本八合に着く。吉田口登山道との合流地点だ。
 天候が良く、荷が軽ければ、頂上まであと一時間ほどの距離である。
 そろそろ日が暮れかけていた。九合目まで行けば、途中で真っ暗になってしまうだろう。

 頂上にMTAがいるとすれば、ライトをつけて登ることは危険だ。
 それにMTAは赤外線を感知するので、九合目の小屋では頂上から見つけられるおそれがあり、暖を取れないかもしれない。

 こんな寒気の中、ストーブを焚けないとなると、辛い夜となって明日の攻撃に支障を来すことにもなる。

 この本八合ならば、雲の厚さも考慮にいれて、MTAの赤外線感知装置は届かないはずだと多賀が言うので、伊滝は今夜一晩をここで過ごし、明日の朝、攻撃拠点を頂上の小屋に設置することにした。

 本八合付近には建物が沢山建っている。伊滝三佐は吉田口方面に下った場所にある山小屋を選んだ。

 全員、管理人の部屋で寝ることにする。少し狭いが、寄り添って寝ればかえって暖かく眠れる。

 窓には板が打ちつけてあったが、更に毛布を二枚重ねて張り付け、赤外線が洩れないようにしてからストーブに火を入れた。

 ひとここちつくと昨夜のことを思いだした。
 多賀を襲ったのは確かに人間であった。

 何故、襲ったのだろうか。多賀が部屋から出るのを待っていて襲ったのだろうか。それとも部屋から出て来る誰でも襲うつもりで待ちかまえていたのだろうか。そこへ、偶然、多賀が出て行き襲われたのか‥‥‥。

 そして、長野も襲われて殺されている。
 何のために‥‥‥。
 多賀と長野を襲った犯人が外から侵入したとすれば、目的は唯一つしかなく、それは攻撃隊の人数を減らすこと、戦力を落とすことだ。

 しかし、戦力を落とす目的ならMTAを差し向ければこと足りるはずで、人間がわざわざ出向いて来る必要はない。

 たとえ、電波が直接届かなくとも事前にデータを送れば、MTAは攻撃隊の戦力を落とす働きは十分にするし、場合によっては攻撃隊を壊滅させることも可能なのだ。

 そうしないということは、工場の連中はまだ我々に気付いていないのだ。すると、昨夜の襲撃者は何処からきたのだろうかということになる。

 あの天候では、人間なら外で一夜を過ごせば、確実に凍死してしまうだろう。

 あのあと、伊滝三佐は徹底的に付近を捜索させ、そして、何も出てこなかった。ということは、昨夜の襲撃者はこの中に居るのかも知れない。

 多賀は部屋の中の隊員達を見渡す。

 伊滝三佐は金窪二尉とストーブの側に座って地図を見ている。田辺二曹と田原は側に立ってそれを覗いていた。千田三曹と篠田は小屋に備え付けの寝具を部屋に運び込んでいるところで、上田二曹は無線機を、そして、残りの村井二曹、大久保、楠木、加藤は装備を点検していた。

 襲った奴はあてもなく便所の側で待ち構えていたのではなく、多賀が部屋を出るのを見て、殺すために後を追ってきたとも考えられた。

 片倉の話を思いだした。
 やはり、吉永は多賀が片倉と一緒だったことをつきとめたのだろうか。

昨日、あの部屋に入ったとき、近藤一佐と吉永一尉が何かを話していたが、きっとそのことを話していたに違いない。だから中継基地の情報をとるという口実を作って、急に多賀をこの攻撃隊に参加させたのだろう。そして、多賀を抹殺するために殺し屋を送り込んだのかもしれない。

 そう思う反面疑問もあった。
 多賀はまだ生きている。どうして殺し屋は気を失っている多賀にとどめを刺さなかったのだろうか。あの時その余裕は十分あったと思う。

 上田二曹が長野の帰りが遅いと思うまで、かなり時間があったはずだ。
殺し屋はその間何をしていたのだ。頭をピッケルで掠ったくらいで多賀が死んだとは思わなかっただろう。

 もしかすると、上田二曹は自分でいうほど長くストーブにあたっていなかったのではないだろうか。そして、犯人は上田二曹が来るので、その暇がなく、慌てて土間の方から部屋に戻ったのかもしれない。

 犯人がこの中に居るとすれば、誰なんだ。多賀には見当もつかなかった。
 近藤一佐か吉永一尉に命令されて来たとすれば、身分を偽っている可能性があり、所属も偽っているかも知れない。

 いや待てよ‥‥‥。上田二曹は桧町から来たといっており、その桧町には陸幕調査部がある。

 と思ったが、上田二曹が彼らに派遣された殺し屋であるはずはないのだ。上田二曹と伊滝三佐は最初にMTAに遭遇して戦っており、彼らにはめられた被害者である。

 多賀は上田二曹が桧町の所属だということがちょっとひっかかったが、この二人は外していいと思った。

 いるとすれば、たぶん、残る九人の中だろう。
 田辺二曹と田原が周りを警戒するために外へ出て行った。
「多賀さん、頂上に中継基地を置くとすれば、何処だと思いますか」

