような気がするのだった。