二十三、

 多賀は久しぶりに東京の雑踏の中にいる。ここは渋谷の駅前だった。行き交う人を避けながら、有沢と会う約束をした喫茶店を探している。

 箱根の帰りに事故で片倉は死んでしまい、篠山は瀕死の重傷を負って小田原の病院に入院している。多賀は事故のあと只の目撃者として警察に事情を話しただけで、二人と一緒だったことには全く触れずに東京に来てしまった。

 あの事故は偶然にしてはタイミングが良すぎると思ったので、片倉のいっていた調査部が仕組んだ可能性が十分あると考えていた。

 もし、仕組んだとすれば片倉を消すためだろうが、篠山刑事も巻き込まれており、彼らの知られたくない事実を片倉から聞いた多賀も、その存在を知られたら、もしかすると狙われるかも知れないと思った。

 だが、又聞きの又聞きのような事実を喋ったところでどうなるものでもないとも思う。彼らもそう考えてくれたら多賀も安心だが、万が一そうでない場合、多賀としては大いに迷惑することになる。

 考えすぎかも知れないが、危ない橋は渡りたくないと思い、あんな行動を取ったのだ。

 片倉の話の中で気になった箇所があった。MTAが武器を積んでいるということだ。

 南富士工場にはMTAを作る材料は確かにあり、他の機械の部品を流用すれば、二、三台は誰にも気付かれずに作れるだろう。それくらいならコンピューターの在庫チェック機能は働かないから、調べない限り気付かれる心配はない。

 しかし、多賀には武器を作るような部品が初めは思い当たらず、東京にきてから思い付くまま旭洋産業に出向き、溶接用のレーザー銃が武器になるかもしれないことを知った。

 旭洋産業から富士マトンに納めている溶接用レーザー銃は、安全許容量の十パーセント以内に出力を抑えたもので、手を加えると十倍の出力が可能になるらしく、そうなるとエネルギー源を持てば確かに武器になる。

 だが、もっと驚くべき事実を旭洋産業で知った。その溶接用レーザー銃が多賀の知っている以上に数多く、南富士工場に出荷されているらしい。

 仕事上、工場のおよその在庫数は常に頭の中にあるのだが、旭洋産業の出荷量から推測すると、現在、工場には多賀の知らない三百基以上の在庫が眠っていることになるのだ。

 正常なら、こんなことを多賀やコントロールルームの同僚が知らずにいるはずがなく、資材係の市川も黙ってはいないだろう。

 おそらく、阿南や君元が在庫のプログラムを細工したに違いないが、更に疑問に思うのはその支払いなのだ。間違いなく本社の経理から月毎に旭洋産業へそのレーザー銃の代金が支払われているらしい。

 そして、本社の経理が南富士工場の入荷が多すぎることに気付いてないということも不思議に思える。可能なのかどうかわからないが、本社のコンピューターまで阿南や君元が細工をしているのだろうか。

 多賀は本社の経理部に知人がいないので、有沢に電話をして経理に確かめて貰うことにした。その結果を聞くため、有沢の通勤経路である渋谷で待ち合わせることになった。

 有沢が指定した喫茶店を見つけて中に入り、十分ほど待つと彼がやって来た。
「怪我はもういいんですか」

「うん、もう大丈夫」
「そうですか。でも、どうして直接本社にこなかったのですか」
 有沢はそういいながら、多賀の向いに座った。

「労災で休暇中だし、それにまだ入院していることになっているからな」
 多賀は苦笑いしながらいい、有沢も笑った。
「それでどうだった」
「それが大変なことになりそうです」

 有沢の語ることによると、本社からの支払いは通常通りでおかしなところはなかったが、確認のために旭洋産業へ照会すると、やはり本社で支払っている以上に支払いがされていると判明した。何故そんなことになっているのか、現在銀行に調べて貰っているらしい。

 また念のため、他の取引先を調べてみると、更に同じような取引先が幾つも見つかったという。

「どういうことなんだ」
 何かが起こっているらしい。
「よくは判りませんが、会社の口座から支払われていないようなんです」

「代わりに誰かが支払っているのか」
「たぶん‥‥‥、それは現在銀行が調べている。それから、そのことで明日会社にきてくれと経理部長がいっていました」

 多賀は予想外のことになって驚いた。余分な購入の代金も会社が支払っているものと思っていたが、代金は別のところから出ているらしい。すると、FGグループが支払っているのだろうか。片倉はそんなことは一言もいわなかった。

