はやし浩司

Q&A-4
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子育て一般の問題
はやし浩司


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子どもの愛着行為

はやし先生へ、
おはようございます、埼玉県T市に住むマガジン読者です。

ところで、E-メールマガジンで、たびたびテーマを募集していますが、前々から、『アメリカでは、
生まれたての赤ちゃんでも、夜寝る時には、夫婦の寝室とは別で、子供部屋で寝る』と言われ
ているし、アメリカのファミリードラマやアニメでも、かなり小さい子供でも、ちゃんと自分の部屋
を持ち、ベッドで寝ていますが、「ほんとうかしら?」と、疑問をもっています。

現在三男は一才を過ぎていますが、おっぱいを飲みながら寝るので、私と同じ布団で寝ていま
すし、もっと月齢が小さい時などは、二時間おきの授乳だったので、いちいち起きて、ベビーベ
ッドで寝ている子を抱き上げて授乳することすら苦痛でした。

先生の御二男の方はベビーはどのような環境で、寝ているのでしょうか? すごく興味がありま
す。それとまじえて、子供と親が別々の部屋で寝始める頃の見極めと注意点などもアドバイス
して頂きたいです。

友人の子は、寝室を別にしたとたん、首が曲がったまま元に戻らなくなり、整体等、通ったので
すが、なかなか治らず、寝室をまた親と同じにしたら、ピタリと治ったそうです。

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●アメリカの子育て

 アメリカといっても、アジア全域ほど広く、また移民国家であるため、アメリカ人といっても、ど
ういう人をアメリカ人というのか、必ずしも明確ではありません。もちろんアジア系アメリカ人も
多く、その中の一部には、日系アメリカ人もいます。さらに同じ白人でも、父親がフランス人、母
親がウクライナ人、祖父がスコットランド人で、祖母がイタリア人という家庭は、いくらでもありま
す。

 で、その中でも、アングロサクソン系のアメリカ人にかぎっているなら、ご指摘のように、赤ん
坊のときから、寝室を分けるのが、ふつうのようです。アングロサクソン系というのは、いわゆ
るイギリス系のアメリカ人です。ふつう私たちがアメリカ人というとき、もっともポピュラーに想像
する、白人のアメリカ人です。

 二男の嫁も、そのアングロサクソン系のアメリカ人で、代々、アメリカの中南部で暮らしてきた
家族です。ただ私の二男のばあいは、大きな二部屋だけのアパートで、別々の部屋ということ
はありませんでした。大きなベビーバッグの中に赤ん坊を寝させていました。しかし夜泣きがひ
どいので、私のワイフのアドバイスで、夫婦のベッドの間で、川の字のようにして寝させました。
そうしたら夜泣きが収まったそうです。

 ご質問の件について、私は専門ではないので、よくわかりませんが、今までに私が書いた原
稿をあちこちから集めてみましたので、参考にしてください。

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●子どもの愛着行動

 母親は新生児を愛し、いつくしむ。これを愛着行動(attachment)という。これはよく知られた
現象だが、最近の研究では、新生児の側からも、母親に「働きかけ行動」があることがわかっ
てきた(イギリス、ボウルビー、ケンネルほか)。こうした母子間の相互作用が、新生児の発育
には必要不可欠であり、それが阻害されると、子どもには顕著な情緒的、精神的欠陥が現れ
る。その一例が、「人見知り」。

 子どもは生後六か月前後から、一年数か月にかけて、人見知りするという特異な症状を示
す。一種の恐怖反応で、見知らぬ人に近寄られたり、抱かれたりすると、それをこばんだり、拒
否したりする。しかしこの段階で、母子間の相互作用が不完全であったり、それが何らの理由
で阻害されると、「依存うつ型」に似た症状を示すことも知られている。基本的には、母子間の
分離不安(separation anxiety)は、こうした背景があって、それが置き去り、迷子、育児拒否的
な行為(子どもの誤解によるものも含む)などがきっかけによって起こると考えられる。

●スキンシップは魔法の力 
 スキンシップには、人知を超えた不思議な力がある。魔法の力といってもよい。もう二〇年ほ
ど前のことだが、こんな講演を聞いたことがある。アメリカのある自閉症児専門施設の先生の
講演だが、そのときその講師の先生は、こう言っていた。「うちの施設では、とにかく『抱く』とい
う方法で、すばらしい治療成績をあげています」と。その施設の名前も先生の名前も忘れた。
が、その後、私はいろいろな場面で、「なるほど」と思ったことが、たびたびある。言いかえる
と、スキンシップを受けつけない子どもは、どこかに「心の問題」があるとみてよい。

 たとえばかん黙児や自閉症児など、情緒障害児と呼ばれる子どもは、相手に心を許さない。
許さない分だけ、抱かれない。無理に抱いても、体をこわばらせてしまう。抱く側は、何かしら
丸太を抱いているような気分になる。これに対して心を許している子どもは、抱く側にしっくりと
身を寄せる。さらに肉体が融和してくると、呼吸のリズムまで同じになる。心臓の脈動まで同じ
になることがある。で、この話をある席で話したら、そのあと一人の男性がこう言った。「子ども
も女房も同じですな」と。つまり心が通いあっているときは、女房も抱きごこちがよいが、そうで
ないときは悪い、と。不謹慎な話だが、しかし妙に言い当てている。

●大切な「甘える」という行為
 このスキンシップと同じレベルで考えてよいのが、「甘える」という行為である。一般論として、
濃密な親子関係の中で、親の愛情をたっぷりと受けた子どもほど、甘え方が自然である。「自
然」という言い方も変だが、要するに、子どもらしい柔和な表情で、人に甘える。甘えることがで
きる。心を開いているから、やさしくしてあげると、そのやさしさがそのまま子どもの心の中に染
み込んでいくのがわかる。

 これに対して幼いときから親の手を離れ、施設で育てられたような子ども(施設児)や、育児
拒否、家庭崩壊、暴力や虐待を経験した子どもは、他人に心を許さない。許さない分だけ、人
に甘えない。一見、自立心が旺盛に見えるが、心は冷たい。他人が悲しんだり、苦しんでいる
のを見ても、反応が鈍い。感受性そのものが乏しくなる。ものの考え方が、全体にひねくれる。
私「今日はいい天気だね」、子「いい天気ではない」、私「どうして?」、子「あそこに雲がある」、
私「雲があっても、いい天気だよ」、子「雲があるから、いい天気ではない」と。

●先手を打って自分を守る
 このタイプの子どもは、「信じられるのは自分だけ」というような考え方をする。誰かに親切に
されても、それを受け入れる前に、それをはねのけてしまう。ものの考え方がいじけ、すなおさ
が消える。「あの人が私に親切なのは、私が持っている本がほしいからよ」と。自分からその人
を遠ざけてしまうこともある。あるいは自分に関心のある人に対してわざと意地悪をする。心の
防御作用と言えるもので、その人に裏切られて自分の心がキズつくのを恐れるため、先手を
打って、自分の心を防衛しようとする。そのためどうしても自分のカラにこもりやすい。異常な
自尊心や嫉妬心、虚栄心をもちやすい。あるいは何らかのきっかけで、ふつうでないケチにな
ることもある。こだわりが強くなり、お金や物に執着したりする。完ぺき主義から、拒食症になっ
た女の子(中三)もいた、などなど。

 もしあなたの子どもが、あなたという親に甘えることを知らないなら、あなたの子育てのし方の
どこかに、大きな問題があるとみてよい。今は目立たないかもしれないが、やがて深刻な問題
になる。その危険性は高い。

