1学期の授業録


使用教科書/『高等学校 世界史A』清水書院 (清水・世A003)
副教材/『地歴高等地図・最新版』帝国書院 (帝国・地図599)

第1回 カレンダーから世界の文化をみる〜オリエンテーション〜
世界史Aでは、細かい年号よりも○世紀という表現が多く出てくるので、「世紀」の考え方を説明した。イエスの誕生を基準とした西暦は万国共通の表現なのかを検証した。仏教、イスラームなどそれぞれの文化によっていろいろな表現があるんですね。その後、授業の方針(評価の方法)を発表。授業は講義形式を基本とするが、ノートに資料プリントを切り貼りしながら進めるので、毎時間、ノリとハサミを忘れずに!
第2回 生き残りをかけたサルの選択〜人類誕生〜
ヒトとサルとを分けるものは、直立二足歩行である。今からおよそ500万年前にそれを始めるのだが、なぜ直立二足歩行をし始めたのだろうか?それは、地球全体の環境変動によるところが大きい。その新しい環境に対応し、生き残るためのギリギリの選択として、私たちの祖先は直立二足歩行を始めたのだ。そして、直立二足歩行を始めたグループが、ヒトへと進化を遂げたのである。

埴原和郎『人類の進化 試練と淘汰の道のり』(講談社)、埴原和郎『日本人の顔 小顔・美人顔は進化なのか』(講談社)、原島博『顔学への招待』(岩波書店)

第3回 黄河と長江のめぐみ〜中国文明の成立〜
静岡県には弥生時代中〜末期の登呂遺跡がある。登呂遺跡はコメ作りで知られる。さて、今でも日本列島に住む多くの人びとの主食となっているコメはいつごろ、どこで作られ始めたのか。そして、コメ作りは社会をどのように変えたのか。この問題を考える。コメ作りの起源は諸説あったが、長江中下流域が有力となっている。

佐藤洋一郎「稲と稲作の始まり」『米と日本人』(静岡新聞社)、藤原宏志『稲作の起源を探る』(岩波新書)、『季刊 静岡の文化 第80号』((財)静岡県文化財団)、静岡市教育委員会『登呂遺跡発見50周年記念報告 登呂遺跡を見つめて』

第4回 始皇帝の地下帝国〜秦漢帝国の支配体制〜
1974年、井戸を掘っていた農民が、大きい陶製の人形を掘り出した。その後、それが大量にあることが分かり、まさに「地下帝国」といっていいような状況である。これらは兵馬俑とよばれる。誰がこのようなものをつくったのか?秦の始皇帝は、大規模な公共事業を行い、さらに人びとを法でしばった。こうした支配の仕方に対して、始皇帝の死の直後、農民反乱がおこった。そして、農民出身であった劉邦が楚の名族出身の項羽を破り、漢を建てた。皇帝となった劉邦は、人びとに「休養」を与える政策をとっていった。それは始皇帝の支配の仕方と全く対照的なものであった。これが400年も続く漢王朝の基礎になっていくのである。

尾形勇・平勢隆郎『世界の歴史A 中華文明の誕生』(中央公論社)、鶴間和幸『中国の歴史03 ファーストエンペラーの遺産』(講談社)、西嶋定生「皇帝支配の成立」『岩波講座世界歴史4』(岩波書店)

第5回 馬駆ける内陸アジア〜遊牧国家の成長〜
いつのころから、どのようにして、人は、馬を飼い慣らすようになったのだろうか。もちろん羊、豚、牛なども家畜である。しかし、その役割は狭く限られている。しかし、馬は人間社会のなかで、さまざまな役割を担わされてきた。そして東アジア世界に馬を操って国家をつくった人びとがいた。それが匈奴である。

本村凌二『馬の世界史』(講談社現代新書)

第6回 必死のイス取りゲーム〜隋・唐帝国〜
753年の正月、唐の玄宗肯定が主催した新年の祝賀行事で新羅と日本とが席次をめぐって争う「事件」がおきた。日本の遣唐使節が猛烈な抗議を行なった。なぜ日本は抗議したのか?また、なぜ唐はあのような席次にしたのか?唐、新羅、日本の関係を≪冊封≫と≪朝貢≫をキーワードにしながら、考えていく。その後、唐の衰退にともなって、東アジアでは諸民族が独自の文化を形成していく。

大阪府高等学校社会科研究会WEB、『新日本古典文学大系 続日本紀 三』(岩波書店)、『朝日百科 日本の歴史別冊 歴史を読みなおすC遣唐使船 東アジアのなかで』(朝日新聞社)、森公章『「白村江」以後』(講談社選書メチエ)、吉田孝『日本の誕生』(岩波新書)

