MTAが頂上に最低二機はいることが判っているので、多賀達は用心しながらお鉢めぐりの道を進んで行った。幸い、途中で逢うこともなく、測候所にも居なかった。

 多賀は破壊の程度を調べ始めた。

 各部屋にある機器はどれも十分傷つけられており、中継と関係ない気象観測機器なども殆ど破壊もしくは損傷していた。田辺達は手当たり次第に壊して歩いたらしい。

 まず味方のフランカーとロックが相手のミスを誘い、ペナルティーキックを得て一ゴール成功したようだ。

 修復してMTAの中継に使うことはまず不可能だろう。しかも、破壊の有様は、もし測候所に職員が戻ったとしても当分は機能しないかも知れないと思われるほどであった。気象庁は富士山からの観測なしで、天気予報を出さねばならなくなり、暫くの間、当たる確率が低くなりそうだ。

 富士山のレーダーは南は九州の北端から北は北海道の南端まで、半径八百キロメートルの範囲をカバーすることができる。ここに中継基地を設けられたら、日本中をMTAが跳梁できることになってしまう。

 工場の連中がどのように考えているのかは判らないが、もし、そのようなことになれば、日本経済の影響力を考えると国内ばかりでなく世界中が混乱してしまうだろう。

 だが、これで、再び奴らにここを占領されない限り、MTAの攻勢が広がるおそれがなくなった。

 帰りがけに二号館から三号館へ通ずる通路で破壊されたMTAを見つけた。田辺二曹が無反動砲で破壊したMTAだ。

 蜘蛛のような足の一本が、付け根から不自然に曲がって、つんのめるような格好をしており、透明ドームが割れて中のメカがむき出しになっている。

 多賀は側に座り込んで調べ始めた。

 金窪二尉は暫く多賀につきあっていたが、待ち伏せの準備を急がねばならないと言い残し、篠田を置いて先に戻って行った。

 外から見ただけでは、はっきりと断定できないが、MTAの中身は多賀が考えて設計したものと殆ど変わってないようだ。

 既に部品メーカーをまわった時、使用されている部品は、企画した当時想定した機能より、遥かに優れている機器であることが判っている。

 従って、それを除けば、変わっているのは外見と付属機能だけだった。

 多賀が既に得ていたデータから、想像していたMTAとほぼ一致していると思った。

「まだですか。そろそろ行かないと‥‥‥」
 しびれを切らして篠田が催促をする。
「判った。行こう」
 二人は測候所を出た。相変わらず風雪は強い。

 吊り尾根の下を通過し、三島岳の近くを通りかかった時、道からそれて右方へ登っているアイゼンの微かな跡が目についた。

 ブルドーザー道へ行くには、少し行き過ぎている。こんなところを誰が登って行ったのだろうと思った。
「ちょっと待って」

 多賀は篠田に声を掛け、アイゼンの歯跡について斜面を登っていった。篠田も一緒について来る。

 岩陰に無反動砲と無線機が落ちているのを見つけた。
「誰のだろう」
 多賀が拾い上げた。

「さあ、誰のでしょう」
 篠田は判らないと首を振った。まだ先にアイゼンの歯跡が続いているので、追っていくと、薬夾が散乱していた。

「誰か倒れている」
 岩陰に人が倒れていた。のぞき込んで、二人は思わず顔を背けた。遺体は焼け焦げていて、左上半身がなくなっている。

「千田三曹です」
 篠田が顔のゴーグルを取って確認した。

 MTAのレーザー銃でやられたのだ。死んでからだいぶ経っているらしく、全身に雪が真っ白に張り付いていた。

「たぶん、私と田辺二曹を援護した時、やられたのでしょう」
 腰の銃剣が目に入った。柄には雪がついておらず簡単に鞘から引き抜けた。

 上田二曹は刃こぼれといっていたが、どこにもそのような痕跡はない。雪の上にかざし、もう一度よくみた。柄に近い部分に微かに傷があった。刃が少しめくれている。そして、尖った先端が石などにぶつかった時になるように少し潰れていた。

