はやし浩司
はやし浩司
私の原点 ●教育をどう考えたらいいの? 原点は……? 自転車通勤をして、もう二十五年になる。が、私が通うY街道。歩道と言えるようなものは、な い。道路に描かれた白線の外、つまり側溝のフタの上が歩道(?)。それも電柱や標識など、 いたるところで、寸断されている。あぶないなんてものではない。まさに命がけ。年に一、二度 は、そのために死にかけている。 一方、ときどきだが、各地へ講演で招かれることが多くなった。県外の場合は、たいていグリ ーン車を用意してくれる。駅へ着けば、車が待っていてくれる。そういうとき何だか自分が、別 人になったような気分になる。私が私でなくなってしまう。で、その自転車通勤。最初は健康の ために始めたが、このところ別の意味を感ずるようになった。こうした講演のあった翌日、また 自転車に乗ったりすると、ハッと我に返る。「ああ、これが私の本当の姿なのだ」と。 ものを書く人間で一番こわいのは、ごう慢になることだ。どうしても思想が、行動より先行す る。理想を追い求めるあまり、現実から遊離してしまう。わかりやすく言えば、「頭でっかちの人 間」になりやすい。そういう人間が世間でちやほやされると、自分が偉い人間にでもなったかの ように錯覚する。自分を見失う。実際、そういう人は多い。ある作家は、「上京するたびにホテ ルに泊まるが、そのホテル代だけで家が建つ」と豪語していた。ふつうの作家ではない。仏門 に入って頭を丸めた作家である。が、自転車通勤はそれをいましめてくれる。いや、何もグリー ン車が上で、自転車通勤が下と言っているのではない。しかし自転車通勤をしていると、その 「下」がよく見える。 先日もコンビニの前の駐車場を横切ろうとしたら、一台の乗用車が目の前で急停止した。私 はあやうくはね飛ばされるところだった。見ると若い男女だった。声は聞こえなかったが、口の 動きから「バ〜カ」と言っているのがわかった。女はニヤニヤ笑いながら、私から視線をはずし た。かわいそうな若者たちだ。私がなぜ、今こうして教育論を書いているかといえば、それは彼 らのような人たちがいるからではないのか。彼らのもっとも味方であるはずの私を、バカにして 喜んでいる! 問題のない子どもや親に、教育論は必要ない。そういう子どもは受験参考書でも読んでいれ ばよい。私が私であるのは、「下」の世界に住んでいるからだ。もし私が「上」の世界に住んで いたら、水面の下は絶対に見えない。自転車通勤は、それを私に教えてくれる。 よい先生論 ●よい先生って、どんな先生……? 私のような、もともと性格のゆがんだ男が、かろうじて「まとも?」でいられるのは、「教える」と いう立場にあるからだ。子ども、なかんずく幼児に接していると、その純粋さに毎日のように心 を洗われる。何かトラブルがあって、気分が滅入っているときでも、子どもたちと接したとたん、 それが吹っ飛んでしまう。よく「仕事のストレス」を問題にする人がいる。しかし私の場合、仕事 そのものが、ストレス解消の場となっている。 その子どもたちと接していると、ものの考え方が、どうしても子ども的になる。しかし誤解しな いでほしい。「子ども的」というのは、幼稚という意味ではない。子どもは確かに知識は乏しく未 経験だが、決して、幼稚ではない。むしろ人間は、おとなになるにつれて、知識や経験という雑 音の中で、自分を見失っていく。醜くなる人だっている。「子ども的である」ということは、すばら しいことなのだ。私の場合、若いときから、いろいろな世界をのぞいてきた。教育の世界や出 版界はもちろんのこと、翻訳や通訳の世界も経験した。いくつかの会社の輸出入を手伝った り、医療の世界もかいま見た。しかしこれだけは言える。園や学校の先生には、心のゆがんだ 人は、まずいないということ。少なくとも、ほかの世界よりは、はるかに少ない。 そこで「よい先生」論である。いろいろな先生に会ってきたが、視点が子どもと同じ位置にい る先生もいる。が、中には高い位置から子どもを見おろしている先生もいる。妙に権威主義的 で、いばっている。そういう先生は、そういう先生なりに、「教育」を考えてそうしているのだろう が、しかしすばらしい世界を、ムダにしている。このタイプの先生は、美しい花を見て、それを 美しいと感動する前に、花の品種改良を考えるようなものだ。昔、こんな先生がいた。ことある ごとに、「親のしつけがなっていない」「あの子はダメな子」とこぼす先生である。決して悪い先 生ではないが、しかしこういう先生に出会うと、子どもから明るさが消える。 そこでよい先生かどうかを見分ける簡単な方法。休み時間などの様子を、そっと観察してみ ればよい。そのとき、子どもたちが先生の体にまとわりついて、楽しそうにはしゃいでいれば、 よい先生。そうでなければ、そうでない先生。よい先生かどうかは、実は子どもたち自身が、無 意識のうちに判断しているのである。 ゲームづけの子ども ●うちの子、ゲームばかりしているけど……? 小学校の低学年は、「遊戯王」。高学年から中学生は、「マジギャザ(マジック・ザ・ギャザリン グ)」。遊戯王について言えば、小学三年生で、約25%、中学一年生で、男子の約半数が、ハ マっている。ある日一人の男の子(小三)がこう言った。「ブルーアイズを三枚集めて、融合カー ドで融合させる。そうすればアルティミットドラゴンをフィールドに出せる。それに巨大化をつけ ると、攻撃力が九千になる」と。子どもの言ったことをそのまま書いたが、意味がよくわからな い。基本的にはカードどうしを戦わせるゲームと思えばよい。カードの取り合いをする「かけ勝 負」と、遊ぶだけの「かけなし勝負」がある。カードは一パック五枚入りで、百五十円から三百三 十円程度。アルティミッド入りのパックは、値段が高い。マジギャザは、十五枚で五百円。中学 生で、ふつう千枚近いカードをもっている。中には一万枚以上もっている子どももいる。マジギ ャザはもともとアメリカで生まれたゲームで、そのため、アメリカバージョン、フランスバージョ ン、さらに中国バージョンなどがある。カード数が多いのはそのためだ。またフランスバージョン は質がよく、プレミアのついたカードや、印刷ミスのあるカードは、四万円で売買されている。さ らにこれらのカードを使って、カケをしたり、大会に出て賞品を集めたりする。「優勝するのは二 十歳以上のおとなばかり」(小五男児)だそうだ。 子どもをダシにした金儲けは、この不況下でも大盛況。あのポケモン時代には、カードだけで 年間百億から二百億円の売り上げがあった。大手の出版社のG社の年間売り上げを超える。 莫大な金額である。いや、子どもたちは自分の意思とは別の力によって、カード遊びに夢中に なっている。たとえば今、融合カードは、発売中止になっている。そのカードを手に入れるため には、子どもは、交換するか、友だちから買うしかない。稀少価値がある分だけ、値段も高い。 たかがカード遊びと笑ってはいけない。公園のすみで一万円とか二万円でカードを売買してい る、あなたの子どもの姿を想像してみてほしい。