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サイエンス 1975年2月号

 ところで、私は水野さんが、「ME」(メディカル・エレクトロニクス)やバイオニクスこそが「ライフ・サイエンス」の真髄だと述べていることに、深い感銘を受け啓発されました。正直なところ、はじめはよくわからなかったのですが、何度も読み直しているうちにその意味がはっきりわかってきて、自分の不明さに、ひとりで赤面しました。胎児診断などによって、先天的な欠陥のある胎児が淘汰されることの是非を論ずるよりも、そういう心身の障害を、現在の科学技術の総力をあげて克服し補えばいいではないかという、当然の考えなのであります。テクノロジーは健康人の欲望を満足させ、それをかきたてるものであってはならず、マイナスをもった人間のマイナスをなくすためにあるという思想で、本当にこれこそ「ライフ・サイエンス」の真骨頂といってよいものだろうというしだいです。
 テクノロジーとかエンジニアリングというと、私などには現在の自由競争社会の利潤追求的企業のイメージがついてまわりますが、それをふっきって、テクノロジーは弱者のためにあるはずだという簡単な論理は、まさに若い人のものです。口先では何やかやといっていても、私の思考が硬直したものであることをしらされてがく然としました。
 水野さん以外にも「ライフ・サイエンス」に志す若い人々が多くいることと思います。方向としても、医学にすすもうとする人、生物学あるいは物理学、あるいは経済学の面からはいろうとする、いろいろな人がいることでしょう。そのような希望に満ちた若い人々に一言申しあげたいことは、「初心を忘れないでほしい」ということです。世の中は変わっては

いくと思いますが、あなたたちの純真な意図をそのまま受けとめてくれるようにはなってはいかないでしょう。そのため、何回も何回も挫折感を味わうことでしょう。しかし、それでくじけてはいけないのです。しぶとくそれに耐えぬかなくてはいけないのです。あなたたちの助けを必要とする多くの人がいるのです。
 もうひとつ言わせていただきたいのは、そのような助けを有効なものとするため広い立場からの見方を忘れないで、同時に、常に冷静な専門の学問の道にはげむことが肝要ではなかろうかということです。そういう地道な研鑚なくしては、熱烈な人類愛も空虚なものになるのではないでしょうか。
 いささか、お説教じみた言い草になりましたが、これからの人類をになう若い人々に対する、私の期待を汲んでいただければと思いました。
 水野さんをはじめとする、見知らぬおおぜいの若い人々の、今後の活躍を祈ってやみません。

(慶大 分子生物学教室 渡辺格)

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