 FGの目的は製造工程の確立にあり、一機製造すれば目的を達成できるといっていたのだから、彼らがこんなに沢山の部品や原材料を仕入れるはずがないし、それに彼らにはそれだけの資金があったとは思えない。

 考えられるのは調査部を操ってFGを利用した連中だ。篠山刑事は政府の一部の連中だろうといっていたが、確かに、彼らならばその可能性はある。

「裾山の事件は南富士工場が原因だという話ですが、本当ですか」
 有沢は声をひそめて尋ねた。
「どこで、そんな話を聞いたんだ」

 数日前から、園島社長と吉田企画設計部長が何度も六本木、桧町の陸幕本部へ行っている。裾山の事件は自衛隊が関与していることは周知の事実で、企画設計部の中では、誰がいうとはなしに南富士工場が関係あるのではと噂している。

 それに、南富士工場への電話は通じているが、通話禁止になっている。
「本当らしいね」
「やはり‥‥‥、詳しいことを教えて下さい」

 有沢は身を乗り出してきたが、多賀は病院を出てきて初めて知ったのでよく知らないととぼけた。

 翌日、多賀が本社に出向いて経理部へ行くと、白井部長は丁度銀行から来た二人の男と会っていた。

 白井はそれまで聞いた銀行側の説明をかいつまんで多賀に説明した。

 銀行側の話によると余分な購入と思われる資材の支払いは富士オートマトンの別の口座から行われており、その口座の存在は本社では誰も知らなかったらしい。

「誰がその口座をつくったのか判らないのですか」
「はい、判りません」
 寺井という歳かさの眼鏡を掛けた方が答える。

「入金先を調べられないのですか」
「はい、その口座が今は跡形もなくなっているのです」

「実は、こちらから御連絡を頂きまして、当方で調査を始めた時、その口座は確かに存在していました。ところがもう一度確認しようとしたらなくなってしまったのです」 歳の若い青木という方がいった。

「跡形もなく」多賀が尋ねる。
 若い銀行員はうなづいた。
「入金先は口座がないと調べられないのですか」
 多賀は再度尋ねた。

「いえ、時間を掛ければ調べられます。実は調べたのですが該当する入金がないのです」
「どういうことですか」

「考えられるのは不正に設けられた口座ではないかということです」
 コンピューターの犯罪に、設けた口座に利子計算の端数を繰り入れて預金額を増やしたという前例がある。それと同じようにすれば、入金がなくとも支払い可能だが、その場合プログラムに細工をしておかなければならない。ところがプログラムにはその痕跡もなかった。

「しかし、口座が消えたといいましたね。しかも、調べている最中に消えたのですね」
 多賀は確認の質問をする。

「そうです。口座を不正に使用していた相手は、我々が調査を始めた時までオンラインで介入していたようです。おそらく調査に気が付いて口座を消したのかもしれません」

「プログラムに細工がなければ、そんなことは出来ないはずですね」
 二人を交互に見て、返事を待った。

「おっしゃる通りです。ですから私どもは昨夜から朝まで掛かって、担当者全員でチェックしたのですが、プログラムに細工などは見つけられませんでした。他に一つだけ考えられることは、オンラインからOSまたはBIOSレベルで侵入してプログラムを書き換えて目的を達した後元に戻して置くという方法ですが、まず神様でない限り不可能ですね。天文学的な確率と根気が必要ですから・・・」

「預金のシステムはクローズドネットワークでしょう。従って、決まった端末からでしか、アクセスできないはずですね。もし、侵入されたとしたら、その端末の場所は特定できるのではありませんか」

 預金のネットワークはインターネットなどのようにオープンネットではない。それ故、不特定の人がアクセスしようともできないはずである。

「確かにそうなんですが、アクセスの痕跡も残っていないのです。しかし、侵入されていたことは間違いありませんから不思議なんです」

 富士オートマトンは銀行を通して、オンライン決済している。従って、そのコンピュータシステムは当然預金のシステムとは繋がっている。

 銀行側がいうように不正口座を設けて支払いをしたのなら資金は幾らでも調達できたのかも知れない。また、不可能に近い手段しかないというが、それしか方法がないのなら彼らはそれを実行したと考えるしかないだろう。