 伊滝が声をかけてきた。
「測候所のある剣が峰かもしれません。測候所のレーダー施設を流用すれば相当手間が省けると思います」

「測候所の所員はどうしたんでしょう」金窪がいう。
「今までの結果から推測すれば、無事だとは思えないな」
 伊滝はストーブに目を落としたままいった。

「南面の中継基地は宝永山付近じゃないですか。この辺かな」
 金窪二尉が地図上の赤岩を指さす。赤岩付近は宝永山の近くで最も見晴らしの良いところである。

「限定はできませんけど、たぶん‥‥‥」

 多賀は金窪の意見に半分賛成した。なぜなら、現在戦闘が行われている範囲をコントロールするなら、南面の何処であってもいいからだ。赤岩の上は確かに好条件であったが、天候が良ければ下からよく見えるだろう。そして、山頂に設けるのは別として、最初の中継基地は隠密裡に設けなければならないはずであり、下から見つかって砲撃や爆撃されたのでは何にもならないのだ。

 だから多少条件が悪くとも、下から見つかり難い場所にあることも考えておくべきだと思う。

「我々だけで二カ所を破壊するのは無理なんじゃないですか。山頂だけなら何とかなると思いますが」
 金窪が伊滝にいう。

「いや、両方ともやる。他にもあるならそれもやらなければならない」
 確かに中継基地は総て破壊しなければ効果はでないだろう。多賀も伊滝のいうことに賛成だった。

 しかし、中継基地は、あっても二カ所までで、それ以上の中継基地を設ける時間的余裕と資材は彼らにはなかったはずだ。

 多賀は装備を点検している村井二曹のところに行く。
「ちょっと尋ねたいことがあるのだけど、いいですか」
 村井二曹は顔を上げて多賀を見た。鼻の下に薄い髭がはえ掛かっている。毛の薄い質らしい。

「何ですか」
「この隊の中で、以前から知っている人がいたら教えて貰いたいのだけど」
 村井は怪訝な表情を顔に浮かべた。

「顔を知っているという程度でもいい」
 多賀は重ねていった。

 近藤一佐か吉永一尉かに派遣されてきた人物は桧町から来たのかもしれなかった。たとえ、桧町からでなくとも、富士の周辺の駐屯地から来たとは考えられない。だから所属の駐屯地を偽っているはずだ。

 そして、同じ駐屯地にいる者はもちろん、近くの駐屯地に所属している者同志は顔見知りの可能性があり、そういう者を省いていけば昨夜の犯人を捜し出せるのではないかと思ったのだ。

 村井は同じ板妻から来た田原、加藤、大久保の名前をあげ、北富士の田辺二曹も知っているといった。

 次に大久保のところに行って同じ質問をすると、彼は同じ駐屯地から来たメンバーしか知らないという。

 外から田辺二曹と田原が戻ってきて、異常のないことを伊滝に報告していた。

 報告が終わってミトンを脱いている田辺二曹の側に行って同じ質問をした。田辺は同じ北富士の篠田、楠木をあげた後、金窪二尉と村井二曹を知っているという。

 三人に尋ねただけで八人消去することができた。残るは伊滝、上田、千田の三人だけだった。

 伊滝と上田は先ほどの理由から除外していいだろう。そうすると、残るは千田だけだ。
 千田が犯人なのだろうか。

 彼は多賀の傷を治療してくれたが、彼が昨夜の犯人だとしたら、自分でつけた傷を治療したことになる。彼が気遣って使い捨て懐炉をくれたことなどを思うと犯人とは考えられない気もする。

 千田は滝ケ原から唯一人派遣されて来たので、他の駐屯地の者が彼を知らないことは当然ありえる。

 また、同じように金窪二尉は富士学校から唯一人派遣されてきたが、幸い田辺二曹が知っていた。

 金窪は幹部であり、他の駐屯地の者に知られる機会も多いだろうが、千田はただの三曹で、誰にも知られていないのは当然かもしれない。

 自分が推理した消去法が適切でなかったようだと多賀は思った。
 指揮官の伊滝三佐は昨夜のことを全く口にしないが、彼がどう考えているのか知りたかった。

 伊滝が一人になるのを待って、多賀はストーブの側に行き、その話を切り出した。

 伊滝三佐には全てを話しても大丈夫だと思い、箱根の出来事から昨夜の事件の推理まで隠さず話し、最後にどう思うか尋ねた。

 伊滝は口をはさまず、黙って最後まで聞いていた。

「FGグループの片倉という男が本当に殺されたとしたら、多賀さんも狙われるというのは思い過ごしとはいえませんね」
 伊滝は即座にそう答えた。

「片倉さんが殺されたのは確実だと思っています」
「そうなると、私と上田二曹も狙われるかも知れませんね。その当事者ですから」

「しかし、上層部が仕組んだということは御存じなかったはずです。FGグループが仕組んだといわれれば、そうかと思うだけでしょう」

「そうですね。そうかもしれません。しかし、我々も馬鹿ではないですから、隊員の中にはそれを薄々感じた者もいました」

 伊滝は南井二尉が興奮して喋っていたことを思い出していた。
「それは誰ですか」
「戦闘中に死にました」
 伊滝は一瞬悲しそうな表情を浮かべた。
「上田二曹は知っていますか」

