八幡様
 上村の氏神神社の八幡神社の祭礼(通称八幡様)のお祭は、気賀の町部としての特色あるお祭で毎年交互に季節を換えて4月と10月に行われていました。その後、4月の14・15日となり、昭和28年の気賀町観光協会(現細江町観光協会)主催の姫様道中が桜が満開の4月の第一土・日になると八幡様も町外からの人出を考えて4月の第一土・日となりました。昭和30年代には清水区の奥清水・中清水・落合と上町区(嘗てはもっと細分化されていた)から屋台が出ました。屋台といっても彫刻を施した立派なものではなく、四輪の牛車に船屋台を組み合わせたようなものでそこに気賀の芸者衆と35歳までの若い衆が乗り、お囃子も祗園祭のように伝統的なものではなく、芸者衆が演奏する音曲をお囃子としていました。篠笛・長胴太鼓・締太鼓・当り鉦を若い衆が担当し、三味線は芸者衆が担当しました。昼間は、屋台は子供達が引き、辻々で子供達が手踊りを披露し、夜は「練り」と称して、大人が蛇行運転をしながら引きました。屋台には、生人形と呼ばれる仮装をした人が前に乗っており、当時の風俗を良く表しています。しかし、モータリゼーションの流れにより、年々屋台の引き廻しをすることができなくなり、昭和40年に入ると清水区だけが屋台をだしていまいしたが、それも、昭和40年代前半でできなくなり、神事だけとなりました。また、その頃迄「二十歳祭」と称し、氏子の二十歳を迎えた青年が夜どうし、練ったり、お御輿を担いだりしたこともあったのですが、それもなくなりました。
奥清水の屋台
中清水の屋台
落合の屋台
二十歳祭