●行きづまりを感じたら、抱く
 ……と、皆さんを不安にさせるようなことを書いてしまったが、子どもの心の問題で、何か行
きづまりを感じたら、子どもは抱いてみる。ぐずったり、泣いたり、だだをこねたりするようなとき
である。「何かおかしい」とか、「わけがわからない」と感じたときも、やさしく抱いてみる。しばら
くは抵抗する様子を見せるかもしれないが、やがて収まる。と、同時に、子どもの情緒(心)も
安定する。

(参考)
●抱かれない子どもが急増!
こんなショッキングな報告もある(二〇〇〇年)。抱こうとしても抱かれない子どもが、四分の一
もいるというのだ。
「全国各地の保育士が、預かった〇歳児を抱っこする際、以前はほとんど感じなかった『拒
否、抵抗する』などの違和感のある赤ちゃんが、四分の一に及ぶことが、『臨床育児・保育研
究会』(代表・汐見稔幸氏)の実態調査で判明した」(中日新聞)と。
報告によれば、抱っこした赤ちゃんの「様態」について、「手や足を先生の体に回さない」が三
三%いたのをはじめ、「拒否、抵抗する」「体を動かし、落ちつかない」などの反応が二割前後
見られ、調査した六項目の平均で二五%に達したという。また保育士らの実感として、「体が固
い」「抱いてもフィットしない」などの違和感も、平均で二〇%の赤ちゃんから報告されたという。
さらにこうした傾向の強い赤ちゃんをもつ母親から聞き取り調査をしたところ、「育児から解放
されたい」「抱っこがつらい」「どうして泣くのか不安」などの意識が強いことがわかったという。
また抱かれない子どもを調べたところ、その母親が、この数年、流行している「抱っこバンド」を
使っているケースが、東京都内ではとくに目立ったという。
 報告した同研究会の松永静子氏(東京中野区)は、「仕事を通じ、(抱かれない子どもが)二
〜三割はいると実感してきたが、(抱かれない子どもがふえたのは)、新生児のスキンシップ不
足や、首も座らない赤ちゃんに抱っこバンドを使うことに原因があるのでは」と話している。

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●スキンシップ

 よく「抱きぐせ」が問題になる。しかしその問題も、オーストラリアやアメリカへ行くと、吹っ飛ん
でしまう。オーストラリアやアメリカ、さらに中南米では、親子と言わず、夫婦でも、いつもベタベ
タしている。恋人どうしともなると、寸陰を惜しんで(?)、ベタベタしている。あのアメリカのブッ
シュ大統領ですら、いつも婦人と手をつないで歩いているではないか。
 
一方、日本人は、「抱きぐせ」を問題にするほど、スキンシシップを嫌う。避ける。「抱きぐせが
つくと、子どもに依存心がつく」という、誤解と偏見も根強い。(依存心については、もっと別の
角度から、もっと別の視点から考えるべき問題。「抱きぐせがつくと、依存心がつく」とか、「抱き
ぐせがないから、自立心が旺盛」とかいうのは、誤解。そういうことを言う人もいるが、まったく
根拠がない。)仮にあなたが、平均的な日本人より、数倍、子どもとベタベタしたとしても、恐らく
平均的なオーストラリア人やアメリカ人の、数分の一程度のスキンシップでしかないだろう。こ
の日本で、抱きぐせを問題にすること自体、おかしい。もちろんスキンシップと溺愛は分けて考
えなければならない。えてして溺愛は、濃密なスキンシップをともなう。それがスキンシップへの
誤解と偏見となることが多い。

 むしろ問題なのは、そのスキンシップが不足したばあい。サイレントベビーの名づけ親であ
る、小児科医の柳沢さとし氏は、つぎのように語っている。「母親たちは、添い寝やおんぶをあ
まりしなくなった。抱きぐせがつくから、抱っこはよくないという誤解も根強い。(泣かない赤ちゃ
んの原因として)、育児ストレスが背景にあるようだ」(読売新聞)と。

 もう少し専門的な研究としては、つぎのようなものがある。

 アメリカのマイアミ大学のT・フィールド博士らの研究によると、生後一〜六か月の乳児を対
象に、肌をさするタッチケアをつづけたところ、ストレスが多いと増えるホルモンの量が減ったと
いう。反対にスキンシップが足りないと、ストレスがたまり、赤ちゃんにさまざまな異変が起きる
ことも推察できる、とも。先の柳沢氏は、「心と体の健やかな成長には、抱っこなどのスキンシ
ップがたっぷり必要だが、まだまだじゅうぶんではないようだ」と語っている。ちなみに「一〇〇
人に三人程度の割合で、サイレントベビーが観察される」(聖マリアンナ医科大学横浜市西部
病院・堀内たけし氏)そうだ。

 母親、父親のみなさん。遠慮しないで、もっと、ベタベタしなさい!

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 あちこちから原稿を集めたため、内容がバラバラになってしまいましたが、こうして改めて考
えてなおしてみると、スキンシップは、必要であるかないかということになれば、必要であるに決
まっているということになります。

 で、ご質問の「量」ですが、それはあくまでも子どもをみて、判断するしかないのではないでし
ょうか。とくに子どもの情緒の安定度をみながら、判断します。つぎの原稿は、子どもの欲求不
満について書いたものです。この中でも、少し、スキンシップについて触れてみました。

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(ホームページの読者の方より)

Q:2歳2ヶ月の男の子のことで相談です。
妊娠中から私はつわりがひどく、妊娠悪阻にかかり入院するほどで、精神的にも不安定で10
ヶ月間ほとんどねたきりでした。
子供は欲しかったのですが、あまりのしんどさに、なんどかおろす事も考えましたが、主人の励
ましでなんとか無事健康な男の子を出産することが、出来ました。
産まれてから母乳をうまく吸えないようで、何度かチャレンジはしたのですが、1ヶ月ほどでミル
クに切り替えました。
うちの子は夜はよく寝てくれたのですが、とにかくよく泣く子で、2歳になったいまでも私が少し
でも離れると、泣きついてついてきます。
だから、起きている間は何も出来ません。それは仕方がないと最近では思い、できるだけいっ
しょに遊んでます。
心配なのは、ぜんぜん同じ世代の子供と遊んでくれません。というより逃げてしまうか、私にあ
っちとばかり他の誰もいないところにいきます。
児童館に行ったりしてもそうで、マンションのお友達のところでも1人違うところに行ってしまう
か、私から離れません。
実は気になることがあり、産まれて1ヶ月のころからいっしょのマンションのお友達と仲良くなり
よく遊んでいたのですが、その子とは誕生日も同じ、血液型も同じという男の子で、とても乱暴
な子でいつもうちの子は、おもちゃをとられたり、叩かれたりで泣いてばかりいました。今思うと
私は、そのおかあさんのてまえばかり考え、自分の子供をかばってやれなっかたと反省してい
ます。
そこのおかあさんは、怒らないで育てるという考え方の人で、人のものとろうが、叩こうが、突き
飛ばそうが、あかんやんぐらいの軽い言い方でもちろんとったおもちゃなんか返しなさいなんて
言わないひとで、だんだん私もストレスになりあまりつきあわなくなったのですが、毎日電話が
かかってきて、今日は外出るとか、買い物一緒にいこうとか、とにかく家の中まで入ってくる人
で、主人からは付き合うなと、さんざんいわれてきました。子供も歩くようになったころには、そ
の子を見ると逃げるようになり、いつからか、他の子とも遊ばなくなっていました。
今そのことだけが原因ではないのですが、引越ししました。私や主人とならすごく楽しそうに遊
ぶのですが、やっぱりあまりよその子とは遊んでくれません。
私の妊娠中のことが、それともその子(よくいじめられた子)のことがトラウマに、それとも私の
育て方に何か問題があるのでしょうか?
神経質とはよくいわれます。確かに今も手がかかっているので、イライラすると怒鳴ってしまう
こともあります。主人の言うことは聞くのに私の言うことは、あまりきいてくれません。
主人に言わすと、信頼関係が築かれてないと、指摘されました。確かに思い当たるところはあ
るように思います。周りのことばかりに気を使いすぎたり、子供につらい思いをさせてきたかも
しれません。
悪循環で私の言うことを聞いてくれない、そしたらイライラする、怒ってしまうといった具合です。
子供は自分の思うようにならない、そしてしてはいけないとは、わかっているつもりだったので
すが、そうなっ
ていたのでしょうか?今一番気になることは、他の子と遊んでくれない、怖がっているのか、い
やなのか逃げてしまうということです。保育園など考えているのですが、入れていいものか悩ん
でいます。言葉もまだあまり出てないので先生に伝えられないのではーなど。幼稚園はいるこ
ろには、直るのでしょうか?私はどういうふうに子育てをしていいか悩んでいます。子供がそん
なに楽しそうにしていなくても、児童館やお友達と遊ばしたほうがいいのかーでも逆に無理して
行っても私のほうが、なぜうちの子だけ遊ばないんだろうと、落ち込んでしまいます。話が前後
したり分かりにくいこともあったかと思いますが、何かいいアドバイスお願いします。群馬県・YR
より)