「行きましょう」
 篠田に促されて多賀は銃剣を戻して立ち上がった。
 やはり、千田三曹が長野を殺し、多賀を襲った犯人なのだろうか‥‥。

 銃剣の傷は上田二曹のいっていた刃こぼれなのかもしれない。
 多賀が尋ねた限りでは、千田三曹が滝ケ原から来たと証明する人は誰もいなかったが、彼が犯人だとはどうしても思えない。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 富士宮口の頂上に戻ると、見張りをしているらしい人影が二つ、鳥居の脇に見えた。
 小屋の中には田辺二曹と楠木しかいなかった。

 須走口の頂上に行った隊員達も既に戻っているらしい。そして、伊滝三佐は加藤と一緒にNTTまで電話連絡に行っており、残りは待ち伏せの準備にブルドーザー道の方へ行っているそうだ。

 二人に千田が死んでいたことを話すと大久保のことも尋ねられた。
 篠田がたぶん大久保も‥‥‥というと二人は黙って目を落とした。
 多賀が奥の方に目を向けると、測候所の職員はもう駄目だろうというように楠木が首を振る。

 二人は腰を下ろした。空気が薄く少ないせいか、どうも考えがまとまらない。深呼吸をすると気温が低いので肺が少し痛くなった。

 多賀は先ほど見た千田の躯と較べて、銃剣の柄に雪の付き方が少なかったことを思いだしていた。

 そして、たどって行ったアイゼンの跡が、まだ新しかったことにあらためて気が付き、あれは千田のものでなく、別人のものではないのだろうかと思った。時間の経過を考えたら、風雪の中で、千田の跡はとっくに消されてしまっているはずなのだ。

 多賀が千田の銃剣を抜いたとき、殆ど抵抗がなかったが、普通なら凍りついていて力を入れなければ抜けないだろう。

 犯人は上田二曹が銃剣を調べているのに気付いていたはずだ。

 だから、やつはあそこで千田三曹が死んでいるのを見つけて、自分の銃剣と千田の物と交換したのではないだろうか。銃剣が殆ど抵抗もなしに抜けたということは、多賀が行ったとき、犯人が差替えて間がなかったからだったのかも知れない。

 誰だろうか‥‥‥。

 千田の死んでいる位置は富士宮口の頂上とブルドーザ道の頂上との間であって、既に何人も待ち伏せの準備に行き来していて誰か特定するのは難しい。

 上田二曹は銃剣を調べてないのは伊滝三佐、金窪二尉、田辺二曹、そして篠田だといっていたが、篠田はいま目の前にいて、ずっと多賀と一緒であり、銃剣を交換する暇などなかったことは明らかだった。

 残るは三人だけである。
 金窪二尉は多賀と篠田より先にあそこを一人で通っている。また、田辺二曹も準備のため行き来したかもしれず、伊滝三佐も同様である。

 今まで伊滝三佐を除外して考えていたが、絶対彼が上田二曹を殺さないという保証は何もない。犯人はこの三人の中にいるという確信が強くなってきた。

 多賀は犯人割り出しにあまり重要でないと思っていたが、上田二曹が推測した銃剣の刃こぼれは犯人を追いつめていたらしい。

 田辺にブルドーザー道の方へ行ったかどうか尋ねると、伊滝三佐と上田二曹、それに、現在、向こうに居る二人と一緒に行って、三人で戻ってきたという。

 それが事実とすれば、伊滝も田辺も千田が死んでいた近くを通っているが、単独行動ではない。また現在、伊滝三佐は逆の方向へ行っていて、加藤が一緒であるから勝手な行動できず、従って、死体の近くにはまだ行っていないと考えられる。やはり、伊滝三佐は除外してよさそうだ。

