機械の省エネ設計で動力計算は要である。
省エネのための所謂「高効率モータ」も効率の高い運転領域で使用してこそ効果を発揮することは
周知のとおりである。しかし実際には複雑なシステムの動力計算は簡単ではない。
一般に駆動系の運動は回転運動と並進運動の組み合わせであり特にカム・リンク機構など速度や
加速度が複雑に変化する機構、変速比が変化する機構やスリップ現象を伴う場合などは個々の部品毎に
運動方程式を立てていく作業は大変なものとなる。
これに対しシステムのエネルギ則を用いる計算法はごく簡単な数式を基に微分形式に変形する
ことで動力計算式に到達できるという特徴があり複雑なシステムの解析に大変有効な手法である。
以下にその解説をおこなう。
(1)*モータ軸に対し一定速度比で回転する複数の回転軸からなる駆動系
*以降モータとは電気モータに限らずレシプロ・タービンエンジンなど回転軸を持つ動力源の意味。
モータで駆動される第1軸からn軸までn本の回転軸を持つシステムの回転運動を考える。
モータ軸角速度 ωm
モータトルク Tmr
i番軸(i=1,2,----n)の
モータ軸との速度比 ri
慣性モーメント Ii
角速度 ωi
回転角 θi
入力エネルギ Ei
軸入力動力 Wi
とする。
エネルギ則を用いる計算では
「i番軸の入力エネルギEiは回転軸の運動エネルギの増加Krと負荷トルクによる仕事Elの合計に等しい」
というごく簡単な式を基にあとは数式の微分作業により動力計算式に到達できる。
Kr=d(1/2・Ii・ωi2)-----------------回転運動エネルギの増加分
El=Ti・dθ-------------------------外部への仕事分
Ei=Kr+El---------------------------エネルギ保存式
= d(1/2・Ii・ωi2)+ Ti・dθ
=Ii・ωi・dωi+ Ti・dθ
モータ軸とi番軸の速度比はriなので
ωi=ri・ωm 、 dωi=ri・dωm
Ei=Ii・ri2・ωm・dωm+ Ti・dθ
ここからは時間tで微分し運動方程式の形に変形していく。
(dEi/dt)= Ii・ri2・ωm・(dωm/dt)+Ti・(dθ/dt)
ここでWi=(dEi/dt) ,(dθ/dt)=ωi=ri・ωmとする
Wi=(Ii・ri2・(dωm/dt)+Ti・ri)・ωm
Wiはi番軸を駆動するのに必要な動力でありその動力はモータから供給される。
モータとi番軸間のエネルギ伝達効率をηiとするとi番軸を駆動するのに費やされる
モータ動力Wmiは
Wmi=Wi/ηi =(Ii・ri2・(dωm/dt)+Ti・ri)・ωm/ηi
ηiは動力がモータ軸から直列に順次伝達(i=1,2,----n)する場合
ηi=K1・K2・------・Ki-1 (Ki-1:i-1番軸とi番軸との伝達効率)
以上i番軸について求めたが同様に1-nすべての軸に適用できる。
そしてシステム全体のエネルギ則から「モータ出力(動力)はすべての軸の入力動力の合計に等しい」
n n n
Wmr=Tmr・ωm=ΣWmi = (Σ(Ii・ri2/ηi)(dωm/dt)+Σ(Ti・ri/ηi)))・ωm
i=1 i=1 i=1
モータトルクは
n n
Tmr= Σ(Ii・ri2/ηi)(dωm/dt)+Σ(Ti・r/ηi)
i=1 i=1
Σ(Ii・ri2/ηi)をこの駆動系のモータ軸換算等価慣性モーメントIe、
ΣTi・ri/ηi)をこの駆動系のモータ軸換算等価負荷トルクTeと呼ぶと
Tmr=Ie・(dωm/dt)+Te
(2)モータ軸に対する速度比や慣性モーメントが変化する駆動系
さて(1)においてはi番軸のモータ軸との速度比 ri、慣性モーメントIiはいずれも一定である
と仮定している。しかし例えば垂直軸に対し傾斜したアームを持ち垂直軸周りに回転しながらアームの
姿勢変化や伸縮を行うロボット機構では運動中に慣性モーメントIiが変化する。また自動車の変速機
に採用されているCVTはモータまたはエンジンとドライブシャフトとの速度比riが変化する。
これらの場合もエネルギ則を用いた計算法は基本的に(1)と同じであり
i番軸の入力エネルギEiは回転軸の運動エネルギKrの増加と負荷トルクによる仕事Elの合計に等しい
という計算式から出発する。
(1)と異なるのはIi,riが一定ではなくtの関数として取り扱う点である。
以下(1)と異なる点についてのみ解説する。
Ei= d(1/2・Ii・ωi2)+ Ti・dθ
ここでIiは時間の関数なので
=(Ii・ωi・dωi+ωi2・dIi)+ Ti・dθ
ωi=ri・ωm
riは時間の関数なので
dωi=ri・dωm+ωm・dri
