静岡県御前崎,相良海岸および大井川港周辺海岸巡検記
 

 
 
1建設省土木研究所河川部長
2東海大学大学院海洋学研究科
3パシフィックコンサルタンツ(株)
4東京大学大学院総合文化研究科広域システム科学科助手
5海岸研究室(有)
6東京大学大学院総合文化研究科広域システム科学科
 
 
1. まえがき
 1998年10月17日,静岡県相良町商工会主催のオーシャンセミナーが相良町で開催された.このセミナーは,相良町周辺の住民,海岸・港湾・河川の管理者,学識経験者,地元サーファー,赤ウミガメの保護活動に取り組む人々,海釣り愛好会の人々,さらには東海大学海洋学部の学生など,様々な分野の人々が個人の資格で自由に参加して意見交換を行う場として設定された.そして海に関心がある人々が,将来の相良の海や海岸の姿について真剣に話し合うことを目的とした.セミナーでは,討論会に先だってバス3台に分乗して折からの台風10号に伴う豪雨の中,静波海岸から相良海岸までの海岸巡検を行った.また,セミナー終了後,台風一過の晴天に恵まれた10月18日には,御前崎から駿河海岸までの広い範囲の海岸現地踏査を行った.この現地踏査は10月17日と異なって小人数で行われたために,大部分のセミナー参加者には現地踏査の模様は分からず,そのためセミナー参加者から現地踏査の状況を教えて欲しいとの話があった.そこで,ここでは現地踏査時の写真をもとに現地踏査結果について述べることにする.以下では,御前崎,相良須々木海岸,相良港平田地区,静波海岸,大井川港南防波堤と駿河海岸での現地踏査結果を要約する.
 
2. 駿河湾西岸における現地踏査地域の概要
 駿河湾は南に湾口を有し,太平洋に面した急深な湾である.この湾の西岸が今回の現地踏査区域である.図-1には調査区域の地形図を示す.南端には御前崎があり,岬の周辺は岩礁によって覆われている.踏査区域の南端が御前崎である.御前崎を回り込んだ位置には御前崎港の防波堤が伸びている.防波堤は2カ所に開口部を有するが,海岸線から防波堤の先端までの長さは2.5kmである.御前崎では,天竜川からの流出土砂が約6×104m3/yrの割合で西側から流れてきていることが明らかにされているが(宇多,1997),この沿岸漂砂が御前崎の岩礁帯を回り込んで防波堤の東側に堆積している.御前崎港の北西側約4.7kmには地頭方漁港があり,さらにその北側には海岸線に沿って全体で10基の離岸堤が設置されている.離岸堤群の北側には須々木海岸の砂浜が延びている.この砂浜は,相良港の防波堤が北上する方向の卓越漂砂を阻止しているために,防波堤の南側にほぼ安定した形で形成されている.しかし,最近では南部で侵食が進んできている.相良港の北約3.8kmには相良平田港が位置し,同様に南側に狭い砂浜を有している.相良平田港から北の勝間田川河口まで約6.6km区間では,なだらかな海岸線が続き,河口を挟んで静波海岸に至る.主な現地踏査域は以上の区域であるが,そのほか大井川河口に隣接する大井川港の南防波堤と,その北東側の駿河海岸も現地踏査区域に加えた.図-1の地形図において,相良港の防波堤の南側ではかなり広い砂浜があるのに対し,北側では狭いことから分かるように,相良付近での沿岸漂砂の卓越方向は北向きである.これは主として南東方向からの卓越波の入射に起因している.
 
