二、−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 木部泰夫は地下鉄の階段を登りきって地上に出た。道路の向こう側に大学の正門が見える。
出口を間違えたらしい。また地下道に戻るのは面倒だ。横断歩道を探して周りを見渡した。からっ風がコートの端をまくりあげて行く。思わず立てた衿のなかに首をすくめた。

 木部は、関東地方を主体に店を出している大手スーパー旭日屋の本部社員で、総務部の課長である。そして、これから果たさなければならない自分の役目に戸惑いを感じていた。

上司の命令で、あることをこの大学の教授に依頼に来たのだが、こんなことを大学の教授がまともに取り合ってくれるとは思えない。しかし、成否はともあれ、これも仕事のうちだと思い、出かけて来たのだった。

 信号を渡って道を戻り、大学の正門の前に着く。
これから会おうとしているのは、教養学部で考古学のゼミを担当している咲畑一郎という教授である。

捜し当てた部屋の前に立ち、ノックをしてドアを開けると、なかに五十年輩の眼鏡をかけた丸顔で小太りの男がいた。来意を告げると教授は愛想よく立ち上がり、応接セットの置いてある方へ木部を導いた。

木部は何から話そうか迷った。上司の上田部長に依頼してこいと言われたことが、少し現実離れをしていたので、話し方によっては相手を馬鹿にしていると、とられるかもしれないと思っているからだ。

「部長さんから電話をいただきましたが、その件で来られたのですか」
「はい、そうです」木部は思わずそう答える。
上田部長は自分のくる前に咲畑教授に電話で打診をしたらしい。それなら話し易いと思った。

「何か、私に調査して欲しいということでしたが‥‥‥」
 何だ、部長は依頼の内容をいっていないのか。木部はがっかりした。
「上田部長は、内容について、先生に申し上げなかったのでしょうか」

「いや、少しお聞きしましたよ。そちらの会社の会長さんの郷里のことだそうですね」教授はうっすらと苦笑いのような笑みを浮かべて答えた。
 部長は少し話したらしいが、やはり、教授はまともにとっていない。

「はい、そうなんです。会長は現在の社長のお父上で、旭日屋の創業者です」
 木部は、旭日屋の創業について、話し始めた。
「それは判りました。今日のお話は、それと関わりがあるのですか」

「いえ、関係ありません」
教授に話を遮られて、木部は慌てて答える。話が切り出しにくいのでつい話がそれてしまった。

「会長さんが引退をして郷里に帰りたいのだが、その郷里に何か差障りがあり、その原因を調べてくれというようなことでしたが、何故、そんなことを‥‥‥。私は一介の考古学者なんですがね」

「存じ上げてます。しかし、先生は超常現象についてもお詳しいと伺っております。確か『超常現象と考古学』という著書もおありになる。そのなかで、超能力を使って発掘をしているとお書きになっています」

 木部が何を依頼にきたか、大体の見当がついてきた。木部の言うように、咲畑は効率をあげるため、ダウジングや超能力者の協力をえて、ここ数年、遺跡の発掘を行っている。

 その方法について、学会に認められたわけではないが、以前と比べて、発掘の効率、業績は明らかにあがっていた。発掘の方法はアプローチの技術であって、手段である。そして、出土物も結果の一つに過ぎない。

 考古学では発掘された結果が論議され、評価される。たまには、技術論として発掘法も論議されるが、あくまでも主題ではない。初めは咲畑もダウジングや超能力の力に半信半疑であったが、採用してみると、遺物埋蔵場所の特定に的中率が非常に高いということが判り、いまは疑いもなく信じている。

 考古学者のなかには邪道という人もいるが、よい結果が出るならば、新しい方法をどんどん採用すべきだと咲畑は思っている。

その延長として、超能力、超常現象に興味を持ち、本業の研究の傍ら調べてみた結果と、読者の興味をそそるため、発掘の際などに起こった説明のつかない現象などのエピソードを書いて本にしたものが『超常現象と考古学』である。
 また、この本は発掘調査の費用を捻出するために、書いたものでもあった。

 木部が帰った後、咲畑は思案した。
 いままで、市町村などの公共団体から、遺跡の発掘を依頼されたことは数多くある。しかし、今度の依頼は全く性格の違ったものだ。

 木部から聞いた話を迷信だといって、一笑にふすこともできたが、分別盛りのビジネスマンが信じて貰おうと懸命に話す姿を見ると、簡単にそうすることもできなかった。

 咲畑としては、電話で匂わされた報酬の金額に魅力があり、引き受けたい気持ちが大きい。現在、発掘調査をしたいと思っている大きな遺跡が二つある。あの遺跡の発掘は永年の夢である。