「知っています。彼が話すのを私と一緒に聞きましたからね。でも私は、あれが上層部の仕組んだものであっても、どうこういうつもりは毛頭ありません。あれも任務であり、兵としての義務であると思っています」

 伊滝は頭のてっぺんから爪先まで軍人になりきっていると、多賀は感じた。今時、自衛隊にも珍しいのではないかと思った。

 これを上層部は知っていたのだろうか。いや、多分知らなかっただろう。だから、それを試すために再びこんな危険な任務の指揮官にさせられたのに違いない。

 MTAとの戦闘を経験したばかりの伊滝には命令を拒否することもできたはずだ。だが、攻撃隊の指揮官を引き受けたことで、最初のMTAとの遭遇戦について、彼が何もいわないだろうと上層部は確信したことだろう。

 もし伊滝がこの攻撃隊の指揮官を受けなかったら、命を狙われたかもしれない。この作戦が終了すれば、彼には昇進が待っているだろうと多賀は思った。

「伊滝三佐と上田二曹はこの作戦に参加したという事実で、あなた方がどう思っているか上層部は知ったはずですから、私とは違うでしょう」 多賀は更に犯人が外から来たとは考えられないというと、伊滝もそれは認めた。

「仮に多賀さんが狙われたとして、長野は死んだが、あなたはまだ生きている。あの時、何故、犯人は多賀さんを殺さなかったのですか」

 多賀も疑問に思っていたところを突いてきたので、上田二曹を呼んで何分くらいストーブにあたっていたか尋ねてみた。

「少なくとも五分くらいはストーブにあたっていました」
「誰かいないのに気付かなかったのか」伊滝がいった。
「暗かったですからね。多賀さんが居ないのさえ気付きませんでした」

 昨夜の多賀は最もストーブに近い場所に寝ていたが、ストーブの火の明りだけだったので、顔の確認も難しかった。

 上田二曹は、確かに五分以上は、長野の帰ってくるのを待っていたと再度断言した。

 多賀は、長野が外から帰って来た音を聞いて、その直後に殴られて気を失った。大きな音がしただろうが、入口のドアを開けた長野には外の風の音でかき消されて聞こえなかったかも知れない。そして、その長野が便所に向かう後ろ姿を、部屋から出てきた上田二曹が見ている。

 上田二曹が外にいた時間を二分としても、犯人が長野を殺した後、最低七分近い時間がある。たぶん、上田二曹が部屋の中で起きていることを犯人は知っていたので、すぐ部屋に帰らなかったと思われる。その間、多賀を殺す時間は十分にあったはずだ。

 すると、犯人は多賀を殺す目的ではなく、長野を殺すのが目的で便所の側に潜んでいたことになるが、長野がどうして便所に行くことを知っていたのだ。もし長野を殺すのだったら、外を巡回している時の方がやりやすいのではないだろうか。

 伊滝は長野と同じ板妻の隊から来た加藤を呼んで尋ねたが、長野が殺される理由など見つからなかった。

「やはり、多賀さんが狙われたのですかね」
 金窪二尉がいつの間にか多賀の脇に来ていた。伊滝は首を捻った。

「私だったら確実に殺そうと思ったら、ピッケルなど使わない。長野をやったように銃剣を使うな」

 伊滝は独り言のように呟く。多賀はそういうものかとうなづいた。
 どうやら犯人は多賀を殺すつもりではなかったらしく、多賀の疑心暗鬼だったのかもしれない。

 しかし、長野は何故殺されたのだろうか。この中に犯人がいるのなら教えて貰いたいと思った。

「ピッケルは長野隊員のものだったのではないのかな」
 多賀はふとそう思っていうと、伊滝が怪訝な顔をした。

「だってそうでしょう。ピッケルが殺人に不向きなら、犯人がわざわざ土間から取ってきて便所へ持って行くわけがない。長野隊員が外から帰って来て、そのまま便所に持って行ったと考えた方が自然でしょう」