3. 駿河湾西岸の各地先における海岸状況
3.1 御前崎
従来の研究により,御前崎では天竜川から流出し,遠州海岸に沿って東向きに運ばれてきた沿岸漂砂がその流下方向を変え,駿河湾内の相良海岸方面へと流れることが明らかにされている(宇多,1997).最初にこのような沿岸漂砂の流れが実際にあることを確認するために,御前崎で現地踏査を行った.写真-1は,御前崎の先端部にある斜路の西側を,そして写真-2は東側を望んで撮影したものである.この斜路は突堤と同様に海に向かって突出している.周辺の海底は岩礁である.写真-1によれば,斜路の西側では海岸護岸の前面に砂礫が堆積して小高くなっている.そのため海岸護岸は波の直接作用を受けず白く乾いている.これに対し,東側を撮影した写真-2では基盤岩が広く露出し,護岸前面に砂浜は全く存在せず,波のはい上がりによって海岸護岸ののり面が濡れている.このように斜路を挟んだ東西での海岸状況の著しい差違は,沖向きに延びた斜路が突堤と同様な沿岸漂砂阻止効果を有しており,砂礫の堆積状況や岩礁の露出状況から沿岸漂砂の方向が東向き,すなわち御前崎の先端へと向かう方向であることを示している.
御前崎の先端を駿河湾側へと回り込んだ場所では,海岸環境整備事業が行われていた.この区域は,その西側で御前崎港の防波堤が伸ばされたために,駿河湾内へと向かう約6×1043/yrの沿岸漂砂が阻止されてできた砂浜であったが,そこに突堤や離岸堤が建設されつつあった.図-2にはこの区域の詳細地形図を示す.
写真-3は,海岸環境整備区域の東側を仕切る突堤の東側に砂が堆積してできた砂浜である.この地区では,御前崎を回り込んで次々と砂が堆積するために広々とした前浜が広がっており,緩勾配の砂浜が形成されて堆積空間であることがよく分かる.バームを形成しつつ岸向きに流れた海水は,写真に示すように手前側の突堤の根固ブロックに沿うようにして海へと戻っている.写真-4は,写真-3に示す砂浜の中央部で観察されたものであり,岸向きにうち上がってきた海水の流動跡が,海浜に転がっている礫の周辺の洗掘状況と,リップルマークの状況から読みとれる.
写真-5は,現況の海岸環境整備事業区域の東端を区切る突堤と,中央突堤の間の砂浜背後に形成された小規模な池である.この池は,写真左側からの波のうちあげにともなって海水が運び込まれて形成されたものである.観察者の手前側には池に突出した地形が3組観察されるが,これは越波が岸向きに流動する際,砂州の砂を池まで運んで堆積して形成されたものである.興味深いことに,写真撮影時,写真-5の手前側から前方へと風が吹いていたために風波が発達し,これによって突出地形の沿岸漂砂下手側では写真-6に示すような小規模な砂嘴が多数形成されていた.砂嘴は手前側に伸びているが,海浜上に置いたマッチ箱付近は沿岸漂砂の供給源となっているために,浜崖の形成が進んでいる.砂嘴の周辺での堆積・侵食状況は,規模の大きな砂嘴,例えば静岡県の三保松原砂嘴で見られる現象と非常によく似ている.
海岸環境整備の行われていた区域では,写真-7に見えるように規模の大きな中央突堤が建設されていた.突堤の天端は石張り,両側面は階段であって,さらにその先には根固め石が設置されている.写真-8は,写真-7の左側を中心として再度海浜を撮影したものである.整備された階段護岸の海側には砂が堆積して前浜がかたち造られている.階段護岸のステップにもカラーブロックが使われるなど景観にも配慮がなされている.その意味では問題がないように思われるが,もともと写真-7に示す大部分の区域は御前崎を回り込んだ砂が堆積して形成された砂浜であって(旧海岸線は写真-7の前方に見える台地の近くである),その砂浜の上に盛土して用地が整備された場所であることに注意する必要がある.すなわち,御前崎を回り込んだ砂が堆積して形成された海浜を埋めて海岸環境整備が行われたのである.この結果,本来北向きに流れていくべき砂が止められた上,その砂は海浜砂として波の作用に再びさらされることがなくなったのである.
 
