十八−2
「坂口二曹です」
疋田二曹が後ろで答えた。
「あれは何ですか」誰かがいった。
「わからん」
「宇宙人ではないでしょうね」
南井が真剣な顔つきでいう。
先ほどの一斉射撃で伊滝は金属音を聞いたような気がする。それにあれだけの弾丸を受けて生きていられる生物など考えられない。
「もしかすると‥‥‥」
伊滝はあの眼つきの鋭い一佐をちらっと思い浮かべた。
「もしかすると、何ですか」南井が尋ねた。
「いや、無反動砲を持ってこい」
伊滝は南井の質問を無視した。上田二曹と中原二曹が無反動砲を持って来る。
上田二曹をその場に待機させ、中原二曹を伊滝と南井が伏せていた窪地の反対側の出口に配置する。
伊滝は薮の中に伏せていた佐川一曹を連れて、奴が姿を隠した窪地に向かった。
窪地から奴を追い出し、上田二曹と中原二曹の無反動砲でしとめるつもりだ。小銃弾で駄目でも無反動砲のロケット弾には持ちこたえられないだろう。
伊滝と佐川一曹は、奴が姿を隠した窪地の一つ手前の窪地に転げ込み、手榴弾のピンを抜いた。
自分の手が小さく震えているのが判る。佐川一曹も同じなのだろうピンを抜くのにもたついている。一緒に小丘越しに手榴弾を投げつけた。これでやっつけられればそれに越したことはない。
手榴弾が爆発しても何も起こらなかった。
二人は顔をあげた。
上田二曹が無反動砲を構えているが、奴は出てこない。
今の爆発でやられたのか、それとも既にそこにいないのだろうか。
伊滝はもう一つ手榴弾のピンを抜き、窪地から這登り、向こうの窪地を覗いた。少しづつ体を起こしていくと黒光りしたお椀を伏せたような物が見えてきた。中央から黒い棒が出ている。
たぶん奴の足先だ。なんとなくそう思った。
伊滝は手を離して二つ数えてからその足元に投げ、佐川一曹のいる窪地に転げ込んだ。
爆発音に続いて六四式小銃の音が響きわたった。奴が出てきたのだ。とんでもなく動きが早い。
上田二曹が無反動砲を撃ったが、スピードに追いつけず外れてしまい、爆発は奴が通り過ぎた後の地面で起こった。
奴は起伏の激しい地形をものともせず、平地のように走って行く。行く手に中原二曹がいるはずだった。
奴の足元で爆発が起こり、四、五メートル行き過ぎてからくるくる回りだした。中原二曹の無反動砲が奴の脚に損傷を与えたらしい。
伊滝は上田二曹を促し、そちらに走って行く。
中原二曹が二発目を装填しようとしているのが見えた。
奴はくるくる回りながらめちゃくちゃにレーザー銃を撃ち始め、閃光があちこちに走った。
伊滝は慌てて地面に身を伏せる。隣に上田二曹が滑り込んで来た。更に、その後ろから南井二尉が走ってくるので、伊滝は手で伏せろと合図をする。
あちこちで雪が音を立てて水蒸気に変わり、泥が跳ね飛んだが、それはすぐ止んだ。
顔を上げると、奴はまだくるくる回っている。
上田二曹はそれに狙いをつけて無反動砲を撃った。今度はあやまたず透明のドームに命中し、奴は動きを止めた。
三人は互いに顔を見合わせていて、誰も率先して近づこうとしない。
暫くそのままで様子を窺った。硝煙が薄れドームが割れているのがはっきりと見えてきた。
三人は立ち上がり、恐る恐る近づいていく。
伊滝が立っている脚を銃の先で小突くと、それは何の抵抗もなしにずるっと延びて倒れた。
破壊された二段のお供え餅の中はびっしりとメカが詰まっていたが、何処にもレーザー銃は見あたらない。ロケット弾で吹き飛ばされてしまったらしい。
「厚さが三センチくらいありますね。防弾ガラスかな」
南井が透明な破片を拾っていう。伊滝はそれを受け取って眺めた。
「プラスチックだ。高機能プラスチックかも知れない」
南井は銃を半自動に切り替え、本体にまだ付いている透明ドームの部分に向かって一発撃った。弾は表面を傷つけただけで見事に跳ね返ってしまった。
「これでは小銃は役立ちませんね」
南井の声には驚きがこもっていた。
「ロボットだ。それも、おそらく戦闘用の‥‥‥」伊滝は呟いた。
「戦闘用‥‥‥。こんなもの誰が作ったのですか」