中にはゲームにハマってしまい、現実と空想 の区別がつかなくなってしまった子どもすらいる。それはそれとして、しかしこんなことが許され てよいものか。今日もあなたの子どもは、醜いおとなたちの商魂に操られるまま、その餌食(え じき)になっている! 不思議な糸巻き ●いやなことをするのが、人生……? ヨハンは仕事をするのがいやで、森へ逃げてきた。うしろのほうから父親が、「ヨハン、まき割 りの仕事を手伝ってくれ」と叫んでいるのが聞こえた。ヨハンが木の陰に隠れていると、魔女が 現れてこう言った。「あなたに不思議な糸巻きをあげよう。いやなことがあったら、この糸巻き の糸を引くといい。引いた分だけ、時間がすぎる」と。 それからというもの、ヨハンはいやなことがあるたびに、糸を引いた。父親から仕事を言いつ けられたとき。学校でいやなことがあったとき。が、ある日ヨハンはこう思った。「早くおとなにな って、ハンナと結婚したい」と。そこでヨハンは、糸をどんどんと引いた。……気がつくと、ヨハン はおとなになり、ハンナと結婚していた。しばらくは平穏な生活が続いたが、やがて二人の間に 息子が生まれた。が、ヨハンは子育てが苦手だった。そこでヨハンは、「息子を早くおとなにし て、自分の仕事を手伝わせよう」と考えた。ヨハンはまた糸をどんどんと引いた。……再び気が つくと、息子は立派なおとなになっていた。しかしヨハン自身も、老人になってしまっていた。 が、思い出が何もない。ヨハンは自分を振り返ってみたが、そこに何もないことを知った。そこ でヨハンは、再びあの森にもどった。するとそこにあの魔女がいた。ヨハンは魔女にこう言っ た。「私の人生はあっという間に終ってしまった。私の人生は何だったのか」と。すると魔女は 笑ってこう言った。「では、もう一度だけ、あなたを子ども時代にもどしてあげよう」と。……ふと 見ると、ヨハンは子どもにもどっていた。と、そのとき、うしろの方から父親が、「ヨハン、まき割 りの仕事を手伝ってくれ」と叫んでいるのが聞こえた。ヨハンは明るい声でこう答えた。「お父さ ん、今行くからね」と。 この物語は外国へ行ったとき、飛行機の中の雑誌で読んだものだ。ヨーロッパの民話だと思 うが確かではない。が、それはそれとして、この物語には、妙に考えさせられる。民話とはい え、人生に対する考え方が織り込まれている。たとえば……。 日々が何ごともなく平穏にすぎていくことは、それ自体はすばらしいことだ。が、すごし方をま ちがえると、人生そのものを無駄にしてしまう。子育てもまた同じ。子育ては苦労の連続。苦労 のない子育てはない。しかしその苦労があるからこそ、そこからドラマが生まれる。生きる意味 もそこから生まれる、と。 こわれる子どもの心 ●親に反抗するのは、いいこと? 悪いこと? こんな調査結果がある。日本青少年研究所が、九七年に調査した結果だが、それによれ ば、日本の高校生の85%が、「親に反抗するのは、本人の自由でよい」と考えているという。 (これに対して、アメリカ……16%。中国……15%)。また日本の高校生の15%のみが、「親 に反抗してはならない」と答えているという。(アメリカ……82%。中国84%)。わかりやすく言 うと、「親に反抗してよい」と考えている高校生が日本ではダントツに多く、一方、「反抗してはな らない」と考えている高校生が、これまた日本ではダントツに少ないということになる。 こういう調査結果をふまえて、「日本人の個人主義化、価値観の相対化(が進んでいるとみる ことができる」(金沢学生新聞社説)と解説する人がいる。おおかたの評論家たちも、ほぼ同じ ような線で、この調査結果をながめている。しかしこの視点だと、「なぜ日本の高校生だけがそ うなのか」という説明がつかないばかりか、合理主義が発達していると思われるアメリカで、「な ぜ逆の結果が出るのか」ということについても、説明がつかなくなってしまう。つまりこの視点は 正しくない。 私はある時期、幼稚園の年中児から高校三年生までを、たった一日で教えていたことがあ る。幼稚園で手にする給料だけでは生活ができなかったので、午後は自由にしてもらい、学習 塾や進学塾でルバイトをした。自宅で家庭教師もした。そういう経験から、子どもたちが受験期 を迎えるころになると、質的に急速に変化するのを知っている。それまでは良好な人間関係を 続けていても、試験だ、平均点だ、進学だとやりだすと、とたんに私と生徒の関係が破壊され るのである。 言いかえると、結果として日本の高校生たちが、「個人主義化し、価値観の相対化が進む」と しても、それは「進んだ」結果にそうなったのではなく、「家族のきずな」が破壊された結果として そうなったと見るべきではないのか。それぞれの家庭を見ても、子どもが小学生くらいの間に は、どの家庭も、実になごやかな家庭を築いている。が、子どもが受験期を迎えるようになる と、とたんにある種の緊張感が家庭を襲い、その緊張感が、家族そのものを破壊する。わかり やすく言えば、「勉強しろ!」と怒鳴る、その声が子どもの心を粉々に破壊していく。その結果 が、冒頭にあげた、「85%」であり、「15%」ということになる。 教育のマトリックス ●常識って、本当に正しいの? 「たまには学校をズル休みさせて、動物園でも一緒に行ってきなさい」と私が言うと、たいてい の人は目を白黒させて驚く。「何てことを言うのだ」と。多分あなたもそうだろう。しかしそれこそ 世界の非常識。あなたは明治の昔から、そう洗脳されているに過ぎない。 たとえばアメリカにはホームスクールという制度がある。親が教材一式を買い込み、家庭で 教育するというシステムである。頼めば専門の教師が、定期的に家庭教師もしてくれる。子ど もは家庭で学習し、年に一回程度試験を受けて、それに合格すれば進級できる。「真に自由な 教育は家庭でこそできる」「学校は必ずしも必要ない」という理念が、その背景にある。 ……と書くと、「それは一部の子どもだ」とか、「不登校児のための制度だ」と言う人がいる。 それが、どっこい! このホームスクールの制度を利用している子どもが、九七年には、アメリ カだけでも百万人を超えた。さらに毎年約15%の割合でふえ続けている。それを指導している のが、「LEARN・IN・FREEDOM(自由に学ぶ)」という組織だが、現在この活動は、欧米を中 心に、世界中に広がっている。地域のホームスクーラーが合同で研修会を開いたり、遠足をし たりしている。またこの運動は世界的な広がりをみせ、世界で約千もの大学が、こうした子ども の受け入れを表明している。 そこで一度、あなた自身の常識を疑ってみてほしい。あなたは学校をどうとらえているか。学 校とは何か。教育はどうあるべきか。さらには子育てとは何か、と。その常識のほとんどは、少 なくとも世界の常識ではない。学校神話とはよく言ったもので、「私はカルトとは無縁」「私は常 識人」と思っているあなたにしても、結局は、学校神話を信仰している。