A:Rさんへ、メール、ありがとうございました。しかしながら私は乳幼児の中でも、乳児および就
園前のお子さんについては、まったくの門外漢であり、指導経験もほとんどありません。ですか
らご質問の件については、以下のように限られた範囲内でしかお答えすることができません。
この点をお含みおきの上、どうかお許しください。
(1)お子さんの泣き方の様子が詳しく書かれていないので、それがどういうものであるか、私に
は把握しかねています。興奮して、ギャーギャーと泣くようであれば、まずかんしゃく発作を疑っ
てみます。かんしゃく発作については、ヤフーで、「はやし浩司 かんしゃく発作」で検索してくだ
されば、いくつかヒットすると思います。
(2)泣き方が不安定で、親からみて「わけのわからないもの」であれば、情緒不安が疑われま
す。お子さんの心は、外からはわかりませんが、いつも緊張状態にあると思います。その不安
定さが、たとえば対人恐怖症となってあらわれているのではないかと思います。「恐怖症」につ
いても、このサイトのどこかに書いておきましたので、参考にしてください。トラウマなどというお
おげさなものではなく、子どもはふとしたきっかけでこの恐怖症になります。またなったからとい
って、それほどおおげさに考える必要はありません。まだ二歳ですから、無理をしないで、とき
どきどこかで少しずつ心を慣らすという程度でいいのではないかと思います。早く園へやれば
それでよいというものでもありませんので。
(3)一つ心配なのは、あなたがお子さんを妊娠したときから、心配先行型、不安先行型のリズ
ムをつくってしまったことです。「中絶しようか」と考えたということ自体、大きなわだかまりになっ
ているはずです。本気で、つまり心の底から望んで生まれた子どもではない……というわだか
まりが、今のあなたとお子さんの人間関係をつくっています。「子育てリズム論」は、私のサイト
の目次から、「親が変われば」のコーナーをお読みください。あなたの心の状態によくあてはま
ると思います。子供というのは、長い時間をかけて、あなたの心をカガミのようにそのまま映し
出します。すでにそういう状態とみてよいでしょう。あなたのわだかまり、心配や不安が、基本
的にあるため、「何をしても心配だ」というような見方で、あなたはお子さんを見てしまうのです。
(4)どこかの調査でも、70〜80%の母親が育児でイライラしているということがわかっていま
す。ですからあなただけではありません。子育てというのは、そういうものです。つまりそういう
ものであるという前提で、つきあえばいいのです。気負うことはありません。あなたはあなただ
し、どうか自分を責めないでください。
(5)さて本題。お子さんが対人恐怖症になっているとしたら、無理をしないこと。無理をしても、
かえって症状は悪化します。これは心が熱病にかかったようなものです。それともあなたは風
邪で熱を出して寝ている子どもに、水をかけるとでもいうのでしょうか。あなたの考えで、また外
見から見た様子だけで、お子さんを判断してはいけません。私も閉所恐怖症、高所恐怖症など
があります。一度屋根にテレビのアンテナをつけにあがったのですが、おりられなくなってしま
ったことがあります。人は「気のせいだ」と言いますが、決して気のせいなどという簡単なもので
はありません。そういうことをまずわかってあげなさい。お子さんは本当にこわいのです。また
恐怖症は誰でもなるものであり、珍しくも何ともありません。
(6)ではどうするか。順に話していきましょう。まず情緒が不安定になったら、幼児は、とにかく
スキンシップを濃厚にします。抱き癖がつくとかつかないとか、それは横に置いておきましょう。
いつも抱いてあげる。強く抱いてあげる。手をつないであげる。添い寝をしてあげるなど。そも
そも日本人はスキンシップが少ない民族です。ブッシュ大統領なんか、奥さんとベタベタと手を
つないで歩いていましたね。あれが国際的な標準です。親子もそうで、先日もヒューストンの空
港で、親子連れをみかけましたが、皆、親子がベタベタとしていましたよ。ですからあなたも遠
慮せず、スキンシップを濃厚にしてみてください。あとは白砂糖を断ちます。これだけで、つまり
徹底してやれば、一週間程度で、症状がおさまってくるはずです。ダメもとと思い、一度、ため
してみてください。(できればCA,MGの多い食生活も一方でこころがけてください。)
(7)「幼稚園へ入るころにはなおるか」ということですが、分離不安などの情緒的な問題にから
んでいるときは、そんなに簡単にはなおりません。また「なおそう」とか、そういう発想で考えな
いことです。(なおるものなら、私の閉所恐怖症をなおしてほしいものです。)あなたのお子さん
にも、よい点や悪い点、さらには得意なことや苦手なことができ始めているのです。人とつきあ
うのが苦手なら、苦手でもよいではないですか。そういう子どもを迎えてあげるのも、親の努め
ですよ。「お母さんも、うるさいところはいやだわ」と言ってあげるほどの包容力をもってくださ
い。実のところ、子どもの心の問題で、親は安易に「なおす」とか言いますが、そういう発想はど
うしても好きになれません。なおすのではなく、受け入れるのですよ。またこの問題だけは、あ
せってなおそうと思うと、かえって症状を悪化させますから、くれぐれもご注意ください。
(8)保育園へも無理しないこと。たった30年前には2年保育があたりまえでした。幼稚園へ通
わない子どもも5%はいました。が、今では2歳から……? 人間の質が変わったとでもいうの
でしょうか。いいですか。子どもは親が育てる。親のぬくもりで包みながら育てる。それが子育
ての原則です。家庭が許すなら、保育園はできるだけ遅くしなさい。集団に慣れるというだけの
目的なら、ほかにも方法はあると思います。かなり神経質で、過敏傾向の強いお子さんのよう
なので、ここはとくに慎重にかまえてくださいね。
(9)「落ち込む?」……とんでもないことです。あなたは風邪をひいて熱を出して寝ている子ど
もを見て、落ち込むのですか? 親の愛には三種類あります。本能的な愛と代償的な愛。それ
に真の愛です。あなたはやっと代償的な愛(親のエゴにもとづいた身勝手な愛)にたどりついた
段階です。お子さんが苦しんでいるのに、落ち込む親がどこにいますか! 自分の思い通りに
ならないからといって、落ち込むのは真の愛ではない。代償的な愛です。あなたは自分の心の
すき間をうめるために、子どもを利用しているだけ。あるいはそれが「親の愛」と誤解している
だけ。きびしいことを書きましたが、これはあなたのためです。あなたがすばらしい母親になる
ためです。わかってくださいね。
(10)言葉の問題なでおについては、メールだけではお答えしかねます。
(11)最後に大切なことは、まずあなたの「わだかまり」が何であるかを知り、つぎにお子さんを
あなたの心の中に迎え入れることです。(あなたはお子さんをまだ迎え入れてはいない。)でき
がわるくても、「あなたを愛しています」「あなたが苦しいときは、お母さんも一緒に苦しんであげ
ます」「無理することはないのよ」「あなたはいい子ですよ」「あなたはすばらしい子になります
よ」「いやな人とは無理してつきあわなくてもいいのよ。お母さんだって、いっしょのマンションの
友だちと仲よくなれなかったのだから、偉そうなことは言えないのよ」と、言います。こうした言
葉を自然に言えるようになったとき、あなたのお子さんのもろもろの問題点は、ウソのように消
えています。どうかこの言葉を信じてください。そのときになると、(今でも問題はありませんが
……)、今あなたが悩んでいる問題など、どこかへ消えてなくなってしまいます。
 子育てははじまったばかりですね。これからつらいことや苦しいことが山のようにありますよ。
それはちょうど小さなヨットに乗って、大洋へ乗り出すようなものです。しかしそれがあるから人
生もまた楽しいのです。つらいときがあったら、私のサイト(トップページ)から「心のオアシス」を
のぞいてみてください。また何かあればメールをください。今日はこれで失礼します。(2002−
2−24)