 その後、多賀の記憶を頼りに、南富士工場が余分に購入した資材をチェックすると膨大な数字になることが判明した。

 驚いたことには、MTAの原料資材の他に通信機材や井戸でも掘るつもりなのかボーリングの装置なども購入されていた。

 白井経理部長は、余分な資材の確認をするつもりで、近くにいる女子社員に南富士工場に電話をするように指示した。

 女子社員は南富士工場への電話は禁止されていますが、といったが、白井はいいから掛けろと促す。

 電話がつながり、女子社員から受話器を受け取った白井は工場の在庫を調べるよういう。

「何、異常ない‥‥‥。そんなことはないはずだ。余分な資材を購入しているんだから、倉庫に行って調べてみてくれ‥‥‥。行かなくてはわからんだろう。誰だ君は‥‥‥。君元‥‥‥。資材係を出し給え。何‥‥‥、他の者を出しなさい」

 白井は顔を真っ赤にして怒り出した。
「私が替わりましょう」
 多賀が脇へ行って手を出すと、白井はぶつぶつ文句をいいながら受話器をよこした。

「君元さん、多賀です」
「多賀君か」
 電話から君元の声が聞こえてきた。

「何が目的なんですか。あなた達三人が企んだことだということは知ってます。外にいるFGの仲間は全員捕まったらしいですよ。もっともあなた達の仲間は別にいるのかもしれませんがね」

 君元は沈黙していた。

「MTAの原料資材をそんなに沢山買い込んでどうするのですか」
「多賀君、余計なことに首を突っ込まないことだ」
 そういうと君元は電話を切ってしまった。

 工場との通話が禁止されている意味が判った。事件発生後、工場は君元達に占拠されていて他の社員や家族は人質になっており、そして、このことは会社の上層部しか知らないのだ。

 しかし、数日前多賀は病院から電話をして市川、そして甘粕と話をしている。経過からしてあの時は既に占拠されたあとのはずだが、市川が彼らの一味であるはずはない。おそらく、彼らだけでは手不足なのだ。だから、人質でも電話に出るのは自由なのかもしれないと思った。

 多賀は都内にある部品メーカーを回ってみようと思い本社を出た。

 どんな部品が納入されているか非常に興味があり、使われた部品の種類や性能によりMTAの性能、形状が推定できるはずである。

 部品を購入したメーカーは沢山あり、短時間にそれすべてを回ることはできないので、性能、形状を決める重要な部品材料を供給したメーカーに絞り訪問することにした。

 そして、四番目のメーカーの訪問を終えたとき、既に午後十一時をまわっていた。

 多賀は人通りの少なくなった歩道を考えながら歩いていた。
 頭の中には君元達が作り上げたMTAの輪郭が出来上がりつつあった。

 部品や技術のたゆまない進歩で、かって自分が企画案を作成して描いていたMTAより遥かに優れたものであることが推測される。

 戦闘ロボットがどの程度の能力を要求されるのか知らないが、多賀の判断では、確かに君元達の作ったMTAは戦闘ロボットに流用しても十分に役に立つものらしい。

 今更ながら葵精工のZ5−TAROとゴッドL言語の能力に驚くと共に恐ろしさを感じる。

 突然、両脇に連れ添うように人が現れ、肘を掴まれた。考えながら歩いていたので、彼らが近付いて来るのを全く気付かなかった。

「一緒に来て貰う」
 左側の男がいった。顔を見ると無表情な若い顔だった。
 即座に箱根で死んだ片倉と小田原の病院で生死の境をさまよっている篠山のことを思いだした。

 多賀は左側の男に体を向けるふりをして、抑えられている右腕を振り解き、反動を利用して右側の男の左わき腹に肘打ちをくらわした。男は微かなうめき声をあげて前かがみになった。

 背中でその男を押し、続いて反対側の男にスマザータックルの要領で襲いかかった。そして、両腕の上から押え込んだまま、歩道の脇に建っているビルの壁に勢いをつけてたたきつけた。

