素直になれない



前の授業で先生に用事を頼まれ時間を食った為、慌てて次の授業に向かう時に事件は起きた。
「きゃーあぶないよぉ!どいてぇぇぇー」
階段を降りていた時に聞きなれた声が頭上から響く、 振り向くと階段の丁度中間地点から蹴躓いたコッペリアが大量の紙と共に宙を飛んでいた。
高さが高さだけに、そのまま地面に落ちると腕を出したはいいが、 不自然な状態で彼女を受け止めて鈍い音と共に踊り場の壁にぶつかった。
「あいたたたた…ごめんなさぁい…」
「大丈夫か? 怪我は?」
背の違いからかコッペリアは頭を抱えている
「ぶつかった所が痛いだけだから大丈夫だよ、なんともないよーありがとー」
見た限り外傷もなさそうだったので、腕から下ろした。
「あー…」
大量にぶちまけた紙が所々に散らばっていた。
困惑しているコッペリアを手伝うと、手際よく纏めて彼女の手にプリントを差し出した。
「ええと…1,2…ちゃんと40枚っと、色々助けてもらっちゃってありがとー、次の授業ちょっと遅れるって先生に言っといて〜」
パタパタと走って教官室へ消えて行った。
(すこし時間をくったな…早く行かなければ…)
「……っ」
一歩足を踏み出した途端に痛みが走った、どうやら捻ったらしい。
(確か、模擬戦闘日だ…遅れる訳にはいかない)
少し我慢すれば歩けるので、痛みに耐えつつ試練の塔に足を向けた。



鐘と共に授業が始まった。
アナベラ先生の授業は、実践授業中心で、その日担当の生徒が模擬戦闘を行う。
残っている生徒たちが見物して召還術の使い方を研修する。
今日は、アリューシャは模擬戦闘担当の一人だった。
「今日の戦闘担当はダグリスとアリューシャ、シズマにローザ、祠到着以降の補充がディアラにコッペリアね、名前を呼ばれた人は準備してね」
呼ばれて立ち上がると、踝の辺りがずきっと痛む。
捻った直後は痛くなかった足が時間と共に腫れ上がっていた。
「っ…」
声が出そうになるのを我慢しつつ、所定の位置へたどり着いた。
始まり合図と共に鍵を奪いに行くのだが痛む足が言う事をきかない。
歩けば歩くほど痛みが増し、思うように追いつけない。
最初の鍵はローザが取った。
追いついても戦闘順番が後手にまわり、なかなか戦闘できなかった。
祠に入る事なくただゆるゆると時間だけが過ぎていく。
チェイサーのターンになっても 走る気にもならず、1ターンを犠牲にして待ち構えようと祠の近くでモンスターを置いて一息ついた。
気が緩むと大量の汗と共にじんじんと踝が痛み、その所為なのか身体が熱く目の前がぼやけてきた。
(熱…でたかも…)
自覚したらもう身体が動かなかった。
鍵をもったシズマが直ぐ近くまでいるのに思うように歩けない。
やっとの事で2マス歩き、またモンスターを置いた。
「足…痛めてるのか?アリューシャ?」
いつもの動きと違うのに感づかれたか、背後からダグリス同じマスに止まった。
「なん…でもない…大丈夫だから心配しないでくれ」
集中してないと今にも倒れそうで、必死に誤魔化した。
「でも顔色があまり良くない、無理してないか?」
そういってアリューシャの額に手を置こうとするも
「触るな!」
言葉と共にダグリスの手をふりはらった。
「…………ったく…この強情っぱり!」
そう言うと、腕をつかみバランスを崩したアリューシャを足元から掬い上げた。