 色々な育児のホームページやテレビ(キレる子どもやサイレントベビーなど)を
見て日々感じていた事、思っていた事がありますが、はやし先生のホームページ
や今回お送り下さいましたメールを拝見し、なんとなくホッと致しました。お互
いの育った環境に準じた子育てをしたいと思う気持ちから、主人と意見が違いま
して、いつも考えておりました。
 下に私の子育てを書きますので、(書き終わりまして、見直しましたら、とて
も長くなっていました。)はやし先生のお時間のよい時で構いませんので、ご意
見を聞かせて頂けたらうれしく思います。

よろしくお願い致します。

 私の子育ての方針(と言いましても、はじめての子どもで手さぐりですが……)は、
「子どもに不安を与えない」ようにするということです。だから、3ヵ月半の子どもがミ
ルクでもなく、オムツでもなく、眠たくもなく、遊んで欲しくもなく泣いている
時は、できるだけ抱いてあげる。抱けない時は、声をかけたり、側にいたり、お
んぶするようにしています。反対に、子どもが機嫌がいい時や一人で遊んでいる時は、
ほおっておいていますが……とにかく、子どもが安心できる環境を作るようにし
ています。たとえば、我が子は暗いのが嫌いなのですが、「暗いのが怖い」と言う
不安な気持ちを植え付けたくないので、部屋を明るくしたり、寝る前だと少し明
るくして声をかけて子どもの目の届く場所にいたり、添い寝して体をなでてやった
りしています。私は、今「暗いのは怖くない」と安心を与えてやれば、そのうち
怖がらなくなるだろうし、遅くても物心がつき親の言うことが理解できるように
なれば怖がらなくなると思っています。(余談ですが、主人は今我慢させておか
ないと、大きくなっても「暗いのが怖い」と泣くようになると言います。)

★多くの人は、「子どもの心を大切にする」ということと、「甘やかし」を
混同しています。子どもの心を大切にするということは、甘やかしでは
ありません。特にこのケースのように、暗闇恐怖症(軽度ですが……。重度の
恐怖症の子どものばあい、「こわい」という気持ちすら表現できないまま、
おびえます)の子どもは、子どもの心が安定するまで、無理をしないのが、大原則
です。無理をすればするほど、また強引に親の判断を押しつければつけるほど、
子どもの心に大きなキズをつけることになります。

★「安心できる家庭」は、子どもの心をはぐくむための絶対条件です。「安心
できる」ということは、「疑いを抱かない」という意味です。本来、親側も
そういうことをあまり意識しないで、つまり「安心できる家庭をつくろう」という
気負いがないまま、安心できる家庭をつくれるとよいのですが……。少し
気負いが感じられるのは、お母さん自身も、どこかで「安心できない家庭」を
経験しているのかもしれません。気負いはえてして、子どもの側から見て、
「押しつけ」になることがありますから、この点は注意してください。

 私の私見ですが、「『抱き癖』がつく」と言う親は「『自立心』をつける」と
子どもの為と主張しますが、自分(親)が「早く子育てから解放されたい」と言う
心の言い訳(やむをえず仕事をしている人は仕方ありませんが)のような気がし
てなりません。私も「解放されたい」と思う事は多くありますが、他の動物と違っ
て人間の赤ちゃんは抱いて育てられるように産まれてきているのだと思っ
ているので、子どもを産んだ以上側にいて抱いてあげるのは当たり前だと思っています。
そして、幼い頃の不安は大人になっても心のどこかに残っているのだから、「心」
で与えられる安心は惜しみなく与え、欲求は満たしてあげようとも思っています。

★「抱き癖」については、多くの人が論じていますが、元来日本人はスキンシップの
少ない国民であるという大前提で考える必要があります。アメリカへ行くたびに、
親子でも、夫婦でも、恋人どうしでも、実に平気にスキンシップを繰り返して
いるのには驚かされます。(日本でいう抱き癖は、たとえば親側のほうから
一方的に抱くイコール、溺愛的な抱き癖をいいます。またもともと情緒が不安定な子どもは、自
分の情緒を安定させるためにスキンシップを求めてくることもあります。)
「抱き癖」と、一言では処理できない問題を含んでいます。

★「抱き癖」がついたから自立心がないとか、そういうことにはなりません。
子どもの自立は、もっと別の角度から考え、また論じなければなりません。
それはちょうど、風邪をひいて寝ている子どもに向かって、「あなたは寝ている
から、なまけもの」というぐらい、私には乱暴な意見に聞こえます。

★子どもが求める限り、スキンシップには応じてあげる。また子どもの
情緒が不安定になっているのを感じたら、積極的に抱いたり、手をつないだり
してあげることは、満4・5歳前後まではとても重要なことです。むしろ今、
親に抱かれない子ども、スキンシップを受けつけない子どもが問題になって
います。心に何らかの大きなキズをもった子どもですが、そういう子どもは
今度は自分が親になったとき、「子どもを育てられない親」になる心配があり
ます。

★子ども自身に何らかの情緒障害があるときは、たとえば自閉症、かん黙症など、
特定の人(親など)には抱かれますが、それ以外の人には心を許さない分だけ、
人には抱かれません。保育園や幼稚園の先生が抱こうとしても、体をこわばらせて
しまいます。心が緊張状態にあるためとみます。(表情にだまされてはいけません。)