 多賀は自分の考えがころころ変わることに思わず苦笑した。
「何を笑っているんですか」
 田辺二曹がいう。

「いや、気が動転していて、自分の考えがころころ変わるんでおかしくなって、つい‥‥‥」

 多賀は正直に答えた。

「動転しているなんて‥‥‥、そうは見えませんよ。こんな時笑えるなんて、たいしたものです。私にはそんな余裕がありませんね」
 そう言いながら田辺二曹もつられて笑った。

 田辺二曹は伊滝三佐が出かけたあと、楠木と共にずっと小屋の中にいたらしい。従って、彼も千田の死体の近くには行かなかったことになる。

 残るは金窪二尉だけで、彼は測候所からの帰り一人であそこを通ったのは間違いない。

 しかし、今まで立てた仮説が全て外れたり、結論が出なかったりしたので、また今度も駄目かと思った。金窪二尉はこの隊が結成される前から北富士の田辺二曹と顔見知りなのだ。

 多賀は念のため、もう一度尋ねてみた。
「いえ、顔見知りではありません」
 多賀は驚いた。

「でも、前に尋ねたときは知っているといったでしょう」
「あの時は見たことがあるかと尋ねられたので、あると答えました」
 そうだった。多賀はそう尋ねた。答えは見たことがあるで十分なのだ。

 彼は富士学校のレインジャー班に所属しているといっていた。
「見たのは富士学校ですか」

「いえ、私の所属している北富士駐屯地です。去年の初め頃、陸幕のおえら方と一緒に来たのを見ました。しかし、あの時は富士学校の所属とは知りませんでした」

 田辺が金窪二尉を知っていると答えたのを、多賀は独り合点していたようだ。

 千田同様、ここには金窪二尉が富士学校からきたと証言する者はいない。陸幕本部の上層部と一緒だったということは、彼が桧町の所属であるという可能性だってある。

 最初に多賀が立てた仮説に合致する。

 六合目の小屋で、金窪二尉がアイゼンを素手で触って取り落としたことを思いだした。あの時、彼はうっかりして触ったのだと思っていたが、考えてみると、多賀が手袋をした手で先にアイゼンを掴んだのを、彼は見ながら手を出したのだ。うっかりしたとしても、知っていればそれで気付くはずだった。

 彼はレインジャー班所属の教官ではないのかも知れない。だから、当然知っているはずの極寒地で金属に触ると凍傷を負うということを、彼は知らなかったのだ。

 上田二曹はいま何処にいるのだろう。ブルドーザー道の方にいるのだろうか。先ほど、田辺二曹は三人で戻ってきたといった。一人は伊滝三佐だろうが、いま一人は‥‥‥。

「上田二曹は?」
「今までそこにいました」
 田辺が多賀の座っている隣を指さす。

 金窪二尉がアイゼンに挟まった氷を銃剣で落とすのを見ながら、その脇に座って話をしていたが、多賀達が帰って来る直前に、二人連れだって外へ出て行ったという。

「見張りに出たのか」
「いえ、見張りはいりません。これがありますから」
 田辺二曹は脇に置いてある無線機に手を置く。

 多賀が篠田と一緒に戻ってきた時、外で見かけた人影がそうらしい。
 アイゼンに挟まった氷を銃剣で落とすなんて、いかにもわざとらしく思える。たぶん、金窪二尉は銃剣を見せて、上田二曹を安心させ、二人だけになるため外に連れだしたのかもしれない。

 上田二曹が殺される。多賀は立ち上がった。
「どうしたんですか」
 多賀のただならぬ様子に、三人は同じように腰を浮かした。

「犯人が判った。金窪二尉だ。上田二曹が危ない」
「長野を殺した犯人ですか‥‥‥。何故‥‥‥」
 説明している暇はない。あとで説明するといって、多賀は長野の小銃を持って外に飛び出した。