「それはそうだが、それでは長野が先に殺されたことになる」

「そうなんですよ。私の方が後だったのかもしれません。あの時、殴られる直前、外から戻ってきたのが長野隊員ではなく上田二曹だとしたら、そうなります」

 多賀は周りを見た。上田二曹がうなづいていた。
 何時の間にか全員がストーブの周りに集まっている。

 あの時、多賀は寒くて目が覚めた。寝ていた場所はストーブのそばだったが、ドアにも近く、おそらく長野、上田、そして犯人が立て続けにドアを開けたので、部屋が寒くなるほど冷気が入ってきたのだ。

 だから多賀が起き上がって部屋を出たのは、上田二曹の後と考えた方が妥当ではないだろうか。

 犯人は銃剣を持ち長野を待ちかまえていて殺し、その直後、そこへ多賀が行ったので、長野が持っていたピッケルで殴った。

 長野が外から戻って来たと思ったのは、上田二曹と勘違いしたのだ。
「顔を見られなければ、たぶん、私を殺しても殺さなくともどちらでもよかったのでしょう」
 多賀は伊滝の斑模様の顔を眺めていた。

「そうかもしれませんね。多賀さんから長野がドアを開けて戻って来たと聞いたので、私も多賀さんの後に起きたのだと思い込んでいました」
 上田二曹がいう。

「すると、犯人は自分の銃剣を長野の胸に立てたまま、長野の銃剣を盗って部屋に戻って来たというわけか」

 銃剣は誰のも同じ物で見分けがつかない。

「そうかもしれません。私を襲った時、それを持っていたかもしれませんが、犯人は使う気はなかったでしょう。私は銃剣を持ってませんからね。使ったらばれてしまう」

「この中に長野を殺した奴がいるのか」
 誰かがいった。

「めったなことはいうな」
 金窪二尉が嗜める。

 伊滝三佐は渋面を作っていた。彼にとっては作戦の方が当然大事であろうし、できたらこのことには触れずに作戦を遂行したいと思っていたのかもしれない。

「長野は何故殺されたのです」
 また、誰かがいう。多賀の心配は杞憂に終わったが、その問題が残ってしまった。

「我々も寝首を掻かれるかもしれない。今夜は眠れませんね」
 村井二曹がいうと、他の者もそうだといって同調し、隊員達の間に作戦遂行どころではないという雰囲気が漂い始めた。

「長野は個人的な理由で殺されたのかもしれん」
 金窪二尉がいう。

「そんなことはありえません」
 加藤がすかさず反論する。

「長野に恨みを持った奴がここにいるというのですか。そんなはずはない。私がよく知っています。ここにいる殆どは、この隊が編成されたとき初めて会った人達ですが、私は、入隊以来、長野とずっと一緒でした。彼の友人、知人は総て知っています。それに、彼は他人といさかいを起こすような男ではありません。長野はこの中にいる気違いに理由もなしに殺されたのかもしれない」

 加藤の言葉はこの中に無差別に人を殺す殺人狂がいるという意味にとれ、隊員達は皆嫌な気分に陥ったようだった。

 彼らは、今日一日、黙々と歩き登って来たが、誰もが心の中で長野の殺されたことを考えていたのだ。

 作戦を前にして隊員達が動揺しているのは好ましくない。ましてや、加藤のいうように無差別に人を殺して喜んでいるような気違いがこの中に紛れ込んでいるとしたら、中継基地の破壊作戦など、成功はおぼつかなくなる。伊滝は何とかしなければならないと思った。

 この動揺をおさめる最良の方法は犯人を見つけ出すことだと判っているが、今の状況では全く無理なことである。

 何故長野が殺されたのかも判らないのだから、その犯人を捜し出すことなどなおさらできるはずがない。
 多賀は自分が言い出し、こんな雰囲気になったことに責任を感じていた。

「犯人は気違いではない。その証拠は私が生きていることです」
「そうだ。犯人が殺人狂なら多賀さんは殺されているはずだ」
 伊滝がかぶせるようにいう。

 長野が殺された理由が何かなければならない。
「それはあの新五合目の小屋で生じたのかも知れない。例えば彼が見張りで起きていた時、犯人にとって都合の悪いものを見たとか‥‥‥」

「何をですか」
 ストーブの明りに陰影濃く浮き上がっている顔の一つがいう。
「それは判らない」

「犯人はMTA側の回し者ですか」
 その可能性はほとんどない。そのことは最初に考えて必然性がないと結論を下したことだった。何か他の理由で長野は殺されたのだ。

「しっ、静かに‥‥‥。ほら聞こえますか」
 上田二曹が突然いう。
 全員沈黙し、静まり返った。ストーブの燃える音と外で吹き荒れる風雪の音の他に、波が打ち寄せるような微かな音が聞こえている。

