Admiralty A class airship , R 38
(Rigid,number 38)

直訳すると…提督の頭文字級 飛行船、R 38

the Great Britain build for the United States
&
英国で建造され、米国が購入予定だった軍用飛行船


 & R 38 / ZR-2 (builder : Short Brothers ~ Royal Airship Works , June 1921)

第一次大戦中に 哨戒用として計画/設計され、戦後に 完成した軍用飛行船です。 他の同型船3隻 (R 39,R 40,R 41) は 終戦に伴い、発注を キャンセルされましたが 1番船のみ 米国が 購入する契約となり、建造が 続けられました。
当初、受注したのは ショート・ブラザーズ社 (Short Brothers) ですが 国営の英国飛行船工場 (Royal Airship Works) に 組織替えされた後で 完成しています。
設計にあたっては、1917年10月20日 仏国に不時着した L49 を 鹵獲して その詳細を 調査し参考にされたと 伝えられています。 この L49 は 成層圏近くまで 上昇できる 高高度飛行船 (Height-Climber) という 極度に 軽量化された 脆弱な構造であったため、それを 真似して建造した R 38 は 試験飛行中に 空中分解して墜落し 多数の犠牲者 (搭乗員49人中、死者44人) を 出したとされています。

 & R 38 / ZR-2 (on the right side of  a skeleton R 37)

格納庫内の R 38 、写真の右に並ぶ骨組みは 未完成に終わった R 37 (R 36 Class)

このように… そうとは知らずに 空気の薄い高高度で運用する 脆弱な構造の飛行船を 真似して建造してしまい、 空気の濃い低空で 無理な機動試験を 行ったのが 大惨事の原因とするのが 一般的な定説です。
しかし、私は 高高度飛行船 (Height-Climber) の特徴が 本当に 取り入れられてるならば、 多少は 遠因になっているのかも知れないだろうけれど、 それは R 38 が 空中分解して墜落た大事故の 直接の要因ではないと 考えています。

飛行船において、単独で 最も重量のある 重い部品は エンジンです。 したがって、この重量物を 如何に 配置するかは 大きな問題です。 数多くの ドイツ製硬式飛行船では 船体の各部へ 分散するように この重量物を 配置して、 荷重による負荷が 船体の一部分だけへ 集中しない配慮が成されています。 これは 特に脆弱な構造の 高高度飛行船 (Height-Climber) に 限った事では ありません ドイツ製硬式飛行船の 全般的な 設計思想と 思われます。

  L49 Height-Climber [55,800 m3] [ Gas cell : 18 / Bulkhead : 18 ]



R 38 設計の参考にされたにされたと 伝えられている ツェッペリン高高度飛行船
(エンジン間隔が ほぼ均等なので 内蔵爆弾架は 前後2箇所に 分散していたと 思われます)

  Schütte-Lanz   S.L.3. Class [32,410 m3] [ Gas cell : 17 / Bulkhead : 17 ]

同じ ドイツ製で ツェッペリン飛行船のライバル、シュッテ・ランツ社の軍用飛行船
(エンジン間隔が 均等なので 内蔵爆弾架は 前後2箇所に 分散していたと 思われます)

  Schütte-Lanz   S.L.6. Class [35,130 m3] [ Gas cell : 18 / Bulkhead : 18 ]

R.31. 設計の参考にされたと言われている ドイツ製の シュッテ・ランツ軍用飛行船
(エンジン間隔が 大きく開いた部分の1箇所へ 内蔵爆弾架が 集中していると 思われます)
(たぶん… 1箇所へ集中させた方が 合理的という判断でしょうが、同型船は 2隻だけ)

  Schütte-Lanz   S.L.8. Class [38,780 m3] [ Gas cell : 18 / Bulkhead : 18 ]

シュッテ・ランツ軍用飛行船 S.L.6.型 の 拡大改良型 S.L.8.型
(エンジン間隔が ほぼ均等なので 内蔵爆弾架は 前後2箇所に 分散した方式に戻されたと 思われます)
(同型船10隻… 内蔵爆弾架を 前後均等に 割り振るのは 非常用バラストとしても 使えるからなのでは?)