伊滝は黙って首を振る。あの一佐の顔がちらっと脳裏をかすめた。
「中原二曹は‥‥‥」
先ほど中原を見た地点に眼をやったが、彼の姿はない。もしやと思い、駆けつけて見ると窪地の中で中原二曹が仰向けに倒れていた。
顔の上半分がなくなっている。奴がめちゃくちゃに撃ったレーザー銃にやられたらしい。
「伊滝三佐、まだいます」
佐川一曹の怒鳴る声が聞こえて、銃声が響き閃光が閃いた。
「なんてことだ。これで終わりではないのか」
伊滝は悪態をつきながら中原二曹の遺体の脇に転がっている無反動砲を拾い上げ、とって返す。南井と上田二曹もその後に続いた。
「どこだ」
「その小丘の向こうに入りました」
この辺りの地形は起伏が多く複雑であり、小さな潅木やカヤトしか生えていないが、低いところに隠れると全く見えなくなってしまう。地形を利して何処でも姿を隠すことが出来るのだ。
「また、誰かやられたのか」
「伊東三曹が腕をやられました」
佐川一曹が示す方を見ると、元井二曹が応急手当をしている。伊滝は側へ行って覗いた。伊東三曹はぐったりとしており、怪我は左腕で、肘から先が無くなっている。血止めをしている元井二曹の肩が震えていた。
近くにいる坂田二曹を呼び、元井二曹と二人で伊東三曹を樹林帯の中に避難させるよう命令した。
樹林地帯の方が安全だろうと思った。あの中だったら木が邪魔になり奴らもあんなに素早く動けないかもしれない。
伊滝が佐川一曹のところに戻ると、南井が先ほどとった戦法をとろうという。
疋田二曹が無反動砲を持って待ち伏せ役になり、伊滝の替わりに南井が佐川一曹と手榴弾を、そして、上田二曹は先ほどと同じように無反動砲を構えて伊滝と共に待機した。
手榴弾が炸裂した。また何も起こらない。
佐川一曹が先ほどの伊滝と同じように右手にもう一個手榴弾を持って匍匐で右に迂回する。
突然、佐川一曹の絶叫が響き、躯が一瞬宙に浮き裏返すように倒れ、手に持っていた手榴弾が南井のいる窪地に転げ落ちて行った。
南井は何か叫んで目の前の小丘を駆け上り、向こう側へ飛び込んだ。
佐川一曹が倒れた場所に奴が姿を現すと同時に手榴弾が爆発した。しかし、奴はそれを全く無視して、一直線に伊滝達の方に向かってくる。
スピードが余りにも早く、無反動砲の狙いが定まらない。
上田二曹は引金を絞り撃ったが、外れて遥か後方でそれは炸裂した。
次を装填する暇はない。
伊滝は銃で撃ちまくった。弾は明かに当たって跳ね返っており、すぐ弾倉が空になってしまった。奴はもう目の前に来ていた。
空の弾倉を引き抜きながらやられると思った。透明ドームが回転し、すじのような縦の割れ目が見え、それが伊滝の方に向いてきた。そして、ちらっと赤い光が目の先を横切った。レーザーの照準だ。
伊滝は思い切って体を横に投げ飛ばし雪の上を転がった。その瞬間、たった今伊滝がいた場所の雪が激しい音と共に蒸気に変わった。
レーザーはあの割れ目から出るらしい。
上田二曹が無反動砲を捨てて銃で撃ち出した。
すると奴は嫌がるように向きをかえ、左方向へ走り去って行った。
奴の行った方に疋田二曹がいる。奴は彼の後ろにまわることになってしまう。
伊滝は弾倉を詰め替えると、大声で疋田に注意を促しながら後を追った。
疋田二曹が気づいて無反動砲を構えるのが見えた。伊滝は雪の上に伏せながら当たってくれと思った。
疋田二曹は窪地の上に出て片膝をついて、こっちから近付く奴に狙いを定めている。その時、その向こうの小丘の陰から別の奴が現れるのが目に入った。
伊滝は立ち上がり、懸命に手を振ってそれを疋田に知らせようとしたが、彼はこちらから近づいて行く奴に注意が向いていて全く気付かない。
そして、疋田二曹がこちらから向かって行く奴に無反動砲を撃った。
殆ど同時に閃光が閃き、彼の躯は吹き飛ぶように窪地に転げ落ち見えなくなってしまった。
伊滝は慌てて身を伏せる。疋田二曹の撃ったロケット弾は外れて伊滝の右側七、八メートルのところで炸裂し、雪と泥の混じった飛沫をまき散らした。立ち上がりながら、樹林帯に下がるよう上田二曹に指示し、自分も背を屈めて走り出した。傾斜のきつい林の奥へ必死に逃げ込む。