 そして、その音は上田二曹の手元から聞こえてくる。
 彼は手に無線機を持っていた。
「MTAだ」
 伊滝三佐が呟いた。

「まちがいない。近いぞ。戦闘準備」
 隊員達はストーブの周りから離れて、自分の装備をおいてある場所に戻り、素早い動作で準備を始めた。

「ストーブを消せ。無反動砲と暗視装置だけを持って外へ出ろ。あとはここへおいておけ」
 伊滝三佐は緩めた靴紐を締め直しながら次々と命令を出した。

 多賀はストーブの燃料コックを捻って火を消し、靴紐を締めてオーバーシューズを履いた。更に、アイゼンをつけたときはもう誰も部屋にいなかった。

 伊滝は隊員を数軒ある山小屋の陰や風避けにつんである岩の後ろに分散させた。MTAに襲われても一度に戦力を失わないようにという考えが真っ先に働いたからだ。

 できたらMTAとの交戦はまだ避けたい。そして、中継基地の攻撃は不意打ちを食らわせたいのだ。また、そうしないと成功しないかもしれないと思っている。

 隊員達にはMTAに発見されない限り攻撃するなと命令してある。

 肉眼ではすぐ隣にいる金窪二尉も見えないほど暗く、暗視装置で覗いても、降る雪の濃さも手伝って須走口と吉田口登山道との合流点まで見通すことができない。

 おそらく、MTAは上から来ると思われるが、奴も条件は同じであり、我々を見つけるのは難しいだろう。

 抱きかかえるようにして持っている無線機からは、絶えず波のような音が聞こえてきており、明かに近くでMTAが動き回っている証拠である。

 多賀は皆に遅れて山小屋の外に出た。強烈な寒さだ。
 風で吹き付けられる雪や氷の粒が、唯一露出している目とその周りに刺すようにあたり、涙が出て、全く目を開けていられない。

 周りは真の闇で、既に隊員達は近くにいる気配がなかった。
 一瞬、小屋の中に戻ろうかと思ったが、すぐに考え直す。

 小屋はストーブを焚いていたので、暖かくて他の小屋より多くの赤外線が出ている。MTAが気が付き攻撃して来る可能性があって、中や近くにいることはそれだけ危険が大きい。

 多賀は手探りで小屋づたいに裏の方へ回り、そこから風よけの石積みがあるはずの方向へ、ピッケルを杖替わりに頼って、小屋から離れた。

 風で体が浮き上がり飛ばされそうだ。膝をついて四つん這いになって進む。

 風よけの石積みにぶつかり、切れ目まで伝って行き、そこから離れて次の小屋の裏にたどり着いた。

 ここまで全くの手探りだったが、明るいうちに到着したときの記憶が残っているので、それを頼りにどうにかここまで来られた。しかし、これから先がどうなっているのか全く判らない。

 更に、小屋の外壁沿いに進み、離れて四つん這いで進むと、また石積みにぶつかった。低いので乗り越えて行くと再び石積みにあたる。今度は高くて乗り越えられないので、それに沿って左へ進んだ。

「多賀さん」
 突然、声がして肩を掴まれた。

「動かない方がいい。近くにMTAが来てます」
 上田二曹の声だった。

「暗視装置は持っていないのですか」
 多賀は持っていないという。
 上田二曹は長野の装備の中に入っているはずだといった。

 そうかと思ったが、今更小屋に戻る気はしない。
「他の人達は?」

「伊滝三佐は道の左側の岩陰にいます。他の連中も近くにいます。これで見てみますか」
 上田二曹は多賀の手を掴み暗視装置を手渡してくれた。

 暗視装置を覗くとすぐ目の前を登山道が走っている。右手の上方に向けたが、降雪の量が多く遠くまで見通せなかった。

 左手正面の岩陰に二人潜んでいて、暗視装置を手にして前方を見ている。伊滝三佐と金窪二尉だった。

 他の隊員は見あたらなかったが、伊滝三佐の合図が見えるように多賀と同じ側に隠れているらしい。

 伊滝三佐が手を上げて動かし、誰かに合図をした。

 多賀は上田二曹に暗視装置を返し、二人はそのまま暫く石積みの陰でじっと待機した。吹きすさぶ夜の寒気は情け容赦もなく体温を奪っていき、もう躯の何処にも先ほどまでの温もりは残っていない。奥歯が自然にカタカタと鳴り出すのを止められなかった。

「寒いですね」
 上田二曹がいった。

「寒い」
 多賀はそう答えたつもりだが、発音がはっきりしなかった。舌まで凍りそうだ。

「多賀さんは片倉二尉を知っているようですね」
 突然、上田がいう。
 暗闇の中で上田の表情が判らないので、何と答えて良いか躊躇した。

「さっき、ストーブの側で伊滝三佐に話されているのを聞きました。近くにいたもので聞こえたのです」

 多賀は伊滝三佐だけに話したつもりであったが、狭い部屋なので内緒話にはならなかったらしい。

「片倉二尉が死んだというのは本当ですか」
「本当です。この目で見た」
 暫く沈黙があった。

「殺されたのですか」
「私はそう思っている。でも何故‥‥‥、片倉さんを知っているのですか」

 また、暫く沈黙があり、考えているようだった。
「片倉二尉にあのことを話したのは私なんです」

「あのことって‥‥‥」
 多賀はとぼけた。

「上層部の企みのことです」
 片倉が調査部の中に内通者を潜入させているといっていたことを多賀は思いだした。

 上田は桧町の所属であり、そして、伊滝と共にMTAの戦闘能力を試すために犠牲にされた隊の生き残りである。彼が内通者だから片倉はことの次第を詳細に知っていたのだと気づいた。