★「惜しみなく愛を与える」「惜しみなく抱く」というのが、親側の一方的な、つま
り、恩着せがましい押しつけにならないように注意してください。親の欲望を満たす
ために、一方的に「してあげる」というのは、子どもの側からみて、「いらぬおせっかい」
となりやすいですから注意してください。

 主人はそれが「『甘やかし』であり、『自立心』のない子どもになる」と言いま
す。勿論、お判りでしょうが欲しいものを全て買い与えると言う意味ではないし、
「我慢」が出来る頃になれば、色々な意味で「我慢」をさせなければいけないと
も思っています。それは「我慢」を無理に押し付けるのではなく、その時々で時
間がかかるかもしれませんが、どうして我慢をしなければならないかを教えてい
けば、ダダをこねるだけのわがままを言ったり、甘えん坊にはならないと思って
います。そして「我慢」する事から「自立心」が生まれるのではないかとも思う
のです。

★おっしゃる通りです。この点については、あなたのご主人の意見は、正しく
ありません。先ほども書きましたが、「自立」というのは、子どもに考えさえ、
行動させ、そして責任をとらせることです。同じ「甘い」と言っても、それは
「甘い(だらしない)生活規範」をいいます。そうでなければ心配はいりません。

★子どもに「がまん」させるのではなく、もしたくましく自立した子どもにしたければ、
家の中で、どんどん使うことです。家事を積極的に手伝わせます。子どもにとって
忍耐力というのは、「いやなことをする力」のことをいいます。台所の生ゴミを
手で始末するとか、そういうことです。もちろんほしいものをどんどん買い与える
というのは、ここでいう「甘い生活規範」になりますから、それは避けます。

 主人は子どもが一人でいい子にして遊んでいる時に、中途半端に遊んで自分の都
合で寝かせ、子どもがもっと遊んで欲しいと泣き、私が相手をしようとすると子ども
に「泣くな」と言い、私に「ほってほけ」「我慢させろ」と言います。子どもにし
てみれば自分が悪くないのに怒られている訳で、それなら最初から一人で遊んで
いる子どもに構って欲しくないし、「泣くな」でなく「お父さんは○○しないとい
けないから、いい子にして待っててね」と言って欲しいのです。

★こうしたケースでは、いろいろと不満がたまるかもしれませんが、100点満点を
夫に期待しないことです。「まあ、そこそこ適当に……」と考えることこそ、うまく
いくコツです。先ほども書きましたが、全体としてあなたは「よい母親であろう」とか
「よい家庭を築こう」という気負いが強過ぎるような気がします。それ自体は悪く
ないのですが、こうした気負いは、夫にしても、またあなたの子どもにしても、
かえって窮屈なものになりがちですから注意します。『子育てはまじめ七割、いいかげんさ
三割』と覚えておきます。やがて子どもは「パパはいいかげんな人だ」と思うように
なるかもしれませんが、さらにやがて、今度は子どものほうが親の操縦法を身につけ
ますから、それほどキリキリすることもないのです。子どもも、成長するということ
です。むしろ夫が子どもをあやしていたら、あなたのほうがそれを評価し、応援する
ようにしてみたらいかがですか。

 さらに、抱っこしても泣き止まない子どもに「こら!泣くな」と(主人は怒って
ないと言うのですが)怒ります。その前に、なぜ泣くかを考えてその原因を取り
除いてやって欲しいと思うのです。

★わかります。あなたは心のやさしい人で、子どもの心を理解しようとしています。
一方的に自分の考えを押しつけることを、「親意識」といいます。日本人は、
この親意識が強い民族です。長く続いた封建制度が、こうした親意識を生み出し
ました。今はその過渡期かもしれません。あなたの夫にも、「私は親だ」「父親は
権威だ」と意識がまだ残っているのかもしれません。あなたは妻として、そういう
夫をよく観察してみてください。あなたの夫の中に、「日本文化論」を発見できる
かもしれませんよ。(もっともこの問題は、そうは簡単には解決しません。あなたが
夫をさとしたところで、夫自身があなたのほうがかえってまちがっていると言うのが
オチです。)

 主人はそれらを何度言っても「自立心が養われない」「甘やかしすぎだ」「今
のうちから(物欲ではなく、不安感や安らぎを)我慢をさせろ」「将来わがまま
になる」と言います。私は、子どもがわがままになるのは、心の欲求を満たさず物
欲ばかり満たした結果、子どもが心の欲求を満たしたいが為に起こす行動ではない
のかと思ってるのですが、先生はどう思われますか? 主人の言うことも間違って
いないのでしょうか?

★あなたの夫には悪いですが、あなたの夫の考え方はあまりにも短絡的で、どう
反論してよいかわからないでいます。子どもの心を大切にするということは、
甘やかすということとは別問題です。まったく別問題です。またわがままになると
ということは、「ものの考え方が退行的、享楽的、自己中心的になること」を言います。
今回の問題はまったく別です。子どもの心にしっかりと耳を傾けながら、それが
わがままなものであれば、その時点で、毅然とした態度で、突っぱねればよい
のです。わがままな子どもについては、私のサイトのあちこちで書いていますので
また参考にしてください。

 私のしている子育ては、私の両親の子育て法であり、主人の言っていることは、
主人の両親の子育て方法でもあります。主人に聞いたのですが、自身は「自立心」
「我慢」と言って心も物欲も充分に満たされる事無く、押さえつけられて育てら
れた傾向にあると私は感じました。(勿論、子どもに良かれと思った結果なのでしょ
うが……)だからとは言い切れませんが、主人はわがままで物欲が強く我慢がで
きず、どちらかと言えば依存心が強いのです。(まぁ、いい所もあるので結婚し
たのですが。)

私も全ての欲求を満たされて成長したのではなく、厳しく(時にはひどく叩かれ
ましたが、私が悪い事をした時なので虐待とは思っていません。)育てられまし
たが「だめだからだめ」ではなく、「どうしてだめか」をいつも教えられていた
ように記憶しています。私の両親の子育てにも問題のあった所も、私の短所も自
負しているつもりです。
 だからこそ、子育てについてこれらの考えにたどり着きました。

★すばらしい発見をなさいましたね。私が同じことに気づいたのは、かなり
子育てが終わってからです。あなたはたぶんまだ若いと思いますが、ここまで
自分で発見なさったということは、あなたはすばらしい母親になれる資格があり
ます。(これは本気でそう思っています。)自分の過去を知る。そして今、あなたの
子どもが、「子どもの過去」を作りつつあるということ。それに気づけば、子育て
の真髄がわかったようなものです。(私の講演を聞きにおいでになったことが
ある方でしょうか?)実際、あなたのメールを読んで、私はいろいろ教えられました
し、感動しました。特にこの部分に、です。ここまで自分に気づく親は、本当に
少ないです。たいていの親は、自分の過去に引きずられていることすら気づかない
まま、同じ失敗を繰り返すのです。

 長くなりましたが、私は「甘やかし」や「わがまま」でではなく、自分の考え
を持ち、それを実践できるように「のびのび」と育てたいと思っています。

★まさに正解です。親は子どもの前を歩く。子どものガイドとして。親は子どもの
うしろを歩く。子どもの保護者として。親は子どもの横を歩く。子そもの友として。
あえて言うなら、「よい親であろう」という気負いは少なめにして、「友」として
自分を自覚してみたらいかがでしょうか。今のままだと、子どものほうが
窒息して、明るい笑顔が消えるかもしれません。どうかご注意ください。
(ひょっとしたら、あなたは夫にも、「完ぺきな夫」をあてはめ、それを
求め過ぎているのではありませんか? 子どもがまだ小さいから神経質に
なっているのは、理解できますが、あまり神経質にならないように。子ども
自身の伸びる力を信ずることです。)