何度も滑って転んだ。息が切れて、呼吸が苦しい。前を走っていた上田二曹がへたり込んだ。伊滝も隣に倒れ込み、暫く何もいわず呼吸を整える。
「何匹いるんですか。あいつは」
荒い呼吸をしながら上田二曹がいう。
「我々がやった一匹を入れて三匹。このぶんではまだ他にもいそうだ」
伊滝も上田につられて奴らを匹で数えてしまった。やっつけた奴を見た限りでは明らかに生き物ではない。だから何台または何機とか数えるのが本当だろうが、何匹というのがまさに当てはまっているような気がする。
子供の頃、昔話の本を読み、イメージに描いた土蜘蛛の怪物にそっくりだと思う。そして、奴の動きだけを見ると生物としか思えない。銃を撃てば物陰に隠れるし、二度目の攻撃の裏をかいた行動など知能がある動物のようだった。
何かが薮を踏み分けて来る音がしたので、伊滝は起き上がり銃を構えた。木の間から南井二尉の姿が見えてきた。
「こっちだ」伊滝は声を掛ける。
南井は何も持たず手ぶらで登ってきた。銃を手榴弾が炸裂した窪地に置いてきてしまったらしい。
「向こうに誰かいますね」
南井は右手の方を指していう。
「坂田と元井だろう。負傷した伊東を連れているはずだ。どのくらい先にいる」
「七、八十メートル先です」
「それじゃ、合流しよう」
「駄目です。奴がいるんですよ」
奴が樹林帯に入って行くのを見たので、南井はこっちを登って来たのだという。
「見通しのいい場所を探そう」
南井は上田二曹から無反動砲を受取り、彼の荷を軽くした。ロケット弾はあと二発しか残っていなかった。
三人はまた登り始め、まもなく小さな潅木で覆われている岩を見つけた。
この辺りの地表には溶岩流の跡は見えず、殆ど砂礫層で覆われていて、その上に樹木が生えている。この見つけた岩は太古の昔、火山弾としてここまで飛んで来たものかもしれない。
伊滝は無線で駐屯地を呼び出すよう上田にいって、南井と二人で岩の上に登った。
周囲の木の高さが低いので、十分見通しがきき、一つ向こうの尾根状になっている高い所に人がいるのを認めた。顔は判別できないが、元井か坂田であることは間違いない。他の二人も近くにいるはずだ。
「伊滝三佐、あそこに奴がいます」
南井二尉の指す方向に目を移すと、白く化粧をしたもみの木の間を見えかくれに透明ドームがゆっくりと移動している。
先ほど見たものより背が高く、もみの木とほぼ同じ高さである。足を蜘蛛のように広げると木が邪魔になるのですぼめているらしい。そのかわり背が高くなり、ドームが櫓の上に乗っているように見える。
動きも先ほどと較べゆっくりしている。
よく見ると一歩進む毎にドームが左右に回転していて、まるで人間が周囲に気を配り、用心しながら進む仕草だ。
一瞬、奴の動きが止まった。伊滝達は見つかったかと思い、慌てて岩の上に生えている潅木の陰で頭を低くする。
奴は方向を変え、向こうの三人がいる方へ進み始めた。見つかったのはこちらでなく向こうらしい。
このままではあの三人がやられてしまうかも知れない。
「ちょっと距離がありますね」
南井が無反動砲を構えながらいう。
確実にやっつけるにはもっと近づいた方が良さそうだが、奴の近くにここと同じように見通しのきくところがなければならない。また、もしあったとしても、そこへ行くまでに奴が向こうの三人を襲ってしまうかもしれない。
伊滝は撃つように南井にいった。おそらく、先ほど無反動砲に向かってきたのはスピードでかわせる目算があったからで、樹林帯の中ではそれはできないだろう。だから、もし命中しなくても奴は近くに無反動砲があることを知って退却する可能性もあると考えたのだ。
いつの間にか伊滝は奴を知能のある敵と見なしていた。
南井は無反動砲の照準を合わせ、撃った。
やはり、懸念したように弾はそれて奴の立っている隣の木に当たってしまった。奴はその衝撃で倒れたが、すぐ起き上がってきた。
直撃弾でなければ奴を倒すことが出来ないらしい。