 鳥居の側にもう人影はなかった。
 どちらに行ったのか見当もつかないが、登山道を下るはずはないから御殿場口の方かブルドーザー道の方かどちらかだった。

 田辺二曹と篠田が後を追ってきて合流したので、多賀は篠田に御殿場口の方を探して、ついでに伊滝三佐を呼んでくるように頼んだ。

 田辺二曹にはブルドーザー道の方へ、先ほど多賀が戻ってきたお鉢巡り道沿いに行くようにいって、多賀自身は三島岳の外側に向かった。

 頂上の外側は内側より一段と風が強く、吹き付ける氷雪はすぐゴーグルに張り付き視界を遮るので、絶えずミトンをはめた手で拭わねばならない。

 ピッケルを持たずに来たので、小銃を杖替わりにして行く。
 目出帽の上に被ったフードが風にはためき、物音が聞き取りにくいので、脱いで後ろにやった。視界が効かないので、音が頼りなのだが、それも風で消されてしまう。微かに銃声らしい音が聞こえたように思った。

 風に逆らい、音のした方へ向かった。
 人影が微かに霞んで見えてきた。何か重そうなものを運んでいる。
 遅かったらしい。腰を屈め、姿勢を低くして近付いていく。

 運んでいるものは明らかに人間だった。斜面に持って行き下へ転がそうとしている。上田二曹に違いない。

「金窪二尉」
 多賀が銃を構えて声を掛けると、人影は驚いて振り返った。
 目出帽の上にゴーグルを掛けて顔は隠れているが、明かに金窪二尉だ。

 何か言おうとする素振りを見せる。
「言いわけは聞かなくともいい。あなたが犯人だということは判っている。間違えて長野を殺し、いま上田二曹を殺した。金窪二尉、あなたが上田二曹を殺すために送り込まれた殺し屋だということはもうばれているんだ」

 金窪二尉は首を少し横に傾け、多賀の手元を見ていた。

「あなたは上田二曹と同じように今回の事件の秘密を私が知っていることに気付いて、私も殺す気になった。しかし、それがあなたの失敗だ。間違えて長野隊員を殺したのももちろん失敗だろうが、私を殺そうとしなければ、あなたの正体は最後まで判らなかっただろう」

 金窪は何も答えず黙っており、ゴーグルの奥にある目が笑っているように見えた。
 何か間違っているのだろうか、多賀は不安を覚えた。

 手が静かに腰へ動いている。
「動くな」
 金窪二尉は止めずに拳銃に手を掛けた。

「止めろ」
 もう一度声を発して銃の引金を引いた。だが、何も起こらない。
 多賀は何も考えずに次の行動に移った。

 銃を投げつけ、それを避けようとした金窪の一瞬の隙をついて、拳銃を持った腕の上から、スマザータックルを仕掛けた。

 二人はもつれて倒れ、手から拳銃が飛んだ。
 多賀は一回転して、すぐ起き上がる。だが、金窪二尉はさらに素早く、起き上がる多賀に蹴りの攻撃を仕掛けてきた。

 アイゼンを履いている足が顔面を襲ってきた。
 多賀はもう一回転してそれを避けたが、ゴーグルがアイゼンの爪に触れ、目の位置から外れてしまった。

 見にくいので、それをむしり取る。
 金窪二尉はすかさず次の蹴りを入れてきた。かわす間がなかったので、逆に一歩踏み込み、すねを左わき腹でまともに受けた。

 一瞬息が止まるほどの衝撃がきたが、それを無視し、体を捻りながら金窪二尉の顔面にストレートを入れた。

 彼の躯がふっとんだ。しかし、ばねのようにすぐ飛び起きてきた。
 手にはいつの間にか銃剣が握られている。
 暫く、無言のにらみ合いが続いた。

 銃剣は突き刺すために作られている。それだけを用心すればいい。
 金窪二尉は何度もフェイントをかけて誘ってくる。
 多賀は右へじりじりと廻りながら距離を詰めた。

 脱いだフードが頚の後ろで、風にはためいている。

 叫ぶ声が遠くで聞こえた。誰かが多賀を探しに来たらしいが、応える隙はない。声を出した瞬間、僅かな隙を突かれるおそれがある。金窪二尉の動きは素早く、一瞬の隙も見せられないのだ。

