H11,12月
 
     沿岸漂砂移動に伴う海浜地形変化の観察法-現場的方法の提案-
 
                   建設省土木研究所河川部長
 宇多高明
1. はじめに
 
海岸には様々な人工構造物が設置されています.これらの施設は,いろいろな目的のために造られてきています.例えば,堤防は海から押し寄せる高波浪や津波が陸域に侵入するのを防止するために,また離岸堤はその背後に砂を堆積させると同時に,堤防と同じく波浪を減衰させるために設置されます.ところで砂浜海岸では一般に波が斜めに入射すると汀線に沿って沿岸方向の土砂移動が生じます.これを沿岸漂砂と呼びますが,実際には動いている砂礫を直接観察することは難しいです.しかし,上述の各種施設の周辺ではこれらの土砂移動の結果生じた地形変化から,その移動特性を理解することができます.このような手法はカメラ一台を持って海岸へ出かけ,写真を撮影するという単純な方法ですが,簡便だけあって誰でも行うことのできる手法として意味があると思います.以下では1999年11月25日に調査を行った富士海岸と,11月27日に行った駿河海岸での実例について紹介します.
 
2. 富士海岸の昭和第二放水路での観察
 
富士海岸には千本松原の砂丘地の背後を流れる沼川流域からの排水を行うために,古くから放水路が造られてきています1).放水路は西側から昭和第一,第二放水路と名付けられています.これらのうち,ここでは東側に位置する昭和第二放水路を訪れた時の状況について示します.
 放水路は海岸線とほぼ直角方向沖向きに延ばされていまして,コンクリート製の不透過構造物(暗渠)が汀線を横切って延びています.写真-1は,この放水路上に立って,放水路の側面の方向がカメラ本体と平行となるようにして,放水路西側の汀線延長上の遠地点を焦点として汀線状況を撮影したものです.遠方から砂礫浜が延びてきており,急勾配の前浜とバームが形成されていることがわかります.









 次の写真が問題です.写真-1の撮影後,反対方向を向いて写真を撮影する のですが,その場合,写真-1の撮影位置の延長上では移動してもかまいませんが,岸沖方向には位置を変えずに,また写真-1を撮影した時とカメラの設定高さを全く変えずに,ただ方向だけを180°変えて撮影したのが写真-2です.写真-1では写真中央に汀線が位置していたのですが,写真-2では汀線は大きく左側に引っ込んで見えます.写真の撮影位置は岸沖方向に動いておらず,また写真撮影の高さも一定ですから,写真-1,2の違いは,放水路を挟んで放水路の東側の汀線が大きく後退していることを示しています.すなわち,この放水路は不透過性であるために,東向きの沿岸漂砂が放水路によって阻止された結果として,写真-2のような光景が撮影されたのです.









 写真-1の撮影位置からもう少し陸側で撮影したのが写真-3です.陸側に移動したために写真-1では現況のバームの陸側に見える,乾いた礫でできたバームの頂点が写真の中央になるように撮影されています.これを見れば,写真-1に示したバームの背後には標高の高い別のバームがあることがわかります.これは過去に高波浪が襲来した時期に形成されたものです.














 さて,写真-1,2の関係と同様に写真-3を撮影してから方向だけ逆向きに撮影したのが写真-4です.同じ方向を撮影した写真-2と比較して汀線はずいぶん前へ移動していますが,それでもなお海岸線形状には大きな段差がついていることがわかります.
















 
写真-5は写真-3の撮影位置よりさらに陸側へ移動して,放水路の側面と直角方向を望んで撮影した海岸状況です.写真-3では中央部に見えていたバームが,写真-5では左端に移っています.さらにこれと逆方向に撮影したのが写真-6です.ちょうどこの位置では放水路の東側の汀線が写真のほぼ中央に写されています.このようにこの放水路を挟んで左右の海岸線位置は大きくずれており,放水路西側の海岸線が東側の海岸線よりも海側に出ているのです.このことは放水路がこの地点で卓越する東向きの沿岸漂砂を阻止していることを示しています.また写真-1と写真-6の汀線位置の差を放水路上から歩測すれば,放水路の左右でどれだけの汀線位置のずれがあるかも簡易的に測定することが可能になります.また,放水路の先端部を観察しますと,先端部に大きな礫が堆積して浅くなっている状況も観察されました.このことは,現在昭和第二放水路では東向きの沿岸漂砂が放水路の先端を東向きに回り込んでいることを意味しています.
 