3.2 相良須々木海岸
図-1に示すように,相良須々木海岸は地頭方漁港の北側に延びる砂浜海岸である.この付近の海岸では,過去,御前崎まで砂浜が続いていたが,御前崎港の防波堤の建設によって駿河湾へと回り込む沿岸漂砂の供給が絶たれたため,南部では侵食が進み人工海岸化が進んできている.
写真-9,10は,図-1において地頭方漁港の北側に設置された11基の離岸堤群の北端部付近から,それぞれ南向き,北向きに海岸線を撮影したものである.写真-9に示すように直立の海岸護岸とその前面に根固工が設置されている.また沖合には離岸堤群が設置されているが,前浜の発達は悪い.北側を撮影した写真-10でも海岸護岸の直下には根固消波工が連続的に設置されており,前浜は存在しない.写真-9に示したようにこの付近には数多くの離岸堤群が設置されているが,南側からの沿岸漂砂の供給が絶たれているために,離岸堤背後における舌状砂州の発達は極めて悪い.また図-1によれば,太平洋より南東方向から入射する波は御前崎港の沖防波堤の先端をかすめるようにして入射し,その結果北側に波の回折域を造るが,離岸堤群の北端部はちょうど防波堤による波の遮蔽域の境界線付近に位置するため波高が高くなる.さらに,この海岸では上述のように沿岸漂砂の供給が絶たれており,また流入河川もないために,人工的に養浜を行う場合を除いて今後も砂浜は減ることはあっても増加することはないと言える.
須々木海岸に接近すると,写真-11に示すように須々木川河口には津波水門が造られている.津波水門は津波時に水門が下げられるように設計されているが,写真に示すように河口の右岸側から河口砂州が発達しており,砂が挟まって水門が下がらない状況にある.逆に水門を無理に下げた場合,巻き上げが難しくなり,洪水処理に問題が発生する可能性がある.この水門を側面から見たのが写真-12である.水門は海岸堤防上に造られており,その前にわずかな前浜が残されているのみである.このように汀線近傍に水門が位置し,常時の波浪の作用によって水門直下まで砂が打ち込まれることが水門内への堆砂を招いた原因である.河口に土砂が堆積しているが,このように規模の小さな河川の河口部に堆積している土砂は,ほとんどの場合海から波の作用によって運び込まれたものであることに注意すべきであろう.写真-13写真-11と同様な状況を示す.写真-12に示した水門よりわずかに北側に位置する須々木水門の状況である.この場合には左岸側に砂州が発達しており,砂州の付き方が左右逆ではあるが,河口への堆砂状況は非常によく似ている.この場合もまた河口砂州は海側から波の作用によって運び込まれたものである.須々木水門のすぐ北側では砂丘の発達が著しい.
写真-14は,須々木水門から海岸への入口で砂丘状況を撮影したものである.写真左側には密生した松林があるが,そこに右(海)側から被さるようにして飛砂が堆積し,砂丘の表面には低い植生が繁茂している.松林内では風速が急減するために,松林の前面で飛砂が堆積してこのような砂丘が形成されたと考えられる.松林内には飛砂がごくわずかしか侵入できず,その手前に大量に砂が堆積していることは興味深い.写真-14に示す砂丘上から北側に広がる須々木海岸を撮影したのが写真-15である.右側から次第に高さを増した砂丘は低い植生によって覆われたあと松林になる.この間,松林と低木林,さらには砂丘面を包絡する面が非常になだらかなことが特徴である.以上のように須々木海岸では過去には砂丘が発達する条件下にあったことは間違いない.過去にそのような条件があったとすれば,地形的改変を加えない限り,現在もまた同様な条件下にあると見るのが自然であろう.しかし,海浜地に降りると侵食を典型的に表す浜崖の形成が進んでいることが見出された.写真-16は,写真-15の位置から右側の汀線へと降りて撮影したものである.海岸線に沿って約0.8mの浜崖が形成され,後浜植生の根が多数露出している.この浜崖は沿岸方向に連続的に延びており,写真-16の北側では写真-17に示すようにさらに高さを増し,約1.2mにまで高まる.なお,写真中,砂丘上に立った人の足元位置では漂着物が一列に並んでいることから,高波浪時にはその位置まで波がうちあがったことが分かる.写真-17の位置からさらに北側では,写真-18に示すように浜崖の高さは次第に低下して約1mとなり,その先ではさらに低下していく.そして相良港の南側に隣接して設置された7基の離岸堤群の背後では,写真-19に示すように砂が緩やかに堆積してバームが形成されていた.この位置の沖合には離岸堤が設置されているが,それらの設置年は1970 年代であって,最近になって設置されたものではない.したがって写真-16,18に示した急速な浜崖形成が,離岸堤による波の遮蔽域形成に伴うものと見ることは困難である.この海岸では北向きの沿岸漂砂が卓越していることは既に述べた.図-1に示したように,相良港の南側には広い砂浜があるのに対し北側の前浜が狭いことは,北向きの沿岸漂砂の卓越を示すことは明らかである.このような沿岸漂砂の卓越条件を考慮すると,写真-16,18 に示した須々木海岸南部の広い区域での浜崖形成の原因は,北向きの沿岸漂砂によって土砂が運び去られたためと考えられる.すなわち相良港の南北で非対称形な砂浜を形成したのと同じ外力が現在もまた働いており,それによって浜崖の形成が進んだと見るべきである.このように考えたとき,最も有力なのは,相良港の防波堤先端水深は4.0m程度とそれほど深くないために,南東から高波浪が入射した時に北向きの沿岸漂砂によって防波堤の先端を回り込んで砂が流出する一方,南側からは沿岸漂砂の供給が絶たれているため沿岸漂砂の収支バランスが崩れ,須々木海岸の南部から浜崖侵食が進んだと考えるものである.この場合,南側からの砂供給は今後とも期待できないので,相良港の防波堤を越えて砂が流出すれば,須々木海岸の砂量はその分必ず減少しなければならず,したがって時間経過とともに現在浜崖侵食が進んでいる箇所ではさらに浜崖の高さが高まり,その北側の浜崖が形成されていない区域でも次第に浜崖形成が進むことになると推定される.相良海岸では冬季に東または北東の風が吹くので,一時的には逆方向の沿岸漂砂が生じることもあるが,長期的,平均的に見れば侵食傾向となることは間違いない.
 