「学校とは行かねばな らないところ」「学校は絶対」と。それはまさに映画『マトリックス』の世界と言ってもよい。仮想の 世界に住みながら、そこが仮想の世界だと気づかない。気づかないまま、仮想の価値に振り 回されている……。 ホームスクールは無理としても、あなたも一度子どもに、「明日は学校を休んで、お母さんと 動物園へ行ってみない?」と話しかけてみたらどうだろう。実は私も何度となくそうした。平日に 行くと、動物園もガラガラ。あのとき感じた解放感は、今でも忘れない。「私が子どもを教育して いるのだ」という充実感すら覚える。冒頭の話で、目を白黒させた人ほど、一度試してみるとよ い。あなたも、学校神話の呪縛(じゅばく)から、自分を解き放つことができる。 生き残る封建意識 ●うちのダンナは、家では何もしないわ……。 「うちのダンナなんかサア、冷蔵庫から牛乳出しても、その牛乳を冷蔵庫に戻すことさえしな いんだからサア。だからあっという間に牛乳も腐ってしまう」と。ある日女房の友人が、我が家 へやってきて、そう言った。何でもそのダンナ様は、結婚してからこのかた、もう三〇年近くにな るが、トイレ掃除はおろか、トイレットペーパーの差し替えすらしたことがないという。そこで私が 「ペーパーがないときはどうするのですか?」と聞くと、「何でも、『オーイ』で、すんでしまうわサ ア」と。 日本女性会議の調査によると、部屋の掃除をまったくしない夫(56%)、洗濯をまったくしな い夫(61%)、炊事をまったくしない夫(54%)ということだそうだ。育児をまったくしない夫も、3 0〜40%もいる(二〇〇〇年)。この日本では、「仕事がある」と言えば、すべてが免除される。 子どもについて言うなら、「勉強している」「宿題がある」と言えば、すべてが免除される。しかし これは世界の常識ではない。ニュージーランドの留学生たちがこう教えてくれた(一九九九 年)。ニュージーランドでは、午後三時に小学校は終る。そのあと子どもたちはすぐ家へ帰り、 夕食がすむまで、家事を手伝う。それが習慣になっている、と。料理、炊事だけではない。掃除 から始まって、家の修理までする。そこで私が(聞くのもヤボだと感じたので…………)恐る恐 る、「学校の宿題があるときはどうするのか」と聞くと、皆、こう言った。「食事がすんでからだ」 と。 こうした日本人の背景にあるのが、「男は仕事、女は家庭」という、日本独特の男尊女卑社 会。「内助の功」という言葉すら残っている。内助の功というのは、「夫が仕事以外のことを気に かけたりすることなく、存分働けるよう、しっかりと家を守り、夫を陰で、また積極的に助ける妻 の働き」(日本語大辞典)ということだそうだ。そしてそのさらに背景にあるのが、これまた日本 独特の出世主義。封建時代には、いかにして武士社会の階段をのぼるかが、何にもまして優 先された。家制度や家督制度、さらには長子相続制度も、封建制度を背景にして生まれた。話 がそれたが、こういう風潮の中で、「男が家事などするものではない」という、ゆがんだ男性観 が生まれた。私も子どものころ、台所へ入ると母によく叱られた。「男がこういうところへ来るも んじゃない」と。が、この風潮は、今、急速に崩壊しつつある。私が一九九八年に浜松市内で 調査したところ、二〇〜三〇代の若い夫婦の場合、35%の夫が日常的に家事を手伝ってい るのがわかった。まったく手伝っていない夫も、同じく35%。残りの30%は、ときどき手伝うと いうことだった。先の日本女性会議の数字(これは全体)と比べてみても、若い夫婦が変化して いるのがわかる。 さて子どもたち。子どもには家事を手伝わせる。男も女もない。あるはずもない。しかも本 来、家事は、勉強や仕事より大切なものだ。家事をするということは、自立をするということ。人 間は過去何一〇万年もの間、そうしてきた。ここ五〇〇年や一〇〇〇年くらいの制度で変わる はずもない。むしろ日本の制度は、長い封建制度の時代を経て、ゆがんでいる。それを清算 するのも、これからの大きな仕事ではないのか。 私の人生、そして老後 ●老後はまだずっと先のこと……? 新しい人に出会うのは、この歳になっても、楽しいものだ。それはそれだが、ただ、若いときと 違って、この歳になると、「これから」という部分がない。「これから友情を育てよう」とか、「これ から一緒に何かをしよう」という気持ちは弱い。そのかわり、「この人は何をしてきた人?」とい う視点で、その人を見る。 昨年一年間だけでも、すばらしい人と、何人か出会った。八〇歳にもなろうというのに、乳幼 児の医療費問題に取り組んでいる人、教育評論に取り組んでいる人、さらには私立小学校を 建てようと、あちこちを飛び回っている人など。どの人も、年齢に関係なく、目が輝いていた。そ の中の一人に、恐る恐る私はこう聞いた。「あなたをそこまでかきたてているエネルギーは何で すか?」と。私など、実にずるい人間だ。こういうふうに原稿を書かせてもらいながら、「どうして この私が日本の教育の心配をしなければならないのか」というジレンマといつも、戦っている。 退職金も年金もない。天下り先もない。社会の恩恵などとは、まったく無縁の世界に住んでい る。が、こうした人たちは、自分の人生を前向きに生きている。その人はこう答えてくれた。「や める理由など、ないからです」と。 実際、そういう人に出会うと、「ご苦労様です」と言いたくなる。もちろん畏敬(いけい)の念をこ めて、である。そして我が身を振り返りながら、自分のつまらなさに驚く。何かをしてきたよう で、結局は私は何もできなかった。心のどこかで、いつも「お金さえ手に入れば、明日にでも引 退できるのに」と、そんなことばかり考えてきた。土日も、好きな山遊びをするだけ。ヒマなとき は、ビデオを見たり音楽を聞いたりするだけ。つまらない人間になって、当然だ。 私の家の近くに、小さな空き地があって、そこは老人たちのかっこうのたまり場になってい る。天気のよい日は、毎日七〜八人の老人たちが、何かをするでもなし、しないでもなし、夕方 暗くなるまで、イスに座って話し込んでいる。その季節になると、横の竹やぶの竹の子を、一日 中監視している。一見、のどかな風景だが、本当にそれは、あるべき老後の姿なのか。そうで あってよいのか。やがて私も彼らの仲間に入るのだろうが、いつか誰かが、私を「何をしてきた 人?」という目で見たとき、私はそれに耐えられるだろうか。それを思うと、いてもたっても、い られなくなる。 このところ心配なこと ●自分は、どう育てたらいいの? 子育てが終わると、どっとやってくるのが、老後。女房はこのところ、あちこちのホームの案 内書を取り寄せては、「この土地と家を売れば何とかなるわ」と、そんなことばかり言っている。 が、私が心配しているのは、そのことではない。 五〇歳を過ぎると、それまでごまかしてきた持病が、表に出てくる。同時に気力も弱くなり、自 分をごまかすことができなくなる。実際、六〇歳を過ぎて、急にボロを出すようになった人はいく らでもいる。