 グシャッと何かが砕ける音がした。
 多賀が手を離して立ち上がると男は壁により掛かったまま崩れるように倒れた。

 振り返ると肘打ちをくらった方はまだ歩道にうずくまっている。
 車が近付いてきた。奴らの仲間らしい。
 多賀は躊躇せずに走って逃げ出した。

 角を曲がると地下鉄の入り口が見えた。階段を駆け下り、後ろを気にしながら切符を買ったが、追って来る様子はない。

 多賀は昨夜から市川に住んでいる弟の家に泊まっている。用心のため電車をあちこち乗継ぎ、尾行のないのを確かめてから総武線に乗り市川に向かった。

 改札を出てタクシー乗り場へ歩く。
「多賀さん」
 柱の陰から背の高い男が出てきて、多賀の目の前に立った。

 とっさに腰を落として身構える。
「待って下さい」男は慌てて一歩下がり、
「誤解しないで下さい。あなたに危害を加える気はありません。協力をお願いしに来たのです」という。

 男は吉永と名乗った。
 多賀は片倉と篠山の話に吉永という名が出てきたのを思いだした。目の前の男はたぶん同じ人物だろう。

「何を協力しろというのですか」
 多賀は用心して、距離を保ったまま答える。
「MTAについてです。それで陸幕本部まで御一緒願いたいのです」
 吉永はポケットに入れていた手を出した。

「何故」
「多賀さんも既に気付いているのでしょう。今日部品メーカーを訪問していましたね。その件についてです」

 吉永が一歩前へ進んだので、多賀は後退した。
「今日は遅い。明日にして貰えませんか」
「緊急を要するのです」

 吉永は多賀が市川に来ることを知っていて待ち伏せていたらしい。ということは弟が市川に住んでいることも知っている。ここで吉永の要求をつっぱねることも出来るだろうが、そうすれば弟の家族に迷惑が掛かるかもしれない。吉永と一緒に行くことにした。

「御一緒する前に、弟に連絡したいのですが」
 吉永はどうぞという。
 多賀は電話をしてから、吉永の運転する車に乗った。

「実は一昨日から我々はあなたを探していたんです。富士市の病院に行ったら、たった今退院したといわれましてね。全治三ヶ月とお聞きしていたのでびっくりしました」

 吉永は微かな笑みを浮かべ、前方から目を離さずにいった。
「思ったより快復が早かったので、自分から医師に頼んで退院させて貰ったのです」

「あの日、警察の方が来たそうですが」
「ええ、篠山さんという方が来て、裾山の騒ぎはMTAに関係があると教えられ、それで退院する気になったのです」

「それでもう体の方は‥‥‥」
 多賀は大丈夫だという。
「そうでしょうね。うちの連中が二人病院行きにさせられましたからね」

 やはりそうだったのか、多賀は座り直して吉永一尉を見た。

「いえ、あれはうちの連中の近付き方が悪かったので、多賀さんのせいではありません」
 吉永一尉は多賀の気配を察して慌てて弁解する。

「いつものつもりで多賀さんに近付いたのでしょう。それに多賀さんが技術者だと聞いていたので、青白い非力な男というイメージを持っていたのかもしれません」
 多賀は黙っていた。

「それで、富士市からどんなルートで東京へ」
「東名の沼津、御殿場間が不通だったので、一号線で箱根を越えて小田原厚木道路を走り、厚木から東名に乗ってきました」

「箱根新道を通ったのですか」
「いえ、国道一号を通りました」
 多賀は答えてからハッと気が付いた。

 吉永一尉は探りを入れているらしい。彼は多賀が篠山刑事と一緒に箱根へ行ったことを知らないのかもしれないが、疑っているようだ。あの二人の手を振り切って逃げたのがまずかったと思った。