「すると、あんたは調査部の中に潜入させていたと片倉さんがいっていたFGの‥‥‥」

「そうです。しかし、私の所属は調査部ではありません。陸幕装備部です。MTAの件については装備部の一部も咬んでいるのです。裾山事件の直後、私は電話で片倉二尉にその顛末を報告しました。以後は伊滝三佐と共に禁足されていたので連絡が取れずじまいでした」 

 多賀は工場にいる君元達のことを尋ねた。

「あの人達のことは所属も違ったし良くは知りません。上層部とのつながりも知りません。彼らに関しては片倉二尉の方が良く知っています」

「片倉さんも判らないといっていた」

「そうですか。でもこのMTAの事件は上層部の慌てようからして、もくろんだ方向に行かなかったのは確かだと思います。誰がどこで変えたかは工場の連中しか知らないのではないですか」

 上田二曹の動く気配がした。
「移動します。多賀さんはここにいて下さい」

 アイゼンの岩を削る音が聞こえ、風の音に消されていった。
 多賀はまた一人になった。
 上田二曹がFGの一員だとは思いがけなかった。

 彼は片倉と同じように上層部を告発する気がないのだろうか。その気があれば、この攻撃隊に参加しなかったのではないだろうか。たとえ命令されても除隊する気でいれば拒否できたはずである。

 だが、告発する前に殺されるかもしれず、上田二曹はそう思ってこの任務についたとも考えられた。

 上田二曹はこれが終わってから行動するのかも知れない。どちらにしても賭であり、この任務で命をなくしたら何にもならない。そして、告発するかしないかは上田二曹自身の問題であり、多賀には関係ないことだった。

 それにしても多賀自身こんなところに何故居るのか不思議に思えてくる。こんな寒い辛い思いまでしてここにいる必然性が全くない。陸幕本部でつい口走った自分の言葉が直接の原因だということは判っているが、それだけではないことは漠然と意識していた。

 妻の祐子とのもう埋めることのできない溝、近藤一佐の中継基地の調査依頼、かってみたMTAの夢、平凡な生活、会社の息苦しさ、そしてMTAを発案した責任等々があるが、どれも自分自身の生命を危険に曝すほどの決定的な理由にはならない。

 多賀は現役の選手をやめた時を思い出した。
 あの時も不安であり、心にぽっかりと空洞があいたようで何もする気力がなくなっていた。

 そんなとき祐子が多賀の目の前に現れた。彼女はラグビーのことは何も知らなかったが、女性らしい優しさと細かい気遣いは多賀の心の憩いとなり励ましになった。

 そして、メカトロニクスの技術者として再出発できたのだ。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 上田二曹が離れて行ってからだいぶ時間が経った。風の音を除いたら何の音も聞こえず、何も起こらない。

 MTAはまだ近くに居るらしく、隊員達は息をひそめて待構えている。もし、MTAがこの登山道を下って来れば、当然多賀達の居た小屋に気付く。その時は、おそらく戦闘が始まるだろう。そして、その結果がどうなろうと以後の行動に大きな障害となるのは明らかである。

 後ろで岩を削る音がした。
 何も見えないことは承知していたが、思わず振り向いて耳を澄ますと、また聞こえた。

 それはゆっくりと間隔をおいて聞こえてくる。明かにアイゼンで踏みしめる音だった。

「上田二曹」多賀は声を掛けた。
 返事はなく、アイゼンのきしむ音が止まった。

「誰だ」
 少し間を置いてアイゼンの音が激しくきしんだ。

 昨夜の奴だ。襲って来る。多賀はとっさにそう感じて、座ったまま体を捻って地面の上に転がった。

 戦闘服の上、わき腹あたりを何かが引っかけてかすめた。
 立ち上がりながら左手でわき腹を触ってみると、ミトンを填めた手でも判るほど大きく切れていた。
 奴はナイフ、いや銃剣を持っているらしい。

 多賀は持っていたピッケルを横に構えた。相手が見えないので、ピックを下向きにし、当たる面積をできるだけ大きくして、確率を高めようとした。

 風の合間に奴の息遣いが聞こえる。その息遣いが一瞬止まったと感じた時、多賀は横殴りにピッケルを振り回した。

 手ごたえがあり、金属音がした。だが、勢い余って後ろへ二、三歩よろめいてしまった。突風が吹いてきて、更にバランスを崩したところに背中をどんと押された。

 足を出して踏みとどまろうとしたが、アイゼンが引っかかり転んでしまった。躯が空中に飛び出すのを感じた。

 激しい衝撃で一瞬気が遠くなる。
 猛烈な勢いで雪が顔にかかってきた。斜面を滑り落ちているらしい。次第に勢いがついていくのが感じられる。このままだと、やがては何処かで露出している岩にぶちあたり、ぐしゃぐしゃになってしまう。