3.3 相良港平田地区 
相良港平田地区では,既存の海岸堤防の老朽化が進んできたために,海岸堤防の緩傾斜化が図られた.この結果,写真-20のように既存の砂浜の一部分を覆うようにして緩傾斜堤が造られた.階段護岸自体は表面の仕上げも良好でよくできているが,残念ながら緩傾斜堤前面の前浜が非常に狭い.写真-21は,写真-20の前方中央に見える展望台である.石積みの展望台であって,その上部には松の植栽がなされている.展望台としてはかなりきちんと造られている印象である.
写真-22は,写真-20と逆方向に海岸堤防を撮影したものである.天端には遊歩道があり,その背後には芝張りがなされ松の植栽が施されている.これらは盛土上に造られたものであり,松の植栽より陸側にはのり面があって,堤内地側は一段低くなっている.写真-2022を見る限りにおいては,海岸環境にもよく配慮された堤防の建設がなされたように見え,実際にそれぞれの施設はかなり優れた設計がなされているように感じられる.しかし,これらの施設の前面にはごく狭い前浜があるのみである.このような形式の護岸では,自然の砂浜のかなり広い部分が人工構造物の下に埋められてしまう危険性が大きい.用地に関して厳しい制限を受けると施設が海側へと張り出し,その結果として砂浜の面積が縮小することがしばしばである.これは海岸の景観に配慮した事業と考えられるが,そのことは「自然の砂浜を守る」という行為との両立がかなり難しいことを示している.このような状況は,この海岸だけではなくわが国の他の多くの海岸で見られる共通的現象である.人の立場から見た景観や環境の保全は,多くの場合砂浜の保全とは相容れない性質を有している.
 