私の伯母もそうだ。世間では「仏様」と呼ばれているが、このところそれを疑うよう な事件を、ひんぱんに起こしている。近所から植木バチを盗んできたり、無断駐車の車に、ドロ 水をかけたりしている。いや、私は子どものころから伯母を知っているが、もともと伯母はそう いう人だった。ただ年齢とともに、自分をごまかすことができなくなった。自分の「地」を、そのま まさらけ出している。 日々の積み重ねが、月となり、その月が積み重なって、歳となり、そしてやがてその人の人 格を形成する。言いかえると、日々のささいな行為が、その人の人格を作る。ウソをつかないと か、ゴミを捨てないとか、そういうことだ。人が見ているとか、見ていないとかいうことは関係、な い。よく誤解されるが、人の言うことをきちんとやりこなす人のことを、まじめな人というのでは ない。まじめな人というのは、自分の心の中で決めたことを、誠実に守ることができる人のこと をいう。そのまじめさが、結局は、その人の人格となる。 さて私のこと。私は生まれが生まれだから、結構小ズルイ人間だった。戦後の混乱期という こともあった。その場で適当に自分をごまかし、相手を動かすということを、割と日常的にして いた。ダマすというほど大げさなものではないが、ウソも平気でついていた。友を裏切ったこと も、何度かある。そういう自分を私は知っているから、そういう自分が外へ出てきたらどうしよう かと、そんなことをよく考える。今はまだ気力もあって、そういう自分を内の世界に閉じ込めて おくことができる。が、これからはそうではない。あの伯母のように、ボロを出すようになる。シッ ポを出すようになる。私はそういう「恐ろしさ」に気づくことが遅すぎた。もっと若いころに、それ に気づくべきだった。そんな思いが、このところ日増しに強くなっている。 宗教と教育 ●宗教と教育……! ……どう考えたらいいの? 難解な仏教論も、教育にあてはめて考えると、突然わかりやすくなる。たとえば親鸞(しんら ん)の「回向(えこう)論」。「(善人は浄土へ行ける。)いわんや悪人をや」という、あの有名な言 葉である。これを仏教的に解釈すれば、「念仏を唱えるにしても、信心をするにしても、それは 仏の命令によってしているに過ぎない。だから信心しているものには、真実はなく、悪や虚偽に 包まれてはいても、仏から真実を与えられているから、浄土へ行ける…………」(石田瑞麿氏) と続く。こうした解釈を読んでいると、何が何だかさっぱりわからなくなる。彼ら宗教プロの悪い クセだ。要するに親鸞が言わんとしていることは、「善人が浄土へ行けるのは当たり前ではな いか。悪人が念仏を唱えるから、そこに信仰の意味がある。つまりそういう人ほど、浄土へ行 ける」と。しかしそれでもまだよくわからない。そこでこう考えたらどうだろうか。「頭のよい子ども が東大へ入るのは当たり前のことだ。頭のよくない子どもが、東大へ入るところに意味があ る。またそこに人間が人間として生きるドラマ(価値)がある」と。もう少し別のたとえで言えば、 こうなる。「問題のない子どもを教育するのは、簡単なことだ。そういうのは教育とは言わない。 しかし問題のある子どもを教育するから、そこに教育の意味がある。またそれを教育という」 と。私にはこんな経験がある。 ずいぶんと昔だが、私はある宗教団体を批判する原稿を、ある雑誌に書いた。が、その直後 からあやしげな人たちが私の近辺に出没し、私の悪口をいいふらし始めた。「今に、あの家族 は、地獄へ落ちる」と。こういうものの考え方(?)は、明らかにまちがっている。他人が地獄へ 落ちそうだったら、その人が地獄へ落ちないように祈ってやるのが、愛ではないのか。慈悲で はないのか。私だっていつも、批判されている。子どもたちにさえ、批判されている。中には「バ カヤロー」と悪態をついて、教室を出ていく子どももいる。しかしそういうときでも、私は、「この 子は苦労するだろうな」とは思っても、「苦労すればいい」とは思わない。神や仏ではない私だ って、それくらいのことは思う。いわんや神や仏をや。批判されたくらいで、いちいちその批判し た人を地獄へ落とすようななら、それはもう神や仏ではない。悪魔だ。だいたいにおいて、地獄 とは何か? 悪いことをして、失敗し、問題のある子どもをもつことか。もしそうなら、それは地 獄ではない。 私はときどき、こう思う。釈迦にせよ、キリストにせよ、彼らはもともと教育者ではなかったか、 と。そういう視点で考えると、それまでわからなかったことが、突然、スーッとわかることがあ る。そしてそういう視点で見ると、おかしな宗教とそうでない宗教を区別することができる。たと えば日本でも一〇本の指に入るような大きな宗教団体が使っているテキストには、こんな記述 がある。「この宗教を否定する者は、無間地獄に落ちる。他宗教を信じている者ほど、身体障 害者が多いのは、そのためだ」(N宗機関誌)と。この一文だけをとっても、この宗教はまちがっ ていると断言してもよい。こんな文章を、身体に障害のある人が読んだら、どう思うだろうか。 あるいはその団体には、身体に障害がある人がいないとでもいうのだろうか。宗教も教育も、 常識で成りたっている。その常識をはずれたら、宗教は宗教ではないし、教育は教育でなくな る。 常識は偏見のかたまり ●常識を疑うって、どういうこと? アインシュタインは、かつてこう言った。「常識などというものは、その人が十八歳のときにも った偏見のかたまりである」と。たとえば……。 ★学校は行かねばならぬという常識……日本人は子どもを見れば、「学校」「学校」という。そう いう体質が、骨のズイまで染み込んでいる。明治の昔から、そう洗脳されている。少し前だが、 NHKで、こんな報道をしていた。戦時下のサラエボでのことだが、銃弾を恐れて家の隅で隠れ ている子どもに向かって、特派員はこう聞いた。「学校はどうしているの?」「学校へは行きたく ないの?」と。このオメデタサこそが、まさに日本人がもっている教育観と言ってもよい。前にも 書いたが、アメリカにはホームスクールという制度がある。親が教材一式を自分で買い込み、 親が自宅で子どもを教育するという制度である。希望すれば、州政府が家庭教師を派遣してく れる。日本では、不登校児のための制度と理解している人が多いが、それは誤解。アメリカだ けでも九七年度には、ホームスクールの子どもが、一〇〇万人を超えた。毎年15%前後の割 合でふえ、二〇〇一度末には二〇〇万人になるだろうと言われている。それを指導しているの が、「LIF」(自由に学ぶ)という組織。「真に自由な教育は家庭でこそできる」という理念がそこ にある。 ★おけいこ塾は悪であるという常識……ドイツでは、子どもたちは学校が終わると、クラブへ通 う。早い子どもは午後一時に、遅い子どもでも三時ごろには、学校を出る。ドイツでは、週単位 で学習することになっていて、帰校時刻は、子ども自身が決めることができる。そのクラブだ が、各種のスポーツクラブのほか、算数クラブや科学クラブもある。