病室に戻り、箱根へ出来るだけ早く行く手段はないか多賀に尋ねると、
「私の車で行きましょう」という。

「でも、あんたは入院患者では‥‥‥」
「もう、退院しても構わないのです」

 多賀はそういってさっさと支度を始めた。篠山は多賀が一緒に行っても差し支えないだろうと思ったので止めなかった。

 知らなかったといえ、多賀は最初から事件に関与していた関係者であり、また彼が側に居れば、専門的な知識が必要な場合、大いに助けになるだろう。

 多賀の車は、退院の時のために、工場の同僚が病院の駐車場に持って来てくれてあった。

 退院の手続きをした後、二人は車に乗って箱根に向かった。
 東名高速に乗ろうとしたが、沼津−御殿場間が不通だと聞かされ、国道一号線のルートをとった。

 東名が不通なのはたぶん例の事件のせいだ。東名高速道路の辺りまで事件の影響が膨らんで来ているのだろうか。車の中で、二人は様子を知りたいものだと話した。

 二時間ほどで箱根の強羅に着く。
 矢沢の家はひっそりとしており、周りには一台の車も止まっていない。片倉はまだいるのだろうか‥‥‥。

 見覚えのある庭石を踏み、玄関の前に立ち、ブザーのボタンに手を伸ばそうとすると、中から玄関の扉が開き、なめし皮のようにつやのある顔が覗いた。片倉だった。

 以前に来た時、通された応接間に入った。
「この人は‥‥‥」
 片倉が多賀を見上げていう。

「何だ知らないのかね。多賀さんだよ」
「多賀‥‥‥、多賀三郎」
 多賀は会釈をした。片倉は驚いて多賀をまじまじと眺める。

「あなたがあの多賀三郎‥‥‥さんですか」
「散々利用しておいて顔も知らんのかね。ところで話というのは何かな」
 篠山はソファに座るとすぐにいった。

「もう、だいぶご存じのようですね。それならこっちも話し易いですよ」
 片倉はちらっと窓の外を見てからいった。外が気になるらしい。

「私は調査部に狙われています」
「知っているよ。富士マトンにいる連中を除いて皆捕まったらしいね」
 篠山はすべて知っているという態度を見せる。

「いえ、そんな意味ではありません。彼らは私を殺そうとしてます」
 首を振って真剣な顔でいう。
「何故、他の連中もかね」
 思いがけない言葉に、篠山は怪訝な顔をする。

「いえ、私だけです。あることを知っているからです。捕まった連中はそれを知りません」

「矢沢も知らないのか」
「はい、それを報告する前に調査部が動いたので、矢沢陸将補は知りません」

「どんなことだね」
「私を保護してくれますか」片倉は鋭い目で篠山の顔を窺う。
「本当に命を狙われているのかい」
 篠山は座り直した。まだ片倉のいうことを本気にしていない。

「本当です。合川も彼らに殺されたのです」
 篠山は鼻先で笑い、「まさか」という。
「いえ、本当です。他に考えられません」

「合川を殺す理由がないじゃないか」
 篠山は浮かべていた薄笑いを引っ込めた。
「それがあるんです」片倉の声は静かで冷静だった。

「どんな理由があるんだ」
「私はそれで狙われてます。保護してくれますね」

 片倉の態度は真剣だったが、命を狙われておびえているというふうには見えない。篠山はそれを感じてもう一つ信用しないのだと多賀は見ていた。

「保護してくれというんならするよ。しかし、その前に田上洋介の殺しを教えてくれ」
 片倉はうなづいた。

「直接手を下したのは合川だね。他にも支援者がいたようだけど」
 片倉はそうだという。
「あんたも噛んでいたんだろう」

「私と広川というのが支援しました。広川は既に調査部に捕まっています。でも、田上を初めから殺すつもりではありませんでした。我々の目的は田上が工場の方針を決める会議にでなければ達せられるので、怪我をさせるだけで良かったのです」

「しかし、殺した」

 片倉達は初めから田上を殺すつもりでいたはずだ。そうでなければトレーラーの調達にあんな周到な用意をするわけがない。しかし、篠山はそのことをここで糾明する気はなかったので、それ以上突っ込まなかった。

 動機はやはり多賀三郎の転勤とコンピューターだった。

「あんた達、FGの目的は何なんだね」
「我々の目的は‥‥‥」
 片倉達の目的はやはり戦闘ロボットをつくることであった。

 日本の防衛方針は専守防衛が基本であり、相手が攻撃してきた時だけ応戦し撃退するということになっているが、過去の歴史が物語るように、それだけでは国を守ることは不可能である。攻撃に使われる航空機やミサイル、船といったものを潰しても枝葉を払うと同じで消耗戦になり、我が国は資源の乏しい国なので、それでは相手の思う壷にはまってしまうことは明白なのだ。