 だが、彼にも声は聞こえたはずだ。
 彼は銃剣を横殴りに振り回し、フェイントを掛け、剣先を突き込んで来た。多賀は余裕を持ってサイドステップしてかわしたつもりであったが脇腹を掠られてしまった。

 アイゼンを着けていなければもっと素早く動けるのだがと思うが、ここでは脱くわけにはいかない。

 多賀が左手でフェイントを掛けると、金窪二尉は即座に反応し、銃剣でそれを払う。切っ先がミトンに触れ少し切れた。

 一瞬、金窪二尉の右側に死角がのぞいた。

 多賀は右足を踏み込み、左足で彼の右手ごと顎を蹴上げた。銃剣は空中を飛んで行き、消えていった。金窪二尉は背後の岩に激しくぶつかり、そのまま動かなくなった。目出帽の顎のあたりに血がにじんでいるのがみえた。これまでだと多賀は思った。

「どうしたんだ」
 右手の方から声がし、人影が二つ斜面を降りてきた。伊滝三佐と田辺二曹だった。

 その時、金窪二尉が素早く動くのが目のはしに入った。
 とっさに彼が襲って来る側へステップし、続いて思い切ってカットアウトする。

 それでも金窪二尉は左手を多賀の腰に伸ばしてきたので、左半身の力を抜き、ハンドオフの要領でその手を振り切って、スルリと抜けた。

 目標を失った金窪二尉は勢い余ってうしろの急斜面に落下し、そのまま滑り落ちて行き見えなくなった。

 伊滝三佐と田辺二曹が息を切って駆けつけた。
「今のは誰だ」
「金窪二尉です」

 滑落は何かにぶつからなければ止まらない。金窪二尉はまさに奈落の底に滑り落ちて行ったのだ。

 多賀は黙って、伊滝三佐に横たわっている上田二曹の遺体を指し示した。伊滝はそれを確認し、暫くその側に座り込んでしまった。

 上田二曹は最初のMTAとの出逢いから伊滝三佐と生死を共にしており、ここへ登って来るまで常に彼の近くにいた。二人の間には部下と上官以上の感情が生じていたのかも知れない。伊滝にとっては、他の隊員の死より辛いことに違いなかった。

 滑落した金窪二尉は、もう死んでいるに違いない。手に何も持たずに急斜面を落ちて行ったのだ。止めるすべは何もない。滑落の経験をした多賀にはよく判っていた。

 しかし、多賀には彼を憎む気持ちは全くなかった。彼も伊滝三佐同様任務に忠実であっただけであり、またMTAの犠牲者なのだ。

 多賀の持ってきた銃は安全装置が掛かったままだった。金窪二尉はこれを見て、銃を向けられているのに拳銃を抜いたらしい。

 小屋に戻りながら、伊滝は多賀にも武器の操作を教えておかねばいけないと思っていた。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 隊員を五名失って、残りは多賀を入れて八名になってしまったので、伊滝は作戦を少し変更することにした。

 攻め登って来るMTAに抵抗せず、頂上にあげ、隙を窺って御殿場口から下り、中継基地を探すことにした。そして、頂上に登ったMTAは、現在、須走口から登って来る後続隊に全て任せるつもりだった。

 彼らが頂上を取り返すために割く、MTAの数を制限させようと伊滝は考えたので、裾野で奴らに牽制攻撃をかけることを、既に電話連絡で一佐に依頼してある。

「どのくらい来ると思う」
 無反動砲の操作を伊滝から教えられながら、多賀は意見を求められた。

 陸幕本部では、MTAの勢力は約四十機ともいわれていた。倍以上かも知れないという説も出たが、製造期間から計算して、あの時点では多く見積っても五十機程度だろうと思う。