学習クラブは学校の中に あって、たいていは無料。学外のクラブも、月謝が千円前後。こうした親の負担を軽減するた めに、ドイツでは、子ども一人当たり、二三〇マルク(日本円で約一四〇〇〇円)の「子どもマ ネー」が支払われている。この補助金は、子どもが就職するまで、最長二七歳まで支払われ る。こうしたクラブ制度は、カナダでもオーストラリアにもあって、子どもたちは自分の趣向と特 性に合わせてクラブに通う。日本にも水泳教室やサッカークラブなどがあるが、学外教育に対 する世間の評価は低い。ついでにカナダでは、「教師は授業時間内の教育には責任をもつ が、それ以外には責任をもたない」という制度が徹底している。そのため学校側は教師の住所 はもちろん、電話番号すら親には教えない。 日本がよいとか、悪いとか言っているのではない。日本人が常識と思っていることでも、世界 ではそうでないということもある。それがわかってほしかった。 日本の形式主義 ●日本人は、型にはまった国民だとは思うけど……。 五、六年前、この浜松市で児童英語の研究会があり、その席でこんなことが決まった。「U」 は、左半分を先に書き、続いて右半分を書く。つまり二画、と。同じように「M」「W」は四画、と。 人類の約5%が、左利きといわれている(日本人は3〜4%)。原因は、どちらか一方の大脳 が優位にたっているという大脳半球優位説。親からの遺伝という遺伝説。生活習慣によって決 まるという生活習慣説などがある。一般的には乳幼児には左利きが多く、三〜四歳までに決ま る。また女子のほうが左利きが少ないのは、男子のそれはよいが、女子のそれはよくないとい う偏見による。 小学生でも作文が好きと言う子どもは、五人に一人もいない。大嫌いと言う子どもは、五人の うち三人はいる。多くの子どもは、作文の楽しさを覚える前に、その文字で苦しめられる。この ワープロの時代に、なぜ書き順があり、画数があるのか。さらになぜトメ、ハネ、ハライがある のか。ある教師はこう言った。「低学年でしっかりと書き順を教えておかないと、なおすのがた いへん」と。 以上の三つの話は、底流でつながっている。つまり「日本人ほど型にはまった教育が好きな 民族はいない」ということ。茶道や華道、相撲に見られるように、それはもう日本人の性癖のよ うなものだ。少し前オーストラリアの小学校を訪れたときのこと。私は壁に張られた子どもたち の作文を見て、びっくりした。スペルがめちゃめちゃ。文法すらおかしい。そこで私が「なおさな いのですか」と聞くと、その先生(小三担当)は、こう話してくれた。「言葉はルール(文法)では なく、中味です。それにシェークスピアの時代から、正しいスペルなんてものはないのです」と。 英語国にもない画数や書き順を決めるところが、実に日本人らしい。左利きにしても、結局 はどうでもよい部類の問題。ある教師は「冷蔵庫でもドアでも、右利き用にできているから、な おしたほうがよい」と言った。しかしそんなことは、慣れ。慣れれば何でもない。無理に右づかい を強要すれば、子どもがかえって混乱するだけ。少なくとも四、五歳をすぎたら、子どもに任 す。 作文についても、日本のアニメは世界一と言われている。が、その背景に日本人の文字離 れがあるとしたら、喜んでばかりはおられない。言いかえると「形式」からの脱却、それが日本 の教育の大きなテーマの一つと言える。 学校神話の亡霊 ●先生もたいへん……。でもどうして? 「携帯電話のおかげで夜中でも、メールが入るようになった」と、ある小学校の教師がこぼし た。「少し前までは電話だったが、電話のほうは断ることができるようになったが…………」と も。それもたいした内容ではない。「娘がセーターを学校に忘れた」とか、「息子が学校の帰り に、寄り道をした」とか、など。「メールにはまとめて返事を出すことにしていますが、それでも毎 晩一時間ほど、そのために時間をとられます」と。 少し前、ある総合病院の外科部長の息子(高一)と、こんな話をしたことがある。「君のお父さ んは、患者さんの生死を毎日のようにみている。担当の患者さんが急変したら、夜中でも病院 へかけつけるのだろうね」と私。するとその息子氏はこう言った。「行かないよ。居留守を使っ たり、学会に行っているとウソを言うよ」と。私が驚いていると、さらにこう言った。「そんなことを すれば、翌日の手術にさしさわりが出るから」と。私はこの話を聞いたとき、あの美空ひばりの 話を思い出した。ひばりが皆と一緒に、カラオケバーにでかけたときのこと。まわりにいた人た ちが「一曲歌ってください」とせがんだ。が、そのときひばりはこう言って、それを断わったとい う。「私はお金をもらって歌うプロです。ここでタダで歌ったら、お金を出して私の歌を聞きにき てくれるお客さんに、申し訳ありません」と。 また二〇〇〇年の終わり、カナダのバンクーバーから来た小学校の校長が、こんな話をして くれた。「カナダでは、教師は授業には責任をもつが、授業を離れたら、父母や子どもとのかか わりを一切もたない。父母には自宅の住所も、電話番号も教えない。親がその教師と連絡をと りたいときは、学校へ連絡してもらう。そのあと教師のほうからその親に電話をするようにして いる」と。 少し回り道をしたが、さて冒頭の話。今、学校の先生たちは、本当に忙しい。忙しすぎる。活 発ざかりの子どもを相手に、一時間本気で授業すれば、若い先生でもかなり疲れる。二時間 続けたら、それこそヘトヘト。つまりそれだけ体力と気力を使う。教育というのは、そういうもの だ。それをまず世間が知るべきではないのか。そして教師が教師であるのは、「教育の場」で 教えるから教師なのだ。それを雑用また雑用、進学指導に家庭教育相談、さらには、しつけに 心理相談まで押しつけて、何が教育だ! 体がもつはずがない。つまり忙しくなればなるほど、 教師は肝心の教育の場で手を抜くしかない。現に今、中学校の教師の大半は、教科書とチョ ークだけで授業に臨んでいる。臨まざるをえない。ある教師はこう言った。「教材研究? そん な時間がどこにありますか? 先日も私の学校でスプレーによる落書き事件がありました。そ の処理に、丸三日がつぶれました」と。 教師は教育のプロである。あの外科部長のように、まず教育に責任をもつ。またもてるような 環境を用意してあげなければならない。現にカナダではそうしている。いや、学校で何か事件 があるたびに、憔悴(しょうすい)しきった校長が涙まじりに頭をさげる。マスコミや世間は鬼の 首でも取ったかのように学校を責める。が、しかし、学校側にそこまでさせて、よいものか。そ のおかしさがわからないほど、日本には学校万能主義、学校神話がはびこっている。その亡 霊に苦しんでいるのは、結局は最前線に立たされる、現場の教師たちなのだ。 性教育の原点 ●性教育って何? どう教えたらいいの? 若いころ、いろいろな人の通訳として、全国を回った。その中でも特に印象に残っているの が、ベッテルグレン女史という女性だった。