3.4 静波海岸
写真-23,24には静波海岸の海浜状況を示す.写真に示すように前浜幅は非常に広い.この海岸は駿河湾西部にあって唯一の緩勾配の砂浜海岸である.海浜は海水浴場として利用されるとともに,サーフィンのメッカにもなっており,多くの海岸利用者がいる.写真に見るように,写真撮影を行った1998年10月17日には,海浜に砂礫がうちあげられつつあり,新しいバームの形成が進んでいた.この海岸では,大井川が扇状地上を大きく氾濫していた当時には大井川からの直接的な土砂供給があったが,現況では大井川河口との間に吉田港があって海岸線に沿って南西方向に向かう沿岸漂砂の流れは絶たれており,同時に写真-23にも一部を示す勝間田川河口導流堤を越えて静波海岸へと流入する土砂の量も大きくないと考えられるので,静波海岸の砂量は減少も増加もしない条件にあると考えられる.
 
3.5 大井川港南防波堤と駿河海岸
大井川港の南防波堤では大井川からの流出砂礫の東側への移動が阻止されている.図-3に示すように,大井川港は大井川河口に隣接しているため,河川と港湾を仕切る南防波堤の先端まで砂礫が堆積するとともに,南防波堤の天端まで砂礫がうち上がり,防波堤を越えて航路内への土砂の落ち込みが生じている.
写真-25は,南防波堤の西側の,河口へと続く海浜状況である.現地踏査を行った1998年10月18日には台風10号に伴う降雨によって大井川では洪水が発生し,河口砂州の中央部で切れて洪水が流れていたが,大部分の洪水流は左岸側へと細長く伸びた河口砂州の北東端から流出していた.このことは,写真-25の左端近傍から洪水が海へと流入していたことを意味する.写真に示すように前浜上には高いバームが形成されるとともに,多くの流木が漂着していた.写真-25の位置からやや陸側の砂州状況を撮影したのが写真-26である.砂州上への越波が砂州上を岸向きに流れたことが砂州上に形成された縞模様から見てとれる.このようにして岸向きに進んだ流れは,砂州の岸側に形成されている池に勢いよく流入し,そこで流れのエネルギーを急速に失ったために,写真-27に示すように砂礫が安息角に近い急斜面をなして堆積している.
写真-28は,大井川港の南防波堤を先端方向に望んで撮影したものである.先端部には消波工が設置してあるが,写真左側から防波堤上へと砂礫が被ってきている.これは,防波堤の右側の海岸(大井川河口)に砂礫が堆積し,バームが形成されて海浜の標高が高まったために,防波堤上へと越波とともに砂礫が運び上げられたことを意味している.砂礫は,写真-29に示すように防波堤上を斜めに移動し,防波堤を越えて写真-29の前方に見える航路内へと落ち込んでいると推定できる.防波堤上の海水流動によって砂礫が運ばれたことは,写真の中央より左側に見えるテトラポッドの側面に洗掘が起きていることからも分かる.
写真-30は,駿河海岸の吉永放水路東側の海岸状況である.大井川港の北東側に位置する駿河海岸では,北東方向への沿岸漂砂の供給が断たれているために経年的に侵食が進んできている.現在では海岸線に沿って大量の消波ブロックが置かれているが,消波ブロック下部の護岸の被災が進んでいることが見てとれる.沿岸漂砂の供給が断たれて侵食が進む場合,短期的に見れば消波工の設置で済むように思われるが,海浜の土砂が削り取られ,沿岸方向に流出して海底地盤高が低くなるために,消波工は次々と沈下・散乱し,その維持に多くの経費を要することになる.
 