 そうならないためには、相手の国の中枢や基地を破壊するのが戦いの常道である。しかし、そういった作戦を実行するには航空機や兵を派遣しなければならない。

 日本は前大戦の影響で国全体がそういったことに敏感になっており、海外派兵イコール侵略と考え、拒否反応を示す人が非常に多い。

 我々でさえも実行不可能だろうと結論している。

 我々は侵略を考えているのではないが、我々FGとしては有事に備えて指をくわえているわけにはいかない。そこで海外派兵の代わりになる機械を送れば良いと考えた。

 敵の中枢を叩いて目的を達したら機械は破壊すればいい。それならば誰も侵略とはいわないだろうという結論になった。

 幸い我が国はロボットに関しては最も進んでいるので、我々はあらゆる手を尽くし各研究機関、企業の資料を集めた。もちろん、極秘のノウハウに属する情報ばかりだから産業スパイもどきのこともした。

「それで、多賀さん、あなたのMTAに行き当たったのです」
 多賀はうなずいた。

 片倉らが数多くあるものの中から多賀のMTAを選んだということに技術者としての誇りがくすぐられた思いがした。
「製作は成功したのですか」

「もちろん、成功しました。我々は幸運だったのです。期せずしてZ5−TAROというコンピューターを使うことが出来たのですから。おそらく、Z5−TAROがなかったら成功はなかったでしょう。何故ならその時は多賀さんに全面的に頼らなければいけなくなります。しかし、多賀さんは我々に協力してくれたかどうか判りません」

 片倉は多賀の顔を窺う。篠山は黙って何度もうなずいていた。

 多賀はそうなったらどうしただろうか。片倉達の思想や考え方のことはさておき、自分が良かれと思い考えたものが実現するとなると技術者としての興味は当然そそられる。

 たぶん、多賀は協力したかも知れないと思った。

「多賀さんが怪我をされて入院したときは、計画がストップしてしまうのではないかと心配しました。しかし、既に全てコンピューターに任されていると知り安堵した。また途中で、世間の注目を浴びるような数々のトラブルを起こしたので、だいぶ気をもみました」

「動物園の騒ぎか」
 片倉はそうだとうなづき、MTAは家畜や車も襲ったらしいともいった。

「裾山の件はどうなんだね」

「あれは我々が意図したことではありません。それを話す前に合川のことを話さなければなりません」

「そうだ。合川は調査部に殺されたといってたな」
「そうです。篠山さん、あなたは合川を田上殺しの犯人として追っていた。そのことは調査部も知っている」
 片倉は篠山の返事を待つ。篠山はうなづいた。

「そして、あなたは合川を見つけた。ところが調査部にとってそれは都合の悪いことだったのです」
「どうして。逆ではないかな」

 合川を逮捕すれば、FGのメンバーを芋づる式に尋問出来るから、FGを壊滅に持って行こうとしている調査部にとっても好都合のはずだ。

「いや、彼らはその前に我々FGを利用しようとしていたのです」

「利用‥‥‥」
 篠山は不思議そうな表情を浮かべ聞き返す。
「そうです」

 彼らは合川が警察に捜されていることを知らない間は、静観するつもりだった。ところが警察が捜査していることを知って方針を変えた。

 あの時点で、合川が逮捕されてMTAのことを喋ると、彼らの計画が駄目になるおそれが出てきた。即ち、我々がMTAの製作を中止するかもしれないことを恐れた。そこで、急きょ合川を殺すことにした。しかし、合川が殺された時はもうほぼMTAは出来上がっていたのだ。

「どうしてそれが判った」
「私は調査部を甘くみていました」

 彼らはFGの計画内容を知らないだろうとたかをくくっていた。ところが、彼らは初めからそれを知っており、利用しようと企んでいたらしい。

 おそらく、彼らはFGの中に通報者を送り込んでいたと思われる。
 片倉も後で彼らの中にいるFGのメンバーから彼らの企みを知り、合川を殺したのが彼らだと気が付いた。

 あの時、彼らは合川を殺すために外で待っていたらしい。

 篠山達が踏み込んでくる直前に、警察が合川を捕まえに来るという電話を受けたが、それは聞き覚えのない声だった。これは篠山達の動きが彼らの予想以上に早かったので、慌てて電話を掛けてきたのだと思われる。

 篠山は談合坂サービスエリアのことを思いだした。

 やはり、車に乗ってサービスエリアを出て行ったのは調査部の男だったらしい。あそこで車の出るのを妨害をしたのも彼らであり、合川を追いかけたときぶつかった車も彼らの車なのだ。