 最後になりましたが、主人子育てについてのすれ違いに心苦しくなる時もあり
ますが、子どものことに無関心ではなく、色々と考えてくれるという事に違いはな
いので、それはとても嬉しい事とも思ってもいるのです。

★前だけを見て、前に進みなさい。あなたの夫はすばらしい人です。そういう
前提で前に進みなさい。すべてを受け入れて、すべてを許して前に進みなさい。
いいですか、ニ度と「まぁ、いい所もあるので結婚したのですが……」などとは
言ってはいけませんよ。そういう迷いは、やがて大きなわだかまりになりやすい
ので注意してください。あなたはあなたの夫を心底愛して結婚したのです。そして
あなたは今の子どもを心底望んで産んだのです。あなたの「現実」をすなおに受け
入れることです。わだかまりがあるなら、子どもが小さいうちに解決しておいて
ください。これから先、何度もそのわだかまりが、顔を出し、あなたの子育てを
狂わせます。今の「現実」を前提にして、これからの結婚生活を考えます。

長くなりましたが、ここまで読んでくださいましてありがとうございました。
新しい年まで後少しですが、寒くなってまいりましたので、
お体に気をつけ、よい年をお迎え下さい。
それでは、よろしくお願い致します。
(2001年12月26日付け)

Hさんよりの返信
早速、ご意見を頂きまして、色々と考えさせられました。

 ★「惜しみなく愛を与える」「惜しみなく抱く」というのが、親側の一方的
な、つまり、恩着せがましい押しつけにならないように注意してください。

ご助言ありがとうございます。ハッとしました。
先ほどは書きませんでしたが、私は母に母の愛を「押し付け」られているように
感じている時期があり、とても苦しい時がありました。
(今はとても仲がよく、お互いに何でも話し合える母子です。)
「子供の為に」と気負わないように自然体で、子供に接しようと思いました。

 あなたの夫にも、「私は親だ」「父親は権威だ」と意識がまだ残っているのかもしれません

主人自身そういう家庭で育ったのだから、そうなのだと思います。
この点は、おっしゃる通り今すぐにどうこうなるものではないので、
その時に出来る事を、苦痛でない範囲で手伝ってもらうようにしています。
そして、私は感謝の意をこめて「ありがとう」と言うように心がけています。

 あなたの夫には悪いですが、あなたの夫の考え方はあまりにも短絡的で、どう
 反論してよいかわからないでいます。子どもの心を大切にするということは、
 甘やかすということとは別問題です。まったく別問題です。

だから、私は先生に「押し付けでは?」と感じさせるぐらい、
「しなければ」と言う意識が強くなるのかもしれません。

(ひょっとしたら、あなたは夫にも、「完ぺきな夫」をあてはめ、それを
 求め過ぎているのではありませんか? 子どもがまだ小さいから神経質に
 なっているのは、理解できますが、あまり神経質にならないように。子ども
 自身の伸びる力を信ずることです。)

子供が生まれてすぐは、確かに私の理想「こうでなければならない」
「そうであって欲しい」を押し付けており、また主人はそれに
反発ばかりしていました。母の助言もあり私は押し付ける事
(反発された事に反発していました。)をやめました。
もしかしたら、主人が一歩引いてくれていたのかもしれませんが・・
今までの反発がなくなり、協力的になってくれました。

 「まぁ、いい所もあるので結婚したのですが……」

書き方が悪かったですね。すみません。
「悪いところばかりではない」→「いい所も沢山ある」という事を
伝えたかったのです。夫婦間のわだかまりと言うのはありません。
子育てのこともそうですが、私たちは何でも話し、また多くの意見交換をします。
だから、今回のようなすぐには解決の出来ない意見の違いも
多くあるのだと思います。
 そしてなにより、たまに言う親の無理や不愉快さから子供が主人を
嫌いにならないかと心配だったのです。
(いつもの楽しいことよりもたまにある嫌なことの方を
よく覚えていたりするので)

 主人の言っている事、している事は前回にも書いた通りですが、
それはいつもいつもではないんです。
彼は自分の思い通り(例えば、早く寝て欲しいのに寝てくれない。
子供が泣くので食事の準備が進まない、ゆっくり食事が出来ないなど)に
ならなかったりすると、自分より子供を相手にする私にムッとし、
その時に、色々なことを言うのです。
本気で言っているのかどうかは私には判りません。
(主人はしばしば思ってもないことを言ったと反省してますが、
私は心の中にない言葉は、口から出てくる事は口をついて出てこないだろう
と思っているからです。)そうは言っていても、私がどうしても
手が離せない時など抱く事ができない時は頼まなくても
主人が飛んでいって相手をしてくれています。
 そして、私が子供の相手をする事にその時は怒っていますが、
無理に止めさせたり、次の日に同じ事で怒ると言ったことはあまりないのです。
その都度冷静になった時に、反省をしているのかもしれません。

 前回、この事を書かなかったのは、主人の言っている事の中にもしかしたら
正しいことがあるのではないか?また、主人に「それは違うよ。」と
説明するときに、私の考えを押し付けて(主人には「押し付け」に感じる
だろうと言う意味です。)いいのかと疑問に思ったからで、
気になる事だけを書かせてもらいました。

 子供と一緒に遊び、嬉しそうに笑っている父子を見ると、
たまに無茶を言い、子供のような主人は、少しずつですが「父親」に
なっているのだと私はしみじみと思い、幸せを感じています。

 私の考え、主人の考えをお互いの父母からでなく、
第3者からの意見を聞いてみたいと常々考えている中、
時間がある時にインターネットで育児サイトを覗き、
皆さんがどういう考えで、子供とどう接しているかを見ていました。
 それと同時に専門家の方はどういう事をおっしゃっているのか、
知りたくもあり、たまたま覗いたメールマガジン発行サイトで
先生の事を知り、是非ご意見を頂きたいと思った次第です。
 そして、色々なご指摘やご助言を頂きまして、ありがとうございます。
心の中の疑問や迷いでモヤモヤしていた部分がスッと晴れたような気分です。
これからも、よろしくお願い致します。

追伸:また長々と書いてしまいました。
   (文章が下手なので恥ずかしいですが・・・)
   こんな私の考えでよければ掲載して下さい。


************************************


Q:娘夫婦には3歳になる女の子がいますが、借金や主人の浮気問題を抱えているため、家庭
が不和で、孫娘が保育所や家で危険メッセージを発するようになりました。極端に食事を嫌が
ったり、保育所の先生を独占して団体行動がとれなくなったり、迎えにきた母親の事や、帰宅
を拒否します。保育所は大好きです。私は職業上(心理カウンセラー)娘にアドバイスを様々な
形でしてはいますが、根本的に大きな問題があります。それは、孫娘がダウン症で、言語発育
が不全なのです。情緒面や理解力や知的レベルは健常児に近く(簡単な会話は手話で出来る
ので)苦労は少ないのですが、ストレスがたまると暴れだす時もあります。こういう場合にカウン
セリング的関わりがどの程度有効なのか全く見当がつきません。解決のためのアドバイスを頂
きたいのですが。(徳島県Sより)