第7回 試験地獄、官僚天国〜宋代の中国社会〜
隋の時代から始まり、宋の時代に形が整った科挙制度について学習した。なぜカンニングまでして官僚になろうとしたのか?中国では科挙は廃止されたものの、日本では現在も「科挙」を行なっており、公務員の不祥事が相次ぐなどの制度疲労をおこしている。

宮崎市定『科挙 中国の試験地獄』(中公新書)

第8回 世界史が世界史になるとき〜モンゴル帝国〜
「モンゴル」と言えば、「侵略者」「破壊者」というイメージがつきまとう。しかし、モンゴル諸部族が草原地帯に少人数集団で暮らし始めたときから、モンゴルの人びとは平和・安全を求めていた。そういった人びとの要求をまとめたのが、テムジン(チンギス・ハーン)である。そしてモンゴル帝国の時代に、東西の人・モノ・文化が行き交い、ユーラシア大交流圏が成立した。ようやく世界史が単なる「地域史」ではなく「世界史」となる。

杉山正明・北川誠一『世界の歴史H大モンゴルの時代』(中央公論社)、本村凌二『馬の世界史』(講談社現代新書)、上田信「高原から海洋へ」『NHK高校講座 世界史』(2004年度放送)

第9回 なぞ多き都市文明〜古代インド文明〜
前半は、テストについての説明。最初のテストなので、細かく説明した。
後半、古代インド文明を概観する。インド世界は、南を海、北をヒマラヤ山脈で囲まれた閉じた世界である。とくにガンジス川流域はその傾向が強く、「インド的世界」が展開する。一方、インダス川流域は、それなりに開かれた世界で、早くから文明が発達する。それがインダス文明である。印章などの出土からメソポタミアとの交流も指摘されている。しかし文字が未解読であるため、インダス文明の詳細はよくわかっていない。

山崎元一『世界の歴史B 古代インドの文明と社会』(中央公論社)

中間テスト
第10回 テスト返却、授業アンケート実施
第11回 武力から「ダルマ」へ〜マウリヤ朝のアショカ王〜
インドの国旗の中央には法輪が描かれている。これは「永遠の真理・正義」を表している。これはアショカ王の石柱費に由来する。アショカ王はどのように人びとを統治しようとしたのか、その変化をみた。アショカ王は当初、暴君として登場するが、カリンガ国征服をきっかけに「ダルマ」による統治を行なうようになった。アショカ王亡き後50年にしてマウリヤ朝は崩壊し、「ダルマ」による政治は終わったが、王の理想は2200年後のインドでよみがえる。それがインドの国旗である。

水島司「アショーカ王と帝国〜古代インド〜」『NHK高校講座 世界史』(2004年度放送)、山崎元一『世界の歴史B 古代インドの文明と社会』(中央公論社)

第12回 アンコール・ワットへの道〜東南アジア文明〜
アンコール・ワットには、そこを訪れた日本人の落書きがある。そのなかでもよく知られているのは、江戸時代の森本右近太夫のものである。彼は何を思い、アンコール・ワットを訪れたのか、そしてアンコール・ワットはどのようにしてつくられたのかを考えた。近世初期、日本人は東南アジア各地に日本町を形成した。静岡市出身の山田長政はよく知られている。その後、江戸幕府は鎖国令を出し、森本は外国渡航歴を隠しつつ、1674年ひっそりと亡くなった。

石澤良昭・生田滋『世界の歴史L 東南アジアの伝統と発展』(中央公論社)、櫻井由躬雄「大建築の時代〜11・12世紀の東南アジア〜」『NHK教育 歴史でみる世界』(2001年度放送)、静岡県日本史教育研究会『静岡の歴史百話』(山川出版社)

第13回 森林伐採の末に…〜メソポタミア文明〜
中東、レバノン共和国の国旗の中央にはレバノン杉が描かれている。かつてメソポタミアにはわんさとこの木はあった。しかし、シュメール人による都市国家の形成、小麦の生産、そしてフェニキア人による海上交易によって、大量にレバノン杉が伐採された。それは『ギルガメシュ叙事詩』に暗示的に描かれている。結果、メソポタミアの文明は滅んだ。現在、世界各地でおこる森林伐採は、人間社会に何をもたらすのであろうか。

大久保桂子「船でたどる世界史〜時空を超えてA〜」『NHK教育 世界史』(2004年度放送)、本村凌二「文字の誕生からアルファベットへ〜古代オリエント・ギリシア〜」『NHK教育 世界史』(2004年度放送)、安田喜憲『森を守る文明 支配する文明』(PHP新書)、外務省web、JT delight world web