 大学から出る予算ではとても賄えない。いつかは、誰かが発掘調査をするだろうと思っているが、資金があれば、この自分の手で行える。旭日屋が提示した報酬額は、二つの大規模な発掘調査をしても、余るほど高額である。

 だが、安易に引き受けて何も判らなかったときは、どうなると考えると、簡単に返事はできない。その時は只の迷信でしたと報告することもできるかもしれないが、それでは詐欺も同然である。

それで得た資金で発掘調査し素晴らしい結果を得たとしても、それはまやかしであり、研究者としての良心が承知できない。

 数日後、旭日屋の社長、木之元孝之の訪問を受けた。大きな身体を紺色のスーツで包み、その上に、やや大きめの愛想のいい顔がのっていた。

「先生のお顔はテレビで良く存じ上げています。以前、長屋王の屋敷跡発掘の報道の時、ゲストとして出演なさってましたね」
 木之元は商売人らしく、相手を持ち上げるような話し方できりだした。

 物腰の柔らかさ、押し出しの立派さは二代目社長とは思えない。例の件について、再度の依頼に、社長自ら赴いてきたのだった。
「お引受けしてもいいのですが、調べた結果、何も判らないということもあります」
 咲畑は、こんな依頼は畑違いだと言いたかったが、はっきりと踏ん切りがつかない。最初に匂わされた報酬額のせいだった。

「それで、結構です。父も大学の先生が調査して、何でもない迷信だとおっしゃっていただければ、満足するでしょう」
 結果に拘らず、報酬は保証する。報酬の半額を先払いしても良いとまで、木之元は言う。

 咲畑は、それは辞退したが、今の木之元の言葉で決心がついた。
「私一人では十分調査できないかもしれません。他に助けが必要です」
「結構です。学生さんを何人でも集めて下さい。報酬は私どもで引き受けます」

「いや、学生ではありません。ご依頼の内容から考えますと、特殊な能力を持った人の助力が必要かと思います」
「特殊な能力。まさか、霊媒師のような‥‥‥」木之元は眉をしかめる。
「そうです。霊媒師と言うと、ちょっといかがわしいニュアンスがありますが、霊能力者または超能力者と私達は呼んでいます。こういったことは彼らの助けがないと、私だけでは手に負えないかもしれません」

 咲畑は木之元社長が眉をしかめたのを見て、霊能力等を信じていないのだろうと思い、今まで、発掘調査に協力してくれた田川浩二の例をあげて話した。
 木之元は当惑したような笑みを浮かべて聞いていた。

「霊媒師と名乗る者のなかには、確かに、いかがわしい者もいます。ですが、私が知っている田川は、明らかに常人と違った力があります」

「判りました。しかし、調査の依頼は、あくまでも、先生にお願いするのです。結果の報告は先生の責任でお願いしたいのですが‥‥‥」

「当然、それはそのようにします」咲畑は頷いた。
「実は、もう一人欲しいのです」田川の能力は、発掘調査の時は大きな力を発揮することは判っている。しかし、今度の仕事は明らかに性質の違うもので、どんな経過になるか、予想もつかない。田川浩二、一人では心許ないような気がする。

「霊媒師を一人加えたいのです」
 木之元は苦笑いをしながら、好きなようにしてくれと言う。そして、更に、細かい打ち合せをした後、帰って行った。

 咲畑は部屋に一人になって、いままで、無意識に張っていた肩をほっと下ろした。ついに、あの遺跡の発掘調査をする資金が手にはいるのだと思うと、ひとりでに顔がほころんでくる。

 それにしても、旭日屋の二代目は、あんな大きな会社を切り回しているほどなのに、自分の考えに矛盾があることに気づいていない。確か、彼の代になってから、小売業だけでなく不動産業、情報産業、レジャー産業等の事業にも進出しており、相当のやり手である。

 その彼が、あんな迷信のような話に、本気になって大金を出そうとしている。迷信を信じながら、その一方超能力や霊能力は信じてない。人間と言うものは判らないものだ。

 いや、そうでないのかもしれない。
 今度の調査依頼は、八十才をこえる彼の父親、現会長のためなのだ。すると、この件は父親から出たことも有り得る。郷里に帰って悠々自適を決め込むにも、年寄りにはこの件が気になってしようがない。

息子に、それを喧しくいって、調べさせようとしているのかもしれず、また、息子は迷信だと判っていながら、親孝行のつもりでやっているのかもしれない。

 咲畑は気が楽になってきた。
 あとで、友人の考古学者である上島教授に電話して、あの遺跡の発掘調査の資金ぐりにめどがたったと、自慢してやるつもりになっていた。木之元社長は調査を開始する時期を追って連絡するといっていた。いままで、聞いた話の内容から判断して、恐らく、死者が出るのを待つのだろう。

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