 三カ月前からとしても人の目を盗んで製造したと思うので、初めは一機作るのにも数週間を要したはずだ。更に、工場を占拠してから約二十日経っているとしても、初めからフル操業は無理だから数としてはそんなものであろう。そして、この三日間の製造を含めてMTAの数は六十が限度だと思っている。

 中継基地の維持と警戒のために常駐している数機を含めて二割ほど、即ち、多くて十五機くらいが富士山に居るかも知れないと答えた。但し、その数には何の根拠もなく、常識的にこんな数字になるのではないかと考えただけだと断わった。

 伊滝はそれでよいと思った。富士山にいるMTAのおよその数が予測できれば、隊員が八人でも作戦がたてられる。

 今頂上の何処かに二、三機がおり、中継基地の警護に二、三機割くとすれば、残りは十機ほどであろう。こちらは数でも劣っている上に、相手は一機で数台の戦車と対等に戦える戦闘ロボットである。それが攻め登って来るとすれば、とても太刀打ちはできない。

 やはり、ここで戦わずに南側に下るのが最良だと判断せざるをえない。
 頂上と異なり中腹斜面は広いので、南側に下って登山道以外のところを動き回れば、MTAと遭遇する確率は低くなるはずだ。

 そして、中継基地の場所は宝永山の赤岩附近だろうと目星をつけている。
 伊滝は作戦の変更を隊員たちに告げ、要所ごとに配置した弾薬を回収するように命令した。

 ブルドーザー道の方に回っている村井二曹と田原を、手の空いている多賀が呼び戻しに行くことになった。

 多賀は小銃を持ち、ブルドーザー道へ向かった。
 伊滝から武器の扱いを教えられたことで、ようやくチームの一員として認められたようだが、役割は、やはり交替要員の域を出ていない。

 お鉢巡りの道をそれて、ブルドーザー道に向かおうとした時、突然、正面から爆発音が聞こえてきた。更に、二発、三発と続く。

 ブルドーザー道にいる二人が、戦闘を初めてしまったらしい。

 MTAがもう登ってきたのだろうか。それとも頂上の何処かに潜んでMTAが活動し始めたのか。
 レーザー特有の弾ける音がし、稲光が走ったように周りが何度も明るくなる。

 三島岳の側面に出ると、外側でロケット弾の炸裂音がまた聞こえた。
 走って行き上から覗く。
 風雪の切れ間にMTAの姿が一瞬ちらっと見えた。

 再び閃光が走る。その方向で二人の居場所が判明した。
 彼らは道脇の岩陰に潜んでいる。
 気が付くと、多賀の足元のすぐ下にもMTAが一機いた。

 おそらく、二人は頂上にいたMTAに後ろから襲われて下へ逃げたのだ。
 足元のMTAはじっと動かずにいる。どうも、村井二曹と田原が隠れている岩陰から出るのを待ち受けているらしい。

 そして、先ほど見えた、もう一機のMTAが迂回して二人を岩陰から追い出そうとしているのだ。

 二人はそれぞれ無反動砲を持っている。MTAもそれの直撃を受けたらひとたまりもない。奴らもそれを承知していて、すぐには近寄らないらしいが、このままでは、いずれ追い出され、下にいるMTAに確実に狙い撃ちにされてしまうだろう。

 多賀の手には小銃しかなく、MTAを破壊できるようなものは持っていない。思わず周りを見渡したが、火山礫が転がっているだけだった。 火山礫がMTAにあたってどれだけのダメージを与えることができるか判らないが、小銃よりましだろうと考え、できるだけ大きめのものを選び、拾い上げた。