第14回 ファラオの宗教改革〜エジプト文明〜
ツタンカーメンの黄金のマスクはよく知られている。しかし、ツタンカーメン当人となると「?」である。ツタンカーメンを題材として、古代エジプト史を概観する。新王国時代、アメン・ラー神官団の排除をねらったアメンホテプ4世は大胆な宗教改革を実行した。多神教の世界であるエジプトにおいて、唯一神アトンを創造したのである。しかし彼の死後、排除されていたアメン・ラー神官団は自らの勢力回復のために動きはじめる。その中で若きツタンカーメンはファラオとなる。

大貫良夫・前川和也・渡辺和子・屋形禎亮『人類の起源と古代オリエント』(中央公論社)、増田義郎・吉村作治『インカとエジプト』(岩波新書)、吉村作治『吉村作治の古代エジプト講義録(下)』(講談社)

第15回 「文明の共存」を目指して〜イスラーム世界の形成〜
イスラームは、いま、他の宗教との間でいくつかの問題をかかえている。しかし一方で、私たちはイスラームについてよく知っているのだろうか?誤解はないのだろうか?さまざまな考え方をもつ人びとが共存する道はないのか?を考えた。まずはイスラームの実践をみた。その上で、イスラームの人びとが他宗教の人びとをどのように認識しているのかを確認した。実はそこに共存する道があるような気がする。

林佳代子「ムハンマドと新秩序〜イスラーム国家の成立〜」『NHK教育 世界史』(2004年度放送)

第16回 アテネの女性たち〜ギリシア文明〜
アテネ・オリンピックから1年が過ぎた。1896年、アテネで近代オリンピックが始まったのは、古代ギリシアでオリンピックが行われていたからである。この古代オリンピックを通じて、ギリシア文明を透かしてみる。古代オリンピックでは女性と奴隷が排除されていたが、それはオリンピックだけのことではなかった。政治においても同じであった。それを哲学者プラトンは「理想の国家」と考え、アリストファネスは批判した。

桜井万里子・本村凌二『世界の歴史A ギリシアとローマ』(中央公論社)、歴史教育者協議会編『100問100答 世界の歴史』(河出書房新社)、歴史教育者協議会編集『歴史地理教育実践選集 第31巻 世界の歴史と現代 ヨーロッパ』(新興出版社)

第17回 ポンペイ社会の光と影@〜古代ローマ〜
ナポリから30分ほどしたところにポンペイという観光地がある。そこは街全体がいわば「タイムカプセル」となり、現代の私たちに古代ローマ社会の豊かさを伝えてくれる。しかし、その一方で、深刻な事態が進行していた。つまり、ローマ皇帝が市民の支持を得、自らの権威を維持するために過剰なまでの市民サービスを行なっていたのである。その結果、財政難となり、ローマ帝国は衰退していった。これは現代日本にもそっくりそのままあてはまる。選挙民の支持を得るために、不要な公共事業(道路・空港建設)を展開した。その結果、日本は財政難。日本はローマ帝国と同じ道を歩むのか?

桜井万里子・本村凌二『世界の歴史A ギリシアとローマ』(中央公論社)、本村凌二「豊かなるポンペイ社会〜ローマ帝国〜」『NHK教育 世界史』(2004年度放送)、「五賢帝の時代〜ローマ帝国と地中海世界〜」『NHK教育 歴史でみる世界』(2001年度放送)、『世界遺産 ポンペイ展』(朝日新聞)

第18回 ポンペイ社会の光と影A〜古代ローマ〜
少々時間があったので、VTRをみた。ただし、M科、E科、K科のみ。使用VTRは、NHKスペシャル『ローマ帝国 第2集 一万人が残した落書き ポンペイ・帝国繁栄の光と影』(30分)、地球時間『ローマの決闘・コロッセウムのグラデュエーター』(15分)の2本。
第19回 中国からやってきた「脅威」〜西ヨーロッパ世界の形成〜
375年、西ゴート族がローマ帝国領内に移動した。これをきっかけに次々とゲルマン人がローマ帝国内に入り、国を建てた。ただし、従来考えられてきたほど、暴力的なものではなかったようである。では、なぜゲルマン人は移動し始めたのか?その原因を探ると、中国・漢と隣接民族の匈奴との対立に由来しているという説がある。東アジアでの動向がヨーロッパ中世の始まるきっかけとなるなんて、ダイナミックな話ですね。

本村凌二『馬の世界史』(講談社現代新書)、増田四郎『ヨーロッパとは何か』(岩波新書)、宮崎正勝『グローバル時代の世界史の読み方』(吉川弘文館)

第20回 夏期課題について
今年もこの季節がやってきました。夏期課題の季節。「戦争展」を見にいこう!という課題です。今年は戦後60周年ですからね。詳細は別のページで。力作を待っています!
期末テスト

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