「何故一号線を‥‥‥。箱根新道の方が早いでしょう」
 吉永は前方を見たままいう。

「ええ、初めはそのつもりでした。しかし、箱根峠を越えたところで箱根新道の雪の残りが多そうに見えたので、一号線を行きました。雪でスリップするのは嫌ですからね」

 多賀はでまかせをいった。
「国道246号を通る手段もあったでしょう」
 多賀はしつこいなと思う。

「東名が不通なので渋滞しているだろうと思い、考えませんでした」
「そうですか。箱根は渋滞してませんでしたか」
 吉永は表情も変えずに前を見て運転している。

「ちょっと渋滞しました。事故があったもので‥‥‥」
「篠山刑事とは一緒ではなかったのですか」
 ついに、本当に確かめたいことを尋ねてきたなと、多賀は思った。

「篠山刑事は私と病院で話している時、電話が掛かって来て、急に行くところが出来たといって急いで帰りました。私はその後病院を出ました」

 吉永が事故の調書を見ることはないだろうが、見れば多賀が片倉の車のすぐ後ろにいたことが判ってしまう。そうしたら、偶然すぐ後ろを走っていたなどとは思わないだろう。

 吉永一尉は多賀の答えに満足したのか何度もうなづき、本部へ行ったらMTAのことについて詳しく尋ねられるだろうといった。

 今日の部品メーカーの訪問で、君元達の作ったMTAのある程度の輪郭は掴んだつもりだが、企画案と較べると改造度が大きいので詳細については憶測の域を出ない点も幾つかある。

 箱根で聞いた片倉の話からだと、君元達と自衛隊の上層部の一部は通じている可能性があり、従って、MTAを複数機製造したとすれば、一機くらいは自衛隊の手にあるのかもしれない。

 車は桧町の陸幕本部に着いた。
 連れて行かれた部屋に男が五人いて、その中の二人は多賀の知っている顔だった。

 一人は田上の後に企画設計部長になった吉田で、もう一人はロボットの研究では権威とされている城石庄一朗教授であった。

 細面の鋭い目付きをした一佐が吉田部長を除く他の人達を多賀に紹介した。

 八割がた白くなった頭髪をオールバックに撫でつけて紺地に縦縞の入ったスーツを着ているのは志村政務次官で、もう一人制服を着ているのは東部方面総監の館村陸将だという。そして自分は防衛局の近藤だと名乗った。

「我々は政府及び長官の指名で作られた裾山事件の対策スタッフです」
 多賀は、突然こんなところに座らせられるとは思っていなかったので、戸惑いながら席に着いた。

 近藤一佐は裾山事件のあらましは知っているだろうがといいながら、事件の大筋を多賀に説明した。内容は篠山刑事と片倉から聞いたものとほぼ同じであったが、自衛隊の上層部と政府が絡んでいるという話が抜けていた。

 一佐の説明では総てFGグループが仕組んだことになっており、公的にはその説明が通っているに違いない。

「多賀さん、あなたにおいで願ったのは事件の発端でかつ主役であるMTAを考え出した本人だからです」
 一佐が多賀をじっと見つめながらいう。

「しかし、私が作ったのではありません」
「それは判っています。しかし、MTAを考え出したのはあなたです。だからMTAについて最も詳しいのもあなたです」
 一佐は決めつけるようにいった。

「そうでしょうか。私は作られたMTAを一度も見ていないし、そのMTAは本来の用途とは違う目的で作られているようですので、大きく改造されていると思います。こちらには既に見て調べた方がいるのではないんですか、その人の方が私なんかより詳しいでしょう」

 多賀は、片倉の話を信じていたので、幾分皮肉を込めていった。

「それが誰もいないのです。姿を見た者は大勢いますが、機体が手に入らないので調べることも出来ないのです」

「裾山の状況をもう少し詳しく説明してあげたらどうかな」
 館村総監が近藤一佐にいう。
「そうですね」
 一佐は多賀の目を見つめながら話しだした。

 南富士工場を中心とした富士宮、富士、愛鷹山及び御殿場を結ぶ富士の裾野の地域で自衛隊は二週間前から戦闘状態に入っており、相手は今いったMTA−戦闘ロボット−である。それにあたっている自衛隊は駒門の特科連隊、戦車大隊と板妻及び滝ケ原の諸隊だ。

 現況は膠着状態であるが、実際はMTA側の方が有利に展開している。

というのは今まで四度東富士演習場内で戦闘が起きているが、その都度自衛隊の方が押しやられ、MTA側の占領区域が広がっている。

 自衛隊側の損害は大きく死傷者は四十名を越えており、破壊された車両は戦車を含め三十数台に上っている。また、航空機は−全てヘリコプターであるが−三機落とされている。

 このままでは戦闘域が市街地に及ぶのは時間の問題と思われるので、現在東部方面の各隊より救援部隊を編成している。

 MTA側の勢力は、目撃した数からの推定であるが、三十から四十機らしい。

 このうち我が方が破壊したのは四機しかなく、しかも、四機のうち二機は初めて遭遇した訓練中の普通科部隊が破壊したもので、後の戦闘では二機しか破壊できなかった。

 MTAの装甲は相当なもので小銃や機銃では全く歯がたたず、ロケット砲や戦車砲の至近弾か直撃弾でなければ倒せない。

 そして、MTAの動くスピードは非常に早く、荒れ地の中でも時速五十キロ以上のスピードで移動するらしい。平らなところならともかく凹凸の激しい場所では車両のスピードでも追いつかないほどであり、従って、砲の照準が合わせ難く、それが戦闘結果につながっている。

