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本格手打ち 夢街道匠蕎麦 遠州森町 よってけや 武田・徳川 ウォーク合戦 三鞍の山荘 |
平成9年4月4日、私は36年振りに生まれ故郷の静岡県周智郡森町三倉に戻りました。 以後、22年間お世話になったカッティングシートで有名な株式会社中川ケミカルの代理店を浜松で営みながら、本格手打ち「夢街道匠蕎麦」の販売、出張蕎麦打ち、SBS学苑・東海道金谷宿大学等で手打ち蕎麦教室を開いたりしています。 生まれ故郷を、兵庫県出石郡出石町や福島県耶麻郡山都町のような蕎麦の町にする事が出来たらいいなあと思い続けているからです。 特に山都町の宮古地区は、平成7年11月の蕎麦祭りに行ったときに衝撃を受けたほど、森町における三倉地区と酷似しています。その日から、三倉のハイキングコース戦国夢街道地域を、宮古地区のように、多くの蕎麦好きの方々が美味しい蕎麦を求めて遠距離から車を飛ばして訪れ、蕎麦の花は勿論の事蕎麦談議の花も咲くような地域にしたい、という思いが日増しに強くなっています。 ちなみに、山都町は人口五千人、町の八割が山林です。蕎麦で町おこしをしようと、商工会青年部が先頭に立ち昭和59年11月11日第一回蕎麦祭りを開いた時には、町内に蕎麦屋は一軒もなかったそうです。17年後の現在蕎麦屋、民宿、旅館等町内二十五ヶ所で美味しい蕎麦が食べられるようになりました。 今から蕎麦では遅すぎるとのご意見も多いのですが、田舎の自然と蕎麦の組み合わせは、これから迎える高齢化社会の中でも、特に都会に住む方々の心と身体の健康のお役に立てると信じ、「夢街道匠蕎麦」という名前で手打ち蕎麦の販売(クール便で地方発送可)も始めました。また、ハイキングコース戦国夢街道の蕎麦街道化十年計画の4年目の平成12年5月1日には、戦国夢街道の入り口近くに個人版道の駅「よってけや」もオープンしました。この「よってけや」は、私の尊敬する地元の 元会社社長松下幸司さんの経営で、蕎麦打ちコーナーもありいつも私の手打ち蕎麦が食べられます。この店は、露天トイレも売り物です。 それからこの社長は、奥様や同級生とチンドンを平成10年から始め、私も事務局長として仲間に加えて頂いています。平成11年夏には、富士山頂でチンドン演奏してきました。 平成12年4月には、富山市の第46回全日本チンドンコンクールに出場し、素人部門の最優秀賞を狙ったのですが惜しくも優秀賞止まりでした。 銀座の歩行者天国や築地の魚市場でチンドン演奏しながら遠州森町のPRが出来る日を夢見続けています。会の名前を「夢街道匠一座」といい、私は森の石松に扮し赤いクラリネットを演奏します。別名は「むらおこしのつもりのかい」です。だから当然、私の打つ蕎麦は「むらおこしのつもりのそば」です。 皆様、一度遠州森町三倉に泊りがけでお出かけ下さい。そして、フランス料理界でも有名な今井克宏さん経営の「三鞍の山荘」で美味しい料理を食べながら、何故トライアスロンでむらおこしが出来るのか私の話を聞いて下さい(森町トライアスロン倶楽部も作りました)。 その時は、手打ち蕎麦も打ちます。カクテルも作ります。チンドン演奏もします。勇気がおありなら河豚調理も致します(在京中、東京都の河豚調理師免許も取りましたし静岡県の河豚処理師の免許も取りました)。 翌日は、今井さんの朝食を食べた後、「武田・徳川ウォーク合戦」の参戦を兼ねて戦国夢街道をハイキングしましょう。一汗かいた後、「よってけや」の露天トイレですっきりしてから私の飛び切りうまい「夢街道匠蕎麦」を召し上がって下さい。 きっと三倉に住みたくなりますよ。 文責:田邊哲(たなべさとし) |