 馬返しで伊滝三佐にアイゼンの扱いと共に、滑落した時のピッケルを使って止める方法を教えられた。それを今、懸命に思い返していた。

 何も持っていないことに気付いて、手で雪を掴んでブレーキを掛けると向きが変わって足が下になった。しかし、落下速度は全然衰えない。
 これではどうしようもない。

 右の手が何かに引っ張られている感触があり、触れてみるとピッケルバンドが手首にしっかりとからまっている。

 慌てるなと自分に言い聞かせ、仰向けになってバンドを手繰り寄せる。
 ピッケルが踊るように暴れながら手に収まった。

 右手でピッケルの頭を掴み、左手を石突きに近いシャフトに持っていく。体を回転させながら、思いっきりピックを雪面に突き刺し、シャフトに体重を乗せた。

 ピッケルがガリガリ音を立て、その振動が躯全体に伝わってくる。
 雪が柔らかいのか、速度が出過ぎたためか、滑落の勢いは衰えない。
 突然、ブレード部分で顎を弾かれ、体が宙に浮いて再び雪面に落ちた。

ピックの先端が雪の下にある硬い岩に触れたらしい。痛さを我慢して必死に体勢を維持する。

 爪先を雪面から浮かして置かないと、アイゼンが堅いものに引っかかった時、空中に放り出されるといわれたことを思いだし、慌てて足先を雪面から離す。

 次第に滑落の速度は衰えていくのが判ったが、腕がしびれてきて伸び切ってしまいそうだ。

 右足が何かにぶつかり、体が斜めになったと思うと、横腹に呼吸が止まりそうになるほどのショックを受け、滑落は止まった。
 岩にぶつかったらしい。

 全身が震えており、暫く動けなかった。ようやく手探りで立ち上がり、岩に腰を下ろす。
 手足を動かしてみた。あちこちが痛いが、躯には異常がないらしい。

 制動をかける前の速度でこの岩にぶつかっていたら、骨は粉々に砕けていただろうと思うとぞっとした。

 滑り落ちていた時間は僅かだったようだが、非常に長くも感じられた。

 多賀が滑り落ちた場所は、幸運にも山ひだの間で、吹き飛ばされた雪が溜り、厚く積もっていたところだった。岩と氷がむき出しのところだったらひとたまりもなかっただろう。

 しかし、全くの闇で何も見えず、自分の位置も正確に判らない。このままここで一夜を明かせば凍死するのは確実である。

 小屋まで戻らねばならない。左の方へ向かえば、今日登ってきた須走口からの登山道にぶつかるはずだ。こんな暗闇で道を見つけられるか心許ないが、とにかく行動しなければならない。

 一歩一歩探りながら歩き出した。
 この付近は既に平均斜度が三十五度を越えていて、部分的にはそれ以上の場所もある。

 そんなところを盲同然で進むのは困難で危険極まりない。

 殆ど四つん這いの状態で動き廻り、何度も行き詰まって、その度に上か下へ迂回をさせられた。それでもだいぶ進んだと思っていると、再び行き止まりにぶつかってしまった。

 前方に垂直な壁があり登れそうもなく、迂回しようと上へ行ったが、やはり通れそうもなかった。下も同様で、引き返すしかないらしいと諦めたとき、頭上で何か光ったような気がした。

 目を凝らして見ていると、風に舞う氷の粒がキラッと赤く光り、そして、風の音に消されがちに微かではあるが、何かがうなるような音が聞こえてきた。

 MTAだ。とっさに、岩壁に身を寄せた。

 今の赤い光は、伊滝三佐から聞いた照準用のルビーレーザーに違いない。光の径は一、二センチほどしかないが、MTAの視界はそんな狭いものではない。見える範囲はその周囲に広がっている。

 多賀は見つからないように躯を岩壁に擦り寄せた。

 MTAは山頂から降りてきて、須走口方向へ下っているらしい。たぶん、この上が登山道なのだ。

 MTAは多賀の潜んでいる真上を通過していく。
 話しに聞いていたより速度が遅いが、おそらくこの強い風のせいだろう。

 MTAの本体重量は多賀の推測では七、八十キロぐらいしかないはずだ。その軽い重量のため、スピードを出して歩けば、この吹き荒れる風雪に飛ばされてしまう。それ故、一歩一歩用心して進んでいるのだ。