スウェーデン性教育協会の会長をしていた。そのベ ッテルグレン女史はこう言った。「フリーセックスとは、自由にセックスをすることではない。フリ ーセックスとは、性にまつわる偏見や誤解、差別から、男女を解放することだ」「特に女性であ るからという理由だけで、不利益を受けてはならない」と。それからほぼ三〇年。日本もやっと ベッテルグレン女史が言ったことを理解できる国になった。 話は変わるが、先日、女房の友人(四八歳)が私の家に来て、こう言った。「うちのダンナなん か、冷蔵庫から牛乳を出して飲んでも、その牛乳をまた冷蔵庫にしまうことすらしないんだわ サ。だから牛乳なんて、すぐ腐ってしまうわサ」と。話を聞くと、そのダンナ様は結婚してこのか た、トイレ掃除はおろか、トイレットペーパーすら取り替えたことがないという。私が、「紙がない ときはどうするのですか?」と聞くと、「何でも『オーイ』で、すんでしまうわサ」と。 日本女性会議の調査によると、「家事は全然しない」という夫が、まだ60%前後いるという (二〇〇〇年)。年代別の調査ではないのでわからないが、五〇歳以上の男性について言うな ら、ほとんどの男性が家事をしていないのでは…………? この年代の男性は、いまだに「男 は仕事、女は家事」という偏見を根強くもっている。男ばかりの責任ではない。私も子どものこ ろ台所に立っただけで、よく母から、「男はこんなところへ来るもんじゃない」と叱られた。女性 自らが、こうした偏見に手を貸していた。が、その偏見も今、急速に音をたてて崩れ始めてい る。私が九九年に浜松市内でした調査では、二〇代、三〇代の若い夫婦についてみれば、 「家事をよく手伝う」「ときどき手伝う」という夫が、65%にまでふえている。欧米並みになるの は、時間の問題と言ってもよい。 実は私は、先に述べたような環境で育ったため、生まれながらにして、「男は…………、女は …………」というものの考え方を日常的にしていた。洗濯や料理など、したことがない。たとえ ば私が小学生のころには、男が女と一緒に遊ぶことすら考えられなかった。遊べば遊んだで、 「女たらし」とバカにされた。そのせいか私の記憶の中にも、女の子と遊んだ思い出がまった く、ない。が、その後、いろいろな経験で、私がまちがっていたことを思い知らされた。が、決定 的に私を変えたのは、次のような事実を知ったときだ。つまり人間は、男も女も、母親の胎内 では一度、皆、女だという事実だ。つまりある時期までは人間は皆、女で、発育の過程でその 女から分離する形で、男は男になっていく、と。このことは何人ものドクターに確かめたが、ど のドクターも、「知らなかったのですか?」と笑った。正確には、「妊娠3か月までは男女の区別 はなく、それ以後、胎児は男女にそれぞれ分化する」ということらしい。女房は「あなたは単純 ね」と笑うが、そうかもしれない。以後、女性を見る目が、一八〇度変わった。と同時に、偏見 も誤解も消えた。言いかえると、「男だから」「女だから」という考え方そのものが、まちがってい る。「男らしく」「女らしく」という考え方も、まちがっている。ベッテルグレン女史は、それを言っ た。 教育の自由化 ●日本の教育が世界の最高水準にあるって、ホント? 以前私はある新聞紙上で、「日本の教育制度は三〇年は遅れた。意識は五〇年は遅れた」と 書いた。それについて「憶測でものを書いてもらっては、困る。根拠を示してほしい」と言ってき た人がいた。それについて……。 ドイツでは、小中学校は午前中で終る。午後一時には、子どもたちは学校から解放されて、 それぞれのクラブに通う。スポーツクラブ、音楽クラブ、芸術クラブ、語学クラブなど。カナダで は、午後三時半まで子どもたちは学校に拘束されるが、それ以後は、やはり子どもたちはクラ ブに通う(バンクーバー)。オーストラリアやニュージーランドも、そうだ。さらにアメリカでは、ホ ームスクール、チャータースクール、さらにはバウチャ(学校券)スクールなど、学校の設立そ のものが自由化されている。日本で誰かが塾を開くのと同じくらい気軽に、その意思のある人 が学校を設立している。つまり教育の自由化は世界の流れであり、その「自由さ」が、教育をダ イナミックなものにしている。 が、この程度で驚いてはいけない。アメリカでは大学の場合、入学後の学部変更は自由。自 由というより、日本でいう学部の概念そのものがない。目的とする学位(これをメジャーという) に応じて、必要な講座を一講座ずつ「買う」。こうして二年間で、四回メジャーを変えた学生がい る。四年間で六回メジャーを変えた学生がいる。教える教官も必死なら、学ぶ学生も必死だ。 さらにアメリカでは、大学の転籍すら自由。公立、私立の区別はない。日本で言えば、早稲田 大学で二年間過ごした学生が、三年目から静岡大学で学ぶようなことができる。しかも入学金 だの何だの、そういうめんどうな手続きなしに、即日に転籍できる。まだある。こうした単位の 交換が、国際間でもなされている。外国の大学へ留学した場合、そこで得た単位も有効に認 められる。日本でも少しずつだが、実験的にこうした制度を取り入れる大学がふえてきた。が、 あくまでも「実験的」。 ……というようなことは、文部科学省の技官あたりもみんな知っている。しかし教育を自由化 するということは、即、自分たちの立場をあやうくすることになる。権限を弱め、管轄を縮小する ことは、そのまま自分たちの不利益につながる。旧文部省だけでも、いわゆる天下り先として 機能する外郭団体が、一八〇〇団体もある。その数は全省庁の中でもダントツに多い。こうし た団体が日本の教育をがんじがらめにしている。一方、日本人は日本人で、国への依存心が きわめて強い。子どもに何か問題があると、何でもかんでも、「学校で……」と考える。さらに隷 属意識もある。いまだかって、親のほうから学校に向かって、たとえば、「うちの学校では中国 語を教えてみてほしい」というような要望を出した話など、聞いたことがない。上から言われるま ま、何の疑問もなく受け入れてしまっている。そしてそういうのが教育だと、思い込んでいる。思 い込まされている。 ここに書いたアメリカの大学制度は、すでに三〇年前から常識だった。さらに日本人の教育 意識となると、戦前のままと言ってもよい。五〇年前に私がもっていた「学校観」と、今の若い 親たちがもっている「学校観」は、それほど違わない。「五〇年」という数字はそこから書いた。 これで納得してもらえただろうか。 教育されるべきは…… ●たいへん! このままでは、子どもたちがかわいそう! 月収五〇万円の人が、別に毎月三三万円の借金をしながら、計八三万円の生活をしてい る。おかげでたまりにたまった借金が、八四〇〇万円! あと数年で一億円になる。利息の支 払いだけで現在、毎月一七万円! 日本の国家経済をたとえて言うなら、そういうことになる。 つまり遅かれ早かれ、日本の経済は確実に破綻する。これは予測でも予言でもない。私のよう な素人でもわかる、既成の事実である。