3. 駿河海岸の吉田港南側隣接地域と坂口谷川河口での観察
 
駿河海岸の吉田港南側隣接区域でも観察を行いました.駿河海岸の吉田港の南側隣接区域では4基の離岸堤と7基の消波堤(離岸堤のように汀線から離れた沖合に消波工を設置するのではなく,消波工を汀線上に設置した消波構造物.)が設置されています.このように多数の離岸堤や消波堤群が並んでいる場合には,防波堤に隣接した施設だけを見て分かった気になるのは問題が多いのです.なぜなら,沿岸漂砂の移動によって海浜の地形変化が生じる場合,これら施設群の端部に一番顕著な変化が現れるからです.具体例をあげましょう.
写真-7はこの区域の消波堤群の南端部を北向きに撮影したものです.消波堤の背後に砂礫浜があります.このような写真は何の変哲もない写真です.









しかし,写真-7を撮影したあと,写真撮影の方向と高さを変えずに180°逆方向に撮影した写真-8を見ると,この付近で大きな地形変化が起きたことが分かります.すなわち,富士海岸の場合と全く同様に,南側の海岸線が北側の海岸線位置と比較して大きく後退しているのです.写真-7,8の海岸線位置の違いは,この付近では南向きの沿岸漂砂が卓越し,これによって消波堤群の南側端部で汀線が後退したことを明らかに示しています.













写真-8では汀線付近に急勾配斜面とバームが形成されていますが,前浜勾配を測定している状況を示したのが写真-9です.ここでは,前浜勾配が1/2と非常に急勾配な斜面が形成されていることが分かります.
















写真-10は,写真-9の前方に見える清掃工場に隣接して流入する坂口谷川河口にある導流堤の北側から導流堤を挟んで南側の海浜を撮影したものです.導流堤の手前側には砂礫の高いバームが形成されているのに対し,河口南側では汀線が明らかに陸側に後退しています.この状況は,写真-8に示した吉田港南側地区の離岸堤群の南端部での海岸状況と同一です.














以上は,駿河海岸の吉田港南側隣接地域とその南側の坂口谷川河口付近では,南向きの沿岸漂砂が卓越し,それが導流堤や消波堤によって移動が押さえられ,その結果施設を挟んで南側の汀線が後退するという状況が見られたと考えられます.しかしながら,導流堤の建設後かなり長い時間が経過しているために,現在ではこの付近の海岸線は卓越入射波の方向とほぼ直角になって安定していると考えられます.したがって,なお南向きの卓越した沿岸漂砂があって導流堤や消波堤の南側端部が侵食されるという条件にはないと推定できます.
 
4. まとめ
 
わずか一回の海岸現地調査ではあっても,十分高い意識を持って行えば,海岸の地形化変化に関する重要な情報が得られることが明らかになったと思います.一般に行われている海岸侵食対策などのための測量では,仕様書に基づいて測量が行われるのですが,多くの場合,単に仕様書の通りに岸沖方向に一定距離間隔で測量を行えばそれで良いと考え,また発注者側もその内容について十分吟味することなく業務が進むことがほとんどです.しかしここで述べたように,わずかではあっても現場を注意深く観察し,またそれを写真に撮影するという行為であっても後々有効な資料が集められることは重要なことと思います.この意味から,皆様も是非自分でこのようなことを試されたらと思います.
 
参考文献
1)宇多高明(1997):日本の海岸侵食,山海堂,p.442.
 
写真一覧
写真-1 富士海岸の昭和第二放水路から西側を遠望
写真-2 富士海岸の昭和第二放水路から東側を遠望
写真-3 写真-1よりやや陸側から西側を遠望
写真-4 写真-2よりやや陸側から東側を遠望
写真-5 写真-3より陸側から西側を遠望
写真-6 写真-4より陸側から東側を遠望
写真-7 駿河海岸の吉田港南側隣接地区の消波堤群の南端から北向きに望んだ海岸状況
写真-8 消波堤群の南端から南側に望んだ海岸状況
写真-9 前浜勾配(1/2)の測定状況
写真-10 坂口谷川河口両岸の海岸状況

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