 MTAは多賀の存在に気が付かず、行ってしまった。
 それを十分確認してから登山道へ出る。

 もし、MTAが下って来なかったらこの登山道に気付かず、通り過ぎていたかも知れない。何が幸いするか判らないものだ。
 登山道を外れないように注意しながら登り始めた。

 先ほどの襲撃者は間違いなく多賀を殺そうとしていた。しかし、昨夜の状況推理は間違っていないと思う。多賀が上田二曹の後に目が覚めたのは確かで、多賀が先に起きて行ったという最初の状況判断は明かに誤りだった。

 だが、昨夜は長野を殺して多賀を生かしておき、そして、今度は多賀を殺そうとしたことは矛盾している。

 やはり、犯人は一夜に一人ずつ殺そうと思っている殺人狂なのだろうか。絶対有り得ないこととは言えないが、やはり動機があると考えた方が常識的である。

 多賀は考えに熱中するあまり、幾度も登山道をそれてしまい、その都度、慌てて道を探して戻った。

 長野と多賀に共通する動機など幾ら考えても思い付かないが、多賀自身が狙われる動機としては、行き着くところは片倉の話、すなわちこの裾山事件の発端は自衛隊の上層部が企んだことから始まったと知っていることしかない。

 MTAが来る前、伊滝三佐だけにそのことを話したつもりであるが、それを上田二曹も聞いており、狭い部屋なので、更に他の人も聞いていた可能性もある。

 昨夜の犯人は、多賀がそれを知っていることを知らず見逃したが、伊滝三佐に話しているのを聞いて、あらためて殺さねばならないと考え、先刻、暗闇の中で襲ってきたのかも知れない。

 多賀を襲った理由はそれで説明できるが、長野の場合そうはいかない。

 長野は裾山事件とはどう見ても無関係である。もし他の動機で殺されたとすれば、多賀が狙われるのは説明できない。

 襲ってきた人間は、間違いなく昨夜の犯人である。対峙した時、直感は明かに同じ人間だと認識した。

 しかし、昨夜、犯人が多賀を見逃したということは、吉永一尉は多賀が片倉と会ったことを知らなかったことになり、そうであれば、この中に殺し屋を送り込む必要はない。

 そこまで考えて、上田二曹がいることに気が付いた。彼は片倉にそのことを報告した張本人で、片倉が知っていることを調査部が察知していた事実を考えれば、その情報源が誰か知っていたに違いない。

 すると長野は上田二曹と間違えられて殺されたのかもしれない。そう考えると昨夜の状況が非常にすっきりするように思えてきた。

 犯人は上田二曹が小用をたすため土間の方のドアから出て行くと、すぐ反対のドアから急いで出て便所に向かった。しかし、一足先に外から帰ってきた長野が便所に行くのを上田二曹は見て、外へ出ていった。犯人はそれを知らず、便所にいた長野を上田二曹だと思い殺したのだ。

 そこへ間抜けにも寝ぼけ眼で自分が行って頭を殴られ、更にドジなことに話さなくてもよいことを伊滝三佐に話し、それを犯人に聞かれてしまい、そのために今こんなところを苦労して登ることになってしまったらしい。

 ラグビーの試合中こんなヘボなプレーをしたら、たちまち相手の得点に結びつき、監督やコーチに怒られてしまう。

 二度とこんなへまはやらない。明日になればいよいよMTAとのキックオフである。いや、既に富士学校を出たときに、キックオフは行われているのだ。

 とすれば、攻撃隊員はさしずめ全員フォワードであり、伊滝三佐は司令塔のスタンドオフで、金窪二尉はつなぎ役のスクラムハーフだろう。そして、自分は何だろうと思う。

 交替要員では情けないので、バックスの経験はないが、せめてフルバックにしておこうと思った。

 フォワードが多くバックスが足らない変則なチームだが、時間的にもオープンにまわす余裕がなく、攻撃隊はフォワードのモールとラックだけでMTAの陣営へなだれ込まなければならないだろう。

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 道の傾斜が相当きつくなってきているのに気付いた。こんなにきついところがあったとは、明るいうちに登ってきた時の記憶にはなかった。

 どうも行き過ぎたらしい。先ほど道が広くなったように感じた場所が本八合だったのかもしれないと思い、引き返した。

「あっ、いたいた」
 暗闇の中から声が聞こえてきた。
「何処へ行っていたんですか」
 村井二曹の声だ。多賀の姿がなかったので、全員で探していたらしい。

「暗かったもので、小屋の方向が判らなくなってしまった」
 正直に話して、また先ほどのようになると伊滝が困るだろうと思ったので、襲われて落ちたことは黙っていることにした。しかし、後で伊滝と上田の二人だけには話して置くつもりである。

 MTAは吉田口の登山道の方には下りて来ずに須走口の方へ行ったので、攻撃隊は見つからずに済んだらしい。
 伊滝三佐が吉田口の方へ下った山小屋を選んだのは正解だった。

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