Ei=(Ii・ri・ωm・(ri・dωm+ωm・dri) + ri2・ωm2・dIi + Ti・dθ
時間tで微分
Wi=(dEi/dt)= Ii・ri2・ωm・(dωm/dt)+Ii・ri・ωm2・(dri/dt)
+ri2・ωm2・(dIi/dt)+Ti・(dθ/dt)
Wi=(Ii・ri2・(dωm/dt)+Ii・ri・ωm・(dri/dt)+ri2・ωm・(dIi/dt)+Ti・ri)・ωm
Ii・ri・ωm・(dri/dt)およびri2・ωm・(dIi/dt)はriやIiが時間変化することによって
加わる項である。たとえば慣性モーメントが変化する回転軸の自由回転において慣性モーメント
変化にともなう回転速度変化はri2・ωm・(dIi/dt)の項によってもたらされる。
またこれらの項はri,Iiの時間変化が小さいかωmが小さい場合は無視できる。
この場合(1)と同じ式
Wi=(Ii・ri2・(dωm/dt)+Ti・ri)・ωm
を用いIi,riを時間tの関数または従属変数として扱うだけでよい。
(3)直線運動機構を持つ駆動系
駆動系が複数の回転軸(伝導軸)を経て変速したあと回転運動を直線運動に変換する機構をもつ
場合もエネルギ則が適用できる
直線運動部の
質量 M
変位 X
速度 V
入力エネルギ E
動力 W
直線運動機構の直接入力軸(ラック&ピニオンならピニオンギア軸、送りねじ機構
なら送りねじ軸、カム機構ならカム軸等々)を基準軸とよび
モータ軸との速度比 rb
角速度 ωb
回転角 θb
とする。
直線運動に関するエネルギ保存則により入力エネルギEは運動質量の運動エネルギの増加Kと
負荷抵抗による仕事Elの合計に等しい
E=K+El
K=d(1/2・M・V2)
El=F・dX
E= d(1/2・MV2)+ F・dX =M・V・dV+ F・dX
時間tで微分
W=dE/dt=M・V・(dV/dt)+F・V
V, (dV/dt)はいずれも直線運動に関する量でありこれらを回転運動に関する量と
関連付ける必要がある。具体的にはそれらを基準軸回転速度ωbや加速度(dωb/dt)
で表すことを意味する。
V=(dX/dt)=(dθb/dt)・(dX/dθb)
Vθ=(dX/dθb)とすると
V=Vθ・ωb
(dV/dt)= Vθ・(dωb/dt)+ωb・(dVθ/dt)
= Vθ・(dωb/dt)+ωb・(dθb/dt)・(d2X/dθb2)
αθ= (d2X/dθb2)とすると
(dV/dt) = Vθ・(dωb/dt) +ωb2・αθ
例えばカムやリンク機構なら入力軸回転角θbに対するワークの出力変位Xが与えられるので
簡単な演算によりVθαθは求まる。またスリップを伴うローラ駆動でもスリップ率と摩擦係数
の関係が与えられればローラ回転角θbに対するワーク移動距離X、Vθ、αθを求めることができる。
W=M・Vθ・ωb・ (Vθ・(dωb/dt) +ωb2・αθ)+F・Vθ・ωb
さらに
ωb=rb・ωm (dωb/dt)=rb・(dω/dt)
W=(rb2・Vθ2・(dωm/dt)ωm + rb2・Vθ・αθ・ωm3)・M + rb・F・ Vθ・ωm
Wは直線運動部を駆動するのに必要な動力でありその動力を供給するのはモータである。
モータと直線運動部間のエネルギ伝達効率をηとすると駆動するのに費やされるモータ動力Wmlは
Wml=W/η =((rb2・ Vθ2・(dωm/dt)ωm+rb2・ Vθ・αθ・ωm3)・M+rb・F・ Vθωm)/η
モータトルクは
Tml =(rb2・Vθ2・M・(dωm/dt) + Vθ・αθ・ωm2・rb2・M+ rb・Vθ ・F )/η
基準軸回転角に対する直線速度変化が小さい(Vθ≫αθ)場合はrb2・ Vθ・αθ・ωm2=0としてよい。
この場合は
Tml= (rb2・ Vθ2・(dωm/dt)・M+ rb・Vθ ・F )/η
また基準軸回転角に対する直線移動量が一定つまりVθ=一定 の場合αθ=0である。
この場合はVθに代えて基準軸1回転あたりの 移動量(ピッチ)Pを用いると
P=2πVθ
Vθ=P/(2π)
Tml= (rb2・ P2/(4π2)・M・(dωm/dt) + rb・P/(2π)・F)/η
以上ピッチ固定の場合
rb2・ P2/(4π2)・M/ηはの直線運動部のモータ軸換算等価慣性モーメントであり
rb・P/(2π)・F/ηは負荷抵抗のモータ軸換算等価負荷トルクである。
(4)モータ動力とトルク
最後に回転軸駆動動力Wmrと直線運動部駆動動力Wmlの合計が駆動系全体にモータから
供給されるべき動力である。
Wm=Wmr+Wml
またトルクは
Tml=Tmr+Tml
以上