 あとの二機は無差別の砲撃で偶然破壊したものだが、最初の二機を普通科兵が破壊したことは、隊が全滅に近い状態になったといえ、奇跡に近いことだったといえよう。

 また、我々は破壊したMTAを回収してその性能や機能を探ろうとしたが、破片などは別として一機たりとも手に入れることが出来なかった。

 おそらく、破壊されるとすぐ別のMTAがそれを回収して後方へ持って行ってしまうのだろう。

 そしてMTAは二種類の武器を使う。
 一つはレーザー銃であり、もう一つは音もなく白煙をひいて飛んで来る液化ガスだ。

 レーザー銃は強力で装甲車などはその一撃でやられてしまう。戦車の装甲はさすがに持つようだが、それでも白煙をひいて飛んでくるガスと併用されるとひとたまりもない。

 既に八台の戦車が破壊されたが、全てそれでやられた。MTAを一機破壊するのに戦車が四台やられている勘定になる。

 戦況分析班の報告に依ると液化ガスの正体は液体酸素らしく、奴らはそれを非常に脆い容器に入れて飛ばして来る。

 その容器の破片を手にいれて調べてみると、セラミック系の超電導物質であることが判った。従って、液体ガスを飛ばす動力は強力な磁石を使って、マイスナー効果を応用したものだろうという報告がされており、音もなく発射されて来ることがそれを裏付けているそうだ。

 多賀は調べた原料資材に単体元素が幾つかあったのを思いだし、その時は何に使うのか判らなかったが、あれは超電導物質の原料だったのかとあらためて思う。すると覚えてはいないが、購入リストの中に電気炉もあったに違いない。

「工場には液体窒素の製造装置があるそうだね」
 城石教授が確認するように尋ねる。

「ええ、毎日運転されています」
「当然、液体酸素が副生し原料は空気だから無尽蔵にあるわけだ」
 そういうことになる。多賀は化学の専門家ではないが、百パーセント酸素の恐ろしさは知っている。

 タバコでさえも爆薬に変えてしまうのだ。二十パーセントの酸素を含む空気中ではタバコは穏やかに燃えるが、純粋な酸素の中ではタバコに限らず可燃物は総て爆発的に燃焼するだろう。

 更に一佐はMTAを操っているのは君元、皆川及び阿南であると断言した。

 彼らとは何度も電話で交渉したが、彼らの目的が今もって判らず、そして、尋ねても答えず、何の要求もしないらしい。

 君元達がことを起こす前に、自衛隊の上層部と取り交わした何等かの取引を反故にされたため、怒りに任せて無茶をしているのではないかと、一瞬思ったが、それでは余りにも子供じみているように思える。

 一佐は続けた。MTAは、一機があることを学習すると、他の全機がその知識を持つらしい。これは戦闘を分析して判ったことで、その結果から個々のMTAは中央コントロールされていると、城石教授の指摘があった。

 その中央コントロールは南富士工場にあると推定される。従って、工場への送電を遮断し、工場には自家発電装置があって一週間分の燃料があるのは判っているので、十日待ち二週間待ってみたが、何も変わらなかった。

 MTAの戦力は全く落ちないのだ。彼らは送電を切られることを予想して十分な燃料を用意したらしい。
 人質がいるので工場を砲撃することは出来ない。

 対戦車(攻撃)ヘリコプターで工場の爆撃を試みたのだが、攻撃体制に入る前にヘリコプターが撃墜されてしまった。ヘリを低空で飛ばすと確実にMTAのレーザー銃の餌食になってしまうようだ。