南井は最後の弾を装填しようとしたが、伊滝はそれを制止して、彼に見ろという仕草をする。
奴は前進するのを止めて、樹林帯の外に後退して行った。
上田二曹は駐屯地を呼び出そうと無線機と格闘していた。
「まだか」
伊滝は下を覗いて催促する。
「駄目です」
「壊れたのか」
上田は壊れていないと答える。
「ここは地形的に悪いところではない。何故だ」
「一つ考えられる理由は奴です。近付いて来ると雑音がひどくなります。今は小さいですが交信は出来ません」
伊滝は無線機の側に行った。
「ほら、雑音が大きくなってきました。奴がきますよ」
無線機の雑音が波を打つように大きくなってきた。
伊滝は急いで岩の上に戻った。
「見えるか」
「いえ、見えません」
起伏の多い複雑な地形と木が奴らの姿を隠しているが、何処かにいるはずだった。
突然、木の上をものすごい速さで白いものが音もなく飛んで行き、向こうの三人がいる付近の木に直撃した。だが、爆発音はしなかった。
更に、続いて二発、三発と飛んで行く。
白いのは煙らしく、飛んで行った軌跡に帯状に残り、そして、すぐ空中で消えてしまった。
向こうの三人がいる辺りが白煙に包まれている。
「何ですか」
南井が伊滝を見る。伊滝は黙って首を振った。
「あの辺りから飛んで来たようだ」
樹林帯の切れ目にある尾根状の小丘の陰を指す。
その時、奴が蜘蛛のような格好で姿を見せ、こちらに走ってきて樹林の陰に消えた。
閃光が走った。
同時に、白煙に包まれていた向こうの三人のいる場所がナパーム弾を食らったように一瞬のうちに燃え上がった。
伊滝と南井は言葉も出ず、ただ呆然と眺めているだけだった。
「どうしたんですか」
上田二曹が無線機を放り出して岩を登ってきた。
「向こうの連中がやられた」
彼らがいた辺りのもみの木がパチパチと弾けながら燃え上がっている。
突然、三人が乗っている岩のすぐ左にあるもみの木が激しい音をたてて揺れ、枝に積もっていた雪が上から降り掛かってきた。
見上げると白い煙が降りてきて、三人を包み始める。刺すような冷たさが顔の皮膚を刺激し、とてつもない寒さが全身を覆ってきた。
「何だ」といって上田二曹が伏せている体を起こす。
伊滝と南井はすぐ何が起こったか悟った。奴らがこっちの居場所を見つけたのだ。
「逃げろ、やられるぞ」
三人は岩から滑り降りた。その時、二発目が近くの木に当たって砕け、更にすさまじい冷気が周りに漂い始める。
上田二曹が下へ行こうとする。
「上だ。上へ逃げろ」
伊滝は上田の腕を掴み叫んだ。
「無線機を‥‥‥」
「そんなものはいい。上だ」
三人は上へ必死に走る。
伊滝は雪に足を取られ滑った。南井が避けようとしてバランスを崩し、上田二曹と重なるように倒れた。後ろから熱気を持った風が走り抜けて行き、三人は倒れたまま顔を雪に埋めた。
パチパチと木の燃える音が聞こえる。
伊滝が顔を上げると目の前に南井の靴があった。
「大丈夫か」
伊滝は起き上がりながら声を掛けた。
足元の木が燃えている。
間一髪で、丸焦げになるのを避けられたようだが、下の方ではもっと激しく燃えていた。あの中に居たらひとたまりもなかっただろう。
三人は更に上に移動した。
「火炎放射器でやられたみたいですね」
上田二曹は振り返って炎と煙を見ながらいった。
「違う。何なのか判らない」
火炎放射器やナパーム弾ならオイルの臭いがするはずだ。
「何かのガスだな」
「ものすごく寒かったですよ」
「液化ガスかもしれん」
伊滝はそういったが自信はない。真っ白になった濃厚なガスの中を走っても、臭いもせず、酸欠にもならなかった。
三人は暫く動かず様子を窺ったが、奴らはチームが全滅したと思ったのか、その後何の動きもない。
伊滝は樹林帯の中を南に移動することにした。北へ行くと東富士演習場の中へ戻るが、あそこは地形的に奴らに有利な場所でもあり、今度襲われたら本当に全滅してしまうだろう。
それに、ヘリとの会合地点はここより南の方向にある。この際、一般道路に出て裾山を経由して行った方が安全だと考え、三人は樹林帯の中をゆっくり移動を始めた。