(国の税が五〇兆円。予算が八三兆円。国債、地方 債の合計が七〇〇兆円。ここでは月収にたとえたので、借金を七〇〇万円x一二か月=八四 〇〇万円とした。二〇〇一年度) ふつうなら、つまり収入が減り借金がふえたら、無駄づかいはやめるものだ。が、この日本、 何を考えているか、私にはさっぱりわからない。たとえば浜松市の駅前に、Aタワーという高層 ビルがある。総工費は二〇〇〇億円とも三〇〇〇億円とも言われている。一体いくらの税金 が使われたのか、それとも使われなかったのか。複雑なカラクリがあるので、私たち市民には 知る由もない。が、高額であることにはまちがいない。市民が利用するのは、せいぜい地下に ある大中の二つのホールだけ。あの程度のホールなら、四〇〇億円でじゅうぶんだったという 建築家がいる。ちなみに同じころ、東京の国立劇場はその四〇〇億円で建っている。豪華さで 問題となった新宿都庁ビルは、一七〇〇億円だ。おかげでたまりにたまった借金が、この浜松 市だけでも二一〇〇億円。市民一人あたり、四〇万円弱。にもかかわらず、いまだにやらなく てもよいような道路工事ばかり。だいたい市の予算の約25%が土木費というからあきれる。ま だある。私はこの三〇年、浜松市に住んでいるが、ただの一度も空港を作ってほしいと思った ことはない。ないが、「県民の総意」ということで、今度は空港が作られることになった。もちろ んないよりはあったほうがよい。しかしそんな論理で、お金を使っていたら、経済がパンクする のは当たり前だ。あのAタワーにしても、最上階に展望台があるが、平日だと、訪れる人は一 日二〇〇人もいない。市はさかんに「黒字だ」と宣伝しているが、土地代や建設費はタダという 前提で計算しているから恐ろしい。 もうこんなバカげたことはやめよう。結局はそのツケは子どもたちに回るだけ。教育すべき は、子どもたちではなく、私たち自身なのである。 日本の教科書検定 ●教科書の検定制度って、本当に必要なの? オーストラリアにも、教科書の検定らしきものはある。しかしそれは民間団体によるもので、 強制力はない。しかもその範囲は、暴力描写と性描写の二つの方面だけ。特に「歴史」につい ては、検定してはならないことになっている(南豪州)。 私は一九六七年、ユネスコの交換学生として、韓国に渡った。プサン港へ着いたときには、 ブラスバンドで迎えられたが、歓迎されたのは、その日一日だけ。あとはどこへ行っても、日本 攻撃の矢面に立たされた。私たちを直接指導してくれたのが、金素雲氏であったこともある。 韓国を代表する歴史学者である。私はやがて、「日本の教科書はまちがってはいない。しかし すべてを教えていない」と実感した。たとえば金氏は、こんなことを話してくれた。「奈良は、韓 国から見て、奈落の果てにある都市という意味で、奈良となった。昔は奈落と書いて、『ナラ』と 発音した」と。今でも韓国語で「ナラ」と言えば、「国」を意味する。もし氏の言うことが正しいとす るなら、日本の古都は、韓国人によって創建された都市ということになる。 もちろんこれは一つの説に過ぎない。偶然の一致ということもある。しかし一歩、日本を出る と、この種の話はゴロゴロしている。事実、欧米では、「東洋学」と言えば、中国を意味し、その 一部に韓国学があり、そのまた一部に日本学がある。そして全体として、東洋史として教えら れている。 話は変わるが、小学生たちにこんな調査をしてみた。「日本人は、アジア人か、それとも欧米 人か」と聞いたときのこと。大半の子どもが、「中間」「アジア人に近い、欧米人」と答えた。中に は「欧米人」と答えたのもいた。しかし「アジア人」と答えた子どもは一人もいなかった(約五〇 名について調査)。先日もテレビの討論番組を見ていたら、こんなシーンがあった。アフリカの 留学生が、「君たちはアジア人だ」と言ったときのこと。一人の小学生が、「ぼくたちはアジア人 ではない。日本人だ!」と。そこでそのアフリカ人が、「君たちの肌は黄色ではないか」とたたき かけると、その小学生はこう言った。「ぼくの肌は黄色ではない。肌色だ!」と。 二〇〇一年の春も、日本の教科書について、アジア各国から非難の声があがった。韓国か らは特使まで来た。いろいろいきさつはあるが、日本が日本史にこだわっている限り、日本が 島国意識から抜け出ることはない。 「偉い」を廃語に! ●いまどき、「偉い」なんて……! 日本語で「偉い人」と言うようなとき、英語では、「尊敬される人」と言う。よく似たような言葉だ が、この二つの言葉の間には。越えがたいほど大きな谷間がある。日本で「偉い人」と言うとき は。地位や肩書きのある人をいう。そうでない人は、あまり偉い人とは言わない。一方英語で は、地位や肩書きというのは、ほとんど問題にしない。 そこである日私は中学生たちに聞いてみた。「信長や秀吉は偉い人か」と。すると皆が、こう 言った。「信長は偉い人だが、秀吉はイメージが悪い」と。で、さらに「どうして?」と聞くと、「信 長は天下を統一したから」と。中学校で使う教科書にもこうある。「信長は古い体制や社会を打 ちこわし、……関所を廃止して、楽市、楽座を出して、自由な商業ができるようにしました」(帝 国書院版)と。これだけ読むと、信長があたかも自由社会の創始者であったかのような錯覚す ら覚える。しかし……? 実際のところそれから始まる江戸時代は、世界の歴史の中でも類を見ないほどの暗黒かつ 恐怖政治の時代であった。一部の権力者に富と権力が集中する一方、一般庶民は極貧の生 活を強いられた。もちろん反対勢力は容赦なく弾圧された。由比正雪らが起こしたとされる「慶 安の変」でも、事件の所在があいまいなまま、その刑は縁者すべてに及んだ。坂本ひさ江氏 は、「(そのため)安部川近くの小川は血で染まり、ききょう川と呼ばれた」(中日新聞コラム)と 書いている。家康にしても、その後三〇〇年をかけて徹底的に美化される一方、彼に都合の 悪い事実は、これまた徹底的に消された。私たちがもっている「家康像」は、あくまでもその結 果でしかない。 ……と書くと、「封建時代は昔の話だ」と言う人がいる。しかし本当にそうか? そこであなた 自身に問いかけてみてほしい。あなたはどういう人を偉い人と思っているか、と。もしあなたが 地位や肩書きのある人を偉い人と思っているなら、あなたは封建時代の亡霊を、いまだに心 のどこかで引きずっていることになる。そこで提言。「偉い」という語を、廃語にしよう。この言葉 が残っている限り、偉い人をめざす出世主義がはびこり、それを支える庶民の隷属意識は消 えない。民間でならまだしも、政治にそれが利用されると、とんでもないことになる。「私、日本 で一番偉い人」と言った首相すらいた。そういう意識がある間は、日本の民主主義は完成しな い。 愛国心教育 ●「愛国心教育」をどう考えたら、いいの? 「愛国心は世界の常識」(政府首脳)という。しかし本当にそうか? 英語で「愛国心」というの は、「ペイトリアチズム」という。ラテン語の「パトリオス(父なる大地)」に由来する。