「な、なにを…!」
いきなりの行動に戸惑いつつ自分の状況を見た。
ダグリスに全体を抱えられている。
「降ろせ!今すぐ!」
しっかり抱えられ、痛む足は動かせず上半身だけででバタバタ暴れても体勢を崩す事は出来なかった。
「足、相当痛いんだろう?無理をしたら駄目だ」
「い…痛くなんか無い、お前の勘違いだ!」
「そうか…」
片手で抱きなおすと、空いた手でいきなり患部をぐっと押した。
声にならないぐらいの痛みがアリューシャを襲った。
「勘違いじゃないみたいだね」
「……っ…そんな…ことは無い」
そんなやり取りの間に、だんだんと痛みが増してくる。
「ふらふらしていて、普段なく汗も出て、目の焦点も定まってない…俺には今にでも気絶しそうに見えるけど」
正論をついているので、アリューシャは反論の言葉がでなかった。
「そんな状態で召還した所で制御できなくなり暴走するだけだ」
召還は触媒からモノを呼び出すが、精神力に左右され集中が乱れると 召還した物が暴走する。
アリューシャが今の今まで無事なのは精神力が他の人以上に優れているに過ぎない。
故に、先生からは体調不良な者の模擬戦闘は禁じられている。
「わかった、医務室行くから離してくれ…」
クラスメートも気がついたのか、今後の動向を見守られている。
男が女を姫抱きするならわかるが、自分は男だ… 恥ずかしくて穴に入りたい心境だった。
「ここで無理に歩いたら酷くなるよ、たどり着く前に倒れるかもしれないし」
「模擬戦のが大事だろう、いいから授業受けてろ」
「俺は、アリューシャの方が大事だから医務室いくよ?いいよね?駄目なら気絶させてでも連れてくつもりだけど」
「どう気絶させるつもりだ……悪趣味だな…」
真顔で言われてしまってはもう、アリューシャには憎まれ口を叩く事しかできない。
諦めて力を抜いて身体をダグリスに預けた。
「アナベラ先生、アリューシャを医務室連れてきます、代わりにコッペリアとディアラ入れてください」
そう言うと、テレポートで塔を後にした。


「後は自分で行くから戻れ…今なら未だ間に合う」
ダグリスの腕の中で再度もがくも、更に強く抱き締められた。
「ダグリス!」
「誰も見てないから大人しくしてて、大声張り上げている方が余計に目立つよ」
と、とりつくしまもない。
結局、そのまま医務室まで運ばれてしまった。
挨拶をして入ったものの医務室は誰もいない、左手にある予定表に出張と書いてある。
「先生が不在ならしかたない、ちょっと固定のときに痛むかもだけど、我慢してくれ」
アリューシャをベッドに座らせ、湿布を貼り丁寧に包帯を巻いた。
回復が少し早く進むようアリューシャの踝に手を当て治癒魔法をかける。

「…………すまない」

聞こえないくらい小さい声で呟くと、ダグリスが顔を上げた。
「何?」
「…いや、なんでもない、ちょっと痛んだだけだ」
お礼ぐらいは素直に言いたいのだが、ダグリス相手だとどうも言い難い。
「ん、これで良しと…ちょっと歩いて」
固定し終わった足を地面につけると、少しじんじんするものの、先ほどの痛みよりは幾分とマシになっていた。
「時間を取らせたな…戻ろう」
立ち上がり授業に戻ろうと踵を返すと、ふいに肩を捕まれた。
そしてそのまま、ダグリスがアリューシャの肩を掴んでベッドに押し付けた。
「な!いきなり何をする!?」
起き上がろうとするアリューシャを更に強い力で押さえつける。
「まだ、戻る気なのか?熱もあるのに」
アリューシャの額にダグリスの手が乗る。
熱があるので彼の手冷たくて心地よい。
「熱なんか…無い…」
「……そんな潤んだ目で睨んでも駄目だ」
「う…潤んでなんかいない!」
「そう、それならばここには2人っきりだし誘ってくれるのかな?喜んでお言葉に甘えるけど」
さっきとは真逆の底意地の悪い笑顔で言われたら、もう大人しく寝るしかなかった。
「薬…痛み止め…置いとくからちゃんと飲むんだよ」
「………」
「……もしかして、口移しで飲ましてもらいたいとか?」
「馬鹿!もう帰れ目障りだ!」
赤くなった顔を見られない為にベッドに潜りこんだ。
そんなアリューシャを見届けて。髪を一撫ですると、医務室から出て行った。
潜りこみながら、アリューシャはどうしてこんな意地の悪いヤツの事好きなのだろうと悩むのだった。

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