落語「牛ほめ」の一節です、太字になっているところの意味が解りますか。むかしは庶民でも常識として解ったから笑えたのでしょうね。
解らないあなたは与太郎?
いや、平均的日本人です。
おとっつぁん そうだ。お前、佐平おじさんとこ、一人で...ああ、行けるか。偉いえらい。佐平おじさん、おめぇのこと、ずいぶん心配してくれてたぞ、「与太郎はどうしてるかな」ってな。やっぱり親戚だ、うん。で、あのおじさんがな、普請道楽だ、新しい家ができてな、おとっつぁん、一回褒めにいったんだが、ちょうど留守にぶつかっちまってな、何も言えずに帰ってきちまったんだが、今日はおめえが、おとっつぁんの代わりに行って、おじさんちを褒めてくるんだ。 与太郎 えぇ? な、なんてほめるんだ? おとっつぁん あぁ、馬鹿でもそこに気がつきゃぁ立派だ。だいいち、おめぇはよその家に行っても挨拶をしたことがねぇ、そこが一番いけねぇ。男がはたちになったらもう一人前だ。「ごめんください、ごめんください」と声をかけて、中で返事があったら、初めて戸を開けて、「こんにちわ、よいお天気でございます」と 与太郎 へ? おとっつぁん 「こんにちわ、よいお天気でございます」と 与太郎 こんにちわ、よいお天気でございますと おとっつぁん いや、「と」はいらねぇんだよ 与太郎 戸がないと無用心だろ おとっつぁん 生意気なことを言うんじゃないよ!
「承りますれば」いいか、「承りますれば、こちら様では、ご普請がご完成でおめでとうございます」と、これが挨拶だ。座敷へ上がったら、家を褒めるんだが、言うことは昔から決まってるな。「たいそう結構なうちでございます。家は総体檜造りでございますな」と、言って見ろ。与太郎 うちはそうたい...ひのきづくりでございますな おとっつぁん そうだ、そうだ 与太郎 そうだそうだ! おとっつぁん 余計なこと言わなくていいんだ!
「天井は薩摩の鶉目(鶉杢)でございます」与太郎 てんじょうはさつまのうずらもくでございます おとっつぁん 「左右の壁は砂摺りでございましょう」 与太郎 さゆうのかべはすなづりでございま おとっつぁん 畳は備後の五分縁でございますな 与太郎 たたみはびんごのごぶべりでございますな おとっつぁん お庭は総体、御影造りでございます 与太郎 おにわはそうたい、みかげづくりでございます おとっつぁん 床の間になにやら掛け物が出ておりますが、 与太郎 とこのまになにやらかけものがでておりますが、 おとっつぁん あの掛け物は淵源禅師、とうがなすの掛け物でございましょう 与太郎 あのかけものはえんぜんぜんじとうがなすの...はけものでございましょう おとっつぁん お前、どっか漏れてやしないか? しっかりしなきゃいけねぇ。 「なにやら上に讃がしてございます」 与太郎 なにやらうえにさんがしてございます おとっつぁん 『売る人もまだ味知らぬ初なすび』 与太郎 うるひともまだあじしらぬはつなすび おとっつぁん これは確か去来の句でございましょう 与太郎 これはたしかきょらいのくでございましょ おとっつぁん わかったか? 与太郎 わからねえ おとっつぁん なにを聞いてやがったんだ。始めの方はどうだ? 与太郎 始めのほうはあんまりはっきりしねぇんだ おとっつぁん 終わりの方は? 与太郎 ぼんやりしてる おとっつぁん 真ん中は? 与太郎 まるっきしだめだ おとっつぁん ...みんな忘れちまいやがった...よしよし、まあ、いい。文句もちょっと長かったしな、おとっつぁん、紙に書いてやる。忘れたところがあったらな、佐平おじさんにわからねぇように、懐にしまっといて、これを読んで褒めるんだぞ。ひらがななら読めるだろう? 与太郎 ひらがななら読めらぁ おとっつぁん これ、懐にしまっとけ。それから台所に行ってごらん。どういうわけかなぁ、立派な柱なんだがな、大きな節穴が開いててな、佐平おじさん、普請道楽だ、この節穴をたいそう気にしているらしいんだ。で、おとっつぁん、言ってやろうと思ってたんだが、おめぇをやっておめぇの口から言わしたほうがびっくりするだろう、と思って、おとっつぁん、わざと言わずに戻ってきたんだ。いやぁ、なに、難しいことじゃない。「おじさん、この節穴なら心配することはありません。場所が台所ですから、秋葉さんのお札をお貼りなさい。穴が隠れて火の用心になりますから」と、どうだ。これだけのことを言いやぁ、おじさんビックリして感心して、ついでに小遣いの少しばかりもくれらぁ 与太郎 へへっ、こ、こづかい? どのくらいくれる? おとっつぁん そりゃぁ、もらってみなきゃわからねぇなぁ
このあと与太郎、何とかおじさんの家を褒めてこづかいをせしめる、ついでに自慢の牛を褒めてこづかいの増額を目論むが・・・
というお話。
総体檜造り:総ひのき造り
薩摩の鶉目:うずらという鳥の羽の模様に似た木目をもつ屋久杉の天井板。大変に稀少で高価
砂摺り:塗り壁の一種で手間のかかる風雅な仕上げ
備後の五分縁:備後(広島)産の畳表に縁(へり)は通常は1寸(3p)幅のところを風雅に1.5p幅に仕立てている
秋葉さんのお札:火除けの神様といわれる秋葉神社の札
Back