4. 考察
相良須々木海岸には過去にはかなり規模の大きな砂丘が発達していたことは既に述べた.このような砂丘が発達するには十分な量の砂が前浜になければならない.なぜなら,砂丘を形成する砂は前浜から吹き上げられたと見られるからである.そうした条件にあった須々木海岸で,侵食現象を典型的に表す浜崖の形成が見られたことは,この海岸の基本的条件が既に大きく変化し,堆積性の海岸から侵食性の海岸へと変化してしまったことを意味している.またこの海岸は駿河湾西岸に位置してほぼ南北に延びており,南東から高波浪の作用を受けることを考慮すると,北向きの沿岸漂砂が卓越する.その上御前崎港や地頭方漁港の防波堤が南にあって沿岸漂砂の供給が阻止されていることは,須々木海岸では海浜がやせることはあっても,人工的に砂を供給する以外,再び砂が増加しうる条件下にはないことを意味している.
御前崎港の東側区域では御前崎の先端部を回り込んだ砂が堆積し,広い前浜が形成されている.そしてその区域では堆積した前浜の大部分が埋め立てられて海岸環境整備が行われてきている.これらの海岸環境整備自体はその場所の環境を向上させてはいるが,そこに堆積した砂は本来防波堤がなければ相良海岸にまで到達した砂である.したがってそこに堆積して海岸環境整備に使われる量より過剰な砂は,須々木海岸まで人工的に運び,侵食が進んでいる須々木海岸で養浜を行うことが侵食軽減のための有効な方策と考えられる.御前崎港の東側での土砂堆積では,次第に汀線付近から沖合の水深の大きい場所に堆積するようになるので,一定の沿岸漂砂の供給に対して前浜面積が増加しにくくなる.このことを考えても,養浜材料として用いることは有益であろう.
養浜に際して,図-1を参照すると,地頭方漁港北側の離岸堤群の設置された場所では南東方向からの入射波のもとで,波の遮蔽域となる南部へと向かう沿岸流が生じ,この流れによって局所的に南下する漂砂が生じるので,そのような沿岸漂砂によって運び去られないよう,離岸堤群より北側で養浜を行うことが望ましいと考えられる.また養浜量が過剰になると,北向きの沿岸漂砂によって運ばれ,相良港の航路埋没を引き起こす可能性が高いので,養浜量についても十分な検討が必要である.さらに,相良港の航路浚渫が行われた場合には浚渫土砂を須々木海岸での養浜に用いるとよい.
海岸線から突出した防波堤や突堤などの施設の沿岸漂砂下手側では砂が運びさられて侵食が進む.ここで示した例を集約すれば,御前崎港の斜路下手側の状況(写真-2),地頭方漁港北側の離岸堤群北端部の状況(写真-10),駿河海岸の大井川港の防波堤より下手側の状況(写真-30)がこれらに該当する.いずれの場合も海浜は消失して露岩が現れ,あるいは大量の消波ブロックで覆われている.沿岸漂砂による侵食は,土砂が沿岸方向に運び去られるので,侵食が進むことはこれらの写真に示された区域が沿岸方向に次第に伸びていくことを意味する.
一連の海岸調査によれば,海岸線が直立護岸で守られた海岸と,緩傾斜護岸で守られた海岸とに分かれる.直立護岸は,写真-1,2に示した御前崎,写真-9,10,12に示した須々木海岸で見られ,一方緩傾斜護岸は写真-8に示した御前崎の海岸環境整備事業区域,写真-20に示した相良港平田地区で見られた.直立護岸の典型例である写真-12の場合,天端上に座った人々の高さと比較すれば直立護岸の高さは高く,天端から海浜地へ飛び降りることは危険である.海浜地へのアクセス面で弱点を有することは確かである.しかし,直立護岸の前面には狭いながら前浜が残されている.もし写真-12に示す直立護岸の天端から例えば1:4勾配の緩傾斜護岸を造れば,海浜地へ降りることは容易になる.しかし,この場合わずかに残されていた直立護岸前面の前浜は完全にコンクリート構造物で覆われてしまうことになる.これは人為的な海岸侵食と呼べなくもない.このように海岸利用と自然海浜の保全については互いに相克する面があることから,計画にあたっては地先ごとに十分な検討が必要である.
 