では R 38 を 建造した 英国飛行船工場 (Royal Airship Works) の 過去の実績は どうなのか?、 ショート・ブラザーズ社 (Short Brothers) 時代に完成させた飛行船も 掲載します。

  R.31. (builder : Short Brothers)

余談ですが… この写真、上部垂直安定板と 方向舵が 壊れてますね…↑
建造にあたっては シュッテ・ランツ飛行船の図面資料が 第三国経由で 齎されたとする記述もあります
(その話を踏まえて シュッテ・ランツ飛行船と 比較すると…)
基本的な設計思想が伝授されずに、 この時点から エンジン配置の 中央集中化が 始まっていたようです
(船体へのマーキング「R.31.」は シュッテ・ランツ飛行船の「S.L.6.」等 と 無意味に同じ表記様式なのが 妙ですね)

  R.31. [43,976 m3] [ Gas cell : 21 / Bulkhead : 21 ]

ショート・ブラザーズ社時代に 完成させた飛行船、エンジン配置は R 38 と似てるが 間隔は まだ疎ら

何故か R 38 では ドイツ製硬式飛行船の常識を 破り、重量物の エンジン6基が 中央部に 密集して 搭載されています。 比較すれば 誰でも解るように R 38 は R.31. のエンジン配置方式を 踏襲して、 更に 中央集中化が 進んだ船のようです。

なお、既存の狭い格納庫内で建造するため、 オリジナルとされる Height-Climber ( L71 ? ) の エンジン配置を 変更して 2基を 船体構造の側面に移した、とする説も ありますが… それは誤認識だと思います。
この説では 気嚢数も16から14まで減らされ、とあり確実に L71 を オリジナルに 想定していますが、 L71 が 戦争賠償で 英国に渡されたのは 戦後の 1920年で、 R 38 の 設計は 戦争中の 1918年に 始まっています。
この辺も 誤認識を窺わせる記述です。
( L70 / Gas cell : 15 / Bulkhead : 15 ) ( L71 / Gas cell : 16 / Bulkhead : 16 )

  R 38 / ZR-2 [77,000 m3] [ Gas cell : 14 / Bulkhead : 14 ]

R.31. と 比較して、 更に 中央部へ 密集して エンジンが 配置されている事に 注目して欲しい
そして、この図面比較から読み取る限り、
R 38 は R.31. の 拡大発展型であって、 ツェッペリン高高度飛行船を真似た系列ではない

参考までに、ツェッペリン系の エンジン・レイアウト の サンプル として 船体規模の近似した LZ126 も 掲載します。
合わせて、隔壁 (Bulkhead) のある 主リングフレーム (Main Transverse Ring) 数も 双方で大差無く (寧ろ LZ126 の方が 少ない) 副桁が 気嚢 (Gas cell) 1区画につき 間2本入るのも 双方で同じである事に 注目してください。 R 38 の骨組みが 定説のようには 間引かれていない事実が 解ります。

  LZ126 / ZR-3 [73,680 m3] [ Gas cell : 14 / Bulkhead : 13 ]

R 38 と 浮揚ガス容積が近い(≒同規模)の LZ126、 重量物が 中央に 集中している感じではない
また、図面で R 38 と 比較すれば 解るように 全長と直径の比率から比例する 隔壁 (bulkhead)
の数も双方に 大きな違いは無く、 R 38 の 隔壁数も 適正値であって 崩壊の要因とは考えられない
もしも、R 38 の 隔壁不足が 欠陥とするなら、 傑作と評されている LZ126 もまた 欠陥飛行船となる

Class Length Diameter Volume Gas cell Dead weight Payload Power plant Max. Speed Date
L49 196.5 m 24.0 m 55,800 m3 18 cells 26._ t 39.0 t 240 HP x5 108 km/h 1917. 6
L71 226._ m 24.0 m 68,500 m3 16 cells 28.? t 51.0 t 245 HP x6 118 km/h 1918.10
R 38 212.7 m 26.1 m 77,000 m3 14 cells 33._ t 46._ t 350 HP x6 114 km/h 1921. 6
LZ126 200.0 m 27.6 m 73,680 m3 14 cells 35._ t 45.8 t 400 HP x5 126 km/h 1924. 8
型式 全長 直径 容積 気嚢数 自重 搭載量 機関 速力 西暦