 両手で頭の上に持ち上げ、下のMTAに向かって思いっきり遠くへ投げた。火山礫はMTAまで届かず、手前の斜面に落ちて転がって行く。

 更に足元の大きな岩に手をかけた。少し揺すると動いたので、体重を乗せて力一杯MTAの方向に押す。岩は斜面をゆっくり転がりだし、次第に速度を上げて落下していった。

 周りの礫を巻き込み小さな岩雪崩となって落ちて行く。
 MTAは最初に投げた礫に気付き、ドームを回転させこちらを向いた。それと同時に岩雪崩が襲い、大きな礫が奴の前足にあたり、それにすくわれるような格好で倒れた。
 五メートルほど滑落して止まり、起き上がろうともがいている。

 多賀は銃を拾いあげ、二人の注意を引こうとMTAめがけて引金を引いた。
 二人が多賀の存在に気が付いた。

「今だ。逃げろ」
 怒鳴りながら大きく手を振る。

 声は風雪に消されて届かなかっただろうが、状況が判ったらしく、二人は岩陰から飛び出し、視界から消えていった。

 MTAの撃つレーザーがその後を追った。
 登って来るMTAと遭遇しなければよいがと多賀は思った。
 気が付くと、転げ落ちたMTAがこちらに向かってくるのが見えた。歩き方がぎこちない。足に損傷を与えたらしい。

 ドームの正面がこちらを向いているのに気が付き、慌てて身を伏せる。

 その瞬間、頭のすぐ上を閃光が走り、弾けるような衝撃音が身体に響く。空中に白い蒸気が生じた。この激しい音はレーザー光の通り道に当たる氷雪が瞬間に沸騰し蒸気に変わるとき生ずるものだ。

 蒸気は風に引きちぎられ、瞬時に消えて行く。
 また閃光が走り、多賀の伏せている近くの砂礫が弾け飛び、その幾つかが躯にあたった。

 場所を移動して、牽制のつもりで弾倉に残った弾丸を撃ちつくし、姿勢を低くして駆け下った。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 富士宮口の頂上では、伊滝と隊員達が分散させた弾薬、荷物を小屋に集め荷造りをしていた。入口の脇に置かれた無線機が微かに波うつような騒音を立て始めていたが、その瞬間、誰もそれに注意をしていなかった。

 突然、小屋の外で大きな音がした。何かがぶつかったような音だ。
「何だ」

 全員が手を止めて顔を見合わせる。続いて、板を打ち付けてある窓が大きな音を立てて破れ、室内が白煙で一杯になった。

 伊滝三佐は無線機の側に飛んで行く。例の音が聞こえていた。
「MTAだ。早く表に出ろ」
 更に何かが立て続けに撃ち込まれ、砕け散った。
 悲鳴が上がる。真っ白になり、とてつもない冷気が襲ってきた。

 悲鳴を上げた加藤が白煙の中で手足を延ばし痙攣している。顔の半面<が既に白蝋のように白く変わっていた。衣服が濡れていたが、明らかに水ではなく、それは躯の上で沸騰している。

 隣にいた楠木も同様な状態で倒れていた。
 奴らが武器に使っている液体酸素だ。
「早く、表だ。早く」

 伊滝三佐がもう一度叫び、外へ飛び出して行った。
 篠田も続いて外へ行こうとした。
「無反動砲だ。篠田」

 うしろから田辺二曹にいわれて、篠田は何も持っていないのに気付いて、慌てて取りに戻った。

 まだ小屋に運び込んでいない弾薬が石積みの陰に置いてある。
 伊滝は走って行って、そこへ転げ込み、携えてきた無反動砲に弾を装填した。

 下の方から次から次へと液体酸素の弾が飛んで来て、あちこちで炸裂している。外に居れば、この風が瞬く間に酸素を吹き飛ばしてくれるので、直撃弾を食わなければ恐ろしくはない。