 そう考えると確かに筋道が通っている。

「しかし、調査部はFGのメンバー表を提供してくれて、合川の逮捕に協力的だったがなぁ」

 篠山は片倉の話を信じ始めたが、まだ疑問を口にする。

「それは我々に全ての責任を着せるための、彼らの一連のカムフラージュの一つでしょう。もし調査部が提供しなかったらそのメンバー表は手に入りませんでしたか」

「いや、いずれは手に入るものだ。しかし、提供して貰ったおかげで合川を見つけるのが早まったことも事実だ」

「そこですよ。警察が合川を追いかけていることを知って、いずれ捜し出されると思った。合川が警察に捕まればFGの計画は公表されストップしてしまう。それなら合川を警察に捜し出させ、捕まる前に横取りして殺してしまおうと彼らは考えたのです。だからメンバー表を提供したのです」

「なるほど。すると我々はずっと調査部に見張られていたわけだ」
 それで、タイミングよく談合坂サービスエリアで妨害されたのだ。

「たぶん間違いないでしょう。まあ続きを聞いて下さい」<>  篠山は判ったとうなづく。

「調査部が我々を利用したのです」
 いや自衛隊の上層部がといった方が適切かもしれない。調査部はその手先なのだ。

 彼らの企みというのは、FGにMTAを完成させておいて、それを横取りすることであり、そして、それを実行したのが裾山の事件である。

 彼らはMTAの性能テストのために、偶然のように見せかけて、訓練中の自衛隊員と交戦させた。

 当然のことに死傷者が出たが、その責任を総てFGに負わせようとしているのだ。

「そして、今回のFGメンバーの逮捕劇となったのです」
「裾山の事件というのは集落が襲われたと聞いたが‥‥‥」
 篠山は裾山で起こった事件の全貌をよく知らない。

「そうです。実際は自衛隊員との交戦が目的だったのですが、何かの手違いで裾山を襲ったようです。彼らは慌てたらしいですよ。しかし、それも我々のせいにされるでしょう」

「MTAを横取りしてどうするのかね」
「我々と同じ目的に使うのでしょう」
「それなら、自衛隊で開発したらいいではないか」

「出来ないと思いますよ。まず予算がとれません。MTAの開発を普通にやれば莫大な費用が掛かり、予算をとる時、MTAの内容が公表されます。そうすれば何のための武器開発か判り、猛烈な反対に遭い結局は潰されるのがおちです」

「しかし、君達はつくった。自衛隊にも同じコンピューターがあるそうではないか。それじゃ駄目なのかね」
 篠山は納得がいかない。

「自衛隊にあるZ5−TAROは一号機で試作品同然です。富士マトンのものと較べたら数段性能が落ちます。だから富士マトンのZ5−TAROに載っているゴッドLは走らないでしょう」

「そうか‥‥‥。でも、出来上がったMTAを極秘に君達から取り上げる手段もあったように思うけどな」
「そうですね。私は政治的な配慮が働いていると思っています」

 核兵器を持つ国がそれを持っていることを諸外国に誇示して、他国の侵略を防ぐのと同じことを考えているのだ。

 日本は核兵器を持てない。だから代わりにMTAという新兵器を持っていることを知らしめて、侵略を防ぐ安全切符、即ち抑止力にしたいと彼らは思っているらしい。

 もし極秘に我々から取り上げて、日本にはMTAという強力な兵器があると突然発表したらどうなるだろうか。どうしてそんなものを開発したのだという激しい突き上げが、国内外から必ずあることはまちがいない。

 それを避けるために既存の事実として世間に告知し、これを創ったのはFGというとてつもない無法者達であるという生贄えを用意したと考えられる。

「MTAはただの戦闘ロボットだろう。それが核兵器に匹敵するのかね」
 篠山はまだ懐疑的であった。片倉は多賀をちらっと見る。

「いや、核兵器に匹敵するとはいいません」
 しかし、恐ろしい兵器であることは確かなのだ。

 おそらく戦車と一対一で戦っても負けないだろうし、それに行動は人間のように振舞い、戦車のようには目立たないから、影のように忍んで行って突然襲うこともある。

 また、機械だから感情を持たないので、情け容赦もなく殺戮を行う。送り込まれた方はパニック状態となってしまうだろう。

「心理的には核兵器より恐ろしいかも知れませんよ」
「本当かね」
 篠山は多賀を振り返ってみる。

 多賀は黙ってうなづいた。
「嫌なものを作ったな。幾つ作ったんだね」
「我々の予定では一台でした。我々は製造工程の確立が目的でしたからそれで十分なのです」

 有事の際にはその製造工程を企業に渡せばよい。FGの目的はそれで達せられるのだ。

「予定では一台ということは、他に‥‥‥」
 多賀が尋ねた。

「そうです。私は見たわけじゃないもので何台かは判りませんが、複数製造したのは確かなようです」

「富士マトンにいる仲間が調査部と手を組んだのかね」
「実はそれがよく判らないんですよ」
 片倉は自信がないと微かな笑みを浮かべる。

「裾山の件を考えれば彼らが手を組んだと思うのが普通だがな」
「そうなんです。私もそう思ったのですがどうも違うようです。しかし、富士マトンに彼らの一員がいることは確からしい」