5. あとがき
ここで見たように,海岸の侵食問題や海浜の保全の問題においては,海岸の局所の状況のみを見てその原因について判断するのは大きな誤りを犯す可能性が大きい.長い海岸線に沿って調査し,突堤や防波堤など,沿岸漂砂の移動を阻止する施設の左右での海浜状況を調べ,あるいは汀線付近だけではなく,汀線背後の砂丘地までを含めた区域の踏査を行って始めて総合的な判断が可能になる.その意味で,多くの海岸でこのような手法に基づいた踏査を実践的に進めて認識を深めることが海岸侵食に関する判断力を高める上で有効であろう.
1999年度の相良漁港(1,800m3)および平田漁港(2,300m3)の浚渫土砂(4,100m3)の投棄は,-4に示すように従来の漁港北側の海域から大久保川河口付近の離岸堤沖へ変更された.これは従来に比べ,相良須々木海岸の侵食防止に多少たりとも寄与することとなる.しかし,土捨場が離岸堤の沖合であること,またこの海岸における波による地形変化の限界水深(当海域ではT.P.-3m程度)よりも沖合であることから,投入土砂の沿岸漂砂への寄与が十分図られない恐れがある.対策効果を高めるには,土捨場を離岸堤の岸側海域,もしくはさらに南側の地頭方港〜須々木水門付近へ投入する方法が望ましい.この手法を当海岸のサンドリサイクルとして推奨する.
なお,このレポートは,相良町の企画したオーシャンセミナーの一環として筆者らが相良海岸を訪れたことに端を発している.その意味でこのような機会を作っていただいた相良町商工会の紅林氏に感謝したい.
 
参考文献
宇多高明(1997):日本の海岸侵食、山海堂、p.442.
図写真一覧
-1駿河湾西岸の御前崎?吉田港間の海岸線形状
-2御前崎周辺の海岸線の部分拡大図
-3大井川河口周辺の海岸線の部分拡大図
-4 1999年浚渫事業平面図(資料提供:静岡県御前崎土木事務所)
写真-1 御前崎の先端部にある斜路の西側にある砂礫浜
写真-2 写真-1と逆方向に見た海岸状況.海岸堤防の基部は露岩である.
写真-3 御前崎の海岸環境整備区域の東側に砂が堆積して形成された広い前浜
写真-4 写真-3に示す区域に残された礫周辺の局所洗掘と海水流動の痕跡
写真-5 海岸環境整備区域の岸側に越波によって形成された小規模な池
写真-6 池内の風波に伴う沿岸漂砂によって形成された小規模な砂嘴
写真-7 御前崎の海岸環境整備区域に見られた天端が遊歩道形式の突堤
写真-8 写真-7の左側半分区域の海浜状況
写真-9 相良須々木海岸南部の直立型海岸堤防と根固消波工(南側を望む)
写真-10 相良須々木海岸南部の直立型海岸堤防と根固消波工(北側を望む)
写真-11 須々木川河口の津波水門
写真-12 須々木川河口の側面状況
写真-13 須々木水門とその下部に形成された砂州
写真-14 須々木水門直近の砂丘とその背後の松林
写真-15 なだらかに延びる松林,低木植生,砂浜
写真-16 相良須々木海岸の砂浜南端部における浜崖の形成状況
写真-17 写真-16のさらに北側における浜崖形成状況
写真-18 写真-17の北側における浜崖形成状況
写真-19 相良港の南側隣接区域に形成されたバーム
写真-20 相良港平田地区の緩傾斜型海岸堤防
写真-21 緩傾斜型海岸堤防上に造られた展望台とその上の松の植栽
写真-22 相良港平田地区の緩傾斜型海岸堤防の天端とその背後の植栽
写真-23 静波海岸において堆積により形成されたバーム(1998.10.17;西向きに撮影)
写真-24 静波海岸において堆積により形成されたバーム(1998.10.17;東向きに撮影)
写真-25 大井川港南防波堤の西側隣接部における前浜と流木のうち上がり状況
写真-26 写真-25の岸側,砂州上の越波の流れた跡
写真-27 砂州背後の水域における堆積域に形成された急勾配斜面
写真-28 大井川港南防波堤の先端部での堆砂状況
写真-29 大井川港南防波堤上における越波によって航路方向へと流れた礫と流木
写真-30駿河海岸の吉永放水路東側隣接部の消波ブロックによって完全に覆われた海岸線

沿岸漂砂移動に伴う海浜地形変化の観察法-現場的方法の提案

表浜ネットワークへ(海岸問題を考えるネットワーク)
相良海岸の現状(砂浜の存亡について)
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