 そこで地上から工場に近付く試みを、戦場になっていない富士や富士宮方面からやったが、進入路が限られているので待ち伏せにあい、ことごとく失敗してしまった。

 現在は彼らを富士の裾野にとどめているが、このままではいずれ市街地に進出されてしまうだろう。援軍が来てもどれだけ持ち応えられるか判らない状態なのだ。

 何かMTAを止める方法があるなら教えて貰いたいといって、近藤一佐は話をやめて多賀を見つめた。

 多賀は首を横に振った。自分が原型を考えたとしても作ったのは自分ではなく、そんなことを知っているわけがない。

 しかし、自分の目でMTAを見てみたいとは思う。
「MTAの動力源は電気だろう」
 城石教授が多賀の方へ躯を向け、尋ねた。

 多賀はそうだと答えた。
「レーザーを出すには相当のエネルギーがいる。超電導電池を使っていると考えていいかな」

「そうでしょうね。レーザー銃を撃つのにはそれしかないと思います」
 現在の科学技術でレーザー銃を携帯するには超電導電池を使うしか方法はないかも知れない。

「レーザーを撃ち尽くしたら、動きが止まるかな。それとも動力源は別に持っているのかな」

「動力の電池は別にあるはずです」
 多賀は確信を持って答えた。

「動力が電気なら、そのうち工場の燃料が切れて止まるのではないか」
 志村次官がいった。

 その期待はあるが、あの用意周到な原材料の仕入れから類推すれば、何かその対策は打ってあるのかも知れない。

「先ほど、MTAの勢力は四十機ほどだといいましたね。私が調べたところに依ると彼らは三百機も製造できるほどの部品や材料を持っています。彼らがこれだけの数を初めから動かすつもりだったら、エネルギーの対策はとっていると思います」

「三百‥‥‥。本当かね」
 五人は一様に驚く。まだここにその情報は届いてないらしい。
 多賀は彼らの購入量と在庫の説明をした。

「MTAの勢力がこれ以上増えたらどうなるんだ」志村がいう。
「これ以上増やしてはいけません。あの工場でどのくらい製造できるのですか」
 近藤一佐は吉田部長に尋ねた。

「フル稼働すればラインに乗った場合、普通のマシンなら一日で三百台は作れます。そうだな多賀君」
 吉田は一佐の方をまったく見ずに、多賀の方を向きフォローを求める。

「普通のマシンなら出来ますね。しかし、MTAの場合は一日二、三台がいいところでしょう」
「なぜだね。複雑だからかね」

「はい、普通のマシンなら製造ラインは数十本出来ますが、MTAの場合はラインは一本しか出来ないはずです。工程が長いですから‥‥‥」

「十日で三十機か。それでも大変な数だ」
「四十という数は目撃された数だ。広い裾野の中には倍以上の数が配備されているかもしれない」

「MTAは完全なリモートコントロールかね」
 城石教授は頬に手を当てながら多賀に尋ねた。
「いえ、個々にCPUを備えていますから独立して単独でも行動できるはずです」

 多賀は答えてからハッと気が付いた。
 彼らはコンピューターを通して多数のMTAに情報を送り、同時にコントロールしていて、そして、MTAとの交信はリバーシブルである。

 操作側の発信電波は強力なものを使えるが、MTAから返って来る電波は、電池の出力や持続性を考慮にいれると、弱くならざるをえない。

 強力な超電導電池を持っているとしても、それはレーザー用である。

 従って操作側の中央コントロールから遠く離れると、MTAの電波は届かなくなって、交信は一方通行になってしまうはずだ。

 近藤一佐が一機のMTAが学習すると他のMTAが総て学習するといったことは、学習したMTAの電波は中央コントロールのある工場に一度帰り、再び工場からの電波に乗り、他のMTAに届いていることを意味している。

 あの辺りの地形からするとMTAの弱い出力からすれば、電波障害があっておかしくない。しかし、電波が工場に届いているということは何処かに電波の中継基地がなければならないのだ。

 多賀はそのことを指摘した。
「その中継基地を叩けばMTAの動きは鈍るのかね」

「はい、スピードが鈍る訳ではありませんが、確かに鈍ると思います。人間に例えていえば、知能が鈍るということですか‥‥‥。そんな状態になるはずです」

 その中継基地があるとすれば、誰もが最初に思い付くのは富士山であった。
「愛鷹山かもしれない」
「いや、富士山でしょう」

 あるとすれば、富士山の他に考えられない。富士山に中継基地を作れば広範囲の地域をカバー出来るし、彼らの目的が何かは知らないが、常識的に考えてもMTAをより広く動かそうとするのが当然だろう。