  LZ126 / ZR-3 [73,680 m3]

  LZ113 ( L71 ) [68,500 m3] [ Gas cell : 16 / Bulkhead : 16 ]

LZ126の エンジン配置は L71 のパターンを 踏襲しているようです

R 38 / ZR-2 [77,000 m3] [ Gas cell : 14 / Bulkhead : 14 ]


ツェッペリン高高度飛行船の特徴、 テーパード・ブレンディング楕円流線型 も 採用されていない

画像処理で前後圧縮すると 単純楕円流線型を示す 真円部が 船体幅で現れる

では 何故、R 38 では 中央部に 重量物を 集中させたのか?…
推理できる 最も合理的な仮説は F-1 フォーミュラーカーに 代表される ミッドシップ・エンジン (midship engine) と 同様の 思想が 働いたと 考えられます。 つまり、中央に 質量を 集中させた方が 回転モーメント (moment of mass) 的に 有利と 判断して 常識破りの配置が 採用されたのでは ないでしょうか?…
他にも 方向舵 (rudder) と 昇降舵 (elevator) に 軽い力で動く釣合舵が 採用されている事といい、設計者は 操舵性能に 拘っていたと 思われる節があります。 その結果、操舵応答性の 鋭すぎる、操縦安定性の悪い 飛行船に 仕上がったのでしょう。 文献によると… 高速度試験では この操縦安定性の悪さから 突然 昇降舵が 勝手に下げ舵へ働き、 急降下した後で 次に 強い上げ舵に働き 急上昇するなどと 暴走して 船体が 軋み、船体下部の竜骨 (keel) の桁が曲がる破損を 生じてます。 しかし、減速とともに 昇降舵の感触も 正常に戻り、この時は 墜落を 免れました。

 & R 38 ( ZR-2 ) , First flight 23 June 1921

でも運命の日 1921年8月23日、R 38 は 繋留試験のため 繋留塔のある場所へ 巡航移動中に 突然 中央から2つに折れて、 裂け目から 搭載機器や 燃料タンクや 人間が 落下するのを 見物人が 目撃したそうです。 そして 分離した船首側からは 火災を 生じて水素ガスが誘爆、前後の各船体は 共に イングランドの ハンバー川河口 (the Humber estuary) へ 落下したのです。 生存者の5人は 火災の発生しなかった、船尾側に 搭乗していた乗員でした。

R 38 crash accident (fell in the Humber estuary) 23 August 1921

空中分解の過程は 文献によると… 最初に船体が窪み、次に 外皮へ皺(しわ)が生じて、 それから一気に 船首と船尾が上を向くように 真っ2つに折れて 船体が 裂けたようです。 これは 船体を構成する骨組みの内の 一部の桁が 挫屈して その部分の 荷重を 支えられなくなった事から始まって、隣接する桁も耐えられなくなり、連鎖的に広範囲が崩壊した と 考えられる シーケンス (sequence) です。

フリー百科事典『ウィキペディア (Wikipedia) 』日本語版では この折れ方が 上下逆の hogging に読み取れてしまう文章なので、 もしもそちらを読まれて hogging と 錯覚している方は 間違わないように ご注意ください、折れ方は sagging です。

(日本語では Hogging を への字に折れる、 Sagging を Vの字に折れる と 表現する事になるのですが… 重力観念欠如で 意味類似となり 困ります。)
( だからといって Hogging を 山折りSagging を 谷折り と 表現すると… 折り紙みたいですね、でも 上下裏表の意味は 強調されます。)