A:どうにかなる問題と、どうにもならない問題にはっきりと、二つに分けてみましょう。娘さん夫
婦の問題は、そのどちらですか。借金や浮気を乗り越えて、「夫婦」が成り立つ状態でしょう
か。それとももう危機的な状況でしょうか。しかしこの問題は、娘さんが結論を出し、親はそれ
を信頼し支持するしかないでしようね。今は、そういう形の離婚も多いし、離婚そのものが、問
題という時代ではありません。この問題は、娘さんの結論を、しんぼう強く待つしかないでしょう
ね。親としては苦しいでしょうが、ここは待つしかないでしょうね。あれこれ指示を出すのは、こ
の種の問題ではタブーかもしれません。
 
お孫さんの情緒の乱れは、家庭環境(騒動?)が原因だとするなら、そういう騒動から切り離す
ことは一つの選択肢でしょうね。しかし多かれ少なかれ、皆さん、同じような問題をかかえてい
ますので、「うちだけが……」とは、思わないでくださいね。
 
ダウン症のお孫さんについては、まったく問題はないわけですから、問題としないことです。もう
すでに受け入れておられるご様子ですので、気にしないで、前向きに考えられればいいのでは
ないでしょうか。その話とは別に、ストレスがたまると暴れるのは、かんしゃく発作をまず疑って
みます。私のHPのどこかにかんしゃく発作について書いたところがあります。またよろしかった
ら、ご覧になってください。(ほかに特に呼んでいただきたいのが、トップページから、「心のオア
シス」です。)
 
私もにっちもさっちもいかない問題をかかえたとき、一人の友人が、こう助けてくれました。「何
でもありのままを隠さず話す友人をつくれ。ぼくがその友人になってあげる」と。私はその友人
にすべてを話すことで、かなり助かりました。そしてそれまで問題だと思っていたことが、実は
何でもないささいなことだと知らされました。
 
娘さんとの信頼関係は、じゅうぶんありますか? もしあるなら、今、Sさんがかかえておられる
問題は何でもない問題ですよ。しかし娘さんとの間に、亀裂や断絶があると、結局は苦しむの
は、Sさんご自身かもしれませんね。娘さんは、やさしい言葉を、かけてくれますか。私はそう望
んでいます。そういう人間関係があれば、どんな苦労も乗り越えられますよね。
 
お孫さんの話に戻りますが、帰宅拒否、嫌悪症、摂食障害など、いろいろな神経症を表してい
るので、全体として、愛情不足を疑って、濃厚な愛情、安心できる人間関係を用意するしかな
いでしょう。その役をSさん自身がすることができませんか。6歳になるまで(中間反抗期を終
え、少女期へ入るまで)のことですから、それほど長くなくてもいいのです。あと2〜3年ですか
ら。6歳を過ぎると精神的にも落ち着いてきますので、それからはどうこうなるということは、心
配しなくてもいいでしょう。私も父が酒乱で、祖父が父親がわりをしてくれました。(まがりなりに
も、まあまあの人間になれました?が……) 
 
今、娘さんは、Sさんの理解と心の支えを、一番求めているでしょうね。「おまえが結論を出せ。
どんな結論であるにせよ、私たちは最後までおまえを信じ、おまえを支える」と言ってあげたら
どうでしょうか。「こうしろ、ああしろ」とは言わないように。またどんな結論でも、それについて批
判したりしないように。こういうとき親がすべきことは、「許して忘れる」ですね。私はそうしてきま
した。あとはあきらめ、前向きに進みましょう。「谷があるから山がある」とか、「どんな雲にも、
銀色の縁取りがある」とか、おなぐさめする言葉はたくさんありますが、しかしこれらの言葉は、
娘さんのご家庭の問題に対してではなく、Sさんご自身への言葉だと思ってください。晴れない
心。ふさいだ心。ゆううつな心。何をしても泣きたくなるような心。夜も眠られない。朝起きたと
き、一瞬静かな静寂を感じ、「ああ、こんな心もあったのか」と驚く……。私もそうでした。多分、
Sさんもそうではないでしょうか。あるいは私のようにうつ病でなければ幸いです。(私はうつ病
になってしまいましたよ。)もし心労が続くようでしたら、どうかSさんご自身の健康を大切になさ
ってください。しかしね、私も自分で、そういう経験をして、はじめて他人の苦しみを理解できる
ようになりました。今、Sさんのお気持ちがよく理解できるのは、そのためです。心理カウンセラ
ーだということですので、こう考えてはどうでようか。「今、私は娘に教えられている」と。私は息
子たちが問題をもちこむたびに、そう思って試練を乗り越えました。(私の場合は、ものを書くこ
とで、自分の悲しみを燃焼させることができました。)
 
Sさんも、この問題を乗り越えられたとき、私など足元にもおよばないほど、すばらしいカウンセ
ラーになっておられることと思います。いっしょに、乗り越えましょう。すでにSさんがお気づきの
ように、今、娘さん夫婦がかかえておられる問題など、なんでもないのです。何が問題だという
のですか。離婚するのもよし。お孫さんを預かるのもよし。世の中ではいくらでもある話ですし
ね。結婚に「形」などないし、「人生」に形などないのです。
 
一つ心配なのは、娘さんとSさんとの関係です。良好であれば、問題はないのですが……。第
一に修復すべきは、娘さんとの人間関係でしょうね。決して娘さんを責めたり、追い詰めたりし
ないように。しても無駄ですが、こういうケースでは、そういうことをすると、関係を決定的に破
壊しますし、破壊されると、その後、Sさんの苦労が、数万倍になってしまいます。心労がSさん
を押しつぶしてしまいます。しかし娘さんが、Sさんを信頼し、Sさんが娘さんを信頼していれば、
苦労が苦労でなくなってしまうはずです。「楽しく、この困難なときを乗り越えようね」とです。私
が一番気がかりなのはこの点です。できの悪い子どもほどかわいいと、昔から言いますが、そ
んなできの悪い子どもでも、「お父さん!」と言って胸に飛び込んできてくれれば、親の苦労な
ど吹き飛んでしまうということです。そのためにも、もし私にアドバイスできることがあるとすれ
ば、問題はこの一点です。「どうかお嬢さんを大切に。お嬢さんの心を大切に。お嬢さんを信
じ、支えてあげてください」です。ほかの問題は、すべて何でもない、よくある問題です。あとは
自然に解決する問題ばかりです。深刻に考えないように。すてきなお孫さんの笑顔が想像でき
ます。その笑顔を大切に。
 
とても私のような弱輩がアドバイスできるような方ではないように、お見受けしました。失礼が
多々あると思いますが、どうかお許しください。私でよければ、また何でも話してください。あな
たの友になります。喜んで……。
 
では。ツクツクボーシが目の前の栗の木の中でなき始めました。今日は浜北市で講演をしてき
て、ほどよい疲れが
気持ちいいです。では……。


Q:人前で叱るなと、はやしは言うが……

A:子どもを叱るときは、人のいないところで……は、大原則です。それは子どもの自尊心を守
るためです。しかしその自尊心をキズつける心配のないときは、人前でも構わないことは言うま
でもありません。たとえば散らかしなどは、皆の前で叱っても、子どもの自尊心をキズつけると
いうことはありません。
 子どもの自尊心をキズつけるときというのは、たとえば、子ども自身が、誇りに思っていること
や、あるいは子どもの人格そのものを攻撃するようなときです。これを私は「格攻撃」と言って
います。たとえば「あなたはやっぱりダメな子ね」式の叱り方がそれに当たります。こういう格攻
撃はしてはいけません。これは子どもを指導するときの、大原則です。