「確かめてみよう」
 近藤一佐が電話を掛けに席を立って行った。もう、明け方近くなっており、時計を見ると午前四時を回っている。

 一佐が戻ってきた。
 こんな時間に何処へ電話を掛けたのだろうと思った。
「富士山測候所とは五日前から連絡出来なくなっているそうです」

 皆は互いに顔を見合わせた。
「どこからそれを聞いたのかね」志村が尋ねる。
「滝ケ原の管制気象隊です。ヘリを出して様子を見に行く予定になっているそうですが、天候が悪いので回復待ちをしているようです」

「中止させた方がいいな。山頂まで奴らの手が伸びていることになっていたらヘリは確実にやられる」
 館村がいった。

「そう伝えます」
 一佐は再び席を立つ。
 暫く、その事について討論が交わされたが、これ以上躊躇していられない状況になっていることで一致した。

 いままでの戦況や多賀がもたらしたMTAの数が増加するだろうという情報から判断すれば、ますます悪くなる一方である。

 爆撃機に依る工場の爆撃や砲撃の話しも出たが、人質を犠牲にすることは出来ない。結局、富士山の何処かにあるであろう電波の中継基地を叩くことに決定した。

「本当にあるのか」
「あります。もし富士山になければ他の場所に必ずなければなりません」
 多賀は確信を持って答えた。

「偵察を出して確認しよう」
 館村が一佐に向かっていう。
「天候が悪くて航空機を飛ばせません」一佐は答えた。

「そうか、天候の回復の見込みは‥‥‥」
「現在太平洋岸を低気圧が通過中です。そして玄海灘付近と沖縄に低気圧があり悪天候が続くそうです」

 天候の回復を待っている余裕はない。あとは徒歩の偵察しかないが、それでは時間がかかり過ぎてしまう。今は一刻でも早く彼らをたたかねばならないのだ。

「確か山頂までブルドーザー道があったはずだ。七三式装甲輸送車を使ったら徒歩より早く登れるだろう」
 館村陸將がいう。

 富士山には登山道整備や山小屋に荷物を運ぶためにブルドーザーが登れる道が各登山道沿いについている。

 七三式装甲輸送車はブルドーザーと同じようにキャタピラーで走行し、戦車ほど重くないから登れるかもしれない。

 更に議論が続き、偵察隊ではなく直接攻撃隊を装甲輸送車で送ることになった。

 多賀は自分の目でMTAを見てみたいという気持ちが大きくなってくるのを意識していた。かって自分の頭の中だけに存在していたものが現実に存在しているのだ。そして、自己満足の為かもしれないが、目で見て手で触ってそれを確かめたいと思う。

 あのMTAの企画案を作成していた頃の情熱と心に描いていた夢が思い出され、再びその頃と同じ若い血が全身を駆け巡り出しているのを感じていた。

 多賀はその攻撃隊に同行したいと申し出た。
「何故‥‥‥」
 近藤一佐は驚いて尋ねた。

「一つはMTAをこの目で見てみたいこと。二つ目は中継基地の構成を破壊される前に調べてみたいのです。更に、もしMTAと戦うことになった時、観察次第で有利に戦う方法を助言できるかもしれません」

 多賀は最後の理由に自信などなかった。戦う場面に接した時、冷静に観測出来るかも疑問であるし、ましてや見ただけでMTAの弱点など見いだせるはずがない。MTAはコンピューターによって完成された戦闘ロボットであり、弱点というものは存在しないかもしれないのだ。

 しかし、そうでもいわなければ行くことは認められないだろう。

「危険ですね。派遣する攻撃隊は中継基地を破壊するだけが目的です。MTAと戦うことになったら、たぶん攻撃隊は短時間で全滅するでしょう。我々がかろうじて奴らを裾野に閉じ込めているのは、戦車と自走無反動砲及び高射機関砲のおかげです。富士山にはそのどれも同行できません」

 近藤一佐は他の人達にも話して聞かせるようにいった。

「MTAを調べるのは戦いが終わった後でもできる。そんな危険をおかすことはない。戦うのは専門家に任せて置けばいい」
 城石教授が続いていう。

 多賀の申し出は一蹴されてしまった。

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