(なお、 sagging を 普通の英和辞書では 『垂れ下がる』 としていて、 hogging が 『上反り』 でした。2つを 対で 説明していませんし、この訳語では…  認識が 片持ち と 両持ち で意味が 逆になってしまいます。 Hogging と Sagging の知識が無い人が訳すと意味が 支離滅裂に なるので ご注意)

R 38 sagging accident (backbend)

さて、船体中央部に 重量物の 集中している R 38 では 静止状態でも 常に、 船体を折り曲げるような sagging 負荷が 生じている事を 意味しています。 また、飛行船の船体骨組みを 一つの 大きな スペース・フレーム (Space-frame) と 考えた場合、 船体下部だけに 竜骨 (keel) という形で 補強が 成されているため、船体下部は 引っ張りにも 圧縮にも ある程度 強い構造でありながら、 船体上部は 圧縮で 桁が 挫屈し易い 弱点を 持ちます。

船底キール構造は Hogging には強いが Sagging には 弱いのです。

  LZ 6 [16,000 m3]

比較例1/ 浮力中心から前後に 重りを吊るした、 天秤のような構造で 竜骨が 圧縮力を受け持つ

なお、初期の ツェッペリン系 エンジン・レイアウト では この船体下部だけに 竜骨が通る構造の 力学的特性を 良く理解して、 どちらかと言えば 竜骨が 圧縮力を受け持つように働く、重量物の 前後への 振り分け配置が 採用されています。

 & R 38 ( ZR-2 )

竜骨の剛性を過信してなのか? 竜骨が 張力を受け持ち、船体上部の脆弱な縦通材へ圧縮力が かかる

Buckling of  the upper Longitudinals by the "pressure"

船体上部の脆弱な縦通材が挫屈して 連鎖反応で 船体が折れる

つまり、 逆に 中央へ 重量物を 集中させた R 38 は 圧縮に弱い部分に 無理な負荷が掛かる、 重量物の 配置判断ミス (Engine layout error) と言える状態で、 いつ船体が2つに折れても不思議ではない 飛行船だった訳です。 これは 高高度飛行船 (Height-Climber) を 参考にした事と 直接の因果は ありません。 高速度試験では 急降下する船体を 引き起す力が 竜骨の 圧縮に働き、 桁が変形したのも 船体下部の 丈夫な竜骨だったから 安全マージン (safety margin) も働き、 この時は 空中分解を 免れましたが… もしも、余力の無い 船体上部の 骨組みに 圧縮による 挫屈が生じていたら… その時点で 最後だったのではないかと 思われます。

  L10 type , LZ 81 ( LZ51 + 30 )

  L10 ( LZ40 ) [31,900 m3]

比較例2/ もしも、中央で 2つに 切断しても、↑ 前後の船体は 安定して 空中に 漂いそうです

ここでの論点として 重要なのは… L10 の 例のように 仮に 中央で 2つに 切断しても、 前後の船体が 安定して 空中に 漂うと想像できる 均等な 重量物配置ならば、 それは 静止状態の船体に 不自然な 負荷が かかってない事を 意味する訳です。 そのような場合には 高機動の操船などで 喩え船体の 骨組みが 少し破損しても それが即、 致命的な空中分解には 連鎖せずに 部分的破損で留まり 生還できる 可能性が 残るのです。

ですから、脆弱な船体構造であっても、 無理な機動試験を 行っても、それだけでは 重大な事故にはならないのです。
いえ、そうなってしまう設計をしては イケナイのだと 思います。

 & R 38 / ZR-2 (builder : Short Brothers ~ Royal Airship Works)


過去の文献において、 重量物配置判断ミス (Engines layout error) が 語られていないのは 参考にした 高高度飛行船 (Height-Climber) に 罪を 負わせた方が 都合が良かったから?… なにしろ国営工場 (Royal Airship Works) 謹製です。 現場で働く優秀な専門家達は 当時から こんな初歩的な 事故原因の真相には 気付いていた筈です、 何故ならば R 38 の事故以後、一見しただけで 中央へ 重量物を 集中させていると判るような 硬式飛行船は 1隻も 建造されていません

考証 research (C)SA-ss 2010-5/15


Airships spec table »