「富士マトンの仲間と連絡を取ったのかね」
 片倉は首を振る。ここのところ自分が逃げるので精一杯でそれどころではない。

「ところで、あなたが命を狙われている理由というのは調査部の企みを知っているからですか」
 多賀が尋ねる。

「ええ、そうです。隊員をロボットの性能テストに使ったことです。そこまでFGのせいにして自分達は手を拭って知らん顔をしている奴らを告発してやろうと思ってます。だから殺されたくない」

 片倉は最後の言葉に力を込めた。

「その情報はどうして手にいれた‥‥‥。あっそうか、あんたの仲間が調査部にいるといっていたな」
 片倉は黙ってうなづいた。

「その仲間は大丈夫かい」
「判りません。たぶん‥‥‥」
 最後の言葉を口の中でいって、片倉は眉をひそめた。

「殺されてるかもしれんというわけか。そうなるとあんた一人だけだ」
 篠山は片倉の話が次第に本当のように思えてきた。

 裾山付近で少なくない数の人が死んだのは確かなのだ。片倉のいうように彼らがその原因をつくり、合川も殺したのであるなら、片倉を片付けることくらい何とも思っていないだろう。

 片倉は企んだのは自衛隊の上層部だといっており、すると政府と関係していてもおかしくはない。

 片倉が知っていて暴露しようと考えていることは明かに政治的企みで、従って、片倉を守ることは下手をすれば政府を相手に一戦を構えることになる。

 一介の刑事である篠山に取っては重大な決断が必要だ。おそらく、政府内一部の人間達が企んだことであろうが、権力を持つ者の恐ろしさを篠山は十分知っている。

 篠山の心の中を不安が駆け巡った。立ち上がって窓から外を窺う。

「こんなところにぐずぐずしてられんな。東京へ帰って留置所に入った方が安全だ。あんたの車は何処にある」

 片倉の車は、家の前に止めて置くと目立つので、この先の公園の近くに駐車させてあるらしい。

 篠山と片倉は多賀の車で公園まで行き、そして、片倉の車に乗り移りすぐに発進させた。多賀は、一緒に東京へ行くつもりで、その後に続いた。

「東京まで二、三時間はある。まだ君達をバックアップした黒幕の話を聞いてない。続きを聞きながら行こうか」

 車は角を曲がり小涌谷へ通じる道へ向かった。
 逃げ回って疲れているせいか、ちょっとハンドルが重い感じがする。途中で篠山に運転を替わって貰った方がよさそうだと片倉は思った。

 道路の両わきに二、三日前に降った雪が残っているが、中央部は乾いていて、多少のスピードを出してもスリップする心配はない。ここから湯本まで曲がりくねった下りの坂道が続くので、下まで降りたら篠山に替わって貰おうと思う。

 下り坂に入る前にブレーキテストをしたが、異常はない。
 車は小涌谷を過ぎ国道一号線入った。道は曲がりくねって下り坂が続いている。

 片倉はスピードが出すぎないようブレーキを頻繁に踏む。ペダルの踏み込みが次第に深くなって行くような気がしていた。

「少し速いんじゃないかな。ゆっくり行こう」
 道路脇の雪を見て不安になった助手席の篠山がいう。
 片倉はまたブレーキを踏んだ。ペダルが床まで届いてしまったが、スピードは全然緩まない。

「ブレーキがきかない」
「えっ、本当か」
「大丈夫ですよ」

 片倉はやられたと思った。
 やはり、調査部は片倉の所在を突き止めたのだ。公園に止めてあったこの車のブレーキを誰かが細工したらしい。たぶん、ブレーキオイルのパイプに穴を開けたのだろう。

 片倉はエンジンブレーキとサイドブレーキで車を停止させる自信がある。シフトダウンするとエンジン音が大きくなり、エンジンブレーキが効くのが感じられた。

 道はこの先、左にカーブしていて左側が谷である。
 対向車が三台連なって来るのが見えた。ちょっとスピードは速いが曲がり切れないほどのカーブではない。

 片倉はハンドル操作に集中した。対向車とほとんど同時にカーブに入り、ハンドルを左に切ろうとしたが、僅かに動いただけで、それはロッ<クされたように動かなくなってしまった。

「畜生‥‥‥」

 片倉は体の反動をつけて左へまわそうとしたが、全く動かない。
 目の前に対向車が大きく迫ってきた。
 少し遅れて続いていた多賀は、片倉の車が対向車と正面衝突をし、煙をあげている光景を見て、呆然としながら車から降りた。

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