Q: 学校の先生から呼び出しを受け、うちの子(小4女子)が、ほかのお子さんをいじめている
とのこと。あわててしまいました。

A: こういうケースでは、こちら側の正当性を主張しても意味はありません。いじめる側(加害者
側)といじめを訴える側(被害者側)の意識の差はたいへん大きく、あくまでも相手のお子さん
の立場になって考えてあげることこそ、重要です。おとなの世界ならともかくも、子どもの世界で
は、「親は、負けるが勝ち」です。先生の話をしっかりと聞き、相手のお子さんの立場で考え、
低姿勢で対処します。そして自分の子どもに向かっては、頭から叱ったりせず、言い分にはじ
ゅうぶん耳を傾けながらも、親として言うべきことは繰り返し言います。「いじめ」と言っても、い
じめる側にはその意識がないのが、ほとんでです。おもしろ半分に言ったり、したことが、相手
をキズつけているケースがほとんどと言ってよいでしょう。あなたにとって重要なことは、子ども
たちが、「学校」という世界で、互いに仲良く楽しく過ごせるような環境を用意してあげることで
す。そのため、親の主張はひかえます。


Q: 子どもをたくましい子どもにしたいが、どうすればいいですか。

A: フロイトは自我論の中で、「たくましさ」について、説明しています。それを子どもにあては
めて考えてみると、こうなります。
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               自我が強い子ども      自我が弱い子ども
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー  
行動能力       ものごとに攻撃的        ものごとに防衛的
             「やる」「したい」と言う      「いや」「つまらない」と言う
現実感覚       現実感が強い          空想の世界に逃げることが多い
             頼れるのは自分と考える    神秘的なものにあこがれる
趣味の方向性    将来に向かって展望をもつ  その場だけのせつな的な喜びを求める
             創造的              逃避的
衝動的行為      自己制御ができる       がまんができない
             自制心が強い          自制心が弱い
             善悪にしたがって行動する  善悪の判断が甘く、悪に流されやすい
 原稿の一部は、中日新聞のコラムに書いておきましたので、参考にしてください。
                    中日新聞 をクリック   



一つの離婚

 最近、知人夫婦が、離婚した。前から家の中はメチャメチャだと聞いていたが、(そう言っていたのは、ワイフだが)、現実にそうなると、「どうして?」と思ってしまう。夫は、開業医。妻は、東京の有名私大を出た、才女。実家の父親も、神奈川県で開業医をしているという。私たち夫婦からすれば、雲の上の人たちということになる。

 離婚した理由はわからないが、ワイフはこう言った。「奥さんは、熱心なK教団の信者よ」と。私は瞬間、壮絶な家庭内宗教戦争を想像した。が、宗教戦争が離婚をもたらしたと考えるのは正しくない。こういうケースでは、何かほかに原因があって、妻が、信仰の世界に身を寄せたと考えるほうが正しい。人は不幸になると、それがどんなタイプの不幸であれ、心に透き間ができる。その透き間を埋めるために、人は信仰に走る。……のめりこむ。こう決めてかかるのは、信仰をしている人たちには失礼な言い方になるかもしれないが、心の透き間というのは、そういうもの。私は「心のエアーポケット」と呼んでいる。このエアーポケットは、だれにでもある。しかしふだんは、その人の理性や知性で、窓を閉じているが、ふとしたきっかけで開くことがある。

 いや、信仰が悪いと言うのではない。それぞれの道を極めるために、信仰の世界に入る人も多い。しかし個人信仰と、組織信仰とは区別しなければならない。本来、信仰というのは、どこまでも心の問題。心の問題だから、その人個人の問題ということになる。が、時として、その信仰が、組織に組み込まれ、その組織に利用されることがある。そしていつの間にか、反社会的な行動をしながら、その反社会性にすら、気づかなくなるときがある。そのため日本以外の先進国では、宗教団体による政治活動はもちろんのこと、営利活動すら法律によって禁止しているところが多い。
 その組織信仰かどうかは、簡単な方法で見分けられる。その組織や組織の指導者を批判してみればよい。組織信仰をしている人は、組織あっての信者と徹底的に洗脳されれているから、それに猛烈に反発する。そうでない信者は、組織そのものをもっていない。たとえば私の実家は、真言宗大谷派だが、私の母も、家族も、現在の「長」がだれであるですら知らない。法事のときは、所属する寺の僧侶の悪口を言いあって楽しんでいる。

 さて先の知人に話をもどす。その知人の家庭には、何か大きな問題が起きたらしい。そこでその妻は、必死になって、つまり彼女なりのやり方で、家族をたてなおそうとした。K教団に救いを求めたとしたら、それはあくまでも、その結果でしかない。が、夫婦で違う宗教を信ずるのは、決定的にまずい。とくにK教団にように、ほかのあらゆる思想を否定するような急進的な教団は、まずい。妻がその信仰にのめり込めばのめり込むほど、夫の思想だけではなく、人格をも否定するようになる。そうなると、もう行きつく先は見えている。

 私はよく考える。宗教は心を救うか、と。いや、もちろん私にも信仰心は、ある。最初にそれを自覚したのは、昔、学生時代、満天の星空を見たときだ。私はその美しさに圧倒されて、ただただ涙をこぼした。それ以前にも、何かにつけて、自分の信ずる神や仏に祈ったことはある。しかしそうした自分なりの祈り方が、決定的に変わったのは、「サダコ」(原爆の少女「偵子」、広島の平和記念公園の銅像になったモデル)という本を読んだときのことだ。英訳本だったが、私は一ページ読むごとに目が涙であふれ、ときにはもうそれ以上、読むことができなくなってしまった。「こんなにも熱心に、神に祈った人がいる」「こんなにも強く、神の力を必要とした人がいる」と。そう思ったとたん、もう自分のために、祈ることができなくなってしまった。
 いや、今でもときどき、ふと油断をすると、自分のために何かを祈ろうとするときがある。しかし別の心が、それを止める。「お前より、もっと神や仏の力を必要としている人がいる。お前はそれ以上、何を望むのか」と。あるいは「神や仏に、スーパーパワーがあるとするならば、そのパワーは、私のためではなく、もっとその力を必要とする人のために使ってほしい」と。
 私は凡人だから、他人のために祈るというようなことまでは、まだできない。しかし少なくとも、その「サダコ」を読んでからというもの、自分のために祈ることはやめた。仮に明日、死を宣告されても、私は祈らない。私は今まで、じゅうぶん健康だったし、すばらしい家族に恵まれたし、人生も半世紀を生きることができた。貧乏は貧乏のままだったが、しかし経済的に苦労したことはない。山荘をもつという夢も実現した。私はそれ以上、人として、何を望むのか。

 知人夫婦は、ともかくも離婚した。男の子(高三)と女の子(中三)の二人の子どもがいたが、男の子は父親が引き取り、女の子は母親が引き取った。聞くところによると、妻は神奈川県の実家に帰り、ますます熱心なK教団の信者となり、毎日、毎晩、不況活動に専念しているという。夫のほうには、もう再婚話がもちあがっているという。相手は、その医院に勤めていた看護婦だという。ワイフから話を聞くたびに、私は、「なるほど……」と、へんに納得させられている。
(02−8−14)※