 しかし、小屋の中にレーザーを撃ち込まれたら、大変なことになる。

 登山道から来るMTAにとって小屋は高いところにあり、下からは直接見えず、レーザー銃は頂上に上がってきて撃たなければならない。

 だから、小屋に撃ち込めるほどMTAを近付けてはならないのだ。
 伊滝は登山道を登って来るMTAを待ちかまえた。

 風の吹き加減で雲と雪が薄れ、ときどきかなりの距離が見通せる。MTAが二機、登山道に姿を表した。風に煽られ、ゆっくりと登って来る。

 伊滝の後からまだ誰も出てこない。
 どうしたのだと思い、小屋の方を振り返ると、出口付近に二人出てきて様子を窺っているのが見えた。

 液体酸素弾がいたるところに落ちるので、出るのを躊躇しているらしい。伊滝は来いと手を振って合図を送ったが、彼らは気が付かず、反応しない。

 先頭のMTAが石積みの陰から姿を現した。
 伊滝は無反動砲の照準を合わせて引金を絞る。追風なので弾道は曲がることなく見事に命中した。

 裾野で対戦したMTAとは随分違う。やはり、この強風のせいだ。
 二機いたはずである。次の弾を装填して登山道を見渡す。しかし、奴の姿は見えなくなっている。何処かに隠れたらしい。

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 田辺と篠田は無反動砲の発射音で伊滝三佐の居場所が判ったが、液体酸素弾がまだあちこちに落ちるので、小屋から出るのを躊躇していた。

「田辺二曹、あそこ」
 篠田の指す方向を見ると、MTAが一機、登山道の右の方から、風に

煽られるのに抵抗しながら登って来る。

 伊滝三佐を狙っているらしいが、三佐は気付いていない。

 田辺は無反動砲を構えた。

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 伊滝はMTAが見つからないので、小屋の方をまた振り返った。

 出入口のところで誰かが無反動砲を構えている。

 その先に目をやるとMTAがおり、レーザーの銃口がこっちを向いている。慌てて石積みの陰に隠れた。

 小屋の中はまだ酸素が充満しているので、あそこで無反動砲を撃つの危険だ。彼らはそれに気付いていない。

 伊滝は石積みの陰を這って移動してから、立ち上がり、撃つなと二人に合図を送った。

 MTAが伊滝を狙ってレーザーを撃った。閃光が走り、すぐ近くの石が激しい音と共に弾ける。
 慌てて伏せようとした瞬間、無反動砲がMTAに向かって発射されるのが見えた。

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 富士宮口の方からも爆発音が聞こえて来るので、多賀は奥宮の近くまで走って戻ってきた。

 もうMTAが登ってきたらしい。だが、下から来たにしては早すぎる。工場の連中は山腹か、または中継基地に配備しておいたMTAを頂上に向けたのかも知れなかった。

 突然、地面が揺れるほどの轟音がし、一瞬、富士山が噴火したのではないかと思った。

 木の破片や石が周囲に落ちてきて、躯にもあたった。
 どうしたんだ。何が起こったのだろうか。
 小屋の付近へ走って行くと、全く酷い状態が目に入ってきた。

 皆のいた小屋は跡形もなく、周囲にあった建物も全て倒壊、もしくは破壊されていて、誰の姿も見えない。

 足元に無反動砲が転がっていた。爆発で吹き飛ばされたものらしいが、壊れてはいない。

 見回すと石の下敷になって、うごめいている人影がある。
 伊滝三佐だった。躯の上に乗っている石を取り除き、助け起こした。

「大丈夫ですか」
「うん、大丈夫」
 うめくような返事が返ってくる。

「どうしたんですか」
 液体酸素が充満した小屋の中で、誰かが無反動砲を撃ったので、運び込んであった弾薬や爆薬に引火したのだという。

「他の人達は‥‥‥」多賀は尋ねる。
「小屋の中だった」
 ということは、残ったのは伊滝と多賀だけらしい。

 多賀が村井と田原がブルドーザー道から南側に下ったことを告げると、とにかく、御殿場口から南側に下ろうと伊滝はいう。

 二人は石積みの陰にあったロケット弾五発を持って、MTAが上に来ないうちに御殿場口の登山道に向かった。

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