つまりペイト リアチズムというのは、「父なる大地を愛する」という意味である。私にはこんな経験がある。 ある日、オーストラリアの友人たちと話していたときのこと。私が「もしインドネシア軍が君たち の国(カントリー)を攻めてきたら、どうする」と聞いた。オーストラリアでは、インドネシアが仮想 敵国になっている。が、皆はこう言った。「逃げる」と。「祖父の故郷のスコットランドに帰る」と言 ったのもいた。何という愛国心! 私が驚いていると、こう言った。「ヒロシ、どうやってこの広い 国を守れるのか」と。英語でカントリーというときは、「国」というより、「郷土」という土地をいう。 そこで質問を変えて、「では君たちの家族がインドネシア軍に襲われたらどうするか」と聞い た。すると皆は血相を変えて、こう言った。「そのときは容赦しない。徹底的に戦う」と。 一方この日本では、愛国心というと、そこに「国」という文字を入れる。国というのは、えてして 「体制」を意味する。つまり同じ愛国心といっても、欧米でいう愛国心と、日本でいう愛国心は、 意味が違う。内容が違う。 たとえばこの私。私は日本人を愛している。日本の文化を愛している。この日本という大地を 愛している。しかしそのことと、「体制を愛する」というのは、別問題である。体制というのは、未 完成で、しかも流動的。そも「愛する」とか「愛さない」とかいう対象にはならない。愛国心という 言葉が、体制擁護の方便となることもある。左翼系の人が、愛国心という言葉にアレルギー反 応を示すのは、そのためだ。 そこでどうだろう。愛国心という言葉を、「愛人心」「愛土心」と言いかえてみたら。「郷土愛」で もよい。そうであれば問題はない。私も納得できる。右翼の人も、左翼の人も、それに反対す る人はいまい。子どもたちにも胸を張って、堂々とこう言うこともできる。「私たちの仲間の日本 人を愛しましょう」「私たちが育ててきた日本の文化を愛しましょう」「緑豊かで、美しい日本の大 地を愛しましょう」と。その結果として、現在の民主主義体制があるというのなら、それはそれと して守り育てていかねばならない。当然のことだ。 現実のイタチごっこ ●子どもに塾は必要なの? 塾って、何? 地域にもよるが、この静岡県では、小さな塾はほとんどつぶれた。今は中規模塾が淘汰され つつある。残ったのは大手の進学塾だけ。しかしそれこそ文部行政の思うツボ。文部行政の 塾つぶしは、最終局面を迎えたといっても、過言ではない。中教審は、九九年の終わり、国に 対して答申を出した。その答申を受けて、マスコミ各社は、「中教審が学習塾を容認」と報道し たが、これはまちがい。答申はこうなっている。いわく、「体験活動を支援する態勢をつくる」(第 三章第三節)「子どもたちを取り巻く有害環境の改善に、地域社会で取り組む」(同第五節)と。 全体を裏から読むと、「体験活動に協力しない有害環境(=進学塾)は、地域社会(=PTA)の 協力を得ながら、つぶす」となる。「容認どころか、塾の完全否定ととらえたほうがよい」(学外 研・木田橋)と。 進学塾が企業化して久しい。ある進学塾の経営者はこう言った。「一色刷りの案内書では、 生徒は集まりません。三色、四色にしないとね」と。また別の経営者は、「経営の秘訣は掃除に ある」と言っている。そのため「毎日午前中の数時間を掃除にあてている」(月刊「私塾界」)と。 またある経営コンサルタントは、「説明会は公的な会館を借りて、大規模にやるほど、効率が よい」(教材新聞)と書いている。 こうした現状はともかくも、有害環境(?)はなくならない。いくら文部行政が逆立ちしても、 だ。理由は簡単。進学塾があるから、有害環境があるからではない。進学塾を求める親や子 どもがいるからだ。つまりなぜ親や子どもたちが進学塾を求めるか、その深層部分までメスを 入れないと、進学塾はなくならない。言いかえると、社会にはびこる学歴社会や身分制度、不 公平感がなくならない限り、進学塾はなくならない。この日本。公的な保護を受ける人は徹底 的に受ける。そうでない人はほとんどと言ってよいほど、受けない。不況などどこ吹く風。人生 の入り口で、受験競争をうまくくぐり抜けたというだけで、生涯、特権に守られ、権限と管轄の中 で、のんびりと暮らしている人はいくらでもいる。そういう現状を一方で放置しておいて、塾だけ をターゲットにしても意味がない。現に今、ボランティア活動が内申点に加味されるようになって から、そのボランティア活動を教える進学塾まで現れた。こうしたイタチごっこは、これから先、 いつまでも続く。 保護格差が諸悪の根源 ●どうして日本の教育は、よくならないの? 近視を手術で治すという。「手術は二十分程度。片目で二十万円、両目で五十万円」「一日 平均、二、三人の問い合わせがある」(新聞報道)とか。 私はこうしてコラムを書かせてもらっている。そのこともあって、このところ毎日のように相談 の電話がかかってくる。日によっては、午前中のほとんどが、それでつぶれる。が、相談をして くる人で、フルネームを言う人は、まずいない。住所を言う人は、さらにいない。どの人も深刻 だ。が、私は一円だって受け取っていない。「相談」というのは、そういうもの。「ボランティアで すね」と人は言うが、ボランティア活動のような、明るさはない。 私はその記事を読んで、思わずため息をついた。近視の手術をするのに、両目で五十万 円! 一日二人の患者を手術するだけで、売り上げ(?)が、月に二千万円(一か月二十日 間)、年間で二億四千万円。実際には十一月に開業したCクリニック(名古屋市)では、「説明 会を開くと、三十人以上がつめかける」という盛況ぶりだそうだ。こういう現状を見せつけられる と、自分のしていることが、つくづくとバカらしくなる。 当然のことながら私には、退職金も天下り先もない。年金もあてにならない。明日病気か何 かで倒れれば、万事休す。自分で選んだ道とはいえ、この日本、保護格差があまりにもひど い。ひどすぎる。特権や管轄、権限に守られた人は、保護を徹底的に受け、そうでない人は、 ほとんどといってよいほど受けない。新しいタイプの身分制度と言ってもよい。が、悲しいかな 日本人は、こうした身分制度を容認してしまっている。「おかしい」と思う前に、「あわよくば、自 分も……」と考える。たとえば浜松市内でも一番の進学高校と言われているA高校の場合、一 年生の約50%、二年生でも約30%が、医学部を志望している(B教師談)。なぜそうなのか。 理由などここに改めて書くまでもない。 昔、学生時代、仲間たちと天下国家を論じていると、どこかの息子様がギターを片手に歌を 歌っていた。「♪二人を〜、夕闇が〜」と。その息子様は何でも葉山にヨットまで、もっていると いう。その歌がラジオから聞こえてきたとき、私たちはバカらしくなって、議論をやめてしまっ た。あのとき感じたバカらしさ。それが今、この日本をおおっている。しかしこのバカらしさがなく ならない限り、日本の未来に明日はない。 |